ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
窪地へGO
「先輩、先輩。褒めてください」
「おーよしよし、柚花は偉いねえ、なでなで」
ここはドイツ料理レストラン。房総ダンジョンギルドを出てすぐにある、今年開店したばかりの野心溢れる新たな房総ファミリーだ。
その窓際の席でランチを食べながら、桃子は横の席に座る柚花を褒め称えていた。頭をなでなでとすると、柚花のさらりとした黒い髪が揺れ、シャンプーのフローラルな香りがふわりと桃子の鼻に届く。
柚花は満足げに、猫のような艶のある瞳を細めて喜んでいる。
「窓口さんもほら、私のこと褒めてくださいよ」
「ええ、柚花さんは偉いですね。きちんと報告・連絡・相談が出来ますからね」
向かいの席に座るのは、ギルド職員窓口杏。普段ならばギルド職員と探索者が一緒に食事を取ることはあまりないのだが、今は杏も食事の休憩時間だ。たまたまランチを食べに目の前の料理店に入ったら、おなじみの少女たちと出くわしただけである。
というのは建前で、実は最初から杏の休憩時間に合わせて、桃子と柚花はこのドイツ料理レストランを訪れたのだった。
どうせ食べるなら一人より二人、二人より三人がいいというのが、桃子の持論である。
「柚花は偉い。報・連・相がしっかりしてるもん。今日はカレーに入れるほうれん草を買ってからダンジョンに入ろうね」
「ちょっと先輩、人の頭を撫でながらカレーのレシピ考えるのやめてください。気持ちが萎えます」
「あ、ごめん、つい」
どうやら、柚花を撫でながら脳内がカレーに染まっていることを看破されてしまったようだ。
柚花が、それこそ気まぐれな猫のように桃子から離れ、拗ねた顔を見せる。これはこれで可愛らしいが、桃子は素直に謝った。
妹のように接してきた少女たちのそんな仲良し風景を見せつけられて、杏は苦笑を浮かべるが、しかしようやく本題に入る。
「それで柚花さん。何があったんですか?」
「おっと、そうだ。実はですね、桃の窪地――ええと、正式には『蔵王ダンジョン』に決まったんでしたっけ? そこの人たちと連絡をして、予約を入れられたんですよ」
「ああ、深援隊が管理している山形県のダンジョンですね。そういえば、あそこは桃子さんや柚花さんとは大分縁が深いんでしたか……」
「あはは。まあ、そうですね」
蔵王ダンジョンとは、昨年末に新たに発見されたダンジョンの、ようやく確定した正式名称だ。
桃子の中では『桃の窪地』と呼んだ方がなじみのある、桃の木の妖精クルラの生まれ育った土地であり、深援隊リーダー風間の祖母が住んでいる村にできたダンジョンでもある。
ある程度桃子たちと情報共有をしている杏は、深くは追求しないものの、なるほど、と納得顔を浮かべる。
「それで、柚花。予約っていうのは、何のことなの? 私、あの周辺って詳しくないんだけど、もしかして温泉旅館か何かあったりするの?」
「ギルドの情報では、あの周囲にはそういう施設はなかったと思いますけどね。有名な温泉地は、山の向こう側だったはずですし」
桃の窪地そのものとは縁が深い桃子だけれど、実はあの周辺に何があるかは全く知らない。というよりも、あそこが山形県だということを知ったのも、随分あとになってからだ。
そして、ギルド職員としてしっかり蔵王ダンジョンの位置を把握していた杏も、脳内の地図と照らし合わせて見るけれど、そのような施設に覚えはない。
もちろん、あの土地はダンジョンが発見された以上、これから様々な人や物が増え、発展が確実な地域である。すでに先を見越して大規模宿泊施設の一つや二つは増えているだろうが、柚花の態度からしてそういう話ではなさそうだ。
「ふっふっふ、実はですね。一日貸し切りしてもらえることになったんです! ダンジョンの!」
「……は?」
「……は?」
実に珍しいことに、ふんわり桃子としっかり杏の声がハモった。
桃子も、杏も、柚花のドヤっとした発言に、目を丸くする。
「実はですね、前々から深援隊の方々――オウカさんとか風間さん、あとは魔法協会の偉い人にも掛け合ってたんですけど、ようやく先輩と私が入る許可を貰ったんですよ。ダンジョンの貸し切りって、すごくないですか?」
「え、いや、凄いですけど。ダンジョンの一日貸し切りって……」
ギルド職員の杏でも、ダンジョンの貸し切りなど聞いたことがない。そもそも、ダンジョンは借りたり貸したりするものではないのだ。
けれど、冷静に考えてみると、現在の蔵王ダンジョンならば可能なのかもしれないな、と杏はすぐに思い当たる。
ダンジョンが一般開放される条件として、まずギルドから派遣された信頼できる探索者たちが内部の安全を確認する必要がある。それに関しては、蔵王ダンジョンは『深援隊』というパーティがすでに半年以上も常駐しているので、十分過ぎるほどだ。
では、何が足りないかというと、ギルドが完成していないのだ。
「ギルドが完成していない今なら、深援隊メンバーが入らない日を狙えば貸し切り状態になる、ということですか? そんなの、ギルドでは――」
「おーっと、窓口さん、ストップ! これはギルドの話じゃなくて、魔法生物絡みの話なんで、情報を漏らしちゃ駄目ですよ! くれぐれも、内緒でお願いしますね!」
「……はぁ、中学生の頃はもっと素直で可愛らしかったタチバナさんが、どんどんやり手になってきましたね」
「全部窓口さんのアドバイスのお陰ですよ。誇ってくださいね」
くふふと目を細めて杏に笑いかける柚花。
中学生の頃の、人間不信になりかけていた柚花は実際に、新宿ダンジョンに研修に来ていた杏と知り合う事によって大きく救われたのだ。今こうして桃子と知り合えたのも、元を辿れば杏のお陰なのである。
それも含めて、柚花は杏に対しては素直に感謝をしているのだが、それはそれ、これはこれ。
残念ながら、目の前に座っている奔放な悩みの種二大巨頭は、今後も杏に心労をかけてくれることだろう。杏はやれやれとため息をつきながらも、それでも可愛らしい妹分たちの話に耳を傾けた。
「あそこのダンジョンに、ようやく入れるんだねえ。実は私も、あのダンジョンに入るの楽しみにしてたんだよね。果物が美味しいっていうしさ、現地で食べてみたかったの」
「というわけで先輩、明後日の朝から出発ですから、前日からダンジョン入りしておいてくださいね」
「え、明後日の前日って……明日じゃん。急すぎない?!」
「まあ、スケジュールは向こうの都合ですからね。明日の夜には先輩、妖精の国に入ってくださいね」
「やっぱりお二人とも、飛行機とかじゃなくて、ダンジョンから直接向かうんですね」
予定が急になってしまったのは柚花の責任ではなく、あくまで深援隊を始めとした蔵王ダンジョン側の都合である。
もっとも、桃子と柚花の移動経路は飛行機や車ではなく、妖精の国の光の膜である。それが遠く山形の山の上だろうが、徒歩で出かける範疇に収まってしまうのが恐ろしいところである。
桃子はもう慣れきっているけれど、妖精の国を経由して移動するというのは、人間としてはかなりデタラメな移動経路だ。
「窓口さん、オフレコですよ? 私、窓口さんだから正直に話したんですからね」
「もちろん、こんな話を外部に漏らしたら私の首が飛びますよ。本当、おふたりといると心臓が持ちません」
柚花は、桃子と杏しかいないと思って、好き放題に機密情報を口にしている。
もちろん、桃子と違って柚花はきちんと周囲の座席や、店員の耳も気にしている。うかつに人に聞かれる状況で話している訳ではない。だが、それならば、自分の居ないところで話し合って欲しかったな、というのが杏の正直な感想である。
心を許して貰えるのも、懐かれるのも気持ち的には嫌ではないし、嬉しくはある――のだが、知ってはならない機密事項ばかりが耳に入ってくるのはどうしたものかというのが、最近の杏の悩みであった。
「あ、窓口さん。体調不良ならカレーがいいですよ。カリーヴルスト食べますか? これ、カレー粉が沢山かかってるから、お勧めなんですけど」
果たして、前後の話を聞いていたのか、全く聞いていないのか。
機密事項の塊みたいな少女が、カレー粉が大量にかかったソーセージを勧めてくる。それも、純粋な善意で。
これには杏も笑うしかない。癒やしと心労は表裏一体なのだなと、杏は改めて学んだ。
「……というか桃子さん、そのソーセージ、ちょっとカレー粉かけ過ぎなのでは? このお店、大丈夫なんですか?」
「ですよね、私もびっくりしちゃいましたもん! こんな贅沢なカレーの使い方してて、お店の採算合うのかなって」
「いえ、お店の採算ではなく……」
残念。この店がマトモな店なのかどうかという杏の疑念は、桃子には全く伝わっていなかった。
杏は仕事柄、ダンジョン内の桃子の様子をあまり知らない。具体的には、ダンジョン内でカレーづくしの桃子の生活というものを、実際にその目で見たことはない。なので、杏の中では桃子とカレーがさほどイコールで結びついていないのだ。
しかし、「そういえば、この少女はカレーの話になると極端におかしくなるのだったな」と杏は今更ながら思い出す。
言葉を失う杏に、ちょいちょいと手招きのようなジェスチャーを向けて、柚花が情報を提供してくれる。
「実はですね。なんでも、この店のオーナーのどうしても譲れないオリジナリティらしいですよ、そのカレー粉たっぷりかけてるのって」
「いい店だよねー」
「……まあ、美味しいですから、いいですけどね」
少女たちとカレーの話を続けていても、おそらく身になる話題ではないのだろうと、杏は深く考えるのをやめる。
深く考えず、会話の端々でさらっと流される『重要な事実』だけを的確に拾い集めていく。それが、この少女たちと会話するときのコツである。
杏は、ハーブティーを口に運び、その香りで心を穏やかに落ち着かせて。
ただ、静かに。目の前で、妖精とともに蔵王ダンジョンへ行く計画を話し合っている少女たちの会話に、耳を傾けるのだった。
【筑波ダンジョンギルド公式 ライチちゃんの筑波チャンネル】
『この番組は、皆様の探索を支え、未来を切り開く。ダンジョンテクノロジーの最先端、筑波ダンジョンギルドの提供でお送りいたします』
ほいほい、視聴者の若造連中、今日もインターネッツ日和じゃな。
はい、わしじゃぜ。筑波ダンジョンの植物系天才ロリババアことライチちゃんじゃぞ。今日はわしゃ疲れてて、本当は配信どころじゃねえんだがな。
さっさと研究所に戻って特製のエナジーブースターでも注入したいんじゃが、そうも行かないのが広報キャラのつらいところじゃのう。
わし、別に広報の人間じゃねえんだが。
んでは、とりあえず恒例の説明文を流すぞー。ポチっとな。
『このチャンネルは、筑波ダンジョンの開発した最新技術や探索サポートアイテムを紹介する番組です。
MCは筑波ダンジョン所属の植物学者、ライチちゃんです。見た目は幼女、中身は生意気盛りのご老体なので、仲良くしてあげてくださいね』
はい、見た目は幼女のライチじゃんじゃよ。
中身はご老体だからお前らはきちんと敬語を使えよ敬語。気色悪ぃ赤ちゃん言葉とかマジでやめるんじゃぞ。
こないだ、なんかこじらせたファンからメッセージが届いたんじゃが、わしゃひ孫みてえな年齢の奴に熱愛ラブレターなんか貰っても、どうしろって言うんじゃろうなあ。
いいか、お前らよ。
わしゃ、ババアじゃぞ? 目を覚まそうな?
おっと、さっさと本題に入れだとよ。
そろそろ本題じゃな。今日は最近新しく発売されたばかりの、ダンジョン用ブーツの新モデルについて紹介させて貰おうかのう。
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はい、各企業、頑張って新技術や新素材を取り入れておるな。偉いぞ。
ダンジョンつーても色々あるが、どんな荒くれた土地でも、まず何より大切なのは靴のグリップ力じゃ。
本当ならば、砂漠なら砂漠の、水辺なら水辺のブーツと使い分けた方がいいんじゃが、探索者によってはそうもいかんからな。
各社とも新技術を使っておるが、しかし総合的な面を見りゃ、今んところは昨年の秋に出たシリーズが最前線といった感じじゃのう。
どこの研究所も、もっとがんばれっ、がんばれっ。かかっ!
……ふう。
あ? 何でそんなに疲れてるかって?
あれじゃよ、せかいまほーきょーかい、とかいう連中との会議での。
すでにニュースにもなっとるからええじゃろ。あいつら、昨年見つかった蔵王ダンジョンに魔法協会のでっけぇ箱を作る予定らしくてのう。
そこに、わしらが作り出した最新技術をあれこれ使いたいと言いよるのよ。
若い連中は魔法協会と仲良くしくさってるけどよ、50年は探索者やっとる立場からすりゃ、あいつらは黒船じゃぞ、黒船。
不老の魔女とか言うが、わしから見りゃ小娘じゃぞ。
あ? わしのほうが小娘じゃと? かかっ、違いないのう。
む、なんかその話はやめろと、広報担当が慌てておるわ。しゃーないのう。
あと最後に一つ、これはまだ調査中で、具体的なことは何一つ言えないのじゃが……。
最近、特定のダンジョンで、行方不明者の報告が増えておる。もし、ダンジョンで、怪しげな笛の音が聞こえてきたら、注意せよ。
おっと、これまたわしの独断発言じゃから、広報担当が泡食っておるわ。かかっ。
では、今回はここまでじゃ。
若造ども。毎回の約束じゃが、次回の放送まで死ぬことは許さんぞ。
ではのー。