ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
地上はいま、ちょうど夏真っ盛りの時期である。
さすがにダンジョンに潜る以上は、桃子も柚花も薄くて快適な夏服そのままとまではいかないが、それでもジャケットの下は薄手の夏服だ。
しかし。日差しがギラつく夏の地上とは打って変わって、このダンジョンの内部はキンキンに冷えた冷凍庫のようだった。
「うわー、中はヒンヤリしてるんだねえ。ほら柚花、はぁ~っ、はぁ~っ、息が白いじゃん!」
「寒っ。ちょっと先輩っ、のんきにハアハア言ってないで、アレ早く出しましょう! 夏服のままでいたら風邪ひいちゃいますよ!」
「あはは、柚花ったら、せっかちさんだなあ。ちゃんと紙袋に入れてきてるから、ちょっと待ってね」
このダンジョンの第一層は、深援隊のオウカが『雪の果樹園』と名付けた階層だ。
その名前からもわかるように、この第一層には果樹が多く、雪の降るひらけた空間が点在している。
それらは事前に知っていた情報なので、桃子たちは当然ながら、寒さ対策装備も持ち込んでいた。
「じゃじゃーん、雪ん子帽子と、砂漠ポンチョ! 柚花はどっちがいい?」
「やっぱり雪ん子のわら帽子は、先輩が着込むべきじゃないですか?」
「そうかな? じゃあ、そうしようか」
桃子は、魔法の防寒具を二つ所有している。
その一つが、桃の窪地でかつて愛用していた『わら帽子』だ。桃子が雪ん子を名乗ってこの窪地へとやってきたときに着用していた、雪国の伝統的な防寒具である。これは元々マヨイガで見つけたものだが、妖精の国へと持ち帰り、桃子が使用させてもらっている。
このわら帽子は魔法的な力を持っており、着用者の身体を守り、さらには暖かい室内にいるかのようにポカポカと温めてくれる優れものだ。
「桃子の。その格好も。随分久しぶりに見るな」
「えへへ。やっぱり桃の窪地って言えばこのわら帽子だよね」
「先輩、それって普通に前とかガバガバですけど、本当に温かいんですか?」
「うん。たぶん魔法的な力だと思うんだけど、これを羽織るだけでなんだかポカポカしてくるんだよね。もしかして、柚花もこっちが気になる?」
「あ、いえ! 私はこっちのポンチョをお借りしますよ」
そしてもう一つは、桃子が自ら素材を合成して製作した『砂漠ポンチョ』だ。
こちらは名前そのまま、服装としては真っ白いフード付きのポンチョだ。
素材として使用しているのは主にマヨイガの一反木綿から入手した魔物素材の木綿生地。それに、琵琶湖ダンジョンのスライムを倒して手に入れた断熱性能を持つスライム粉を散布した代物である。
もとが魔物素材の組み合わせだけあって、こちらも見た目に反して非常に丈夫で、断熱性能も高く、砂漠のような高温の場所だけでなく、気温の低い場所でも防寒具として使える万能装備である。これまでも、様々な冒険に付き合ってくれた大切な装備品だ。
「先輩は、本当に雪ん子とかコロポックルとか、そういう特殊な衣装が似合ってますよね」
「ゆ、柚花さんの砂漠ポンチョ姿も……か、可愛いと、思いますよお?」
「あはっ、ニムさん、ありがとうございます。ご褒美に、はい。ポンチョの中に入ってもいいですよ?」
「うぅえへへ……わ、わぁい。は、入りますねぇ」
「相変わらず。ニムは。喜び方が。独特だな」
雪ん子姿の桃子と、砂漠ポンチョの柚花。両者が断熱装備を身につけ、それでようやく準備完了だ。
さっそく、洞穴を進んで奥を目指していく。第一層とはいえ何があるのかはわからないので、感知能力の高いヘノと柚花が並んで先頭をゆく。
「小さい魔物が。何匹か。寄ってくるな」
「じゃあ、私たちでやっつけちゃいましょうか。先輩も一応はハンマー出しておいてくださいね」
道のりは、しばらくはただの洞窟といった感じの穴が続いている。ときおり横道なども走っており、どうやらかなり複雑な迷路のような地形になっているようだ。
そして、その洞窟の奥から小さな獣タイプの魔物たちが出現し、桃子たちの行く手を阻もうとしている。
「あ、この魔獣は見たことあるね。前に窪地が大変だったとき、柚花が沢山倒してくれたやつだね」
「私、自分で言うのもなんですけど、あれから相当強くなってますからね。あの時苦戦してた巨獣だって今なら戦えますよ」
洞窟の奥からやってきた小さい魔物の群れは、桃子が何かするまでもなく、柚花の【チェイン・ライトニング】が一瞬で全てを巻き込んで煤へと還していく。
洞窟には、小さい魔石がカラカラと音を立てて落ちる以外には、すでに何も残されてはいなかった。
「うぅ……ゆ、柚花さん、頼もしくなりましたねぇ」
「困ったな。桃子にまた。修行をさせないと。後輩にどんどんおいて行かれるぞ」
「いや、私は別に戦闘力で競ってないからね? 修行はなくても困りはしないからね?」
落ちた大量の魔石を拾いながら、なにやら物騒な話が聞こえたので口を挟んでおいた。
桃子は知っている。ヘノが桃子に課す特訓は、本当に容赦がないのだ。
もちろん、今では河童も一反木綿も効率的に倒せるようになっているし、それはヘノが桃子を鍛え上げてくれたお陰なのも事実だろう。
その点では、桃子は鍛えてくれたヘノには感謝しているし、スパルタ気味なところも含めてヘノのことは大好きだ。
しかし、それはそれとして。突発的な修行は遠慮願いたい。
「ところでですけど。このダンジョン、気のせいじゃなければ魔力濃度が妙に高くないですか?」
「え? そうなの? ぜんぜんわかんないや」
ふと、冷凍庫のような洞窟を進みながら、柚花が感想を口にする。
あいにく桃子には魔力の濃さとかそういったものはわからないので、同意を求められてもわからないので、横を飛んでいるヘノに視線を送る。
「そうだな。女王も言ってたけど。このダンジョンは。魔力が濃密らしいぞ」
「だ、だから、ち……地上まで、ま、魔力が漏れ出てたみたいですねぇ……」
「へえ、地脈とかが関係してるんですかねえ。なんだか、魔法の威力というか、操作性が……こう、ぜんぜん違いますね」
「へえー、魔力の濃度かあ。私も何か違ってるのかな」
魔力の濃度が違うと、魔法の操作性が変わるらしい。
魔法を使えない桃子としては全く対岸の無関係な会話なのだが、しかし魔法が使えないとはいえ桃子はいくつかの【スキル】を所有している。
もしかしたら、スキルの操作性が大きく違っていたりするのだろうか。
「ねえ、ためしにここで【カレー製作】してみていい?」
「いいぞ。カレーを作ろう。なにカレーにするんだ」
「やめてください。なんでダンジョン入ってすぐの洞窟部分でカレーを作ろうとするんですか。せめて果樹園を見てからにしてください」
「それもそうだな。桃子。早急すぎるぞ」
「ヘノちゃん、手のひら返しが早すぎない?」
そんな、愉快な会話を交わしながら進んでいると、ふいに視界が開けた。
「うわ、見て柚花! なんか広い森に出たよ! 雪が積もってる!」
「本当だ。なんだか静かで、素敵な雰囲気じゃないですか。果物の木が豊富らしいですけど、どんな具合なんでしょうか」
そこは、話に聞いていた通り、洞窟内でありながら雪の降り注ぐ、ひらけた空間だった。たとえるならば、巨大なスノードームだろうか。白く染められた世界には、多くの木々が立ち並んでいる。
森というほどの密度はなく、ここが雪道と化していなければ比較的歩きやすい階層だったことだろう。
この第一層には、このような巨大で開けたスノードームのような空間が点在しており、それらを洞窟の通路が迷路のように結んでいるのだ。
桃子たちは最初のスノードーム内に進入し、木々の隙間を慎重に進んでいく。
すると。
ふと。桃子たちに声をかけてくるものがいた。
「んふふ♪ ようこそ『雪の果樹園』へ♪ 待ってたわよ♪」
「あ、やっぱり案内人ってクルラちゃんだったんだね」
木々の合間から姿を現したのは、ヘノたちと同じく、ティタニアの娘であるクルラ。
桃の木の妖精、そしてウワバミ様として古くからこの近辺の集落を守護していた彼女が、今回の案内役だった。
「お酒を飲んで待ってるっていうから、クルラちゃんとオウカさんのどっちかだと思ってたよ」
「クルラ。お前。一緒に出ればいいのに。わざわざ先に入って。隠れてたのか」
「うぅ……さ、さぷらいず……ですねぇ」
朝方はクルラも妖精の国にいたはずだが、どうやら桃子たちが出かける準備をしている間に、彼女だけ先にこちらへとやってきて、隠れて待っていたようだ。
いつもの事ながらすでに赤ら顔で、朝から一人、この階層でお酒を飲んでいたことがわかる。
「クルラさんは、この階層には詳しいんですか?」
「ええ。ここには果物が沢山あるから、沢山案内しちゃうわよ♪」
ポンチョのフードを被った柚花がクルラに問いかける。
柚花は、この日にクルラが案内を買って出たことは知っていたけれど、クルラがこの階層についてどれほど知っているのかまでは把握していなかったのだ。
けれど、どうやら心配は不要なようだ。クルラはふらふらとときおり左右にぶれながらも、桃子たちを先導するように雪の積もった木々の合間をゆっくりと進んでいく。
「この奥の果実はね、妖精の畑にも同じものが実ってるの。でも、不思議なことに、ここだとまた味が違うのよ♪」
「そうなのか。それは。知らなかったな。これは。食べ甲斐があるぞ」
「うぅ……ふ、不思議ですねぇ。同じ果物なのに、あ、味が違うだなんて……」
「やっぱり、土壌が違うと味が違う、みたいなものがダンジョンにもあるのかな?」
「そうだと思いますよ。特に地上と違ってダンジョンって気候的なものも千差万別ですし、そのダンジョンごとに魔力の質が全然違いますからね」
クルラを追いかけて、雪の中をざくざくと進んでいく。
さすがに『雪の果樹園』とは名付けられても、生えている植物の全てが果樹というわけではないようだ。
というか、今現在歩いている森には果物は見当たらない。恐らく、クルラのあとをついて行けば果物の実る木があるに違いない。
桃子はそわそわしてきた。
「ねえ柚花、今日ってさ、果物も取り放題ってことでいいのかな?」
「まあ、特に禁止は言い渡されてないですし、常識的な範囲だったらいいんじゃないですか? そんなに沢山食べるつもりなんですか?」
「えへへ。やっぱりさ、果樹園にきたなら、いっぱい食べたいじゃない? 窓口さんにお土産も用意してあげたいし、なによりカレーにたくさん入れてみたいしね」
「なるほど。つまり、いつも通りと」
いつも通り。ダンジョンで見つけた食材は、とりあえずはカレーにしてみる。
桃子の頭のなかではすでに、まだ見ぬ果樹園の果物を豊富につぎ込んだ、雪の果樹園カレーのイメージが膨らみつつあった。