ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あれ? ここどこ? 出口、ここでいいの?」
「うわ、全然違っちゃってますね。室内じゃないですか、ここ」
光の膜を抜けると雪国ではなく、知らない室内であった。
桃子はつい二日前に柚花から『蔵王ダンジョンの貸し切り予約』とやらについて話を聞いて、今日がその当日である。
つまりはたった今、桃の窪地へとつながる光の膜を通り抜けてやってきたはずなのだが、不思議なことに出てきた先は桃子の記憶にあるような、ゴツゴツした岩の上などではなかった。
そこにはしっかりと着地できる床があり、壁があり、天井があり、扉もある。何度見ても、全く知らない、どこかの部屋だった。
これには、今回の計画を立案した本人である柚花も意外そうに目を見開いていた。
だが、驚いているのは桃子と柚花だけ。それぞれの肩に座る妖精達は、この状況をすでに把握していたようで、落ち着いたものだ。
「なんか。少し前に。建物ができたんだぞ」
「うぅ……な、長い工事でしたねぇ……」
「ヘノちゃんたちはこれって知ってたの? ここって、桃の窪地で合ってるんだよね?」
「そうだけど。詳しくは。あいつが教えてくれると思うぞ」
桃子と柚花の貸し切りとはいえ、当然ながらそれぞれのパートナーであるヘノとニムもついてきている。
そして妖精である彼女たちは、どうやらこれまでにも何度かこの地にこっそりと遊びに来ることがあったようだ。
見知らぬ部屋に出てしまった桃子としては、勝手に扉をあけて移動するのも正直気がひける。
なので、事情を知っているヘノに話を聞こうかと思ったけれど、どうやらそれより先に、この地の案内人が桃子たちの到着に気付いたようだ。
扉の向こうで人の足音がしたかと思うと、ガチャリと扉が開く。
そして、そこから姿を現したのは、つい少し前に吉野ダンジョンで顔を合わせた、アンティークな丸眼鏡をかけた、優しげな雰囲気の男性――。
「いらっしゃい、お二人とも。蔵王ダンジョンへようこそ。驚いたでしょうが、ここはダンジョン入り口前の監視小屋の一部屋です」
「あ、クヌギさん、ご無沙汰してます! この前は、どうもありがとうございました」
「おっと、タヌキの旦那さん。先日は、先輩を助けてくださったそうで、ありがとうございます」
扉を開けて姿を現したのは、化け狸の姫ポンコの父ちゃんこと、クヌギだった。
化け狸の長と同じく、相変わらずの古めかしい着流し姿だ。ただし、気候の変わらぬダンジョン内に住む化け狸の長と違い、クヌギの着流し衣装は季節に合わせて薄手の生地のものとなっていた。化け狸といえども、地上の夏はやはり暑いようだ。
「いや、こちらこそポンコが世話になりました。いつもポンコを支えてくれて、本当にありがとう」
「え、いやいや、私こそポンコちゃんには力を貸してもらってばっかりで……」
この両者は、顔を合わせることそのものは少ないのだけれど、なかなかに複雑な関係性だ。
クヌギに言わせれば、桃子は自分の命の恩人であり、娘を救ってくれた、娘の師匠である。
一方、桃子から見ればクヌギは大切な友人の父親であり、更には摩周ダンジョンや吉野ダンジョンでは影から何度も助けてくれている人物だ。
二人ともが互いに恩義を感じているため、こうして感謝の応酬になってしまうのだった。
「お前ら。挨拶が長すぎるぞ。行かないのか」
「ああ、申し訳ない。最近は色々な相手が訪れるものだから、ついつい顔を合わせたら挨拶話をする習慣が出来てしまってね」
「ヘノ先輩、挨拶っていうのは大切なんですよ? 特に、クヌギさんみたいな強い人とツテを作っておくのは重要なんですから」
「柚花、そういうのは本人を前にしていうことじゃないよ?」
「はは、別に構わないよ。ツテというのは、あって困ることはない。最近は私も、それを思い知らされてばかりだからね」
「こいつら。また。話しはじめたぞ」
「ク、クヌギさんも……な、なんだか行動パターンが、人間ぽくなりましたねぇ……」
ヘノは知っている。人間というのは、一度話に花が咲いたら、とても長くなるのだ。
しかも今回は、ヘノと同じく魔法生物であるクヌギまでもが人間の常識を語りだすという有様だ。クヌギが人間の仲間として生活し始めすでに半年以上経っていることは知っているけれど、半年でここまで人間に影響されてしまうものかと、ヘノも驚きだった。
結局この後、共通の知人であるポンコの話題になってしまい、彼らの話が一段落するまであと数分ほど必要だったという。
そして、ようやく管理小屋を後にした桃子は、実に久しぶりとなる桃の窪地の景色を目にすることとなる。
桃子は昨年の11月にこの地を初めて訪れて、近隣に住む風間のお婆ちゃんと、村に住む小学生、菊乃小梅と出会ったのだ。
その後、この地にダンジョンが口を開き、魔物たちが地上を目指し侵攻してくるスタンピードが起きたのが、忘れもしない昨年の誕生日のことだ。
桃子に柚花。そして深援隊の風間、サカモト、オウカ。それに仲間の妖精達という少数でスタンピードと戦った。最後には、大切な仲間である桃の木の妖精クルラが命を失いかけた。
決して、楽しい思い出ではないけれど。今でも目をつむれば、あの静かな山村の雪景色がありありと思い起こせる――。
――とか考えていたのだが、その景色はまるっと様変わりしていた。
「うわあ、なにこれ!? 前に来たときと全く違うじゃん!」
冷房の効いていた監視小屋から出ると、外は夏の山特有の、青葉の匂いや虫の声で満たされていた。都会のような異常な蒸し暑さこそないものの、それでも夏の熱気が肌を焼く。
以前訪れたときは雪の降る真冬だったため、記憶の中の景色と季節感がまるで違うのは、仕方の無いことだろう。
だが、桃子が驚いたのは季節による違いだけではない。
「そういえば。桃子はこれ。見たことないんだったか」
「い、言われてみれば、去年とは……ぜ、全然風景が……ち、違いますねえ」
そもそも、光の膜から出てきた先が、以前は岩場だったのに、今ではきちんと建物として建築された室内に様変わりしていたのだ。
そこから見える外の景色もやはり、大きく様変わりしているのは必然といえよう。
桃子から見える景色。それは、例えるならば『大規模な工事現場のど真ん中』といった景色である。
窪地の周囲にはすでにいくつものフェンスが立てかけられており、その向こうには多数の重機が並んでいるのが窪地の下からでもわかる。
そして何より目を引いたのが、何やら立派な建築物の骨組みだ。
「この窪地に隣接する形で、ギルドと魔法協会の共同施設が建てられる予定なんですよ。窪地の工事もありますし、当分はこんな感じでしょうね」
「そっかー。ダンジョンの工事って、やっぱり大変なんですねえ」
「先輩、この窪地が特別大変なんですよ。ただでさえ土地が特殊なのに、世界魔法協会がここまで日本の山奥のダンジョン一つに執着することなんて普通はないですからね」
「あ、そっか。魔法協会の施設を建てるのはクリスティーナさんか……」
「あのクリスティーナとかいうの。前に。女王に会いに来て。それはもう。大変だったぞ」
「うぅ……涙なしには、見られませんでしたねぇ……」
ここは、ダンジョン外の窪地にまで魔力が漂っているという、かなり特殊な土地だ。
さらには、そのダンジョン外の窪地部分に妖精の国と繋がる『光の膜』の出現箇所があるため、ダンジョンに潜れない身体の魔法協会会長――クリスティーナが、己のパートナーである妖精女王ティタニアに会いに行ける、世界で唯一の出入り口なのだ。
ヘノとニムが言うように、クリスティーナはこの土地のお陰で、二度と会うことが叶わないはずだったティタニアと再会できたのだ。彼女がこの土地を黙って放置することなどあり得ないだろう。
今では世界で有数の権力を持つクリスティーナが本気で口を出したならば、この山奥のダンジョンを世界魔法協会の占有ダンジョンにすることすら可能かもしれない。
「それに、私が言うのもなんですが……この土地は、特殊な存在が多く集まりますからね」
「本当、そうですよ。この場所って、何かの特異点かなにかじゃないですか?」
化け狸であるクヌギが、どことなく遠い目で呟き、柚花がそれに同意する。
ダンジョン外に魔力の漂う窪地。妖精の国と繋がる光の膜。その二つだけでも十分特別な土地なのだが、現在この土地には『ダンジョン入り口に常駐する化け狸』『村の信仰対象であるウワバミ様』『ダンジョン外に出没する雪ん子の幽霊』と、魔法生物・土着神・怪異という三点セットがそろい踏みなのである。
恐らく、魔法協会がこの土地の確保に力を入れているのは、決してティタニア会いたさによるだけでなく、もしかしたら『土地の特異点』というものを理解した上での判断なのかもしれない。
「改めて考えると、かなりハチャメチャな土地なんだね」
「先輩も、この土地のハチャメチャ要素の一端を担ってますけどね」
柚花のシビアなツッコミは、夏の山に響き渡る蝉の声のなかに消えていった。
桃子と柚花、そしてクヌギの三人は、ダンジョンに入る前に、まず久しぶりに訪れた窪地の様子を見て回ることにした。
なお、ヘノとニムの二人は、工事が休みなのをいいことに工事現場を覗きに行っている。
「うんうん、懐かしいね。初めてきたときは、ここでお婆ちゃんに声をかけられたんだったかな」
この窪地は、さほど広いわけではない。けれど、桃子にとっては実に思い出深い場所の一つである。
ぽっかりと空いたダンジョンには、今はきちんと頑丈そうな門が備え付けられている。いつぞやは、桃子がハンマーの【氷結】でひたすらに穴を凍らせて魔物の進軍を防いでいた洞穴だけれど、今ならばこの門をしっかり閉じれば魔物を封じ込められるのだ。あの時にも門があったならばなどと桃子はつい考えてしまう。
残念ながら、お婆ちゃんが世話をしていたキャベツ畑は、すでに撤去されていた。やはり、ダンジョン入り口でキャベツを育てるというのは問題があったのだろう。
小梅と二人でキャベツを眺めて遊んでいた日を思い返す。
「そうだ、お婆ちゃんたちは、元気にしてますか? 私、会いに来るなんて言っておいて、立場的になかなか会いに来づらくて……」
「ええ、風間のお婆さんは元気ですよ。下手をすれば、昨年末よりも元気になってるんじゃないですかね。小梅ちゃんは、日々修行の毎日のようです」
「小梅ちゃん、修行してるのかあ。小学生なのに大変だなあ」
「小学生の段階で、ここでトップクラスの探索者に囲まれてスキルの訓練をしてるわけですからね。あの子、将来は間違いなく大物になりますよ」
他にも、焼け落ちてしまった桃の木はまだ生き残っており、残された根から再び伸びてきた若木が、夏の日差しを浴びてすくすくと伸び始めている。
まだ桃子のへそほどの高さだけれど、きっとあと数年もすればまた立派な桃の木に成長することだろう。
その奥に建てられているウワバミ様を祀るための小さな社は、当時のままで残されている。
よく見ると、社には小さな瓶の日本酒が供えられていた。つい昨日、ウワバミ様こと桃の木の妖精クルラが飲んでいたお酒と同じものである。
「さて、では。私は管理小屋を離れる訳にもいきませんからここまでです。お二人は、特に案内など居なくても大丈夫ですか?」
「ええと、どうかなあ。柚花、大丈夫だと思う? 私、このダンジョンのこと全然知らないけど……」
そして、しばらく窪地をあれこれ話しながら散歩をしていたのだが、今日の目的は別に窪地の散歩ではない。ダンジョンの貸し切りだ。
今日は、桃子と柚花が、初めての蔵王ダンジョンを探索する日なのだ。
しかし、クヌギのいうことはもっともである。いくら桃子と柚花ならば魔物に襲われても問題の無い実力者だからと言っても、迷宮内部を把握できるわけではないのだ。
桃子は、どうしようか、と柚花を見遣るけれど、柚花は全く心配する様子もない。
「大丈夫ですよ。私、ぬかりないんで。案内人なら先にダンジョン内に入って、お酒でも飲んでるんじゃないですかね」
「あ、そうなんだ。じゃあ大丈夫だね!」
クヌギが門を押し開けると、ギギギ、という重たい音が窪地に響く。
音に気付いたのか、桃子たちが呼ぶまでもなく、工事現場から緑と蒼の光が飛んでくるのが見える。
いよいよ、蔵王ダンジョンの探索だ。
桃子は、いつかのあの夜のように。懐からハンマーを取り出して。
日本で一番新しいであろうダンジョンへと、足を踏み出していくのだった。