ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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閑話/看破の少女とミュゲットの妖精

 桃子が演劇に精を出している頃のことだ。

 日本の中心部たる新宿区にぽっかりと口を開いた新宿ダンジョン。そして、それに隣接する新宿ダンジョンギルド。

 そこに、一人の女子中学生探索者が訪れていた。

 

 彼女の名は橘柚花。

 将来的にはソロ配信者タチバナとしてデビューし、その才覚を遺憾なく発揮することになる彼女だが、この時期の彼女はまだ悩める一人の新人探索者だった。

 悩みの根本は、彼女の持つ【看破】というスキルだ。

 人間には認識できないはずの様々な力の流れや、隠されたもの、そして他者の思惑までもを看破してしまうこのスキルは、一人の女子中学生が持つには重すぎた。

 14歳の冬に初めてダンジョンに訪れてから、半年以上の経験を得て、まもなく見習い探索者としての期間を終えようとしている柚花は、選択を迫られていた。

 心を殺してでも、誰かとパーティを組むか。

 心の平穏のために、憧れだった探索者を諦めるか。

 

 しかしその日、彼女は新宿ダンジョンギルドに研修として訪れていた若手女性職員と出会い、新たな選択肢を提示される。

 

「私が所属している房総ダンジョンにも、スキルの都合でソロ探索を余儀なくされている女の子がいるんですよ」

 

「なんですかそれ、危なくないですか? 女の子が一人なんて……」

 

 女性職員の名は、窓口杏。

 彼女は本来ならば房総ダンジョンギルド所属だが、この時期は研修として新宿ダンジョンに出向しており、柚花のような若い女性探索者のサポートに回されていた。

 そんな中、柚花がぽろりと杏の前で【看破】についての悩みを口にしたのだ。

 基本、大人を信用していない柚花だけれど、全体的に緩い房総ダンジョン関係者の気質なのか、それとも杏がまだ若く、良い意味で「こなれていない」スタッフだったからか。

 ふと、杏にならば愚痴を聞かせても良いか、という気持ちになったのだ。

 

「個人情報なので詳細は話せませんが、その子もあなた――タチバナさんと同様に、人と合わせられない固有スキル所持者だったんです」

 

「ふうん……じゃあ、窓口さんは私にもソロ探索をしろ、と?」

 

「いえ、あくまで選択肢として紹介しただけですよ。決して推奨するようなものではありませんしね」

 

 どこにも所属しない探索者というのは、決して珍しいわけではない。

 見習い期間を終えた全員がどこかしらのパーティに所属できるなどということはない。むしろ、どこにも所属しない人間の方が多いだろう。

 ただし、そういう場合はメンバー募集をしている他の探索者と合流するなどして、即興のパーティを組んで探索するのが一般的である。

 もちろん、誰とも組まずにソロ探索をする者もいるにはいるが、その大半が「第一層の他の探索者が多くいるあたりを、彼らに混ざって探索する」程度のものである。人のいない奥地を探索するソロ探索者もいるにいるが、それは実力のある成人男性が殆どだ。

 事実、柚花も「ソロ探索者」という選択肢は、元々頭の中には並んですらいなかった。

 

「あなたの場合は、実力的には下手な成人男性より上ですし。きちんと『やり方』を考えれば、女性のソロ探索も決してあり得ない選択肢ではないと思いますよ」

 

「やり方……ですか」

 

 柚花は考える。

 彼女はもともと頭の回転は速く、選択肢さえ頭に浮かべば即座にその先へと考えを巡らせられる。

 杏と会話をしながらも、すでに脳内では、自分がソロで探索をする方法をいくつか考え始めている。

 

「でも、あの可愛らしい女の子――カリンさんとは組まないんですか? カリンさんはそれを希望していたみたいですが……」

 

「無理ですよ。あんな風に感情をぶつけてくる相手と仲間になんて、なれません」

 

 杏は、見習い期間に柚花と同じパーティにいた少女の名前を出すけれど。

 この頃の柚花には、良くも悪くも人間らしい感情をストレートにぶつけてくるカリンと共に行動するという選択肢だけは、全く存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

「行く学校、そろそろ選ばなきゃまずいんですよねー」

 

「タチバナさんは高校受験でしたね。私がこういうのもなんですが、こんな場所に入り浸っていて、受験勉強の方は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫です。私、天才ですから」

 

「あら、すごい自信」

 

 杏と出会ってから、数週間が過ぎた。

 残念なことに、この時期の柚花はすでに『クズ魔石を利用して地上で【看破】を発動させる』という裏技を身につけており、すでに杏以外のギルドスタッフには「信頼に値しない」と、極端とも言える判断を下していた。

 なので柚花は、唯一話せる年上の女性である杏のもとを頻繁に訪れ、プライベートな内容の話もするようになっていた。

 

「男子がいる学校は問題外としても、女子が集まってる場所ってほら……それはそれで、キツイものがあるじゃないですか」

 

「難儀な性格ですね、タチバナさんは」

 

 ペラリと、柚花はいくつかの学校の名が羅列されたプリントを鞄から取り出して、杏にも見えるように提示する。

 そこには柚花が候補として絞ったらしい学校名が並んでいるのだが、その全てに注釈として『女子グループの派閥争い』だの『進学校、やっかみを向けられそう』だのとメモが記されている。杏はむしろ、そんなメモを残す柚花が心配になった。

 

「窓口さん、人生の先輩として何かないですか? 敵意がなさそうな学校の選び方」

 

 ここは、探索者の相談を請け負うという体で与えられている小さなスペースである。

 本来ならばここは受験相談の場ではないのだが、しかし探索者にとっては学業と探索業の両立というのは死活問題であるため、柚花の相談事も杏は苦笑しながらも受け入れていた。

 とはいえ『敵意がなさそうな学校選び』など、さすがに聞かれても困る。

 

 しかし、ふと。

 会話に出てきた「敵意がない」というワードで、房総ダンジョンで世話をしている、ふわふわしたカレー少女のことを思い出す。

 それと同時に、彼女が先日「文化祭の為にしばらくダンジョンには来られない」と言っていたのを思い出した。

 

「もうじき、高校も文化祭の時期じゃないですか。せっかくですし、直接見に行ってみてはどうですか? ネット上の情報だけでは判断つかないことは多いですよ」

 

「人が多いの、面倒くさいんですけどね。まあ、確かに……」

 

 百聞は一見に如かずという言葉があるように、文字情報とにらめっこをしたところで、現実の空気など理解できる訳がないのだ。

 もっとも、実際に見に行った上で想像よりも酷い学校だったという可能性もあるのだが、それはそれで収穫と言えるだろう。

 柚花は、杏の言葉には素直に頷いて。ピックアップしていた学校の文化祭の日程を、早速調べ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「聖ミュゲット女学園……か。お嬢様学校とは言うけど、実際にはどうだか」

 

 この日、柚花は聖ミュゲット女学園の文化祭へと足を運んでいた。

 ここは都内でも有数のミッション系の女子校であり、生徒たちも良家のお嬢様が揃っていることで有名だ。

 学力的にも、両親の収入的にも問題はない。だが「良家のお嬢様」というものに対しても偏見を持ちつつある柚花は、半ば半信半疑でこの学園の文化祭を見学していた。

 

「さすがに、お金持ちが多いだけあって余裕がある人は多い……のかな」

 

 ポケットには、この日のために集めた大量のクズ魔石が入っている。柚花は、様々な出し物を眺めながらも、ときおり在校生達を【看破】で覗き見る。

 残念ながら、パンフレットにあるような良識的な生徒しかいないわけではないし、負の念を持つ生徒も大勢いる。けれど、なんとなく。

 他の学校よりはマシかな、という印象は、心の片隅で感じていた。

 

『まもなく演劇部Bチームによる劇、「希望の少女とスズランの妖精」開演します。是非講堂にお集まりください!』

 

 そんな声が聞こえたのは、偶然だった。

 柚花は別段、演劇に興味が有るわけではない。ただ、妖精、というワードがダンジョンを連想させたため、何となく耳に残ったのだ。

 

「妖精、妖精ねえ……」

 

 柚花は、【看破】という力で、ダンジョンに済む不思議な生物を視認できる。

 いや、実際にはダンジョン内で頻繁に目撃するのは、小さな魔力の塊だ。それが生物なのかどうかもわからない。

 風の中、水の中、花の上。至る所に浮いているそれは、自意識を持たない魔力の塊なのだと、【看破】は柚花に教えてくれる。

 けれど、あのような不思議な存在がいるのならば、ダンジョンのどこかにはあれらとは違う、"自意識を持った「妖精」"が絶対に存在するのだと、柚花は信じていた。それは他の誰にも理解されることはない、柚花だけの想いだ。

 だから、なんとなく。自分にしか見えないそれを、見知らぬ誰かに肯定されているような気がして。

 ふらりと、講堂で行われるという劇を見に行った。それだけだ。

 しかし。その判断が、柚花のこの先の未来を大きく変えることとなるとは。柚花本人でさえ、このときは考えもしていないのだった。

 

 

 

 

『イチゴちゃん、街の学校に通うの? すごーい、大人の仲間入りだね!』

 

『うん。本当はもっと近い場所がよかったな。スズランちゃんと会えなくなっちゃう……』

 

 舞台の上では、在校生達が物語を演じている。

 正直に言うと、この綺麗すぎるストーリーは、柚花にとっては面白いものではなかった。人間はそんな綺麗なものではないと、柚花は理解していたから。

 けれど、柚花は舞台から目を離せない。

 

「なに、あの人たち……」

 

 ポケットの中で「パキリ」とクズ魔石を割り【看破】を発動させる。すると一瞬だけ、壇上の主役二人の感情が見えるのだが。

 劇だというのに、本気で喜んでいる。

 劇だというのに、本気で楽しんでいる。

 柚花には、それが理解できなかった。

 

 そして。

 

『またいつか、会おうねえ! また……ま、また……会おうねえ……』

 

 劇だというのに。

 本気で悲しみ、涙をこぼす『妖精』から。

 柚花は、目を離せなかった。

 

 

 

 

 

「窓口さん。私、ソロの配信者をやることにしましたよ!」

 

 窓口杏が、新宿ダンジョンで研修をする最終日。

 この日も柚花は、杏のもとを訪れていた。今回の相談内容ならぬ報告内容は『ソロ配信者』デビューについてである。

 配信者になることそのものは、以前から杏とのやりとりでも選択肢としてあがっていたことだ。

 若い女性のソロ探索では、様々な危険から身を護るために『常に人々の目がある状況』に身をおくのが必須事項となる。

 他のパーティと合同で行動する。人の多いダンジョンを選択する。他にもやり方そのものはあったけれど、中でも『配信者になる』というのが、柚花にとって一番魅力的な選択肢だった。

 いかに新宿ダンジョンが難易度の高い場所だとは言っても、第一層の浅い箇所くらいならば他の探索者も数多く居るため、柚花の実力ならばソロ行動でも問題はないだろう。

 

「あら、探索者を辞める考えは撤回してくれたんですね。でも、先日話してた学校探しはどうしたんですか?」

 

「はい、文化祭で、ものすごく素敵なところを見つけたんで、そこにします」

 

 柚花は、聖ミュゲット女学園を受験することに決めた。

 あのスズランの妖精――のちにあの演者は『ミュゲットの妖精』という異名で語られることになる――に見惚れた柚花は、その日、見える世界が変わった気がした。

 一度見方を変えてみれば、文化祭に関わる在校生達は皆、必死で、楽しんでいるように思えた。

 この学校ならば、自分も苦しまなくて済む。

 そう思えたのだ。

 

「それでですね。ちょっと、配信者として妖精探しをしてみたくなりまして」

 

「妖精……ですか?」

 

「あ、いや……違うな。妖精じゃなくても、私以外にも見える、不思議なものを探して配信することにします」

 

「タチバナさん以外にも……なるほど」

 

 柚花の【看破】は、柚花にしか新たな世界を見せてくれはしない。

 おそらく、それを誰かと共有し、共感したい、という柚花の前向きな心の表れなのだろうと、杏は理解する。

 その上、画面の向こうの人間ならば、柚花が一方的に感情を読みとってしまうこともない。

 良くも悪くも、距離を置いた人付き合いが出来るのも柚花にとってはメリットなのだろう。

 

「なら、タチバナさん。私は房総ダンジョンに戻りますが、是非とも房総ダンジョンにも配信しに来てくださいね」

 

 房総ダンジョンは首都圏内であるため、距離としては比較的近いダンジョンと言える。

 けれど本来、距離的にも、費用的にも。都内に住む女子中学生が頻繁に訪れるダンジョンではない。桃子の場合は自宅が東京の端、ほぼ千葉県だったから通えただけである。

 まだ中学生でしかない柚花にとっては、心を許せた杏とは、しばしのお別れだ。

 

「もちろんです。きちんと高校生になってお金に余裕ができたら、房総ダンジョンにも遊びに行きますね」

 

「はい。お待ちしていますね」

 

「それまで、他の女の子にうつつを抜かさないでくださいね!」

 

「うつつ……」

 

 最後に、冗談交じりで宣言をして、柚花は悪戯っぽい笑顔を杏に向けてから、ギルドを後にする。

 これからおよそ二年後。柚花は房総ダンジョンギルドで『ミュゲットの妖精』と出会うことになるのだが、それはまた別な話のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   幕間 ミュゲットの妖精 了

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