ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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放課後の教室で

「笹川さん、文化祭の劇で、メインキャストとして出演してくれないかしら」

 

「……へ? え、私?」

 

 それは、夏休み明けの9月初日のことだった。

 始業式を終えて、その日は授業もないため、放課後に教室で友人たちと話していた時。

 口を真一文字に引き締めて、まるで戦いに赴くような神妙な顔つきで桃子の前にやってきたのは、演劇部所属の女生徒であった。

 同じクラスの仲間なので仲が悪いわけではないが、普段はさほど会話をする機会もないような、そのような間柄のクラスメイトである。

 

 その女生徒――日影千種は、きょとんとする桃子に対して、まっすぐに用件を切り出してきた。

 文化祭の劇に、メインで出て欲しい、と。

 

「ええと、ごめん。私の聞き違いじゃなければ、ちょっと意味がわからないんだけど……」

 

「ああごめんなさい、ちょっといきなりすぎたわね。私が演劇部なことは笹川さんも知ってるでしょう? 実は、11月の文化祭で私たちのチームも劇をやるのだけれど、そのメインキャラクターの配役がまだ正式に決まっていないのよ」

 

「それはまた、もう9月なのに、なんか大変だね」

 

「まあ、色々あってね。率直に言ってしまうと、脚本のイメージ通りの生徒がいなかったのよ。夏休みの間に他の役はしっかりと仕立てて、脚本も形にしたのだけれど……メインのその役だけは、どうしても譲れなかったの」

 

「へー……」

 

 何故だか、目の前で普段はあまり接点のないクラスメイトから、演劇部のチームの内情について、愚痴られている。

 桃子としては、そこで気の利いた言葉が言えるわけでもなく。微妙な相づちを打つだけしかできず、なんとも困った状況だった。

 普段は見慣れない二人組のやりとりに、放課後に教室に残っていた他の女生徒たちの視線も、だんだんと桃子たちへと集まってくる。

 

「そこで、イメージ通りの生徒として、笹川さん。貴女に出演してほしいのよ。メインキャストとして!」

 

「うええ……?! いや、なんで私が? 小柄な生徒ってだけなら、他にもいるよね?」

 

「違うの。貴女しかいないのよ!」

 

「いやいや、待って待って。私、演劇なんてやったことないからね?」

 

 そして、最初に戻ってくるわけだ。

 桃子は聖ミュゲットの在校生の中では、間違いなく一番小柄な生徒だ。

 なので、仮にその役が『小柄な生徒』でしか出来ないとしたら、それは外見のみで言えば桃子が適役と言えるだろう。

 だが、一番小柄な生徒にこだわらずとも、それなりに小柄な生徒ならば他にもいくらでもいるはずだ。

 その中で、名指しでわざわざ桃子を指名してくるとなると、ただ事ではない。

 二学期早々から飛び出てきた青天の霹靂のような話に、桃子はただただ目を白黒させるしかない。

 

 そんな状況で、オロオロする桃子をかばうように声をかけてきたのは、二人のクラスメイト。桃子と普段から一緒に過ごすことの多い、親友たちだった。

 

「日影さん。演劇部って、そんなに人材不足なの? こう言ってはなんだけど、桃子さんは演技とかいうタイプじゃないよ? ダンスもヘンテコだしね」

 

「ミキさん……」

 

 すらりと背が高く、どことなく中性的な格好よさを漂わせるクラスメイト、ミキ。女子ながら、彼女はクラスいちのイケメンと評されており、何かと言動がスマートで頼りになる友人だ。

 そんなイケメン高身長の彼女がちまこい桃子の横に立ち、桃子に代わって演劇部の日影千種に疑問を呈してくれた。

 曰く「桃子は演技ができるタイプではなく、ダンスもヘンテコなのだ」と。

 友人の語る桃子評に、桃子はなんとも言えない気分になった。

 

「私もそう思うわ。桃子さんは……ほら、嘘とか無理じゃない。演技もきっと、棒読みしかできないわよ?」

 

「アコさん……」

 

 次に、桃子をかばうように声を上げてくれたのは、ミキとは逆に、淑女然としたクラスメイト、アコ。

 軽くウェーブのかかった髪質に加え、つんとした気品のある瞳がなんとなく"気の強そうなお嬢様"という印象を与える女生徒だ。

 しかし、その外見から来る印象とは裏腹に、アコはどちらかと言えば受け身で控えめなタイプの女性である。彼女の佇まいは、桃子にとっては女性としての憧れの一つだ。

 そんな彼女もまた、桃子のために声をあげてくれた。曰く「桃子は嘘がつけず、演技もきっと棒読みしかできないはずだ」と。

 友人の語る桃子評に、桃子はなんとも言えない気分になった。

 

「ミキさん、アコさん。それについては、私だって重々承知してるわ。笹川さんは、とてもではないけど演技ができるようなタイプじゃないし、ダンスのシーンなんて以ての外よ」

 

「日影さん……」

 

 そして、言い出しっぺである演劇部の女子、千種もまた、クラスメイトでもある桃子の性質についてきちんと把握してくれていた。

 曰く「演技ができるわけではないし、ダンスは以ての外」と。

 桃子本人にも自覚はあるし、彼女たちも決して桃子をけなしているわけではない。ただただ、客観的に明らかな事実を語っているだけである。

 とはいえ、クラスメイトたちの語る桃子評の数々に、桃子はこれまたなんとも言えない気分になった。

 しかし、桃子へと怒濤のように押し寄せる「なんとも言えない気分」のことなど知ったことかとばかりに、千種は話を続けていく。

 

「でも、まずはこれを見て欲しいの。私たちのグループの子が作った脚本なのだけれど、私たち、みんなこの脚本に惚れ込んだのよ」

 

「ふーん。『希望の少女とスズランの妖精』ねぇ」

 

「あら、素敵なタイトルの劇だわ。オリジナル演劇なのね」

 

「ふええ」

 

 どうやら、脚本のコピーは手元にすでに準備していたらしく、ホチキスで留められたコピー紙の束が桃子の机に置かれる。

 表紙となる一枚目の紙には『希望の少女とスズランの妖精』というタイトルが書かれていた。装飾も飾りもない、ただ無骨な明朝体の文字が真ん中に印字されているだけの代物である。

 千種は先ほど「メインキャスト」と言っていた。となると、桃子がいま頼まれているのはタイトルからしてこの『希望の少女』か『スズランの妖精』のどちらかなのだろうか。

 イケメン女子のミキが、桃子の背後から覆い被さるように手を伸ばし、机に置かれた脚本のページをペラリと捲っていく。ミキに抱きかかえられるような位置で桃子が、桃子の横からは淑女のアコがそれを覗き見る。

 

 そこには、印刷されたPC出力の脚本文に加えて、千種によるものなのか、様々な手書きのメモや注釈が書き加えられていた。

 その台本の、手書き文字の分量を見るだけでも、脚本に対する本気度がわかる。千種が決して冗談で声をかけてきたわけでないことが、桃子にも伝わってくる。

 

 冒頭から桃子が脚本を目で追いかけていると、桃子の頭上では級友たちの会話が繰り広げられていた。

 

「でも日影さん。部外者の私たちがこちらの脚本を見てしまってもいいのかい?」

 

「本当は公開日まで見せたくはないけどね。笹川さんを勧誘する以上、保護者のあなたたちには筋を通すのが礼儀でしょう」

 

「その心意気、いいね。気に入った」

 

 衝撃の事実――どうやら、クラスメイトの親友二人は桃子の保護者だったらしい。

 

「ミキさんとアコさん、私の保護者だったの?」

 

「知らなかった? 桃子さんは私たちの間に生まれたお姫様なんだよ、カレーのお姫様だ」

 

「じゃあ、私はお母さんね。うれしいわ、桃子さんのお母さんになれて」

 

 衝撃の事実――どうやら、桃子はイケメン女子と淑女女子の間に生まれたカレー姫だったらしい。

 と、気の置けない仲間と冗談を言い合いながらも、脚本に目を通していく。

 手書きの注釈や修正メモなども多く、スラスラとは読み進めるには難しいが、それでも二ページ目に入る頃にはミキ、アコ、そして桃子も黙ってそれを読み込んでいた。

 

 

 それは、一人の少女の物語。

 妖精が登場するので、てっきりダンジョンの話かと思ったけれど、どうやらそういうわけではなさそうだ。

 とある街に住む少女が、不思議な花畑で妖精と出会い、そこから物語が始まる。

 少女と妖精の不思議な出会いと冒険。そして少しずつ変わっていく日常。少女の成長と、やがて訪れる妖精との別れ。

 たとえるならば『ピーターパン』や『不思議の国のアリス』のような物語に近いかもしれない。

 ただし、少女はどこか別世界に行くわけではなく、日々の暮らしの合間に、妖精とともにさまざまな世界を覗き見る――そんなストーリーだ。

 やがて少女は成長し、妖精との別れが訪れる。けれど、その別れの場面には、決して悲観的な空気はない。前向きで、楽しげで、まるで少女の成長を祝うような、そんな温かい終わり方だ。

 

「なるほど。私がこの『スズランの妖精』のイメージなの?」

 

「そうなの!」

 

 妖精は、常に楽しげで、一貫して楽観的なキャラクターだった。

 それは一歩間違えれば、喜怒哀楽の欠如した非常に不自然な存在にも思える。

 けれど、この短い物語の中ではその"楽しさ"のみを抱えた妖精の在り方が、逆に『不思議な存在』という印象を際立たせていた。

 脚本内には多くの書き換えがあり、初期の案では、スズランの妖精も悩み、落ち込み、悲しむ存在だったことがうかがえる。

 

「確かに、優しくて、前向きで、ハートがマシュマロみたいなところが、桃子さんみたいだ。桃子さんがスズランの妖精に向いてるんじゃなくて、スズランの妖精が桃子さんみたいなんだね」

 

「そうね。何があってもマイペースで楽しそうなあたりは、桃子さんぽいわね」

 

「私っていま褒められてるんだよね? うー、なんか照れちゃうな……」

 

 マイペースでマシュマロみたいなハートというのは、多分きっと、褒め言葉に違いない。

 友人二人の桃子評に、桃子はなんだか気恥ずかしくなってくる。

 そんな三人のやりとりを見て、千種も「イメージ通りだわ……」などと呟き、うんうんと頷いていた。

 だが、脚本を読んで友人とキャッキャと楽しんでばかりではいられない。

 今現在の話し合うべきテーマは、『桃子に演劇が可能か否か』なのだ。

 文化祭まで、あと2ヶ月。先ほど初めて伝えられた急な話とはいえ、演劇部側にしてみても返答が早いに越したことはないだろう。

 

「それで、どうかしら? 笹川さんのご感想は?」

 

「うん、脚本は素敵だと思うけど、やっぱり私には荷が重い……かな? 私、大道具なら手伝えるけど、演技とかしたことないもん」

 

「ふむ、桃子さんの演技か……」

 

「桃子さんの演技ね……」

 

 やはり、自分には演技など出来はしないのではないか。

 そんな桃子の言葉を受けて考え込むのは、演劇部として桃子を勧誘してきた千種ではなく、何故だか友人二人だった。

 

「桃子さんさ、せっかくだしやってみたらどうかな? 思うに、この妖精の役なら桃子さんは素のままでもいいと思うんだ」

 

「ええ。演劇部の皆さんがどう想像しているかはわからないけれど、いっそこの妖精なら、感情表現に違和感があってもいいんじゃないかしら? 棒読みも味があるものよ?」

 

「え、ええー……?」

 

 まさかの友人二人が敵側についた。桃子も演劇部を別に敵とは思っていないが、しかし友人二人の手のひら返しには目を丸くしてしまう。

 先ほどまでは「演技は無理」「ダンスはヘンテコ」とうったえていたというのに、だ。いくらなんでも「棒読みも味がある」は言い過ぎだろうと桃子は心の中で友人にツッコミをいれる。

 

「私はね、さっきはあんなこと言ったけれど、桃子さんが劇に出るなら絶対に見に行くよ」

 

「あら、そんなの私もよ。当然じゃない」

 

「そ、そう? そっかー……」

 

 友人二人が応援してくれるならば、なんだか出来るような気がしてきた。

 演劇部の劇とはいえ、あくまで演劇部内で数グループに分かれた中の1グループだ。演劇部としてはもっと大きな劇も公開するらしいので、桃子がそこまで注目されるわけでもない。

 

「なら、ええと」

 

 それなら、やってみてもいいかな、と。

 桃子が薄ら前向きな意思を見せると、演劇部からの刺客、日影千種は猛烈に食いついた。ここで逃がしてなるものかと、桃子の両手をぎゅっと握りしめる。

 

「やってくれるのね! わかったわ! 演技プランは任せてちょうだい! 貴女を紅――いえ、桃の天女にしてみせるわ!」

 

「な、なんか日影さんの圧が強いなぁ……」

 

 桃子は、前向きな返答をしたのは失敗だったんじゃないかなと。

 早速、先行きが不安になるのだった。

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