ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
先ほどまでのゴツゴツした岩ではなく、古代の石灰岩を思わせる白い石壁沿いに、薄暗い魔法光が点々と灯っている。
更に奥まで続く静かな空間に、桃子は自分の足音と吐息だけが響くのを感じていた。
「どう、しようか。戻る? それとも……」
「もちろん。進んでみるぞ。大丈夫だ。桃子は。ヘノが守るぞ」
「わ、私も……うぅ……が、頑張ります」
ヘノはツヨマージを構えて、勇ましく階段の奥を見遣る。
ニムは先ほどまでは怯えて桃子の水着の胸元に引きこもってしまっていたが、ヘノに触発されたのか、恐怖に震える声を絞り出しヘノに続くように宙を舞う。
桃子も、二人の決意に頷くと、ゆっくりとその階段を下りていった。
緊張した空気の中、時折水滴が垂れる音だけが響いている。
ここは琵琶湖ダンジョン、第四層から第五層へと続く階段。
岩壁の洞窟を進んだ先には、石灰岩のような岩床で舗装された広い階段が待ち構えていた。天井は高く、10メートルはあるだろう。
古代の神殿を思わせるような紋様の刻まれた柱が壁に沿って均等に並んでおり、もしかしたらこれが本来の深潭宮の姿なのかもしれない。
しかし、静かだ。
「ヘノちゃん、ここって降りたら第五層なんだよね。魔物とかって、どこかに居るのかな……?」
層と層をつなぐ階段で魔物が襲ってくるということもあり得ない話ではない。
拡縮の魔法を解いた巨大ハンマーを構えて、いつ襲われても反応できるように警戒しながら、桃子がヘノに問う。
ダンジョンというのは下層に行けば行くほど魔物が強くなっていく。女王ティタニアの話の通りならば、下層のほうが瘴気が濃いのだというが、しかし今のところ魔物の気配というものは感じられない。
第四層から降りてきた階段付近ではまだ水滴の音も響いていたのだが、すでに水滴の音すら聞こえない、静寂の世界だ。
「おかしいな。この先は。瘴気がないぞ」
「うぅ……不思議です……」
「えと、じゃあここって、魔物の気配もないってこと?」
油断するつもりはないけれど、恐ろしい魔物が潜んでいると考えた桃子にとっては拍子抜けだった。
魔物が居ないならば、それこそ件の人魚姫だけがいるのかもしれないが、それにしてもこの広い階段は長々と続いている。螺旋のようにぐるりと曲がっており先のほうは見えないが、少なくともいま見える範囲では魔物どころか、人魚姫すらいるようには見えなかった。
しかし、第五層への階段を数分ほど進んだあたりだろうか。目の前の景色が、劇的に変化する。
「桃子。ここだ。人魚姫は。ここにいるぞ。覚悟はいいか」
「ま、待ち構えられて……いるのかも……しれませんよ……?」
「え、待って。ここって……」
そこには、一面の花畑が広がっていた。
空には夜の星が瞬き、そこに咲くのは青い花々。一面の青の世界だ。
甘い、花の薫りが鼻腔をくすぐる。
桃子は周囲を警戒しながらも、ざくざくと、花畑へと踏み込んだ。
見る限りの花畑は、地平の彼方まで続いているように見える。おそらくは妖精の国と同様に、先の方は幻なのだろう。
「ここって……妖精の国に、似てるね」
「ヘノも。困惑しているぞ。でも。そっくりだけど。違う場所だ」
「うぅ……妖精が一人もいません……さ、寂しい場所です」
青い花畑を歩きながら、桃子、ヘノ、ニムは思い思いの感想を口にする。
妖精の国とも似た花の香り。しかしあの花畑とは違い、ここはとても静かで、夜の静寂を体現したような風景だった。
とりあえず、何かないか探してみようかと桃子が少し先の高くなった丘へと向かおうとしたその時。
「ふふふ。いらっしゃい。こちらで、お茶でも致しませんか?」
背後から、少女の声。
え? と桃子が振り向こうとしたときには、しかしそれより先にヘノが瞬間的に背後の少女へ緑の強風を叩きつける。
ニムもすぐさま桃子を守るように薄い水の膜を宙に貼り、声の主を涙目で威嚇する。
「お前。桃子に近づくな!」
「うぅ……水の壁ですっ!!」
しかし。
桃子がその状況を把握したときには、高く舞い上がる青い花びらを残すだけで、ヘノの起こした強風などなかったかのように、周囲に静寂が戻る。
何が起きたのか全くわからない桃子をよそに、ヘノはツヨマージをより高く掲げて、再び魔力を集中する。
が。
「もう。無作法はダメですよ。夢の涯はすぐそこに――【眠りの香】」
桃子が見たのは、空を舞う青い花びらの中に立つ少女。その片手に光を放つ一冊の本を持った、黒いドレス姿の少女だった。
それと、ツヨマージを構えたまま、ゆっくりと下降していくヘノの姿である。
「少しだけ寝ていてくださいね。槍に選ばれた風の妖精さん。そちらの、水の妖精さんも、お休みしましょうね」
「ヘノちゃん! ニムちゃん!」
ヘノに続いてニムも力を失い、桃子を守るように張られていた水の膜も消失する。桃子は慌てて二人に手を伸ばし救出するが、二人とも目を瞑り、返事はない。
妖精たちを庇うように腕に抱き、己の唯一の武器であるハンマーを構えて、少女から距離を取ろうとする。
「へ、ヘノちゃんたちに……い、いじわるしないで!」
「いきなりいじわるされたのはこちらですよ? でも大丈夫、眠っているだけなのです。知っていますか? 妖精の花畑には、眠りの魔法がかけられているものなのですよ」
少女は目の前のハンマーを構えた探索者など気にしていないかのように、桃子に背を向ける。
気づけば、先ほどまでは何もなかったはずのその場所には白いテーブルと椅子が並んでおり、その上には二人分のティーカップと、お菓子の入った網籠が揃っていた。
少女は先にその席について、ようやく桃子に顔を向けた。
黒い髪に、深海を思わせるような青く暗い瞳。
着ているドレスはまるで中世ヨーロッパの貴族令嬢のごとく、美しいレースがデザインされた漆黒のドレスだ。
ダンジョン内とはいえ、ここが日本であることを忘れるような不思議な一枚の情景として、桃子の瞳に映る。
「さあ、あなたもそちらの席へ。私、ここで誰かを迎えるの、初めてなのですよ」
ヘノとニムを守るように抱えて、桃子はどうしたものかとその場で逡巡する。
恐らくはこの少女こそが、ヘノたちの話によれば女王ティタニアも凌ぐ魔力の持ち主で、琵琶湖ダンジョンの真の主、『人魚姫』。
桃子は決して彼女と争いに来たわけではないのだが、しかし彼女の魔法でヘノとニムが眠ってしまっている。
桃子だけでは紅珠の魔法の発動もできない。ならば、二人を守るためには、どうしたらいいのか……。
「ふふふ。警戒しないでください。そうだ、ほら。これを見てください。私もあなたと一緒、なのですよ」
彼女が懐から取り出したそれは、桃子も何度も見たことがあるものだ。というより、同じものを所持している。
それは探索者用の端末パッドであり、国が認めた探索者たちに支給されるものだ。
「え……あなた、探索者……なの?」
「あら、もしかして魔物に見えますか? それはショックですね」
とてもショックを受けたようには見えないが、少女は深海色の瞳で桃子に微笑みかける。
同じ探索者なのだから、安心してください。彼女の瞳が、桃子にそう囁いている。
「でも、そろそろ席に座りませんか? 妖精さんたちもしばし眠って頂いただけですし、すぐに目覚めます。せっかくの紅茶の香りが飛んでしまったら、悲しいですよ」
桃子は恐る恐る、ハンマーを縮小させて水着の上につけたベルトに挟み込み、両の手でヘノとニムを抱き寄せる。
そして誘導されるがまま、夜空の下、青い花畑の中で。夜のお茶会の席へとついた。
ヘノたちの様子を見ると、確かに何か苦しんでいるわけでもないようだ。むしろ、すやすやと気持ちよさそうに眠っているし、何の夢を見ているのか口元から涎が垂れている。
「私のことは『りりたん』と呼んでくださいね。私、いつもここで本を読んでいるのですよ」
「は、はぁ……。ええと、私は桃子、です」
目の前の少女は、りりたんと言うらしい。どう考えても偽名だが、この場にそぐわないその気の抜けた自己紹介に、桃子はどういう顔をしたらいいのかよくわからなくなってきた。
よくよく考えれば、ダンジョン内で自分の姿をはっきり認識している以上は【隠遁】は効いていない。そして、妖精であるヘノやニムを見ても何も驚かない。どころか、彼女がいるこの空間はまさに、色は違えど桃子の知る妖精の国そのものだ。どう考えても、普通の人間ではない。
それに、冷静になってみてみると、なんで中世の貴族みたいなドレス姿なのだろう。こんな服装の人を桃子は生で初めて見た。ましてや日本のダンジョン内で。
まあ、かく言う桃子も現在は胸パッドを入れた水着の上にベルトと雨合羽を巻いた珍妙な姿ではあるが。
自分のことはともかく、桃子は何を聞けばいいのか、よくわからなくなってきた。
「では、ももたん。まだ思考が落ち着いていないようですから、紅茶でも飲みませんか? とてもいいお茶を用意したのですよ?」
「あっはい……」
いきなりのももたん呼び。心の距離感がつかみづらい。
思考が纏まっていないのを言い当てられて、つい声が小さくなる。俯いて、ヘノとニムを膝の上で撫で撫でして落ち着くことにした。
そしてやや上目遣いの形で目の前の少女、りりたんの動向を観察していたのだが。
「本格的な紅茶ですから、お口に合うかどうかわかりませんが」
テーブルには、高級そうなティーセットが一式。ティーカップに、ティーポット。それに、金色のスプーンまでが準備されている。
そこに新たに、彼女が取り出したのは、紅茶。
間違いなく紅茶。
午後に飲むタイプの紅茶。甘さ控えめストレートタイプ。1500mlの大容量サイズ。
スーパーで売っているような市販の紅茶のペットボトルから、トポトポ勢いよく紅茶を注いでいた。しかも勢いよすぎて少しこぼしている。
本格的な紅茶って言ったじゃん! それ市販のペットボトルじゃん! 桃子は脳内で突っ込んだ。脳内のミニ桃子が、ハリセンをばんばん叩きつけている。
しかし、さすがに目の前の少女が何を思っているのか分からない以上、口には出さない。口をつぐむ。そもそも、今はツッコミを入れているような空気でもない。
とりあえず、差し出された紅茶を受け取って、ちびっと口をつけてみるが、やはり慣れ親しんだ市販の紅茶である。甘さ控えめだ。
「ふふふ。びっくりしましたか? 本格的な紅茶と言いながら、市販品を注ぐという、とっておきのりりたんジョークですよ。手厳しいツッコミが来ることを期待したのですが、もしかしてジョークが通じませんでしたか?」
まさかのツッコミ待ちだった。
「こ、こんな状況でツッコミとか、難しい、かな」
「では、手厳しいツッコミはまた次の機会にしましょう。りりたん、次までに更なるジョークを考えておきますよ」
「あ、うん……」
そして、また会話が止まってしまった。
本来は彼女に聞きたいことが沢山あったのだが、どういうテンションで対応すべきなのか分からない。不思議と既視感を覚える会話であるのだが、それが何だったかも思い出せなかった。
いっそヘノたちを起こしてしまおうかと考えたが、しかしそれでヘノと目の前の少女がまた争うようなことになってしまう可能性を考えると、今は自分が情報を聞き出した方がいい。少なくとも、この少女は桃子のことは歓迎している様子なのだから。
「あの、色々と聞きたいことがあるんだけどね。何から聞けばいいのか、わからないんだけど」
「ふふふ。そうですね、りりたんも面と向かって人とお話をするのは久しぶりなので、何を話せばいいのかわかりません。なので一つずつ、ももたんが質問をして、りりたんが答えていく。というのは、どうですか?」
「質問、質問……ええと、じゃあ。りりたんさんは、人……なの? ここって、見た目は違うけど妖精の国、だよね?」
「りりたん、と呼んでくださいね。とりあえず答えですけれど、りりたんは人間ですよ。サラリーマンのお父さんも、パートで働いているお母さんもおりますし、年齢は15歳ですよ」
「ええ?! 15歳なの……?」
目の前の少女は、見た目通りの少女だった。桃子のような外見詐欺の社会人ではなく。
てっきり、目の前の少女は長生きをしている妖精か何かなのだろうと桃子は考えていた。妖精のことを知っていて、ヘノやニムを簡単に凌駕し、第五層の謎の空間で静かにお茶を飲んでいる15歳なんて普通はいない。いるわけがない。
「ですから、もっと気軽に接してくれていいですよ。あ、スコーンも食べてみてください。私の手作りなのですよ」
深海の瞳の少女は、桃子の心を見透かすような瞳で微笑んだ。
一問一答は、まだ始まったばかり。
【妖精たちについて考えてみる考察スレ】
:やっぱり鎧マンの頭を記憶ハンマーで殴って寝てたときの記憶を取り戻してもらうしかない
:傷害罪で逮捕します
:妖精見たことあるけど、遠くでちらっと見かけただけで、本当に女の子なのかどうかもわからなかったでござる
:いいなあ。何かいいことあった?
:(二次元の)彼女ができたでござる
:そうでござるかよかったな
:そもそも妖精が女の子っていう保証はないがな
:なんとかって動物学者の証言が本当なら、可愛い女の子だったはずだぞ。
:話は聞いたことあるけど、本人がそう主張してるだけだからなあ
:どういう話なんですか?
:ダンジョンの原生動物を捕まえる罠に青く光ってる妖精がハマってたっていうお話
:滅茶苦茶怖がって泣いてたから、外に出してあげたらさっさと逃げちゃったっていうね
:せめて写真くらいとっておけばいいのに
:女の子に泣かれたらしゃーない
:最後に罠が水でびしょびしょだったらしい。
:幽霊を乗せたタクシーの話みたいで草
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:イギリスのダンジョンには昔はもっと妖精が多かったっていうよね
:当時の話を集めた記者によれば、大規模なスタンピード以降いなくなっちゃったらしいな
:探索者がほぼ全滅したっていうダンジョン史上最悪の大災害か
:妖精も絶滅したのかな
:一方日本は妖精の亜種が増えてきたでござる
:亜種って?
:座敷童子、雪ん子、コロポックル、ドワーフ、etc
:忘れがちだけど、鎧マンに起きたこと考えると妖精と無関係なわけがないんだよな萌々子ちゃんは
:昔からそういうことはあったみたいだけど、妖精が別な姿を得た存在だっていう説があるね
:現役引退する前に、一度くらいは妖精に会いたかったなあ、もう身体がついていけないんだよ
:まだ会えるよ、あきらめるな
:ありがと