ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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雪のトロピカルカレー

「カレーってさ、不思議だと思わない?」

 

「私は唐突にそんなことを言い出す先輩も不思議ですけど、どうしましたか?」

 

 雪の中で、キャンプ用の調理器具を持ち出し、さっそくカレーの準備だ。

 人間は桃子と柚花の二人だけで、あとは妖精だけなため大きな鍋は必要ない。中型の鍋で準備を始める。

 

「私がダンジョンで作るカレーってさ、基本的には市販のカレールーを使ってるから、普通に考えたらどう作っても味は一定になるはずなんだよね」

 

「まあ、そうですね。さすがの先輩もダンジョンでスパイスの調合から始めたりはしませんからね」

 

「うん。やってもいいんだけど、さすがに材料の持ち込みとか、準備の手間がかかっちゃうからね。市販のカレールーはお手軽で、すごいよね」

 

 桃子がてきぱきとカレーの準備をしている横で、柚花は飯盒で米を炊いている。

 桃子の調理だと【カレー製作】でカレーそのものはあっという間に出来てしまうが、どちらかというと米を炊く方に時間がかかるため、米は優先的に炊き始めないといけないのだ。

 飯盒の火加減を調節しながら、柚花はカレーの準備をしている桃子を見上げる。桃子としては、これは真面目な考察なのだろう。キリリとした表情で変なことを語っている。

 

「それで、私は思うわけだよ。カレールーを使ったとしても、『雪の果樹園』では『雪の果樹園』の。『サクラモリ』では『サクラモリ』の。『森林迷宮』では『森林迷宮』のカレーが出来るの」

 

「んふふ♪ 桃子ったら、詩的だわ♪」

 

「言ってることはなんとなくわかるんですけど、やってることは鍋にポンポン果実を放り込んでるだけなんですよね……」

 

 桃子は、ニムが水を張った鍋を火にかけて、余った果実をボシャンボシャンと鍋に放り込んでいた。

 一応、ナイフできちんと切り分けてはいる。へたの部分や可食部ではない種は除外して、それぞれをある程度細かく、カレーの具としてちょうど良さそうなサイズに刻んでいる。

 本来ならば今回の材料は全てがダンジョン食材なため、そういう下拵えに近い作業も【カレー製作】が全て自動で処理してくれるのだけれど、さすがにそこは桃子の気分の問題らしい。

 

「一応今日は、トロピカルを意識してココナッツミルクも準備してきたんだよ? というわけではい、ココナッツも注いで、あとは混ぜるだけ!」

 

「お。いつものだな。信じて混ぜる。信じて混ぜる」

 

「んふふ♪ 信じて混ぜる、信じて混ぜるわ♪」

 

「うぅ……し、信じて混ぜる、信じて混ぜる……」

 

 柚花が見ている横で、まるで感染症のごとく。ヘノが信じて混ぜ始め、クルラが信じて混ぜ始め、とうとうニムまで信じて混ぜ始める。

 なお、柚花はそれを無言で見つめるのが、いつものパターンだ。

 そして最後に桃子が信じて混ぜる。

 

「はい、信じて混ぜる! 信じて混ぜる!」

 

 すると、鍋が光り輝き、そこには出来立てのカレーが現れた。

 柚花は「もしかして、カレーを作っている先輩よりも、ご飯を炊いている自分の方が手間暇かかっているのでは?」と疑問も覚えたが、心にしまっておくことにした。

 

「じゃじゃーん、桃子特製『雪のトロピカルカレー』の完成!」

 

「うわ、すごい。言葉だけだと意味が分からないのに、実物を見るとちゃんとトロピカルですね」

 

「桃子は。トロピカル名人だからな」

 

「ヘノ先輩、意味分からないまま言ってません?」

 

 柚花もスプーンで少し掬って味見をさせてもらったが、トロピカルを思わせるフルーツの甘みと、ココナッツミルクのまろやかさは間違いなく、トロピカルカレーと言える代物だった。

 しかし、それだけではない。

 この『雪の果樹園』独自のものなのだろう。カレーの中のフルーツを噛みしめるごとに、温かいカレーだというのに冷たい冷気の魔力が流れ込み、熱と冷気を同時に味わえる、実に不可思議なカレーとなっていた。

 

 余談だが、同時刻、どこか遠くのダンジョンにて。

 唐突に「どこか遠くに、美食の産声が聞こえた!」と騒ぐパーティがいたという。

 

 

 

 

 

 

 カレーを食べ終え、しばらくくつろいでいるときに、それを発見したのは桃子だった。

 

「柚花、見て見て、可愛いっ」

 

「あはっ、カレーでおなかいっぱいになってるじゃないですか。果物もカレーもあんなに食べるから……」

 

 それは、果物を入れた籠のなか。

 先ほど食べた分だけではなく、桃子はギルド職員の杏や工房の同僚である和歌への手土産として、少し多めに果物を採取していた。

 その果物が籠の中にまだ残っているのだけれど、ふと桃子がその籠を覗くと、籠の中身は『フルーツと妖精二人の盛り合わせ』状態になっていた。

 妖精二人は、もちろんヘノとニムの仲良し二人。

 ヘノとニムが二人で手を繋いだ状態で、果物の上ですやすやと寝息をたてていた。

 

「んふふ♪ この子たち、いつも仲良しね♪」

 

「もうさ、これは起こせないよね。そっとしておいてあげようね」

 

「でも先輩、どうします? 食後に更に探索するって感じじゃなくなっちゃいましたけど」

 

「んー、じゃあ、ここでゆっくりさ。雪景色を見ながら、柚花とクルラちゃんと三人で午後を過ごすのはどうかな?」

 

 桃子はそう提案する。

 ダンジョンの探索も楽しみだし、好奇心がないと言えば嘘になる。

 けれど、このダンジョンは逃げるわけではないし、今後正式にダンジョンが開かれればいくらでも来られるようになるのだ。

 収穫としてはたくさんの果実が籠に入っているので、以降の時間は雪の中のお茶会はどうか、と。

 

「私は全く構いませんよ。ダンジョンなら、また来ればいいですしね」

 

「わたしも構わないわよ♪ お酒ならあるから、必要なら言うのよ♪」

 

「あはは、お酒は飲まないけど……でも、コンロもあるし、小鍋で温かいお茶くらいは作っちゃおうね」

 

「お茶菓子くらい持ってくればよかったですね」

 

 結局、ヘノとニムが昼寝を始めてしまったことで、探索はうやむやになり、急遽、桃子と柚花、そしてクルラのお茶会となる。

 これはこれで珍しい組み合わせであり、お茶請けはないものの、果物だけならいくらでもあるので口寂しいことはないだろう。

 キャンプ用品としては所有しているものの、ヘノと出会ってからはあまり使わなくなってしまった小型のポットにペットボトルの水を移し、コンロにかける。

 雪景色の中、ポットがコポコポ言いながら真っ白な湯気を発する景色は、なかなかに風情を感じる。今が夏であるのが嘘のようだ。

 

「ところでクルラちゃん、さっきから気になってたんだけど、あの丘の上にあるのって?」

 

「あ、私も気になってました。あの小さい木って、魔力を感じるんですけど……」

 

 寒い環境なので、湯気はたてども湯が熱くなるまでは時間がかかる。

 その間、ふと、桃子は疑問に思っていたことをクルラに聞いてみた。

 この場所から、果樹園の逆方向は地形が膨らんでおり、一つの丘のようになっている。

 その丘のてっぺんに、小さな木が生えているのだ。周囲を人工的な柵で囲まれており、明らかにこの風景のなかでは異質なものだった。

 

「んふふ♪ あれはね、私なのよ♪ 桃の木の新芽を、この土地にも株分けしたの」

 

「え、クルラちゃんここにも株分けしたの?!」

 

「クルラさん、一回消えかけたとは思えない生命力ですね」

 

 桃子と柚花が驚くのも無理はない。

 クルラはもともと、桃の窪地に生えていた一本の桃の木だったのだ。それが昨年11月の事件で、炎で焼け落ち、当時はその木の妖精であるクルラも消滅の危機だったのである。

 その後、まだ生きていた新芽を妖精の畑に移植することとなり、クルラは妖精の畑と桃の窪地、二カ所にその分体を持つ妖精となったのだが。

 まさか、ダンジョン内にさらなる分体が生えてきているとは、さすがの柚花も看破できない事実であった。

 

「んふふ♪ そのときは、ルイとリフィ、あとは筑波ダンジョンギルドの、ダンジョン植物研究の偉い人が力を貸してくれたらしいわよ♪」

 

「筑波ダンジョンギルド?」

 

「私の新芽を一株譲ったみたい。だから、きっと今頃は筑波ダンジョンにも、私の分身が育ってるんじゃないかしら♪」

 

 ルイとリフィは、クルラと同じく植物を祖とする妖精たちだ。彼女らの協力があるならば、クルラの新芽を新しく別な場所で育て直すことも可能かもしれない。

 だが、筑波ダンジョンの研究員という情報が、更に桃子たちを驚かせる。

 

「筑波ダンジョンって、色々と研究してるところだよね? クルラちゃん、研究されちゃうの? なんか心配だなあ」

 

「そうですよ。クルラさん、それって大丈夫なんですか? 何か変な研究材料にされてますよ? 絶対に厄ネタですって!」

 

 桃子は、筑波ダンジョンにはあまり詳しくはない。知識として、研究者たちが集う、公的機関として使用されているダンジョンがあることは知っている。

 一般探索者に向けては解放されていない場所なので、おそらく筑波ダンジョンに行ったことがある探索者というのはほとんどいないだろう。

 そんな中に、妖精であり、神でもあるクルラの素体を提供したという。こればかりは、柚花のみならず桃子すら心配に思う。

 桃子は知っているのだ。『研究者』というのは、大抵は倫理観が欠如しているものなのだ。今まで読んできたマンガやアニメでは、ほぼ必ずと言っていいほど『研究者』は危ない人たちだったのだから、間違いない。

 しかし、当のクルラはあっけらかんとしたものだ。

 

「んふふ♪ そのときはそのとき♪ 何か問題が起きたら、桃子たちが解決してくれるのを期待してるわ♪」

 

「そういうフラグみたいなこと言うの止めてくださいよ。そういうフラグがあると、全部回収しちゃう先輩がいるんですから」

 

「うーん、言い返せない……」

 

 結局の所、妖精に関わるトラブルは、だいたい桃子も解決に乗り出すことになるのは間違いないのだろう。

 思えば、最初にヘノと出会ったのも、イビキ男ことサカモトをどうにかして欲しいというトラブルが発端だったのだ。

 ただそれで言うなら、トラブルは新たな出会いのきっかけとも言えるわけで。

 

「巻き込まれるなら巻き込まれるでいいけど、せっかくなら素敵な出会いに繋がってほしいよね」

 

「先輩の前向きさは相変わらずですね」

 

「桃子は、そこが素敵なのよね♪」

 

 そのような話をしているうちに、ポットのお湯が沸いた。

 クルラの分体の話題も気にはなるものの、既に筑波ダンジョンの研究者が持って行ってしまったものは、ここでどうこう言っても仕方ないだろう。

 少なくとも、クルラ本人、そしてルイやリフィが文句を言っていない以上、その研究者はマトモな精神性を持っていると信じるしかなさそうだ。

 

 桃子は、わかしたお湯で自分と柚花の分の紅茶を淹れていく。紅茶そのものは市販のパックの紅茶だけれど、雪景色の中、切り分けた果実を食べながらの紅茶というのはなかなか、乙なものである。

 初めて訪れたダンジョンで、貸し切り状態で、雪の中のお茶会。

 桃子は過去にも似たような経験はあるものの、やはりダンジョンの中でのお茶会というのは不思議なものだった。

 

「またさ、ダンジョンの中でこういうお茶会をしてみたいよね」

 

「んふふ♪ いいわね、あと数年もすれば二人とも、お酒を飲めるものね♪」

 

「クルラさん、意地でもお酒を飲ませる気ですね……」

 

 そのような、乙女たちの笑い声と共に。

 雪の中のお茶会は、静かに時を刻んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 お茶会の中の一幕。

 

「でも、ここにも桃の木が育つんだね。なんか、桃源郷って感じ!」

 

「んふふ♪ いいわね、桃源郷♪ 桃子が救って、わたしが守るの。素敵な場所だわ♪」

 

 桃源郷。

 その名称が、ギルドや魔法協会に認められ、将来的にはこの地の異名となるのだが、それはまた、別な物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   幕間 蔵王ダンジョン 了

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