ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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イチゴちゃんと一緒

 次の日の放課後。

 夏休みがあけてまだ二日目なので、生徒たちは未だに夏休みの思い出話で盛り上がっている。やれ各地の観光地へ旅行に行った、やれ海外の絶景を見てきた、やれ親戚のパーティが多くてしんどかった、など様々だ。

 九月になっても相変わらずの真夏のような暑さの中で、日影千種による桃子の演技力改良計画が始まった。

 なお、本来は桃子は『お料理研究部』なので、お料理研究部の出し物であるレストランの準備も手伝うつもりだったのだが、事情を聞いた部の仲間たちは「是非演劇に専念してください」と背中を押してくれている。

 お料理研究部レストランは毎年恒例の出し物なので、例年の準備やスケジュールでなんとかなるため、文化祭の準備自体は意外と人手が少なくともどうにかなるのだ。

 また、部内のマスコットである桃子が主演の劇を仲間も観てみたいらしく、むしろ積極的に応援されてしまった。

 

「スズランの妖精、あなたはこれからスズランの妖精よ!」

 

「は、はい! 私はしがないスズランの妖精です!」

 

「ははっ、桃子さん。それじゃスズランの妖精っていうより、どこぞの新兵だよ」

 

「ミキさんの言う通りよ。普段の桃子さんはそのままで妖精みたいなのだし、新兵になんてならずに普段通りでいいんじゃないかしら」

 

 この日の会議は、演劇部の練習場所に合流するわけではなく、空き教室の一つを申請して使わせてもらうことになった。いくつかの椅子と机が中央に並べられており、少人数のちょっとした会議にはちょうどよさげな教室だ。

 ただし、空調設備が何もないのが難点である。冷房どころか、扇風機すらないのだ。

 桃子たちの会議は、部屋に入るや否や最初に窓を全開にして、室内に籠もった暑い空気を外に追い出すところから始まった。

 

 この教室には今、四人の少女がそろっている。

 スパルタ教官たる千種と、新兵のように背筋を伸ばして敬礼する桃子。

 そして、しばらくの間は桃子の練習プランに付き添ってくれるというアコとミキの二人が、横からあれこれとツッコミを入れる。

 この四人が、今回の『桃子の演技力向上プラン会議』の関係者だ。

 

「普段通りって言われても、私は妖精じゃないからなあ。うーん、演技って難しいね」

 

「まあ、私たちのチームも笹川さんにいきなり完璧な演技なんて求めてはいないわ。二ヶ月で、ある程度の形になってくれれば良いだけよ」

 

「でも、日影さん。『ある程度の形』にするための策を、もちろん何か考えてはあるんだろうね? まさか桃子さんに丸投げなんて言わないよね? 子猫ちゃん」

 

「ちょ……あの、顔が近いわ」

 

 ここで、高身長イケメン女子のミキが、ずいと千種を壁際に押し寄せて、千種の顔のすぐ横の壁に自分の手のひらを押しつける。

 有無を言わさない迫力を持つその体勢は、いわゆる『壁ドン』という状況であり、モデル顔負けの女生徒であるミキの得意技である。

 

「出ました、ミキさんの壁ドン! 今日の子猫ちゃんは日影さんだね!」

 

 そして、残された桃子とアコの二人は、級友たちの壁ドン姿をまるでいつもの風景のように眺めている。

 実は、これはあくまでクラスメイト同士でよくやっている悪ノリの延長である。

 ミキが千種に害を及ぼすつもりなどないことはこの場の誰もが知っているので、その様子を眺めるアコと桃子はのほほんとしたものだ。

 ただ、それでも。逃げ道を防がれた千種の顔は、わかりやすく真っ赤になっていた。

 

「ミキさんの壁ドンは、身長も高いし顔も整っているから、迫力があるのよね。私たちだとああは綺麗にいかないから、羨ましいわね」

 

「そうなんだよね。身長が小さい私が壁ドンしても、普通に壁際で相手を見上げる感じになっちゃうから、迫力どころかギャグみたいになっちゃうんだよね」

 

「桃子さんの壁ドンは、なんだか物凄く微笑ましいのよね。私は大好きよ? もっとやってくれてもいいわよ?」

 

「うーん、壁ドンをして『微笑ましい』って言われてもなあ。なんかこう、椅子に乗ったり、相手に屈み込んでもらったりして、ミキさんみたいに高所からの迫力ある壁ドンを――」

 

「あ、あのお、お喋りしてないで助けてぇ~……」

 

 ニコニコ笑いながら雑談に興じている桃子たちへと、耳を真っ赤にした演劇少女の弱々しい声がかかったのは、それからすぐのことである。

 

 

 

 

 

「――っていうやり方を考えているんだけれど、どうかしら?」

 

 それから、しばし時間は進む。

 壁ドンの冗談はすぐに終わらせて、改めて四人で机を囲み、作戦会議が進んでいった。

 火照った顔をどうにか落ち着かせた千種が、教室中央に置かれている机の上に一冊のノートを置き、皆でそれを覗き込むように囲んでいる。

 それは、無地の『日記帳』である。学園の購買部で購入してきたらしいそれには、名前も何も描かれていない。ただの、まっさらな日記帳だ。

 この無地の日記帳こそが、演劇少女、日影千種による特別な作戦なのだという。

 

「さしずめ、桃子さんがスズランの妖精になりきる為のサポートアイテムってところだね」

 

「んーと、つまりは私がスズランの妖精に成りきって、毎日日記を書けばいいのね? それだけでいいの? 何を書けばいいの? 日記の内容は毎日私がやったことを書くの?」

 

 桃子が首をひねりながら、質問をひとつ、ふたつ、みっつと千種に投げかける。

 千種は苦笑を返しながらも、日記帳の1ページ目を開き、桃子に説明していく。

 今回の千種の提案は、桃子が今回の劇に出てくるスズランの妖精という少女に近づくための一環であった。

 

「日記の内容だけど、桃子さんの行った場所、やったことでもいいけれど……出来ればスズランの妖精として、もっといろんな場所を旅した風にしてみて欲しいわね。もちろん、イチゴちゃんと一緒に」

 

「桃子さんの日記じゃなくて、スズランの妖精が書いている日記なのね。素敵なやり方だわ」

 

「つまり、スズランちゃんの旅日記かあ。うーん、なんだか難しそうだね」

 

 ミキは楽しげに笑い、アコは素敵だと言い、桃子は首を傾げる。そう、千種から飛び出てきたのは『スズランの妖精になりきって日記を続ける』というものだった。

 会話に出てきたイチゴちゃんというのは、劇中でスズランの妖精が出会う、物語の主人公の名前である。

 桃子はこれからしばらくの間は、スズランの妖精という『実在しない妖精』になりきって、同じく『実在しない友人』との日々の出来事を書き残していくことになったらしい。

 

「面白いことを考えたね。心理学的に言うならば、桃子さんがスズランの妖精になりきってイチゴちゃんと遊んだ記憶を日々の日記に書き起こしていくことで、桃子さんの脳の領域に外向けの人格――ペルソナとしての『スズランの妖精』を、そしてイマジナリーフレンドとして『イチゴちゃん』像を作り出そうという魂胆だね」

 

「ミキさん、いきなり熱く語りはじめるじゃん」

 

 どうやらこれは、心理学的な話にもつながってくるらしい。

 ペルソナとは、仮面のことだ。人は誰しもがTPOに併せて外向けの仮面をかぶっている、という考え方である。

 それは、演劇などにも当てはまる。今回は桃子がどうにかして『スズランの妖精の仮面』を作り上げなければいけないのだ。

 

 そして、イマジナリーフレンド。こちらは簡単に言ってしまうならば、実在しない友達、だ。

 小さい子供によくみられる現象だけれど、大人になってからもイマジナリーフレンドというものは生まれることもあるし、場合によっては自分から意図的に生み出すことも出来るという。

 

「日記を書くことで、桃子さんが妖精になっていくのね。なんだか素敵だわ」

 

 熱く語り出したミキとは対照的に、何をどう想像しているのか、アコはうっとりとしている。

 これはあくまで役柄をつかむだけの一環で、「桃子が妖精になる」と言うと少々語弊があるのだが、アコの中では桃子が妖精になるための不思議な日記帳なのかもしれない。

 もっとも。

 やるからには、アコの言う通りに、実際に妖精になりきるくらいの心構えで劇に臨むべきなのだろう。

 桃子は、自分にとって最初の難敵となる『日記帳』へ向けて、闘志を燃やすのだった。

 

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 そして、今後のスケジュールだとか、衣装の寸法合わせだとかで、女子四人でわちゃわちゃした放課後を過ごしたあと。

 桃子はいま、電車で家路に就いている。

 隣の席には、ちょうど途中まで方向が同じだった日影千種が座り、真剣に脚本を読み直している。

 夏休みが終わっても、世間はまだ残暑で気候としては夏真っ只中だ。会議室では四人とも汗だくになってしまったが、電車内は冷房が効いていて非常にありがたい。

 

「それにしても、イチゴちゃん……かあ。スズランの妖精の友達で、主人公の子だよね」

 

「ええ。脚本を見てくれているからわかるとは思うけれど、元気で明るい子。けれど、悲しいときは号泣して、理不尽なものを見たら怒る強さを持っている、とても人間らしい子。その子がだんだん大人になっていく成長物語よ」

 

「なんか不思議。イチゴちゃんは成長しているのに、スズランちゃんは最初から最後まで、ノリは一緒なんだよね」

 

 そう。桃子は脚本を見て、そこがとても印象的だったのだ。

 二人の主人公の物語だというのに、片方の「イチゴちゃん」は全ての経験を自分のものとして、しっかりと成長していく。

 しかし一方で、「スズランの妖精」は、良くも悪くも不変なのである。

 劇の最初から、イチゴちゃんとお別れの日まで、何も変わらない。熱情に動かされることも、悲しみで膝をつくこともない。

 しかし、桃子の疑問に対して、千種はこともなさげに言ってのける。

 

「ピーターパンはわかるわよね? 彼は、仲間がネバーランドから立ち去るときも、笑顔で手を振って見送るのよ」

 

「あー、なるほど。なんとなくわかるかも」

 

「スズランの妖精も同じよ。だって、妖精なんだもの。人間とは流れている時間が違うし、人間みたいにたった数年で大きく変わったりはしないはずよ」

 

「すごい、日影さんに断言されると、本当にそうなんじゃないかって思えてきた。でも、実際には妖精なんて見たことないんだよね?」

 

「そりゃそうよ。でも、舞台の上では想像力が全てよ。想像力さえあれば、大抵のことはどうにかなるものよ」

 

「うーん、なんだかわかったようなわからないような……」

 

 想像力があれば、大抵のことはどうにかなる。

 名言なような、そうでもないような。実に味わい深い台詞だ。

 しかし、そんな言葉を堂々と言ってのける千種の姿は、どこか勇ましくもあった。

 

「想像、ソウゾウ……」

 

 涼しい電車に揺られながら、桃子は架空の友達の姿をソウゾウしてみるけれど。

 残念ながら、16歳の桃子の脳裏には。

 親友たる『イチゴちゃん』は、まだ。遊びに来てくれないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【スズランの妖精の日記帳より抜粋】

 

 

○月○日

 

今日は、イチゴちゃんと一緒に、カレーをつくりました。

イチゴちゃんは明るい子なので、カレーにニンジンとジャガイモを入れてくれました。

楽しかったです。

 

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○月○日

 

今日はイチゴちゃんとカレーを作ったよ。

イチゴちゃんは、意外とたくさん食べる子だから、おっきな鍋で作ったよ。

でも、イチゴちゃんが火加減を間違えて、ちょっぴり焦がしちゃったよ。

焦げたカレーもおいしかったよ。

 

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○月○日

 

今日は、ダンジョンのキャンプファイアー広場にイチゴちゃんとこっそり遊びに行っちゃった!

イチゴちゃんが「これ全部おいしいやつだから、食べちゃおう」って、キノコを沢山持ってきてくれたから、ワタシはお花を沢山摘んできたの。

そしたら、カレーに入れたら、お花みたいな香りのカレーになって、周りに居たみんなもその香りに釣られて集まってきたよ!

あははははって笑ってるうちに、カレーは他の妖精たちと、野生の狸に食べられちゃった!

もう、笑いが止まらなくなっちゃった!

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