ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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希望の少女とスズランの妖精

「桃子さん、すごいな。妖精みたいだ」

 

「本当、綺麗ね。今にも神話に出てきそうだわ」

 

「あはは、言い過ぎだよー」

 

 季節は過ぎていき、気づけばもう11月。文化祭当日がやってきた。

 お料理研究部は他の部員たちに任せ、桃子はいよいよこの日、日影千種たちのチームの外部メンバーとして、演劇『希望の少女とスズランの妖精』に臨むこととなる。

 すでに衣装やメイク等の準備は終えている。

 

 桃子の代名詞のような大きな三つ編みは解かれ、ヘアスプレーと針金を駆使し、一見すると翼にも見えそうな大きな弧を描いた不思議な髪型が作られている。

 そして、普段は化粧などもほとんどしない桃子の顔には、すでに演劇部員の手によるメイクが施されていた。

 派手か地味かで言えばあまり派手さのなかった桃子の顔だが、艶やかな紅とアイラインを強調するメイクが施されることで、今では遠目に見ても目を引くほどの美少女に化けていた。

 そして、桃子の体に合わせて作られた衣装。それは白い艶やかなシルク生地をメインとした、ゆったりとした衣装だった。まるで、西洋美術に描かれる女神や天使のような装いである。

 桃子のその美しく変身した姿に、親友たるミキとアコの二人も、最初は驚きで目を丸くして驚いていた。

 

「今更だけど、スズランの妖精はこっちのタイプだったんだね」

 

「ミキさん、『こっちのタイプ』って?」

 

「ほら、西洋に伝わる昔ながらの妖精は、大体が蝶々やトンボの翅のついたドレス姿の女の子だろう?」

 

「そういえばそうね。でも、日本のダンジョンで妖精っていうと、こういう白い布をまとった姿よね」

 

 この劇に出てくる妖精はまさに今の桃子の姿通りに『白い布をまとった小さな少女』である。

 西洋の物語のような、手のひらサイズに蝶などの翅がついたドレス姿の妖精ではない。

 桃子は衣装の出来に驚くばかりでそこまで気にしていなかったのだが、このスズランの妖精は、日本のダンジョンでよく目撃されているという妖精の姿なのだろう。

 

「少し前にも、原生生物を調べていた学者の罠に、白い衣に青い髪の妖精がひっかかって泣きじゃくっていたっていう――まあ事実かどうかはともかく、そういった話があるくらいだからね」

 

「何で日本だと、妖精の姿が違うのかしら」

 

「卵が先か鶏が先か、みたいな話になるけどね。昔、とある有名な児童書があって――」

 

 ミキの説明によれば、40年ほど昔に発行された児童書で、そこに描かれた白い布を身にまとった天女のような姿の妖精が、認知のきっかけなのだそうだ。

 まだ日本に今ほどはダンジョンが存在しておらず、現在のようにダンジョン庁――ギルド、というシステムも確立していなかった頃。

 当時の子供たちは、その児童書を見て『ダンジョン』というものに憧れを持った。

 

 しかし、30年近く前だろうか。新宿にダンジョンが発生し、連鎖するかのように房総ダンジョンや鎌倉ダンジョンといった、首都圏の新たなダンジョンが出現し始めると、時勢に変化が起きる。

 まだギルドが今ほどしっかり機能していなかった時代。その『ダンジョンを楽しく描いてしまった児童書』は、国がダンジョン庁の舵を取る上で、非常に都合が悪かったのだ。

 結局その本を出していた出版社が無くなると同時に、児童書は再販もされず、グッズも消えていき、そのまま存在は世間からも忘れられていった。

 しかし、その時点ですでに『妖精と言えば白い布地をまとった少女である』という常識は独り歩きを始めており、結果として日本の妖精はその大半が『白い布地を羽織った少女』として認識されているのである。

 それが、後に目撃され始めた妖精たちの誕生にも影響を与えている――という学説を、ミキは桃子たちへとわかりやすく語っていく。

 

「――というわけで、それ以降に発見されたダンジョンでは、人々の認識通りに、白い衣をまとう姿の妖精が生まれている、という説があるんだ」

 

「妖精が、地上の人間のイメージに合わせて姿を変えている……だなんて、なんだか不思議ね」

 

「へー、そういう説があったんだねえ」

 

 舞台の本番を前にして、日本のダンジョンにいる妖精達の秘密を知り、桃子はただただ感心する。

 その知識によって、スズランの妖精を演じる上で何か変わるかと言えばこれっぽっちも関係ないのだが、桃子はそれでもなんだか理解度があがったような気がした。

 そして、そんな雑談に興じている桃子の姿に苦笑を浮かべつつ呼びに来たのは、日影千種。このチームの座長である彼女は、イチゴの母親役としてすでに役柄の衣装を着こなしていた。

 

「あなた達って、本番前だっていうのに本当にマイペースね。でも笹川さん、そろそろ本番よ、行きましょ!」

 

「行ってらっしゃい、桃子さん」

 

「私たちも、最前列で見てるわね」

 

「うん、頑張ってくるね!」

 

 そう。もう本番なのだ。

 雑談でついついリラックスしてしまったが、いよいよ劇の幕が開ける。

 さすがに有名校だけあって、講堂の座席には多くの来客や生徒達が集まっている。

 あとは、開演を待つだけだ。

 

 いくら演じているスズランの妖精が「ほとんど桃子自身」だとはいえ、劇は劇だ。雑談で緩んだ心のままではいけない。

 桃子は親友達の視線を背中に受けて。

 スズランの妖精としてのスイッチに、切り替えた。

 

 緊張はない。

 ダンジョンでは【隠遁】の影響で、目の前に誰がいようとも視線を気にしなくなってしまった桃子だが、不思議と今は、そのときと同じような感覚だ。

 まるで、本当に。

 ずっと一緒だった幼なじみが「桃子ちゃんなら大丈夫だよ」と。

 優しく、背中を押してくれているような気がした。

 

 

 

 

 スポットライトが、舞台を照らす。

 

『あなたは、スズランの妖精……さん?』

 

『うん、私はスズランちゃん! あなたは?』

 

 劇の主人公は、北路マヤ演じる少女、イチゴだ。

 桃子演じるスズランの妖精は、そのイチゴが幼い頃に出会った不可思議な隣人である。

 家のこと、友人のこと、学校のこと。

 前向きで、明るくて、けれど悩み多きイチゴが、悩みを全く持たない妖精と出会うことで、少しずつ成長していく。そのような希望あふれる物語だった。

 

 

 

『スズランちゃんったら。口の周りにカレーがついてるよ?』

 

『うわあ、もったいない!』

 

 二人で探検した不思議な迷宮で、一緒にカレーを食べるシーン。ここは、桃子の日記が元になり、後から加えられた食事シーンである。

 とはいえ、これは桃子にとっては残念なことに、あくまで空の食器を手にとって食べるフリをしているだけだ。

 たとえ【カレー製作】という力を隠し持つスズランの妖精でも、実際の演劇の壇上で本物のカレーを作り出すほどの力は持っていなかった。

 

 

 

『イチゴちゃん、街の学校に通うの? すごーい、大人の仲間入りだね!』

 

『うん。本当はもっと近い場所がよかったな。スズランちゃんと会えなくなっちゃう……』

 

 少女イチゴは成長していき、スズランの妖精は出会ったときの姿、そのままだ。

 北路マヤは出番ごとに衣装とメイクを変えていき、だんだんと大人の女性へと近づいていく。一方、スズランの妖精である桃子にはなにも変化がなく、子供のままだった。

 なお、観客の一部は「どうして子供が高校の演劇に?」と疑問を覚えていたのだが、それはまた別な話である。

 

 そして、物語は進んでいく。

 少女だったイチゴは、成長し、大人の女性へと変化していく。

 

 

 

『イチゴちゃんは、大人になっていくんだね。私は妖精だから、そういうのわかんないけど、おめでとう!」

 

『スズランちゃん……』

 

 この頃はもう、イチゴからは、スズランの妖精の姿がうっすらとしか見えていない。

 彼女は、手探りでスズランを探し。そしてスズランは、笑顔でそれを迎え入れる。

 

 

 

『イチゴちゃん。大好きで、ずっと一緒だった、イチゴちゃん。これから先、また貴女に再会できるなら、そのときはまた……笑って……会おうね!』

 

『うん、スズランちゃん。あなたと会ったこと、忘れないよ。楽しい日々をありがとう』

 

 そして、イチゴが大人になる頃。

 少女だったイチゴと、少女のままの妖精との、別れの時がくる。

 イチゴは、幼き日々の思い出を胸に抱いて、前を向き次の世界へと旅立っていく。

 そして、スズランは。永遠に子供のままである世界の象徴として、無邪気な笑顔で、いつものようにイチゴを見送る――はずだった。

 

『またいつか、会おうねえ! また……ま、また……、ひっく……笑顔で、会おうねえ……』

 

 スズランの妖精は、人間とは違う時間の中を生きている。いつまでも若々しく、歳をとり、成長していく人間とは全てが違う。

 だから、永遠の別れの際にも、笑顔で相手を送り出せる。これが、この脚本に書かれていたひとつの答えだった。

 

 けれど、桃子は――スズランの妖精は。

 イチゴと過ごした、かけがえのない時間を、沢山の冒険を、見守ってきた時間を思い出してしまった。

 そんなの、寂しくない訳がない。笑顔だったとしても、辛くないわけがない。

 

 壇上では、スズランの妖精が、笑顔を浮かべながらも、頬をぬらし。嗚咽を漏らす。

 そして、それに気づいたイチゴが、スズランを強く、強く抱きしめて。

 

 二人の少女の嗚咽をBGMに、舞台は暗転するのだった。

 

 

 

 

 

「笹川さん、笹川さん……ごめんね、ごめんね。私、あなたにひどいお願いしちゃったね」

 

「ひっく……ひ、日影さん、ごめんね、泣いちゃって……笑顔で別れる、シーンだったのに……」

 

 舞台袖で桃子を出迎えてくれたのは、桃子を演劇に勧誘した日影千種だった。

 彼女は、脚本と全く別な展開にしてしまった桃子を責めるでもなく、ただただ、桃子を包み込むように抱擁してくれていた。

 小さく、千種が鼻をすする音が聞こえる。

 

「ううん。脚本が間違ってた。妖精だって、別れが寂しくないわけ、ないじゃない……」

 

「ううん、楽しかった! 全部、凄く楽しかったから、いいの! ありがとうね、日影さん、イチゴちゃん……」

 

 壇上では、今はシーンが変わり、イチゴの友人たちのシーンだ。当のイチゴ役のマヤまでもが先ほどのシーンで泣いてしまい、今は着替えとともに、大急ぎでメイクの手直しをしている。

 さすがに、千種曰く、天才役者だけのことはある。マヤは桃子の急な路線変更に戸惑うこともなく、イチゴとして、スズランの妖精との、最後の別れを演じ切った。

 

 劇は、あとは大人になったイチゴと、その友人や家族たちのシーンで終わるのだけれど、すでにそこにはスズランの妖精は登場しない。

 最後にカーテンコールとして挨拶をするかもしれないが、それはもう妖精ではなく、二年生の笹川桃子である。

 

 スズランの妖精は、こうして。

 役目を終えて、桃子やマヤの中にいたイチゴとともに。

 

 遠い世界へと、旅立っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【希望の少女と風の妖精】

 

 

 文化祭を終えて、実に久しぶりに訪れた房総ダンジョン。

 久しぶりに顔を合わせたギルド職員、窓口杏は元気そうだった。

 新たに手に入れたハンマーは、思いの外自分に合っているようで、運命を思わせるくらいには使いやすい。

 これならば戦闘だけでなく、第二層の岩を砕き、鉱石を拾い集めることも出来そうだ。

 来週には誕生日が訪れ、桃子もいよいよ17歳になる。新たな門出としては、ちょうどいい。

 それでも、ダンジョンの中でひとり思うのは、とある少女と妖精のことだった。

 

「妖精、かあ……」

 

 妖精。ダンジョンに住まうという、小さな少女たち。

 つい先日まで、桃子は妖精として、とある少女と旅をしていたのだ。

 

「このダンジョンにも、妖精っているのかなあ」

 

 ふと思う。

 スズランの妖精は自分自身だったけれど。もしかしたら本当に、いま自分がいるダンジョンにも妖精は存在しているのかもしれない。

 

 きっと、表情豊かで明るい子なのだろう。

 はにかむ笑顔を想像する。

 

 きっと、優しい子なのだろう。

 争い事に心を痛める、平和を愛する少女を想像する。

 

 不思議と、桃子の脳裏に浮かぶのは妖精ではなく、自分が想像で作り上げた幼なじみの姿だった。

 桃子にとっては、きっと。

 イチゴこそが、かけがえのない妖精だったのだ。

 

「イチゴちゃん。大好きで、ずっと一緒だった、イチゴちゃん。これから先、また貴女に再会できるなら、そのときはまた、笑って……会おうね」

 

 桃子は、無意識に、彼女へと呼びかける。

 不思議と、すぐそばに。

 自分の大切なパートナーが、見守ってくれているような。

 そんな、錯覚と共に。

 

 

 

 

「……あれ? ぼーっとしてたけど、カレーの量ってこんなもんだったっけ?」

 

 ふと、一陣の風が吹き。

 桃子が我に返ると、気のせいでなければ、カレーの量が少しだけ減っていた。

 

「うーん、最近ダンジョンに来てなかったから【カレー製作】が不調なのかなあ。もっとしっかりカレーを作らないといけないね!」

 

 そして、元気を出して。カレー少女は自分の足で、ソロ探索者としての活動を再開するのだった。

 

 いつの日か、カレー大好きなハンマー少女は。

 この房総ダンジョンの森の中で、先の想像とはかなり違った妖精と邂逅することになるのだが。

 

 それはもうしばらく、先のことである。

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