ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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イマジナリーフレンド

 二学期が始まった初日の演劇勧誘から、すでに一ヶ月以上が過ぎ去った。

 季節はすでに10月も半ばを過ぎた。あれだけ暑かった残暑が嘘だったかのように、外の空気はすでにかなり肌寒くなってきている。

 街にはハロウィンのカボチャやお化けのキャラクターがあふれ、日が暮れるのもだんだんと早くなってきた。

 

 この数週間の桃子は、放課後は演劇の練習づくしだった。お料理研究部に顔を出していないわけではないが、最近ではめっきり放課後にカレーを作ることが減ってしまった。

 もっとも、桃子が演劇部の部員と混ざった本格的な練習を始めたのは10月になってからだ。それまでは、日影千種や他の演劇部員とともに、基礎的なトレーニングを行う日が殆どだった。

 トレーニングの中で、演劇部員が驚いていたのは、桃子の身体能力だ。

 小柄で、ぱっと見では穏やかで、腹筋などもついていなさそうな桃子だけれど、実際にトレーニングを共にしてみると、驚くほどに基礎体力や筋力が備わっているのだ。

 学園でも一部の教員と、親友であるアコとミキしか知らないことだけれど、実を言えば桃子は毎週のように房総ダンジョンに入り浸っている探索者なのだ。

 見た目からは想像出来ないかもしれないが、身体全体を使ってアグレッシブに森を抜け、カレーを食べ、木材を切り、岩を運び、カレーを食べ、自作の投石器で魔物に岩をぶつけまくってきた日々は伊達ではないのである。

 

 そして、文化祭も近くなってきた10月下旬。

 この放課後も、桃子は演劇部のチームに混ざって劇の稽古だ。

 本来は部外者の立ち入りが推奨されていない練習の場だけれど、この日は桃子の保護者特権として、アコとミキが練習風景を覗いていた。

 

「どうだった? 私の演技、だいぶよくなってるでしょ」

 

「うん、すごいよ桃子さん。最初は目も当てられなかったのに、大分スズランの妖精役にハマってきたんじゃない?」

 

「ええ、本当。今はきちんと台詞を言えてるし、前の不自然すぎる棒読みがなくなってきてるじゃない」

 

「えへへ、すごいでしょ」

 

 友人二人の、褒めているのか褒めていないのかわからない感想も、桃子は愛ある褒め言葉として嬉しげに受け取っている。

 言葉の意味はともかく、友人二人が桃子の演技を好意的に見てくれていることは言葉を交わさなくてもわかるのだ。今の桃子はきっと、何を言われても喜ぶだろう。

 桃子は、アコとミキの二人とともに椅子に座って一息つくと、反対側で他の部員と打ち合わせをしているイチゴ役の一年生を見やる。

 イチゴ役の一年生は、北路マヤという名の少女だ。9月に桃子を勧誘してきたクラスメイトである日影千種が言うには、彼女の演技力は稀に見る逸材とのことだ。文化祭では演劇部に注力しているけれど、実は既にどこかの劇団に所属しているらしい。

 

「不思議なんだけどさ、最近ね、合わせ稽古で北路さんの前に出ると、本当にそこにイチゴちゃんがいるような気がしてくるんだよ」

 

「イチゴちゃんて、ああ……そういえば桃子さん、例の日記、続けてるんだっけ」

 

 例の日記。それは二学期の頭に皆で会議をしたときに説明をうけた『スズランの妖精日記』のことだ。

 いくら親友の二人とはいえ、スズランの妖精としてつけている日記をわざわざ見せることはなかったため、この二人が例の日記について聞くのは実に一ヶ月半ぶりということになる。

 はじめこそ辿々しい文面の日記しか書けなかった桃子だけれど、不思議と今では『架空の親友』イチゴとの出来事がすらすらと浮かんでくるのだ。

 特に、二学期に入ってからは土日を演劇の練習に当てているので、ダンジョンには潜っていない。なのでその鬱憤を晴らすように、日記の内容はもっぱら自分とイチゴのダンジョン探索物語である。

 

「うん。なんかね、最初は難しかったんだけど、最近はイチゴちゃんと遊びに行った思い出がすらすら出てくるようになってきたよ。最近はダンジョン探索してるの!」

 

「……それはまた、想像以上に効果てきめんだったわけだね」

 

「なんだか……ちょっと心配だわ。無理はしないでちょうだいね?」

 

「うん、大丈夫大丈夫。きちんと休憩もしてるしね」

 

 架空の少女との楽しい日々を過ごしているという話を笑顔で言ってのける桃子に、友人のミキとアコが言い淀み、心配げに笑いかける。

 この心配は、練習しすぎによる体力の心配ではなく、『架空の親友』に入れ込んでいる桃子の精神状態への心配なのだが、残念ながら当の桃子には通じてはいなさそうだ。

 そんな話をしていると、先ほどまでイチゴ役の北路と話し込んでいた日影千種が三人の元へとやってくる。

 

「笹川さんの日記は、北路の刺激にもなってるのよ。北路がスズランの妖精の日記を見て、それを実際に存在した日々として自分にインプットしていくことで、イチゴの役作りに活用してるみたい」

 

「北路さんはすごいよね。普段は普通の控えめな子なのに、演技してるときは別人みたい」

 

 相手役の一年生の姿を改めて眺めてみる。

 練習中はイチゴ役として、頭にイチゴのトレードマークの黄色いリボンをつけ、動くごとにそのリボンがぴょんぴょんと跳ねる元気で活発な少女だったが、舞台を降りた途端にそのオーラが消えている。

 元気どころか、いっそ陰気で地味な印象を身に纏い、北路マヤは全くイチゴとはかけ離れた少女へと変身していた。

 お陰で、桃子もイチゴと北路を混同してしまう事態は起きていない。これは実に幸運なことだろう。

 

「あの子は天才よ。演劇の世界では『憑依型』と呼ぶ珍しいタイプなのだけれど、あれは絶対に将来大物になるわよ!」

 

「日影さん、燃えてるね」

 

「『憑依型』聞いたことがあるわ。舞台の上ではその人物に心の底からなりきってしまうの。演技であり、演技ではない。まさに憑依というべきタイプの役者らしいわね」

 

「けほっ……アコさん、急に博識じゃん」

 

 普段はお嬢様然としているアコが急に熱く語り出して、桃子は少しだけびっくりして、飲んでいたスポーツドリンクが少し気管に入って咳きこんだ。

 そんな桃子の様子に気づいてか気づかずか、アコは心配げな表情で言葉を続けていく。

 

「桃子さんは大丈夫なの? スズランの妖精に影響されすぎていない? 憑依型は役に引っ張られすぎて自分を見失うことがあるって聞くから……」

 

「うーん、どうだろう。私は別に、気にしてはいないんだけど」

 

 アコに心配される桃子は、しかし。全くそんな自覚がない。

 舞台から降りれば自分は自分だし、アコが言うほどスズランの妖精という存在になりきっている気もしていなかった。

 そして実際にそれはその通りで、横で話を聞いていたミキと千種が桃子の演技についての補足をいれる。

 

「アコさん。桃子さんは『憑依型』じゃないんだよ。どちらかというと、演技なしに素の自分として舞台に上がって、イチゴちゃんと仲良くしているだけなんじゃないかな」

 

「ええ、そう思うわ。脚本も笹川さんの癖とか考え方に合わせて調整していってるわ。だから、舞台の上にいるのはそもそも『スズランの妖精』ではないのよ」

 

「ええと、つまり?」

 

「桃子さんは、演技はしていないってこと」

 

「え、私って演技してなかったんだ?!」

 

 説明を受けて一番驚いていたのは桃子自身だった。

 この一ヶ月色々とやってきて、稽古でも違和感なく物語を進行できるようになってきたので、最近は自分に演技の才能があるのではないかとすら思っていたのだ。

 まさか自分のそれが「演技ではなかった」などとは、桃子本人も驚きである。

 

「強いて言えば、イマジナリーフレンドのイチゴちゃんとの記憶が私たちの想像以上にはっきり仕上がってて、正直ちょっと心配なところはあるね」

 

「桃子さん。イチゴさんと遊ぶのもいいけれど、私たちっていう友達がいることも忘れないでね?」

 

「えー、さすがに、大丈夫だと思うけどなあ」

 

 イマジナリーフレンド。つまりは『実在しない友達』だ。

 桃子も、そこは多少なりとも自覚はある。実際には存在していないイチゴのことを想像して、一緒に様々なダンジョンに出かけた記憶をねつ造しているのだ。

 それが普通かと問われれば、さすがの桃子も「あんまり普通じゃないかも」と答えるだろう。

 

 イチゴはきっと、ダンジョンで今まで何年間も孤独を余儀なくしてきた自分の、ちょっとした『夢』だったのだろうなと、桃子は考えている。

 イチゴには悪いけれど、きっと相手は誰でもよかったのだ。きっかけは劇でなくともよかったのだ。

 ただ、誰かとともにダンジョンで過ごしたいという、桃子のソウゾウが、イチゴという姿になって現れただけなのだ。

 

 桃子が考え込んでいると、ふと。桃子の頭の上に、ふわりと手が重ねられる。

 優しく桃子の頭を撫でているのは、頼れるイケメン女子高生、ミキの手だ。

 きっとミキのこの手は、成人男性と比べれば決して大きくはないのだろう。けれど、桃子にとってはとても大きくて、優しい手だ。

 

「桃子さんは、もしかしたら『想像力』に長けてるのかもしれないね。将来的に、何かを想像していく仕事が向いてるんじゃない?」

 

「ソウゾウする仕事かあ……」

 

 何かをソウゾウする仕事。

 何かを作り出す仕事。

 まだ二年生で、卒業後のことも漠然としか考えていなかった桃子が、卒業後の進路について具体的に考え始めたのは、まさにこの瞬間である。

 

 後に、高卒で武器工房に弟子入りが決定し、武器を作る人になるという桃子の報告を聞き。

 ミキは「そういう意味で言ったわけじゃなかったんだけどな……」と。

 友の選んだ道を祝福しつつも、腑に落ちないといった様子で、小さく呟いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【スズランの妖精の日記帳より抜粋】

 

 

○月○日 スズラン

 

 今日は、イチゴちゃんといっしょに川がたくさん流れてるダンジョンを探索したよー。

 でも、途中で魔物が沢山出てきて二人で逃げてたんだけど、イチゴちゃんが「この壁を壊しちゃおう!」って、ダンジョンの壁を壊して道を塞いじゃった!

 イチゴちゃんは、元気で、前向きで、考え方がすごい。人間の女の子って、みんなあんな風に元気なのかな?

 その後は、二人で一緒にシーフードカレーを食べたよ。おいしかった!

 

 

○月○日 スズラン

 

 イチゴちゃんと一緒に見つけた洞穴の奥には、古代遺跡が待ちかまえていた。

 私たちは松明を持って、恐る恐る中をのぞき込んだんだ。さすがのワタシも、ドキドキしちゃった。

 ひんやりとした空気で、どこに恐ろしい罠があるかもわからないけれど、二人で一緒に奥へと進んでいった。気のせいか、ずっとワタシたちのことを、誰かが見ている気がした。こわーい。

 そこで見つけたのは、一つの鏡。

 イチゴちゃんはそれをワタシにくれて「絶対に、これより先では鏡を手放さないで」だってさ。なんだか真面目で、イチゴちゃんは大人の人っぽかった。そっか、イチゴちゃんは成長していくんだね。

 

 

○月○日 桃子(私の夢)

 

 これはスズランちゃんの日記じゃなくて、私の夢です。なんだか不思議な夢だったから、ここに一緒に書き込んでおきます。

 イチゴちゃんと私は、マリア様の前でお祈りをしてました。そこは、ブロックなんかを積み立てた手作りみたいな、小さくて不思議な教会でした。外には、青い花が咲いてた気もするな。

 イチゴちゃんは、私の手を握って言ってくれました。「もうすぐお別れだね、桃子ちゃん」って、私の名前を呼んでくれて、私は泣きながらイチゴちゃんに抱きついちゃった。離れたくないって、抱きついた。

 最後に「マリア様が見守ってくれてる。あなたはきっと、大丈夫よ」イチゴちゃんはそう言ってた。それは、布団から起きてからもはっきり覚えてる。

 起きたら私は悲しくて泣いてた。イチゴちゃんとは、あの小さな手作りの教会でお別れだったのかなって。

 

 全部夢なんだけど、なんだかとても印象的だったから、日記に書き起こしておきます。












次話は21日(月)23時更新となります
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