ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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人魚のように

「桃子。とりあえずは。アレを作らないとな。胸パッド」

 

『ぶくぶく……ぶくぶく……』

 

「桃子さんの、胸パッド用の……み、水草、とってきますね」

 

『ぶくぶく……ぶく……』

 

「困ったな。桃子が。ぶくぶくしか言わなくなってしまったな」

 

「うぅ……もう少し、待ちましょう……」

 

 

 琵琶湖ダンジョン第四層。全てが水に沈んだ宮殿、深潭宮。

 

 再びこのダンジョンへと訪れた桃子は、さっそくヘノとニムの二人がかりで水中呼吸の魔法をかけてもらう。

 そして意を決して、水に沈んで肺まで水を入れる。

 一度経験したために前ほどの心理的抵抗は少ないものの、人間の身体は肺に水を入れるようには出来ていないのだ。どうしても反応で水を拒んでしまい、咳やら吐き気やらで散々だ。

 やはりこの魔法には慣れそうにない。

 

 

 今は先日と同じ水着に、腰元に雨合羽を縛り付けている。

 そして絶対に外れないよう、【加工】を駆使して作った頑丈なベルトと革袋に紅珠を仕舞いこみ、縮小したハンマーと共に水着の上から腰に固定している。

 

『……あー、あー。うー、うー。あーいーうーえーおー』

 

「どうした。桃子。言葉を忘れてしまったのか」

 

『あーあー。発声練習しただけだからね。それよりヘノちゃんにニムちゃん、来て早々胸パッドを連呼しないでほしいなーって』

 

「うぅ……でも、これを入れないと。私たちの、足元が不安定で……」

 

 桃子がぶくぶく言っている間にニムは近場から水草を集めてきたらしく、束になった状態で桃子に差し出してきた。

 しかたないなあ、とかぼやきながらも、桃子はそれを受け取って丁寧に部位を選別していく。

 

『今日はほら、入り口のところに探索者さんたちが何人か待機してたじゃない? 素通り出来たからいいけど、やっぱり人が近くに居る所で胸パッドの話はさ、私もね、恥ずかしいの』

 

「そう言いながら。手際がいいな。さすが桃子だぞ」

 

 てきぱきと固い部位を取り除いていき、手のひらの上に小山を二つ作る。左右のサイズに偏りがないことをじっくり多角的に確認してから、掌に魔力を送り込んで【加工】を発動させる。

 すると、水草を編み込んで作られたような胸パッドが二つ、桃子の手のひらの上に完成した。

 ちゃっかり、前回よりもサイズ大き目である。

 

 桃子がそれを胸元に入れると、妖精たちは桃子の胸へと殺到した。

 ちなみにヘノが桃子の心臓に近い左胸。ニムが右胸だ。

 

「それにしても。入り口の連中は。何をしていたんだろうな」

 

 ヘノの言う入り口の連中というのは、第三層から続く通路で待機していた探索者グループのことだろう。

 ダイビング用の特殊スーツのようなものを着込んではいたものの、持ち込んだ端末の映像を眺めながらあれこれ話しているだけで、彼らは特に第四層に入る素振りを見せなかった。

 もう少し近づいてみれば会話も聞こえたかもしれないが、妖精を二人連れている状態では【隠遁】の効果が甘くなる。現に通路に居た探索者たちが桃子の足音に気付いたような素振りを見せたため、桃子は見つかる前にさっさと水に飛び込んでしまった。なので、詳細は結局分からずじまいだ。

 

『多分だけど、後衛部隊の人たちなんじゃないかなあ。先にもう深潭宮に入ってるグループがいて、今の人たちはもしものトラブルがあったときの援護要員なんじゃないかなって』

 

「な、なるほど……後衛の方々、だったんですねぇ」

 

「桃子は。賢いな。さすがだぞ」

 

『えへへ』

 

 ヘノに褒められて嫌な気分はしない。

 水底に向かって泳ぎながら、だらしなく頬を緩める桃子だった。

 

 

 

『ええと、ところで。とりあえず魔物から隠れられる水底のほうに降りるとして、そのあとはどうしたらいいのかな?』

 

「女王の言う通り。ヘノとニムで。クジラか。主。どちらかの痕跡を辿ろうと思うぞ」

 

「そ、そうです……。行方不明の、探索者さんたちの魔力を辿るには……別な探索者さんたちが、邪魔になってしまうので、む、難しいです」

 

 水中を進みながら、桃子も女王の言葉を思い返す。

 

 ――ヘノ。ニム。あなた方ならば、その鯨。深潭の主。あるいは巻き込まれた探索者。そのいずれかを探知することは可能でしょう

 

 今現在は、他の探索者たちが この深潭宮に入ってきていると思われるので、人間の魔力を探知するのは得策ではない。

 なので、探すべきはクジラか人魚姫のどちらか、ということになる。

 

『とは言っても、ここは滅茶苦茶広いから、どうしようねえ』

 

「とりあえず。泳いでいれば。どうにかなるだろ。もしかしたら。新しい発見があるかもしれないしな」

 

『うん、そうだね。そうしよう』

 

 妖精たちとの相談を終えて、とりあえずは奥へと進んでいく。

 すると、前に来たときは先まで続く同じ景色に思えていたのだが、改めてみれば位置ごとにそれなりに違いがあることに気付いた。

 

 大きく丘のように膨らんだ場所には多くの珊瑚が生息していた。その周囲には、色鮮やかな熱帯魚のような魚が群れをなしていた。決して水温が温かい熱帯の海というわけではないのだが、これもダンジョンならではの生態なのだろう。

 ギリシャ風の柱が崩れたらしい残骸が漁礁となり、多くの魚の巣となっているスポットもあった。よく見たらそこにはエビの姿もある。今日は捕獲目的ではないので網もボックスも持ってきていないが、ヘノが口惜しそうに眺めていた。

 

『あ、ヘノちゃんニムちゃん、ピサの斜塔みたいなのがあるよ』

 

「なんだそれ」

 

『ええとね、斜めに傾いた塔なんだけど……まあ、まさにこんな感じの建物があるの』

 

 桃子が見つけた先には、まるでピサの斜塔のごとく斜めに傾いた柱が立っていた。

 先ほどの漁礁となっている崩れた柱もそうだが、この斜めに傾いた柱はこの深潭宮が現れたときからこのような状態だったのだろうか。

 マヨイガの建築物は、破壊されたとしても日数が立てば元の状態に戻る性質があったものだが、深潭宮の柱はそのような性質はあるのか、ないのか。

 なんにせよ、現在地は体感では入り口から1キロくらいは進んだのではないかと思うが、目印としては遠くから見ても分かりやすいため、斜塔の大まかな位置は覚えておいて損はなさそうだ。

 

 そのように、あてどなく水中探検をしていると。

 

「桃子。奴だ。クジラだ。左側のずっと先の方だ」

 

「うぅ……に、人魚姫さんは、いないようですね」

 

『っ!? わかった、行ってみよう!』

 

 

 

 

 

 あれだけの巨体だ。居る方向さえ判明すれば、見つけるのは容易かった。

 

 あとは遥か先に見える巨大な影。それを目指して泳げば良いだけだ。

 

 しかし、そこで問題となるのが、クジラの周囲に集まっている魔物たちである。

 先日は小さな影にしか見えなかったが、今ならわかる。あれは手に槍を持った魚人型の魔物たちだ。半魚人、とでも言うべきか。

 魚型の魔物よりも泳ぎは遅いものの、武器を持ち、多少の知恵がある分だけ見つかれば厄介なことになるだろう。

 

「あ、あのモンスターは……目は退化していますが……お、音や匂いに敏感です……」

 

「桃子。大きく迂回して。クジラの正面から回り込もう」

 

『わかった。じゃあ、クジラの上の方から回り込もうか』

 

 匂いはどうなのかよくわからないが、水中は音が空気中よりも遠くまで届きやすいということは桃子も知っている。

 スキル【隠遁】の効力が弱っている今、あまりモンスターの近くを通るのは危険だろうと判断し、桃子はかなり大きく旋回をすることにした。

 

 

 魚のように。疾く。速く。

 

 

 ニムの水流操作によって、桃子は本物の人魚のように泳ぐ。

 

 魚影の上方に、先ほどの探索者たちとは別の探索者チームの姿を発見した。

 ダイバースーツのような特殊な探索者用のスーツに身を包み、背には空気タンクを背負っている。そして各々、手には水中用の槍や、魔法発動用と思われる杖を手にしていた。

 顔には大きなゴーグルとレギュレーターを咥えており、探索者たちの顔は分からない。

 

「うぅ……あの方たちも、クジラを調べに来たんでしょうか……」

 

「分からないけど。今は無視でいいだろ。あいつらじゃ。魔物が邪魔で近づけないだろうし。ヘノたちは先に行こう」

 

『うん、そうしよう。じゃあ、ぐるっと回って先回りするよ』

 

 巨大なクジラは、その巨体の割に意外とゆっくり回遊しているようで、今の桃子なら大きく旋回したとしても先回りできそうだった。

 ただ、先回りしたところで意思の疎通が出来るわけでもないので、その後の行動は行き当たりばったりではあるのだが、そればかりは仕方ない。魔力感知も出来ない桃子よりは、少なからず相手の感情が読み取れるヘノやニムに任せた方が良いだろう。

 

『じゃあ、ここら辺かな。ええと……このままぶつかって、食べられたりしないよね?』

 

「でかくて。山みたいだな。とりあえず。鼻先に張り付こう」

 

 ある程度近づいたことで、この巨影の姿かたちがよく分かるようになった。

 

 クジラと呼んではいるものの、どうやら近づいてみると桃子のイメージしていたクジラとはかなり違う形をしている。

 なんというか、鼻というのかは分からないが、マズルにあたる部分が突き出ていて長い気がする。それとも桃子が知らないだけで、世の中にはこのような形のクジラもいるのだろうか。疑問に思ったところで今は調べようがないのだが。

 

 万が一にもクジラの口に吸い込まれることのないよう、やや上方からクジラに並泳する形で速度を合わせ、鼻先に着地する。

 

『着地したよ、次はどうする?』

 

「そのままだ。どうやらこいつ。桃子に気付いているのかどうかはわからないが。どこかに向かっているみたいだ」

 

「うぅ……なんだか、怖いですぅ……」

 

 自分で泳ぐときとは違い、クジラに張り付いているだけだとクジラの移動に合わせて叩きつけられる水流が強くなる。

 桃子はクジラの鼻先に生えている毛のようなものにしがみつくと、ギュッと身を伏せて、その目的地へと同行する。

 気のせいか、桃子が鼻先に身を屈めてからクジラの速度が上がった気がした。

 

 

「どうやら。魔物たちは。置いていかれたようだな」

 

「うぅ……は、速いです……」

 

『ご、ごめんね二人とも。もうちょっと我慢しようね』

 

 水中で吹き飛ばされないように身をかがめ、ヘノとニムを胸元に押さえつけるような姿勢になり、クジラの鼻先で耐えること、しばらく。

 ニムの力で水流をある程度和らげていたものの、ここまで来て水圧で吹き飛ばされたらたまったものではない。桃子は必死にしがみついており、周囲の景色に目を向ける余裕はなかったのだが、ふと。周囲に影が落ちる。

 

「桃子。どうやら。到着のようだぞ」

 

『え?』

 

 気づけばクジラの速度も落ち、その身に叩きつけられる水流もなくなっていた。顔を上げれば周囲は岩壁に囲まれた洞窟のようになっている。洞窟と言っても、このクジラが通れる程度には巨大なものではあるが。

 巨大な洞窟をクジラが進みはじめてしばらく後、クジラが突然どこかの水面から顔を出した。

 

「うわっ?! げほっげほっ……げほっ……」

 

 クジラが鼻先を水面から出せば、必然的に桃子たちは水面上の大気中へと放り出される。

 喉からあふれ出る水に桃子が咳き込み、肺から水を吐き出した。

 

「どうやらここで。降りろということ。みたいだな」

 

 桃子がこみ上げる水気と戦っている間にヘノとニムは水着の胸元から飛び立ち、眼前に広がる巨大な岩壁の空間へと目を向ける。

 第四層、深潭宮にこのような空気のある洞窟があるとは聞いていなかったが、今まで見つかっていなかっただけで、そのような空間があってもおかしくはないだろう。

 

「げほっげほっ……うぅ、まだ肺に水が残ってるけど。行こうか」

 

 クジラは鼻先を陸地へと近づけて、桃子たちが洞窟へと移動できるようにしてくれている。

 どうやら、鼻先にしがみつく桃子にも最初から気づいていたようだ。改めて考えれば、そもそもこの【隠遁】は相手の身体に接触していたら効果が薄れるスキルだ。身体全体でしがみついていれば、認識されたとしても当たり前だったのかもしれない。

 

 桃子が地面へと降り立つのを確認すると、役目を終えたかのようにクジラはまた水中へと戻っていく。クジラが身を翻した際に巨大な波が発生して桃子は頭から水をかぶることになるが、今の今まで水中にいたのだ。濡れる程度で済んだと思うべきだろう。

 

「うぅ……ヘノ、ヘノぉ……怖いです、あ、あれ……見てください」

 

 桃子が水を吸った自分の三つ編みを両手で絞っていると、桃子より先に奥を偵察していたニムが涙目で戻ってきて、友人であるヘノにすがりつく。

 どうやら、この先の通路を曲がった先に何かがあったらしい。

 

「桃子。ハンマーを準備しておくんだぞ。あと。紅玉も。すぐに出せるようにしておいてくれ」

 

 ニムと桃子を庇うように、ツヨマージを現出させたヘノが先頭に立って、ゆっくりと進んでいく。

 そしてその先に姿を現したのは――。

 

 

「桃子。この先に。すごい魔力のやつ。人魚姫がいるぞ。あいつ。魔力を隠そうともしていない」

 

「うぅ……怖いですぅ……」

 

 妖精たちが恐る恐る、その先を「見下ろす」。

 

 

 そこには、探索者ならばダンジョンで何度も見たことがあるもの。

 

「第五層への、階段だね……」

 

 

 下層へと続く巨大階段が、大きく口を開けていた。

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