ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『ねーさま! ねーさま!』
「すやすや。ヘノは寝てるから。話しかけても無駄だぞ。すやすや」
『ねーさま! ねーさま! 大変なのー!』
「うぅ……ヘ、ヘノぉ……お話くらい、聞いてあげましょうよぉ……」
時刻は遅く、すでに子供はベッドに入っている時間だ。
桃子のいない平日の夜。妖精の畑に設置されているベンチにて、ヘノとニムがスヤスヤ眠っていたところに、その眠りを妨げようとする存在が現れた。
それは、氷の花の妖精。ヘノを「姉さま」と慕う子供たちの一人だ。
ヘノは早々に目覚めてはいたのだが、面倒くさそうなので寝たふりをして無視していた。むしろ、横で寝ていたニムのほうが先に起きてしまったほどだ。
だが、横で目覚めたニムが話を聞いたところ、なんでも氷妖精の住まいに『なにかわからないもの』が突如現れて、氷妖精たちが一大事だと言うではないか。
彼女たちの住まいがあること自体がヘノたちにとっては初耳なのだが、しかしそれはそれとして。
ヘノは、面倒臭く思っているのは事実だが、しかし決して彼女たちが嫌いなわけではない。むしろ、大切な妹たちだ。
その妹である小妖精たちの危機というのならば、いくらヘノとてそれを無視して狸寝入りを続けるわけにもいかず、早速摩周ダンジョンへと向かおう、ということになった。成り行きとはいえ、もちろんニムも一緒だ。
「い、急ぎましょうかぁ……な、なにかあったら、大変ですからねぇ……」
「仕方ない。さっさと行って。敵を退治して。帰って寝るぞ」
摩周ダンジョンへの光の膜は、調理部屋の脇に建てられた氷部屋の中にある。
氷部屋は普段から氷妖精たちの寝泊まりする場所として作られており、氷妖精のもつ冷気をそのまま食品の保存に活用している画期的な空間だ。
断熱素材の壁で囲まれたその空間には、桃子が持ち込んだ地上の食材や、冷凍うどんの束、容器に入れられた氷、などが並んでいる。
それらの食品を横目に、ヘノたちは摩周ダンジョンへと続く光の膜を通り抜けていった。
北海道、摩周ダンジョンの湖畔でオロオロしている氷の花の妖精たちの前に、彼女らの『姉さま』たる風の妖精ヘノと、その親友である水の妖精ニムが訪れたのは、それからすぐのことだ。
摩周ダンジョンの湖畔。
氷の花の妖精――氷妖精たちの『おうち』前。
神槍ツヨマージを現出させ、謎の敵に備えてピリピリしていたヘノだったが、氷妖精たちが示すその『なにかわからないもの』を見るや否や、呆れたように脱力し、ツヨマージを消し去った。
寝ているところを叩き起こされてまでやってきたヘノは、ことの真相を前に憮然とした不機嫌顔を浮かべている。横にいるニムも、これには苦笑せざるを得ない。
「まったく。拍子抜けだな。これが。謎の敵か」
『こわい、ヘノねーさま、助けて!』
『えーん、えーん!』
「うぅ……こ、これは、こわいものではないですからねぇ?」
ヘノは、恐れもせずにそれに近づいていき、ぺたぺたと、その表面に直接手を触れて確認している。
堂々とその怪しげなものに近づく姉の勇気ある行動に、周囲の氷妖精たちからはどよめきの声があがる。
だが、ヘノとニムはこの丸いごつごつしたものがなんなのか知っているので、勇気もなにもない。
サイズにして、ヘノとだいたい同じくらいの大きさの、薄茶色で丸い物体。どれもごつごつしていて、所々に土の汚れが残っている。
そう。これは『ジャガイモ』だ。
「いいかお前ら。これは。ジャガイモっていう。食べ物だ。桃子のカレーで何度も食べたことあるぞ」
「も、桃子さんが……地上のお店で、たまに買ってきてますよねぇ……」
『じゃが……も?』
『がじゃいも!』
『がじゃがじゃ!』
「がじゃいもでも。がじゃがじゃでもなくて。ジャガイモだぞ。じゃ。が。い。も。だぞ」
『じゃーいも!』
『じゃいもっ。じゃいもっ』
『ぽていとう』
「お前ら。誰も。正しい名前。言えてないな」
「うぅ……こ、この子達にはちょっと、難しい名前でしたかねぇ……ジャガイモ」
ジャガイモ。
氷の花の子供たちにはまだ馴染みのない響きの単語は、覚えるのが大変なのだろう。正しく「ジャガイモ」と言えない小妖精たちの姿にヘノは小さく嘆息し、名前を教えるのを諦める。
もっとも、今はジャガイモの名称は問題ではなく、どうしてジャガイモが、小妖精たちの『おうち』に隠されていたのか、が謎なのだ。
「うぅ……じゃ、ジャガイモが、どうしてこんな場所にあるんでしょうねぇ……?」
『不思議ー』
『なんで? なんで?』
「謎だな。こういうときこそ。リドルを連れて来るべきだったか」
氷妖精たちが言うには、この小さな建物は、氷妖精たちの『おうち』として作られたものらしい。そのおうちに、つい先ほど唐突に、そのジャガイモが出現したのだという。まさに怪奇現象だ。
言うまでもなく、氷妖精たちがヘノに伝えたそれらの証言そのものが、事実と大きく異なっていた。
実際には、これは彼女たちのための『おうち』ではないし、ジャガイモは以前からこの中に置かれていたものに、先ほど気づいただけである。
が、残念ながらそれを指摘できるものはここにはいなかった。
「そもそも。こいつらの家なんて。いつから建ってたんだ?」
「こ、このダンジョンの方々は、魔法生物が、だ、大好きですからねぇ……」
ヘノとニムも、話としては知っている。
この摩周ダンジョン第一層に存在するペンション『パイカラ』とは、過去に亡くなったコロポックルの少女の名を冠しているのだそうだ。
コロポックルのためにペンションを建てるくらいなのだから、氷妖精のために小さな家くらいは建てるだろうと、ヘノたちは『おうち』の存在を疑問にも思わない。
その認識が余計に、謎を加速させていくのだった。
「まあ。よくわからないけど。お前らの家なんだ。お前らが好きに食べちゃえば。いいだろ」
『食べるの?』
『おいしいの?』
「おいしいぞ。でも。そのままじゃ。駄目だぞ。カレーに入れて。食べるやつだからな」
「も、桃子さんがいないから……か、カレーは、つくれませんねぇ……」
『えー』
『食べられないの?』
ヘノは考える。
出現に至るまでの過程はさっぱりわからないものの、実際問題として目の前にある氷妖精たちの家のなかにはジャガイモが大量に存在する。
ジャガイモは、食べ物だ。
なので、せっかくなのだから氷妖精たちにも食べさせてあげたい気持ちもあるし、なにより自分がジャガイモを食べたくなってきた。
カレーに入っていたジャガイモは、ほくほくしてて、なんだか面白くて、美味しいものだったのだ。
「じゃ、じゃあ……カレー以外の食べ方を、誰かに、聞いてみたらどうでしょうかぁ……?」
「そうだな。カレー以外にも。食べ方は。あるかもしれないな」
『食べたい!』
『食べよう』
ヘノが考え込んでいると、ニムが提案する。
彼女の言う通りで、この場にいるメンバーで考えてもわからないものならば、ジャガイモについて知っていそうな相手に聞けば良いのだ。なにも、ジャガイモについて知っている相手は、桃子だけではないのだから。
そして、結論が出るや否や、氷妖精たちはわらわらとジャガイモに向かって群れをなす。
『もってかえるー』
『もってくね! もってくね!』
『うんしょ! うんしょ!』
「こいつら。さっきまで怖がってたくせに。どんどんジャガイモを運び出していくな」
ヘノとニムの前には、気づけば氷妖精たちの列ができていた。
一人で一つ、大きいものなら二人で一つ、順番に氷妖精たちがジャガイモを運び出していく。その姿はまるで、砂糖を運ぶアリの行列さながらだ。
「わ、私たちも、ジャガイモ運びますかぁ……?」
「まあ。仕方ないな。美味しい食べ物のためなら。頑張るか」
小さな氷妖精に紛れて、ヘノとニムもジャガイモを運ぶ列に並び、よいしょ、よいしょと妖精の国へジャガイモを運び出す。
氷点下の夜。はらはらと粉雪の降る摩周ダンジョンの湖畔には、この日、ジャガイモ運びの妖精たちの行列が出来ていた。
そんな、不思議な光景を。
まだ小さく、力も持たない、生まれたばかりのフキの小人たちだけが、静かに眺めているのだった。
「ジャガイモっすか? ええと、知ってるっすけど、いきなり聞かれると頭が真っ白になっちゃうっすよ」
ヘノたちが全てのジャガイモを回収して妖精の国へと戻ってきたのは、時刻にしてすでに24時はとうに過ぎている、まさに深夜だ。
そんな深夜の妖精の国で、ヘノたちに囲まれてジャガイモについて問いただされているのは、料理人見習いのポンコである。
ポンコがこんな夜中に妖精の国にいるのは、なにもヘノたちが呼び出した訳ではなく、ただの通りすがりである。
彼女は夜な夜な妖精の国を経由して桃の窪地に在駐している父親に会いに行っているために、これくらいの時間帯によく妖精の国で目撃されるのだ。
「思い出せ。思い出したら。お前にもわけてやるぞ」
『思い出してー』
『ジャガイモ! ジャガイモ!』
「そ、そんなにみんなで急かしたら……ポ、ポンコさんが可哀想ですよぉ……」
夜の花畑で、オロオロとしているポンコをヘノをはじめとした妖精たちが囲んでいる。
最初は氷妖精だけだったのだが、途中からは他の小妖精たちも囲みに加わっていた。無論、彼女たちはジャガイモのことなんて知らないので、ただただ雰囲気でポンコを囲っているだけである。
そしていまや妖精たちの注目の的となっているポンコが、ポンと手を打ち、ポンと思い出す。
「ポン、思い出したっす! ジャガイモは、細く切ったり、薄く切ったりしたのを油で揚げると美味しいっすよ! ぽてとちっぷす、っす!」
ポンコは、以前食べたことのある食べ物を思い出した。
いつぞや、師匠の一人である炎城寺マグマのもとで、揚げ物について学んでいた時のことだ。彼は「あまりうどんにいれるものじゃないが」と前置きしつつ、ポンコにお手製のポテトチップスを作ってくれたのだ。
食感は天ぷらや揚げ玉のようにサックリとしているけれど、食べるとジャガイモのでんぷん独特の味わいと舌触りで、ポンコはその味わいに目を丸くしたものだ。
「なんか。聞いたことあるな。前に。食べたことあるぞ」
「ゆ、柚花さんと桃子さんが、おやつで、そういうのを食べてませんでしたかぁ……?」
「人間の世界では、ポテトチップスはよく食べられてるらしいっすね」
「あれも。ジャガイモだったのか」
ポテトチップスならば、ヘノとニムも知っていた。
袋に入っていて、平たく丸い、パリパリとしたおやつだ。甘いお菓子を期待して食べたらしょっぱかったので、美味しくはあったけれど、なんだか腑に落ちない気持ちになったのを覚えている。
「じゃ、ジャガイモを揚げると、あんな風になるんですねぇ……」
「調理部屋に。桃子が持ってきてる。油は。あったはずだな」
「あっ、でも! ジャガイモを油で揚げるのは大人と一緒じゃなきゃ駄目なんすよ。だから、この妖精の国じゃ作れないっすね」
「うぅ……ざ、残念ですねえ」
「まあ。この場所に。大人なんてくること。ないからな」
ヘノやニム、それに周囲で聞いている小妖精たちはあまりピンときていないけれど、油で揚げる料理というのは、火傷の恐れもあり、場合によっては油に引火してしまうため非常に危険なのだ。
ポンコも、マグマたちからは口を酸っぱくして言われている。揚げ物は、絶対に大人がいるときにしか調理してはいけない、と。
そのルールに照らし合わせるならば、この妖精の国には大人というのは存在しない。
桃子は子供だし、柚花は子供ではなさそうだけれど、大人というにはなんだか違う気もする。
なので、大人がいないと作れないから、妖精の国では作れない。そう言われてしまっては、ヘノやニムも諦めざるを得ない。
もっとも、過去には桃子が普通にカニ揚げを製作しているのだが、仮にヘノたちがそれを思い出したところで、今現在は桃子たちが不在なのだから結論は変わらなかっただろう。
さらに、料理人として成長しているポンコは続ける。
ポンコは知っている。油で揚げる以外にも、ジャガイモの調理方法は存在するのだ。
「あとは、多分普通にゆでたり焼いたりしても、美味しくなるっすよ? 寒い時期には、肉じゃがうどんっていう甘じょっぱいおうどんを作ったこともあるっす」
「たぬき。そういう簡単なのがあるなら。そっちを先に言え」
「うぅ……や、焼くだけなら、フラムでも起こしてくれば今からでも作れますねぇ……」
さて、どうするか。ヘノとニムは、周囲を見回す。
火で焼くだけならば、道具も不要だ。やろうと思えば今からでも実行することは可能だろう。どこかで寝ているであろうフラムを叩き起こす必要はあるけれど。
『眠くなっちゃった』
『眠いー』
『むにゃむにゃ……』
しかし実は、先ほどから周囲が静かだとは思っていたのだが、ポンコとヘノが話している間にも、周囲を取り囲んでいた小妖精たちがうとうとし始めてしまったのだ。
やはり、遊んだあとにジャガイモを運び、そして時間的にも既に真夜中である。子供はとうに寝ているはずの時間だ。
「こら。氷妖精たちはここで寝るな。ほら。氷部屋に行くぞ」
『姉さま、つれてってー……』
既に状況は、ジャガイモを食べるどころではなくなっていた。
氷妖精たちがこんな1ヵ所に集まって寝てしまっては、この一帯に霜が降りて花畑がダメになってしまう。それはさすがによろしくない。
ヘノはあわてて、その場で眠ろうとする氷妖精たちを引っ張り起こしてまわる。
「きょ、今日はもう、無理そうですねぇ……」
「小妖精たち、おねむみたいっすね。じゃあ、ポンもそろそろ帰るっすよ」
「そうだな。夜中に捕まえて。なんだかすまん。おまえもジャガイモ。持ってってくれ」
「やった、じゃあいくつか貰っていくっすね! ポンも里で食べてみようと思うっすよ!」
ポンコは、桃子が調理部屋に常備しておいたポリ袋に、いくつかのジャガイモを詰め込んでいく。
「じゃ、おやすみっすよー!」
ポンコは夜中だというのに、元気いっぱいで帰っていく。狸は夜行性なのだ。
「あいつ。夜のほうが。元気だな」
「ヘノぉ……わ、私たちも、氷妖精たちを部屋に送ったら、寝ましょうよぉ……」
「ん。そうだな。寝るか」
眠たげなニムが、ヘノの腕をくいくいと引っ張る。ジャガイモ騒動で目が覚めてしまったものの、普段ならばもう寝ている時間なのだ。
元気いっぱいのポンコがいなくなった花畑には、静寂が戻ってきている。ヘノとニムは、静かな夜空の下で、ふわあと大きくあくびをしつつ。
再びその場で眠りはじめてしまった氷妖精たちをどうにか叩き起こして、氷部屋へと連れていくのだった。