ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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閑話/化け狸の姫

「お久しぶりですね、ポンコさんのお爺さん」

 

「妖精の魔女かよ。ポンコなら最近は妖精の国にずっと寝泊りしてるところじゃよ。帰れ帰れ」

 

 それは、ある日の夜のこと。

 孫娘であるポンコが怪我を負った狼の子供を保護したといい、連日のようにその狼と会うために妖精の国へと出向いていた、そんな夜。

 化け狸の長が寛いでいた東屋に、招かれざる来訪者が現れた。

 

 それは、妖精の魔女――いや、先代の妖精女王の転生体などと言う信じがたい経歴を持ってはいるものの、間違いなく人間の少女である。

 

 魔法生物が生まれ変わり人間になるなど、聞いたこともなく、実に馬鹿げた夢物語だと思う。

 しかし、いかに信じがたくとも。目の前の存在は日本のダンジョンの大半を守護する妖精女王さえも容易く凌駕する魔力を有しており、だからこそ、その経歴を信じざるを得ない。

 何を考えているのかさっぱり分からない、途方もない強者。つまり、厄介な相手である。

 

 しかし、と長は呆れた視線をその魔女へと向ける。

 この化け狸の里には、この里に住んでいる狸たちの案内がなければ、よそ者は侵入できないはずだ。

 だが、目の前の少女はその妖術をあっさりと無視し、無断で侵入してきている。

 みれば、少し先の野原では、大弓を背負った人間の少女が子狸たちに囲まれて困惑している姿がある。あれは、この魔女の連れだろう。

 子狸たちは楽しげにはしているが、正体不明の不法侵入者と里の子狸たちが仲良くしている状況に、長は大きくため息をついた。

 

「ふふふ。今日は化け狸の長であるあなたにお話があってきたのですよ。いま、ポンコさんがお出かけ中の『吉野ダンジョン』で何が起きているのか、ご存じないのでしょう?」

 

「……ポンコに何かあったのか?」

 

 煙たそうに無視を決め込もうとしていた長だけれど、しかし。

 孫娘の名があがり、そして最近その孫娘が入り浸っている迷宮の名を出されると、ピリリとした剣呑な空気を纏う。

 長の魔力――いや、妖力が膨れ上がり、威嚇するように目の前の魔女を圧迫するが、魔女本人は涼しい顔だ。

 

「ご安心ください。彼女の能力でしたら恐れるような魔物もいませんし、怪我などの心配はありませんよ」

 

 その通りだ。

 いくら子供とはいえ、ポンコはこの狸の里の長の孫娘であり、並の魔物如きに倒される程、弱い存在ではない。

 だからこそ、長は「桃子の付き添いがあるのなら」と、他所のダンジョンの探索に許可を出したのだ。

 だが、それはあくまで「魔物と戦い勝てるか」という、ただの力量の強弱の話でしかない。

 

「ただ、恐らくこのままですと、心の傷が致命的なものになりかねません。詳しくお話しましょうか?」

 

 心の傷。

 ふと、長の脳裏に。過去のポンコとの日々が過る。

 母が永遠にいなくなってしまったことを理解した、幼いポンコの泣き顔が浮かぶ。

 父が瘴気に侵され、奇跡を願うように、一人であがき続けていたポンコの悲しい笑顔が浮かぶ。

 

 長ではなく、祖父として。

 これ以上、孫に悲しみを味わわせるつもりなど、あるわけがない。

 

「……ふん。話せ」

 

「ふふふ。実はですね――」

 

 そして。

 話を聞いた長は、ふと。

 遥か昔の、遠い出来事を。懐古することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そこな跳ねっ返り娘。おめぇまた人間たちと問題起こしてきたらしいじゃねえか」

 

「あーっ、長! 違うっす。あれは人間同士で弱いものいじめをしてたんで、助けてあげたんすよ! 人間の子が可哀想で、みていられなかったんす!」

 

「弱いものいじめを無視できないのはわかった。そりゃお前さんの良い所だな。が、最終的に気に入らない人間をボコボコに痛めつけるのは、やりすぎじゃろうが、阿保娘」

 

 この娘は、化け狸の里において、一番の問題児だった。

 化け狸の里を『狭い』と言い、頻繁に迷宮の上層に出向いては、そこで人間たちに混ざり混む。

 そして、かなりの頻度で人間たちと問題を起こすのだ。

 

「大丈夫っすよ。最近の人間には、刀を持って追いかけまわしてくるような侍はもういないっすからね。洋服着てたっすよ、洋服」

 

「侍がいようがいまいが、問題を起こすんじゃねえよ」

 

「へへっ。あーでも、うちがやらかしたことはクヌギさんには内緒にしといてくださいね」

 

「お前の話なんかせんわ。クヌギに悪影響がでるじゃろうが、夕凪よ」

 

 近年。人間たちは刀を捨て、海外の文化を取り入れ始めたようだ。侍は絶滅し、今は政府とやらが国を取り仕切っている。

 時折、迷宮に珍妙な衣装の人間が現れるようになったが、それが海外から流入してきた『洋服』なのだそうだ。

 

 この娘――夕凪という子狸は、このように。

 迷宮の上層まで出向いては人間たちを間近で眺め、そこで得た情報を毎回化け狸の長まで報告しにやってくるという、実に珍しい化け狸の少女である。

 彼女が持ち帰ってくる報告そのものは確かに有用なものが多く、助かっていないと言えば嘘になる。だがそれと同時に、この娘が引き起こす問題が多すぎる。

 身体が弱いためにあまり外に出て行かない長のひとり息子――クヌギとは接点が少なく、本人たちもほとんど面識はないようだが、長としては息子にあまり近づいて欲しくはないタイプの、実に厄介な娘だった。

 

 

 

 

 

「長! なんかね、人間の世界では『姫』はもういなくなったらしいっすよ」

 

「なんじゃい、唐突に」

 

「いえ、今日たまたまそういう話を聞いたんすよ。なんか、武家が廃止されたとかいう話っす。意味はよくわかんないっすけどね」

 

「ころころ地名も変わりやがるしのう。人間たちも大変じゃわい」

 

 長は、夕凪の報告する『姫』の話題に面食らうが、もちろんその意味くらいはわかる。

 人間の武家――そのなかでも、大名や将軍の娘を『姫』と呼ぶ風習があることくらいは知っている。

 だが、どうやらもう地上では、その風習は廃れているようだ。

 

 人間の文化は、ここ数十年で大きく変わってきた。

 高松藩と呼ばれていた土地は、高松県となり、香川県となり、愛媛県になり、そしてまた香川県に戻る。

 人間からその話を持ち帰って来た夕凪本人も、だいぶ混乱していたものである。

 

「……ねえ、長。うちがクヌギさんとつがいになったら、うちは『化け狸の姫』になれるっすかね?」

 

「何を馬鹿なことを。お前みたいなやんちゃな荒くれは『姫』なんていわんじゃろ」

 

 いつの頃からか、夕凪がクヌギと会うようになったのは知っている。

 長としては複雑な気持ちだが、しかし夕凪はそれで多少は大人しくなり、クヌギは逆に多少は活動的になったことで、目を瞑ることにしている。

 

「でも、うちは長のこと、第二の父ちゃんみたいに思ってるすよ? そうだ、人間たちからおうどんを分けてもらったんで、一緒におうどん食べるっすよ!」

 

「阿呆。なんでわしがお主と飯を食わにゃならん。いいからさっさと帰れ帰れ」

 

 人間の『姫』は知らないが、目の前の夕凪という娘が『姫』などという殊勝な立場にそぐわないことくらい、長にもわかる。

 だが、それはそれとして。

 娘のいない長にとって、娘を感じさせる存在と言えば。

 この夕凪をおいて、他にはいないのもまた、事実だった。

 

 

 

 

 

「長。クヌギさんはまた寝込んでるんすか? うちがまた薬草でもとってきてあげるっすよ」

 

「お前さんが近づくと、クヌギが無理して起きるから帰れ帰れ。そもそも夕凪、おめぇ何しに来た」

 

「そうそう、大変な話を聞いちゃったんすよ。奈良ってところの狼の霊獣が住んでる迷宮を、人間たちが封印するらしいっすよ。うちらも、他人事じゃないっすよ?」

 

「なにぃ? なんじゃ……人間たちは、戦争はするわ、迷宮で好き勝手をするわ、てめぇ勝手な連中じゃのう」

 

 この時代。人間たちは地上の人間同士で大規模な争いを始めていた。

 いや、争いそのものは、どの時代でも存在しただろう。だが、人間の技術の進歩に伴い、その争いの規模は途方もなく巨大なものになってきているのだ。

 迷宮の封印も、今の人間たちの技術ならば可能なのかもしれない。

 

 この化け狸の里は、迷宮の第三層に存在する。上層にあたる二層では、巨大な岩人形が道を塞いでいるため、第三層まで人間が訪れることなどは年に数回あるかないかである。

 だが、いつの日か。この場所にも人間たちが堂々と姿を現す日がくるのだろうかと、長は重苦しい思いを吐き出すように、大きくため息をつく。

 成長して女性的になった夕凪も、同じように人間たちに対し思う所があるのだろう。彼女の、いつもの明るさが鳴りを潜めていた。

 

「おかげで、最近また、瘴気がひどくなっちゃったっすね……」

 

「全くじゃ。んで、夕凪、用はそれだけか?」

 

「あと、前々からクヌギさんが欲しがっていた、人間の『メガネ』を貰ってきたっすよ。まあ、落とし物なんすけど」

 

「いらんじゃろ、そんなもん」

 

 

 

 

 

「親父殿。娘の名前は『ポンコ』に決めました。夕凪のお母上であるポンハナ殿から響きをいただきました」

 

「なんじゃい。また、珍しい名前の付け方じゃな」

 

「女の子は『ハナコ』とか『モモコ』とか、なんとかコ、が普通なんすよ。うち、人間の文化には詳しいんすから!」

 

「そんなもんなのかねぇ。まあ、わしは構わんよ。ポンコ、か。元気に育つと良いのう」

 

 白い布に包まれた小さな狸は、今はすやすやと眠っている。毛も短く、言葉もおぼつかない子狸は、原生生物の子供とほぼ変わらない。

 しかし、化け狸の赤子の成長は早い。数ヶ月もすればある程度の知恵もつき、言葉を話せるようになるはずだ。

 

 長にとっては、初孫だ。見ていると愛らしさについ表情が溶けてしまうので、長は極力孫娘から視線を外して、無関心を装っている。孫の前だろうが、威厳は保たねばならない。

 そんな長に、既に数十年も昔に交わした会話を蒸し返したのは、ポンコを抱く夕凪だ。

 彼女は最近、子育てとともに人間の『うどん作り』に本格的に手を出しており、母となってからも問題児っぷりは変わらない。長にしてみれば夕凪は今もなお、手のかかる娘のような存在だ。

 

「長、覚えてますか? 狸の里の『姫』の話。うちは姫ってガラじゃなかったすけど、ポンコは素敵な『姫』になれるっすかね」

 

「そうじゃのう。母親に似なければ素敵な『姫』になるじゃろうなあ」

 

「親父殿。ポンコは夕凪にとても似てますよ。きっと元気で優しい、誰かの支えになれる『姫』になりますよ」

 

「えっへへ。そうっすね、うちが言うのも変っすけど、うちに似た『姫』になるっすかね。美味しいうどんを作る『姫』になるっすよ、ポンコ」

 

「お前ら、わしの話聞いとる?」

 

 

 

 

 

 

 そうして。走馬灯のように。多くの悲しみと共に。

 時は、過ぎていく。

 

 

 夕凪は死に。

 

 憎しみに染まったクヌギは、瘴気に侵され。

 

 そして、成長したポンコは。

 妖精を連れた、人間の少女と出会った。

 

 

 

 

 

 

「爺ちゃん、わんこを拾って育てるから、ポンはしばらくティタニア様の所の子になるっす!」

 

 長にとって、それは寝耳に水のような報告だった。

 いや、寝耳に水以前の問題で、孫娘が何をいっているのかわからないので驚きようもない。

 

「ポンコ。いいから、わしにもわかるように言わんか」

 

「あ、ええとっすね、実は桃子師匠と一緒に、吉野ダンジョンの『サクラモリ』ってとこに行ってきたんすけど――」

 

 そして、ポンコはようやく最初から説明を始める。

 桃子と訪れたダンジョンで、怪我をした狼を保護したこと。狼の母親を救えなかったこと。

 妖精の国で、その狼の子供が一時的に生活を始めたこと。

 

 その話を伝えるポンコの表情は、遥か昔の幼き日の夕凪と、瓜二つだった。

 

「ってなわけで、わんこが可哀想で、みていられなかったんす!」

 

 

 ――人間の子が可哀想で、みていられなかったんす!

 

 

「…………やれやれじゃ。ポンコは本当に、夕凪に似てきたねえ」

 

「え? ……そっすかね、ポン、母ちゃんに似てるっすか? えへ、なんか、嬉しいっす」

 

「わしとしては、似て欲しくはなかったんじゃがなあ」

 

 夕凪は、好奇心が旺盛で、人間にも寄り添い。弱者を見捨てることのない、強い心の娘だった。

 しかし、だからこそ。弱い人間たちを庇い、娘を残して死んでしまったのだ。

 孫娘にも、間違いなくその母と同じ血が流れていることをいま、長は改めて痛感する。

 

 この孫が、母と同じ運命を辿らぬよう。

 優しさを捨てられないならば、せめて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その紅珠を使って、道を造れ、というわけじゃな?」

 

 魔女――天海梨々の説明は、こうである。

 ポンコの望みを叶えるために、この化け狸の里と、狼の守護する里を繋ぐ道を作って欲しい。そのために必要な紅珠は提供する。

 代償としては、次に牛鬼が動き始めたときに介入する許可と、そして牛鬼の紅珠を回収する権利が欲しい、ということだ。

 

「先に言っておきますが、これは私が狙った状況ではありませんよ? ただ、現状ではそれが一番合理的というだけです」

 

「……で、お前さんが自分でやらない理由は?」

 

「残念ながら、強引に道をつなぐ際の負担に、私の人間の肉体が耐えられません。このダンジョンは吉野から近いですし、あなたなら死ぬほど疲労衰弱する程度で済むでしょう?」

 

「しれっとわしが死ぬほど衰弱する前提で進めておったのか、この女狐めが」

 

 とは言ったものの、孫の為ならば死ぬほどの衰弱程度、構いはしない。

 だがわからないのは、この魔女はポンコのために動きはしないはずだ。少なくとも、紅珠の提供まではすまい。

 長は考える。恐らくは、ポンコだけではなく、二つのダンジョンを繋ぐことで救われる妖精がいるのだろう。この魔女が動くとしたら、娘である妖精女王か、孫にあたる妖精たちのためだ。

 

 だが、孫のためならば、なんでもしようというその一点においては。

 長は、目の前の魔女のあり方を認めていた。

 

「まあ、しかし。一度考えさせてもらおうか」

 

「ふふふ。ならば、今から早速、現地へと向かいましょう。あなたの息子さんもいるはずですからね」

 

「やれやれじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「爺ちゃん、爺ちゃ~ん!」

 

「おう、ポンコ。どうした?」

 

「あのっすね、ハクロウ様からハクロウダケを分けてもらったんで、一緒におうどん食べるっすよ!」

 

 

 ――人間たちからおうどんを分けてもらったんで、一緒におうどん食べるっすよ!

 

 

「……全く、どんどん母親に似てきおって」

 

「え、母ちゃんがどうしたっすか?」

 

「いや、なんでもないよ。じゃあ、食事は任せてもよいかい?」

 

「はいっす! ハクロウダケのキノコカレーうどん、すごく美味しいんすよ! 次の大会は、ポンコが優勝っすよ!」

 

「狸の『姫』としては、もう少し落ち着いて欲しいところじゃがなあ」

 

 

 

 

 

 

『――しょうがないっすよ、ポンコは、うちの娘なんすからね!』

 

 

 

 

 

 様々な別れと、出会いを繰り返して。

 今日も、平和に、幸せに。

 

 狸たちの午後は、過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   十一章 けものの姫 了











以上、十一章 けものの姫でした。
活動報告にあとがきも掲載しておりますので、気が向いた方はどうぞご覧ください。
次からしばらく、短篇である『幕間』を幾つか続けます。
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