ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子16歳
一人の少女がいた。少女の名は、桃子。
フルネームは、笹川桃子。
都内でもそれなりに有名な、お嬢様の多く通うミッション系の学校――聖ミュゲット女学園の二年生。11月生まれの16歳。
好きなものはカレーと工作。苦手なものは社会科、とくに地理。運動神経は悪くないが、なぜだかダンスの授業では独特な動きになる。
成績は中の中、もしくは中の下。授業はきちんと真面目に受けているのだけれど、残念ながら成績はさほどパッとしない。
部活動はお料理研究部で、もっぱら部活動では新しいカレーの配合ばかり考えている。部内ではすでに、カレーの権化としての立場を確立している。
友達は多く、誰にでもにこやかに接し、穏やかで争い事は好まない性格だ。
身長は135センチで止まってしまった。童顔なこともあり、子供と勘違いされることは珍しくない。
そして、房総ダンジョンにホーム登録している、【隠遁】という、世にも珍しいスキルを所持したソロ探索者である。
2021年、11月。
9月半ばまで続いていた夏の暑さは嘘のように消え去り、季節はもう秋の真っ只中だ。
冷え込む日などは息が白くなり、普段の生活の中でも温かい食べ物が恋しくなってくる。大通りを見渡せば、冬物の上着に身を包んだ人々がちらほらと目に入る。
桃子は通りすがりに、賑やかな店先のウィンドウに視線を向けた。先週までは様々な店が、ハロウィンに合わせたカボチャのキャラクターやコミカルなお化けのグッズを並べていたはずだ。しかし今はカボチャたちの姿はなく、代わりにサンタクロースやトナカイが店先を飾っている。まだ11月上旬だというのに、すでにクリスマス商戦が始まっているようだ。
「ふぅ、なんだかもうすぐ冬って感じだなぁ。秋ってすぐに終わっちゃう……」
そんな賑わう街の様子を眺めながら歩いた先に、桃子の目的地である房総ダンジョンギルドがある。彼女は自動扉を潜り、すでに暖房の入れられている建物内へと入っていく。
ギルドの中は相も変わらず活気が溢れていた。室内を見渡すと、ダンジョンに潜るために受付で手続き中の探索者たちや、ラウンジに集まって仲間と会議をしているパーティの姿が見える。
桃子はそんな活気溢れる探索者たちを尻目に、とてとてと、一番奥の一番目立たない受付へとまっすぐ向かっていく。
「窓口さん、こんにちは、お久しぶりです」
「あら、桃子さん。お久しぶりです。一ヶ月半ぶりくらいですかね?」
「えへへ。ようやく学校の文化祭が終わって、土日もゆっくり過ごせるようになりました」
受付のカウンターの向こうで、にこやかに桃子に挨拶を向けるギルド職員。彼女の名は窓口杏。
桃子が14歳の頃からずっと担当してくれている、房総ダンジョンギルドの女性職員だ。
なお、桃子は彼女の『窓口』という呼称が本名だとは気づかずに、ずっと役職名を名乗っている仕事熱心な女性なのだと思い込んでいる。この誤解が解けるのは、あと2年ほど後のことである。
桃子が先んじて懐から取り出していた探索者カードを提示すると、杏はそれを受け取り専用の機械に通していく。
近年は、ダンジョンの出入りはこうして各地のギルドにある機械で管理しているのだ。
「先月は、窓口さんは新宿ダンジョンに行ってたんですよね。えと、研修でしたっけ?」
桃子も杏ももう慣れたもので、機械で処理をしながらも互いの近況報告のような雑談を交わしている。
「ええ。房総ダンジョンとは随分と違っていて、本格的な探索者も、いろいろ悩んでいる新人の子たちもいましたよ。それで桃子さん、例のハンマーは使用しますか?」
「あ、はい! この前のハンマー、これからしっかり練習していく予定です!」
「では、あのハンマーはここで渡すには少々重すぎますから、あとで台車を使って門の手前まで運んでおきますね。帰りの際は、門の手前で守衛に預けてくだされば構いませんので」
「え、やった! あのハンマー、地上だと物凄く重くて、この受付に持ってくるのも大変だったんです」
「本当に、あのときは驚きましたよ。桃子さんが、自分の身体より大きいんじゃないかっていうハンマーを引きずって入ってくるんですから」
「あはは、ダンジョンの中だときちんと持ち上げられるんですけどねー」
話題にあがった『ハンマー』とは、今年の夏の終わり頃に、桃子がダンジョン内で入手した新たな武器である。
房総ダンジョン第一層『森林迷宮』は、日本有数の危険の少ない階層だ。とはいえ、そんな房総ダンジョンでも魔物は現れる。そして時には、変異体とも呼ばれるような、明らかに格上である魔物が出現することもあるのだ。
例えば。ハンマーのような巨大な武器を振り回す、武装した特殊なゴブリンが出現することもある。
「でも、桃子さんのお陰でギルドは助かりました」
「まあ、私があのゴブリン見つけたのって、本当にたまたまの偶然でしたけどね」
ギルドがダンジョン内の探索者に向けて警告を送信するのと、森の中で桃子が武装ゴブリンを発見したのはほぼ同時刻であった。
桃子は【隠遁】という呪いのようなスキルの恩恵で、他の探索者たちとコミュニケーションを取れない代わりに、魔物たちからも認識されずに行動できる特異な探索者である。
この日も、魔物から見つからないのを良いことに、大して警戒心も持たずにお手製の投石器をゴロゴロと押し運びながら、ゴブリン出現スポットに出入りしていたのだ。
そしてその日、その場所で、桃子はそれを発見したのだ。
ほかの探索者たちが武装ゴブリン出現の連絡にざわめき、皆が安全なルートでダンジョン外へと退避しているのと、まさに時を同じくして。
桃子は、巨大なハンマーを手に持った武装ゴブリンに投石器を向けて、岩をセットしていた。
何度も改良に改良を重ねた自信作の投石器に、サッカーボール大の大岩を乗せる。ギリギリ、ギリギリと紐を締め上げ、ハンマーを持つゴブリンへと狙いを定めて――。
一撃。
警戒すべき武装ゴブリンを、大岩の一発で。まるで、凶暴なゴブリンなど元から居なかったかのように、あっさりと。煤へと戻したのだった。
「あの時は、ゴブリンが持ってたハンマーも一緒に消えちゃうものだと思ってたんですけどね。消えずに残ってくれたことに、なんだか運命的なものを感じるんですよね」
「運命……ですか。ギルド職員としては取り回しの難しい大型武器はあまりお勧めできないんですけどね」
本来ならば、ハンマーのような大型武器というのは、よほどの技量の持ち主でない限りは推奨されることはない。確かに一撃の威力はあるのだが、その分、臨機応変な取り回しができず、自分の隙も大きくなってしまう。
ゲームとは違い、"肉を切らせて骨を断つ"とはいかないのだ。人間は、そこまでタフでもないし、根性や我慢でどうにかするにも限界がある。
しかし、一方的に敵の背後に回り込み、力任せに殴れる桃子がそれを所持した場合は、話が変わってくる。
「でも、桃子さんの『魔物から見えなくなるスキル』と組み合わせるなら、意外と合ってるのかもしれませんね」
「ですよね! ですよね!」
桃子はこれまで、魔物と戦うために、たった一人だけで『投石器』を作り続けてきた、非常に変わったソロ探索者だ。ダンジョン内で少女が一人、ひたすら工作に励むなど、【隠遁】で身を隠し続けられる桃子だからこそ許された暴挙だろう。
だが――どうやらこの"運命的な武器"との出会いによって、投石器でゴブリンと戦う日々にも終止符が打たれたようだ。
「私、これから頑張って、ハンマーの取り扱いの練習をしていこうと思うんです! 今日はハンマー練習して、カレー食べて、あとはゆっくり休んで過ごそうかなって」
「……まあ、桃子さんのスキルなら問題はないとは思いますが。それでも、危険な場所なわけですからね? 本当に、ダンジョン内では危機感を持って、気を付けてくださいね」
「はい、わかりました!」
杏の心配をわかっているのかいないのか。多分あまりわかっていないのだが、桃子は新たなハンマーという相棒をひっさげて。
この日もそうして、意気揚々と。
木々の茂る『森林迷宮』へと、元気に足を踏み入れるのであった。
そして、ダンジョン内にて、あっという間に時は過ぎていく。
「うん、このハンマー、悪くないじゃん」
桃子は、ダンジョン内でならば【怪力○】というスキルにより、常人以上のパワーを発揮することが可能である。
その上、この時点で平均的な探索者以上の魔力を保持しているため、それにより身体能力の強化も加えれば、身体より大きなハンマーだろうと問題なく振り回すことができた。
なのでこの日は、手当たり次第にダンジョン内の岩を壊したり、地面を叩きつけたりと、とにかくハンマーを振り回して過ごしていた。
さすがに腕が疲れてきたので今は休憩中だが、ハンマーでゴブリンを叩いてまわれる日も近そうだ。
「これならきっとゴブリンも倒せるし、岩も割れそうじゃん。もしかして第二層の鉱石掘りにも使えるかな」
桃子は、先ほどハンマーで砕いたばかりの大きめの岩の断面に腰掛けて、この武器の用途を考える。
魔物と戦うだけでなく、鉱石を含んだ岩壁を砕けるとしたら。
今までは第一層のキノコや果物、薬草を採集し、それをギルドで提出することで多少のお小遣いにしてきたのだけれど、ダンジョンの鉱石が掘れるようになるとしたら、それは桃子にとって大きな進歩なのだ。
具体的には、依頼をこなして入手できるお小遣いの金額が、これまでと大きく変わってくるのだ。
お金に余裕があれば、それだけいいブーツやリュックも買えるし、より良質な調理器具も手に入る。
つまり、おいしいカレーが作れるようになるわけだ。
「……まあ、今日はさっそくカレーでも作ろうかな。まずはご飯だ」
視線の先には、開けた土地がある。
そこでは、今日も複数の探索者パーティがテントを張り、大きな焚き火を囲って、皆で楽しく声を上げている。
スキルのお陰で誰からも気付いてもらえない桃子にとっては、その景色は少し眩しすぎて。けれど、一人きりになりたくなくて。
彼らからは遠く、でも声の届く少しだけ近い場所を選んでは、一人でカレーをかき混ぜる。
それが、この頃の桃子の、ダンジョン生活だった。
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「今日はチキンカレー♪ キノコと薬草入り♪」
鼻歌交じりに、地上から持ち込んだ具材と、ダンジョンで収穫した材料を鍋に放り込む。
カレーを作っているときは、寂しさから解放される。この時間は、桃子のための、桃子だけの、桃子の時間だ。
キャンプグッズの簡単なコンロの上で、鍋が温まっていく。
「信じて混ぜる、信じて混ぜる!」
そして、気づけば会得していた謎スキル【カレー製作】で鍋が輝けば、完成だ。
ダンジョン内では、木の実や薬草、キノコといった様々な食材を拾える。そして、それらを入れるだけで、毎回味わいが変わってくる。
そんなカレーを食べるのが、桃子の一番の楽しみだった。
カレーを味わう桃子のそばを、まるで鍋の中を覗き込むように、ふと。一陣の風が吹き抜けた気がした。
カレーは美味しかった。
桃子が持ち込んでいるのは、ソロキャンプ用のごく小さな鍋だ。一度に作れるカレーの量もたかが知れている。
本当ならば大きな鍋でがっつり大量に作るのもカレーの醍醐味の一つなのだが、自分一人でしか食べないカレーを大量に製作しても仕方ない。仲間とたき火を囲う探索者たちの姿が視線の先に見えるが、あの輪に入ることはすでに諦めている。
桃子にはそれよりも、今はもっと考えるべきことがあった。
日も傾きかけてきたダンジョンの空を眺めながら、独りごちる。
「妖精、かあ……」
妖精。ダンジョンに住まうという、小さな少女たち。
桃子は、誰に話しかけるでもなく。妖精、というものについての言葉を口にする。
「このダンジョンにも、妖精っているのかなあ」
噂として、都市伝説的な話は聞いたことがある。
つい最近、どこぞの動物学者が設置した檻に、青い髪の泣きじゃくる少女が入って出られなくなっていた――などという、本当かどうかも怪しい噂が出回っていた。
果たして、妖精とはどのような少女なのだろうか、と。
柔らかい風に吹かれながら、まだ見ぬ未知の少女たちへ思いを馳せる。
そして。残暑が終わった時期の、とある出来事を、思い出す。
――笹川さん、文化祭の劇で、メインキャストとして出演してくれないかしら。
――スズランの妖精、あなたはこれからスズランの妖精よ!
ひょんなことから、文化祭で妖精を演じることになってしまった日のことを。
なんとも苦々しい表情を浮かべながら、思い返す。
そして、目を閉じて思い浮かべる。
「イチゴちゃん。大好きで、ずっと一緒だった、イチゴちゃん。これから先、また貴女に再会できるなら、そのときは――」
自分にとって、唯一無二の親友だった相手を。
大切で、ずっと一緒にいたはずの、かけがえのないパートナーの、存在を。