ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
カルトッフェル
「お待たせしました、こちら『カリーヴルスト』と付け合わせの『オーフェンカルトッフェル』になります」
清潔感のあるウエイトレスが、注文していた料理を運んできた。
丸い皿の上に並んでいるのは、一口サイズに切り分けられたソーセージだ。香ばしく焼き上げられ、断面からは芳醇な汁が滲み出ている。
ソーセージの上からは、この店特製のトマトベースのソースがたっぷりとかかり、香草がちらされていて見た目にも美しい。
そして仕上げとして、カレー粉がどっさり大胆にかけられていた。この大胆さこそが、この店の個性なのだろう。
香草の香りとカレーの香りが混ざり合い、その中心には香ばしいソーセージの香りが広がっている。
香りを嗅いだだけで、思わず口の中に涎が溢れそうだ。
付け合わせの『オーフェンカルトッフェル』は難しい名前だが、つまりは日本語なら焼きジャガイモ、英語ではベイクドポテトのことである。こちらは実にシンプルで、ジャガイモに切れ目を入れ、店の窯を使い直火で焼いたものだ。
皮はカラッと焼き上がっており、その切れ目からはホクホクのジャガイモが顔を覗かせている。フォークを入れるのが楽しみだ。
「あははっ、見て見て柚花、ソーセージにカレー粉がかかってるよ、すごいじゃん!」
「想像以上にどっさりとカレー粉がかかってますね。これは本場のドイツ人もびっくりするんじゃないですか?」
大量のカレー粉に、注文した桃子もご満悦だ。
ここは、房総ダンジョンギルドを出てすぐの大通りに新しくオープンした、ドイツ料理専門を謳う小さなレストラン。
桃子たちが座っているのは、その店の一番窓際に位置するテーブル席だ。
ちょうどこの窓はギルドやダンジョンの入り口が覗ける位置となっており、今日も多くの探索者たちが房総ダンジョンへと入っていく姿が見える。
「うん、美味しい美味しい。このソーセージは持ち帰り可能だったら今度ヘノちゃんに買って行ってあげようかな」
「そうですね。ヘノ先輩って、ソーセージは食べたことないんじゃないですか?」
「ハンバーグとジャガイモならヘノちゃんも食べたことあるけど、ソーセージはないかもねえ」
桃子はカレー味ソーセージを味わいながら、ふと、正面でハンバーグを食べている柚花の口許に視線を向ける。
カレー味のソーセージも満足いく美味しさだけれど、柚花の柔らかい唇に滑りおちていくハンバーグもまた、上品で美味しそうだ。
この店では、一般的な日本人が『ドイツ料理』と言われてすぐに想像つくようなわかりやすいものが、メインメニューとなっていた。
ソーセージ、ハンバーグ、ジャガイモ、そしてビール。それが、この店の主力だ。
ドイツ料理専門店と聞くと本格的な高級料理をイメージしてしまいそうだが、店内はむしろ気軽なファミリーレストランのような雰囲気だった。
もしかすれば夜になればビール目当ての客が増え、店の雰囲気も変わるかもしれないけれど、今はまだ陽の高い時間帯だ。ソーセージやハンバーグ目当ての若い客が楽しげに雑談に花を咲かせている。
大手チェーンのファミリーレストランほどではないが、意外と若い客層の多い店なのかもしれない。
もちろん桃子と柚花も、その「若い客層」の一組である。
「それにしても、ダンジョンの外に出てすぐドイツ料理が食べられるなんて、なんかすごいね」
「そうですね。イタリアンとか中華ならともかく、ドイツ料理なんて普通に珍しいですし」
「世の中、何がどう影響するか分からないものだねえ」
桃子は、フォークの先でベイクドポテトの皮を器用に剥きながら、しんみりと呟く。
皮の下からはほくほくのジャガイモが姿を現し、まだ内部には熱が籠っているようで、白い湯気が立ちのぼる。
ジャガイモ。
桃子はしばらく前から、なにかとこの食材に縁があるのだ。
「先輩、ドイツ料理ブームのきっかけを作った本人がそれ言います?」
「うーん、これって、私がきっかけ作ったことになるのかなあ……? 原因は窓口さんじゃない?」
「でも、更にもとを辿れば先輩じゃないですか」
そりゃそうだ。桃子は納得する。
桃子はジャガイモを口に運びながら、この不思議なドイツ料理ブームに至る顛末を思い返す。
ことの始まり。
それは、数ヵ月ほど前にインターネット上に書き込まれた、ひとつの書き込みだった。
【北海道ダンジョン用 雑談スレ(札幌/摩周)】
:ダンジョン内で食べる飯がうますぎて探索者やめられない
:わかる。ダンジョンの飯って、キャンプ飯ともちょっと違うよね。
:ダンジョンは魔物もいるし、キャンプ場みたいに呑気にカレーとか作ってられないから、キャンプ飯とは似て非なるものなのだ
:新人の頃、カレーの材料持っていったらベテラン探索者に怒られた思い出
:そりゃ仕方ないな。魔物もいる場所でのんきに時間かけて匂いの強いもの作る新人がパーティにいたら困る
:カレーで怒鳴られるの草
:楽しいキャンプ場と勘違いしてるような奴が魔物に襲われて怪我するんだよ
:時間かけて上手いもmの食べたいならmそりだけの実力が必要な世界 それが。。。ダンジョンダ!
:格好つけすぎて入力ミスしすぎなのよ
:食いしん坊には美食三銃士のチャンネルおすすめ 夜中に見てたけど、気づけば深夜にラーメン食ってた。あいつら許さねえ
:草
:話を戻すけど、ダンジョン内の水とかに魔力が含まれてるから、持ち込みの食料だとしても実際に美味しく感じるらしいよ
:ダンジョン内で食べるじゃがバターは至高
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:ジャガイモといえば、コロポックルがジャガイモ探してたって噂覚えてるやつおる?
:あったね、なんかそんな目撃談
:俺んち、ジャガイモは山ほど採れるからさ。摩周ダンジョンにまた入れるようになったなら、ジャガイモ持っていこうかなって思うんだけど、どう思う?
:いいんじゃない? うちもじゃがいも大量にとれるから一緒に行こうか
:俺もじゃがいもならだせるぞ
:日時を決めて一緒にジャガイモ運び込もうぜ!
:待て、あのダンジョンは夜は年中氷点下だ。きちんと対策を考えないとせっかくのじゃがいもがダメになるぞ。
:きちんと対策してからいくか
:お前らこんなところで道民の団結力を見せるなよw
このネットワーク上のやり取りは、最初は誰もが掲示板での冗談混じりの雑談としか考えていなかった。
しかし、彼らの行動力は侮れない。のちに彼らは話し合いの場をギルドの目の届かぬSNSに移し、着実に『カムイダンジョンにジャガイモを届けよう計画』は進行していたのである。
彼らはまず、コロポックルが生息するというフキの林に、コロポックルのための小さな祭壇、いわゆる『お社』を建てることにした。
いかにジャガイモが寒さに強い食料と言えども、夜は氷点下に達する摩周ダンジョンに野ざらしにしてしまえば、あっという間にダメになってしまうだろう。
そこで、ジャガイモを供えるためにはまず冷気対策として、その『いれもの』を用意しよう、ということになったのだ。
祠程度の小さな社を建てること自体は、摩周ダンジョンギルドも、そしてこの地の管理人のような立場にいるペンション『パイカラ』オーナーである雪村も了承していた。
彼らも、コロポックルに対しては並々ならぬ思いがあるのだ。コロポックルを奉るため、という話できちんとした計画表を見せれば、快くうなずいてくれた。
ただし。
許可を出した彼らは知らなかったのだ。
その建てられた社の本来の目的が「ジャガイモ入れ」である、ということを。
そして、その建てられた社が。
この地に咲き乱れる氷の花から生まれた小妖精たちにとって、お気に入りの『おうち』になってしまう、ということを。
摩周ダンジョン第一層『白い湖畔』の夜。
それは、氷の花の妖精たちが、自由に湖畔で遊び回る時間である。ペンション『パイカラ』からは実際に、夜な夜な湖畔を白く小さな光が飛び回る姿が目撃されている。
その日も、氷の花の妖精たちが湖畔で遊び回り。
そして、最近になって新しく建てられた『おうち』に集っていた。
『おうちー!』
『おうちでおやすみするね』
『こんにちはー』
『いらっしゃいー』
この不思議な『おうち』は、気づけばこの場所に建てられていたものである。
湖畔で夜中まで遊び回り、途中で疲れたらこの新しくできた『おうち』で休憩する。それがこの建物が増えてからの、彼女たちの日々の過ごし方となった。
おうちのまわりにはフキの葉が繁っている。四季の存在しないこの階層のフキは、地上のものとは違う、いわば『魔法のフキ』である。
氷点下を繰り返すこの階層において、そのフキはいつまでも鮮やかな緑色に色づいていた。
少し前までは桃子の膝程度の高さしかなかったフキが、今では桃子の頭くらいの高さまで育っている。既にもう、立派なフキ林といえるだろう。
最近の氷妖精たちのブームは、そのフキ林の探検ごっこだ。不思議なことに、内部は迷路のようになっており、まっすぐに進んでいるつもりでも気づけば知らない場所を進んでいるのだ。
そういうときは、フキの林のなかにいる不思議な衣装の子供に、フキの林の外まで案内してもらう。
それが、氷の花の妖精たちの遊びだった。
そんなある日。
氷の花の小妖精たちは『それ』に気づくことになる。
『ぼーる?』
『なあに?』
『近づかない! 危ない! 近づかない!』
『こわーい』
湖畔に建てられた小さな社。
地上1メートルほどの位置に小さな小屋のようなデザインの空間があり、小妖精たちはその場所を『おうち』として親しんでいた。
しかし、この日。
偶然にも、その『おうち』よりも下の空間に、不思議な物体が詰め込まれていることに気づいてしまったのだ。
事実だけを簡潔に述べてしまうと、社の下部には観音開きで開く扉が設置されており、その内壁には防寒素材が貼られ、一部の探索者たちによる「ジャガイモ入れ」となっていたのだ。
これは、いつの日かコロポックルの少女が気づいて、ジャガイモを取りに来てくれることを願った探索者たちが仕込んでいたものである。
彼らとて、このまま放置するつもりはなかったのだ。しばらくしてじゃがいもに変化がなければ、諦めて回収するつもりだったのだ。
しかし、運命とは数奇なものである。
ジャガイモは、コロポックルやももポックルに気づかれることはなかった。
けれど、誰にも気づかれなかったわけではない。その丸くてごつごつした物体は、この夜。
大勢の氷の花の妖精たちとの出会いを果たしたのだ。
『なにかあるよ』
『危ないよ』
『こわーい』
『えーん! えーん!』
場は騒然とする。
彼女らが生まれたての頃ならば、引率としてヘノをはじめとした他の妖精たちがこの場についていたのだが、さすがにもう氷妖精たちは独断で行動するようになっている。
引率についていた妖精のメンバーならば、桃子のカレーの材料として、ジャガイモというものを知っていたはずだ。そうでなくとも、その見た目からして、植物性のなにかだという判断はつけられただろう。
だが、残念。この場にはジャガイモというものを知らない、無知な小妖精たちしかいなかったのだ。
氷妖精たちは考える。
これは、恐ろしい敵の可能性がある、と。
唐突に巨大化して、自分たちを食べてしまうかもしれない。
唐突に口が開き、とても意地悪なことを言われるかもしれない。
唐突に手が出てきて、自分たちをこねくりまわした挙げ句、この物体のひとつにされてしまうのかもしれない。
そう考えると、誰もその不思議な物体に近づこうという妖精はいなかった。なかには恐怖のあまり泣き出すものもいる始末だ。
しかし、そんな氷妖精たちのなかに一人。
まるで天啓のような解決策を口にする小妖精が現れた。
『姉さまに聞こう!』
そう、彼女たちには、姉さまがいるのだ。
ニムやルイなど、大きな妖精たちは自分達に優しくしてくれる姉のような存在ではあるが、彼女たちはあくまで「姉のような存在」でしかない。
しかし、そのなかに唯一。
実際に、彼女たちには姉と呼べる存在がいたのだ。
氷の花の妖精たちがこの世界に生誕する際、いくつかの魔力がその源になっていた。
主な魔力の提供者は母である女王ティタニアだが、その次に彼女たちの源となったのは、とある妖精の魔力である。
その魔力の持ち主こそが、彼女たちの「姉」である。
人間の「姉」が血縁で繋がれた存在ならば、彼女たちにとっての「姉」は、魔力で繋がれた存在なのだ。
『ヘノ姉さまー!』
『ヘノ姉さまを呼ぼう!』
『ヘノねーさま! ヘノねーさま!』
そうして、氷点下の湖畔に「ヘノ姉様コール」が合唱のように響き始めた。
そのコールは、氷妖精に深夜に呼び出されて不機嫌になってしまったヘノがやって来るまで。
延々と、続いていたという。