ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
前触れ
その日。
とある里山の中に、一人の少女の叫び声が木霊した。
「爺ちゃん! どういうことっすか!? 里を……里を捨てるって、本気で言ってるんすか!?」
自然豊かで、人工物が殆どないこの場所は、地上の里山ではない。
香川ダンジョン第三層『妖狸の森』の、もう一つの顔。その地に住まう魔法生物『化け狸』たちの住まう隠れ里である。
広い里山の中央に位置する古めかしい東屋の前で、化け狸の少女――ポンコが、祖父である狸たちの長を前に、声を張り上げていた。
「ポンコ、落ち着きなさい。親父殿の話をちゃんと聞くんだ」
「でも父ちゃん! この里は、みんなが生まれ育って、ずっと、ずっと守ってきた里なのに……」
そこにいるのは、長とポンコだけではない。ポンコの傍らには、本来ならば山形県にいる筈の彼女の父親である、クヌギがいる。
そして、東屋の周囲には、数多くの化け狸の姿があった。小さく、まだ野生動物の狸と区別もつかないような子狸たちもいれば、成人男性並みの、狸としては巨大すぎる二足歩行の化け狸たちもいる。この場所にはいま、里の化け狸たちの全員が、集結していた。
「ポンコや。分かるじゃろう? いま、このダンジョンがどうなっているのか」
「キューン……」
化け狸の里はいま、第四層から溢れ出た魔物たちによる総攻撃に晒されていた。長をはじめとした、大人の狸たちが結界を張って里を護っているものの、結界が綻び、魔物たちがこの里へと侵入してくるのも時間の問題だろう。
常ならば、下層からの魔物の異常行動が発生した時点で、里の戦える化け狸たちが迎え撃つことで第三層への侵略を阻止してきた。それはすべて、この里を守るためだ。
無論、それは化け狸たちにも大きな犠牲が伴う行為である。戦いの度に、里へと戻る望みが叶わなくなる仲間も、一人や二人では済まなかった。
しかし、この日は、狸たちは誰一人として、第三層の守備にあがっていない。
長が下した決断。それは『里を放棄し、第三層の侵略を見逃す』という選択である。
「わしは、我らが生まれ育ったこの里を愛しておる。蜘蛛なんぞの自由になど、させたいわけがない。けれどな、それ以上に大切なものがあるんじゃよ」
「大切なもの……?」
「お前たち、里の者たちじゃ。土地はいくら荒らされようが、時間さえかければもとに戻せる。だがな、命はそうはいかん」
「そうだよ、ポンコ。幸い、いまの私たちには避難できる場所があるからね」
ポンコは、東屋の上から、すぐ手前にひらけた広場へと視線を移す。そこにはいま、光の膜が出現していた。
その行き先は、地図で言うならば瀬戸内海をさらに東へと抜けた先、紀伊半島は吉野山に口を開いた吉野ダンジョンだ。その第三層『ヒトザト』という、オオカミたちの住まう土地に、光の膜は繋がっている。
一部の化け狸を除いた、戦う力をもたない多くの化け狸たちは、今からその土地へと避難することになる。
あの場所ならば、いかに香川ダンジョンの魔物たちがこの里を荒らそうが、瘴気の存在である以上は光の膜にまでは手出しできない。
「わしらが里を捨てるのは、逃げるためではない。戦うためなんだよ、ポンコ」
「戦う……ため……」
長が、ポンコの頭に手をあてて、静かに語って聞かせている。
その声には、周囲で様子を窺っていた化け狸たちも耳を傾けていた。彼らだけでも、長の言葉の意味が分からず、くびを傾げるもの。長の言葉の意味を理解し、強く決意を固めるもの。様々だ。
「人と、化け狸。双方が手を組み、憎むべき『牛鬼』を討伐する時がきたんだよ。この日が、我らの勝利の日じゃ」
ポンコは、グッと拳を握る。悔しさに、涙が零れ落ちそうになる。愛する故郷を、母が眠る場所を、魔物たちに踏み荒らされることなど、とても許容できることではない。
けれど、それでも。ポンコも決意を固める。
自分はこの里のみんなを愛している。だからこそ、だからこそ。里のことは今は我慢して。人間たちとともに戦わねばいけないのだ、と。
そして、今回こそは、全てを終わらせるのだ、と。
この香川ダンジョンに存在する、決戦の為の舞台。
そこにいま、凶悪な特殊個体を討伐するために。力をもつ探索者たちが集まってきているのだから。
時を同じくして、千葉市街近くにある、小さな武具工房。
ここでは今日も、作業用のツナギ姿に着替えた桃子が、武具のメンテナンス作業を進めていた。
基本的な監修は桃子の上司である親方の仕事だが、最近は実際のメンテナンスそのものは桃子が7割がたは任されている。
様々な工具を利用し、剣やら盾やらを補修していく桃子の姿は、昨年までと比べても、随分と板についてきている。
「桃ちゃん、以前よりも武具のメンテナンス作業が板についてきましたねー」
「えへへ。実は、火の妖精の子がダンジョン内で廃棄されてた武器を集めてたんで、私が独自でメンテナンスしまくってたんです。それでなんだか、コツをつかめてきたのかなって」
「桃ちゃんは、いったいダンジョン内で何をしてるんです?」
休憩してお茶を飲む桃子に声をかけるのは、同僚のお姉さんである柿沼和歌だ。彼女は今年の5月まで桃子にずっと実年齢を隠していたのだが、とある事件をきっかけに互いの抱えていた秘密を明かしたことで、互いに以前よりもより自然に接するようになった。
桃子も成り行きとはいえ、妖精のこと、今まで倒してきた魔物たちのこと、様々なことを知っている数少ない人間として、和歌には心を開いている。
もっとも、和歌としてはその上で「この子はダンジョンで何をしているんだろう」という疑問は尽きないのだが。
『RRR~R~♪』
そんな会話の途中、ふと。
スマートフォンのバイブレーションとともに、着信メロディがその場に流れ始める。有名アーティストが手掛けたピーマンみたいなタイトルのその曲は、桃子の思い出の楽曲のひとつだ。
「あら? 桃ちゃん、お電話ですよー?」
「へ? ……あ、本当だ。柚花からだ。どうしたんだろう」
基本的に、平日の午前中に電話をかけてくる知り合いというのは少ない。桃子は社会人であり、平日は働いているのだから、当然のことだろう。
しかし、意外なことに。桃子のスマートフォンに電話をかけてきたのは、柚花だった。
いかに奔放な彼女とて、平日の学校の授業中に桃子に電話をかけてくることなどはない。桃子は疑問に思いながらも、スマートフォンを手にとり、柚花からの着信に対応する。
話していた和歌も、なんとなく興味深そうに、電話をとる桃子の姿を見守っている。
「もしもし、桃子です。柚花? こんな時間からどうしたの? あなた、いま学校でしょ?」
『先輩、すみません、どうしても声が聴きたくて。私、すぐにでも香川に行かなきゃならなくなりました』
そして、桃子が電話に出るや否や、柚花は一方的に用件を伝えてくる。
平日の午前中だというのに、今すぐ香川に行くという。もちろん柚花のことだ。これは遊びや旅行の話ではなく『香川ダンジョンへ行く』という意味合いだろう。
「え? え? まって、香川ダンジョン? 何かあったの?」
『あー、ええと……まあ、先輩になら言っちゃってもいいですよね。香川ダンジョンで、昨晩から、魔物たちの異常行動が見られるそうです。多分今頃は、現地の探索者たち中心にあちこちに情報が行き交っている頃だとは思うんですが』
「魔物の異常行動? え、それって、もしかして――」
魔物の異常行動。それは、一般的には『何かしらの異変の前兆』とされている。
ダンジョンの大規模な変動だったり、或いは場所によってはダンジョン内の気候や環境に変化が起きる前兆ということもある。それこそ香川ダンジョンの第一層などは、雨季と乾季の切り替えで荒野に出現する魔物の行動が変わってくるという。
だが、柚花が呼び出されるというのならば、そのような些細なことではないはずだ。
瘴気の前兆すら見破る【看破】の瞳を持ち、さらに多くの魔物を殲滅出来る高レベルの電撃魔法を操るという探索者、タチバナの力が必要だというのならば。
自ずと、その答えも決まってくる。
『――はい。復活です。香川ダンジョン第四層に住まう特殊個体、牛鬼の襲来による、スタンピードです』
「牛鬼……」
桃子は思わず言葉を失ってしまう。
香川ダンジョンに潜む特殊個体。うどん四天王を瀕死に追い込み、ポンコの母の命を奪った元凶。昨年末には、自分は姿を現さぬままに、ポンコの父であるクヌギの中の悲しみと憎しみを利用し、探索者たちの殲滅を画策した邪悪な存在。化け狸たちの、宿敵。
いつかは現れる。それは、分かっていたことだ。
けれど、こんな日常の中に。突然それが舞い込んでくるだなんて、予想もしていなかったのだ。
桃子が呆然としている間に、すぐ横で見守っていた和歌のスマートフォンにも何かしらの連絡が入り、離れた場所へと移動してしまう。
が、桃子はそのようなことにも気が付かない。
『で、事前に話し合いで決まっていたことなんですが、今回は化け狸の方々は第三層で戦わずに、里を明け渡すそうです。今なら、彼らは『ヒトザト』に避難できますからね』
「じゃ、じゃあ……今回は、人間が、戦うっていうこと?」
『ええ。闘技場に布陣を張って、迎え撃ちますよ。早ければ今晩、遅くとも明日中にはスタンピードが発生して、牛鬼も第二層まで上がって来るそうですよ』
「今晩……」
急な話だ。
桃子は通話で柚花の声を聞きながらも、まるで遠い世界の話を聞いているような錯覚に陥った。
夏の日差しに照らされた工房は、いま、平和そのものである。しかし、遠く離れた地では、特殊個体と探索者たちによる、決戦が始まろうとしているのだ。
いつの間にか、工房の奥で親方がならしていたけたたましい機械の音も止み、外の鳥のさえずりが聞こえてくる。
『それでですね、先輩! 私ってば、昨年の鵺に続いて、今回も最前線で指揮官ですよ、褒めてください!』
そして、昨年末同様。
探索者タチバナは――柚花は、クロムシをはじめとした瘴気の魔物を察知し殲滅する力、そして香川ダンジョンの魔法生物『化け狸』たちとの個人的な関係性を買われ、最前線の指揮官として選ばれた。
これも、予想していたことだ。けれど、けれど。
桃子の脳裏に、鵺と探索者たちとの決戦の日の記憶が思い起こされる。あのとき、柚花たちは崖の崩落というかたちで、実質的には鵺に敗北し、命を失う寸前だったのだ。
スマートフォンを握る桃子の手に、無意識のうちに力がこもる。
「柚花、あの……」
『そんな心配そうにしないでください、先輩。っていうか、どうせ先輩も妖精の国を通じて香川に行くんですよね? だから、ニムさんには、香川で合流しようねって伝えてもらえますか?』
「……うん、わかった! 私も絶対に行くよ。無理しないでね?」
一方、通話の向こう側の柚花は、元気そのものだ。もちろん、実際には柚花とて恐怖を感じないわけではない、緊張しないわけではない。
けれど、桃子に対する絶対的な信頼感が、そこには感じられた。
『大丈夫ですよ。今回は、仲間が沢山いますから。あと、学校をでる前に一年生の教室にも立ち寄ってきました。今頃、あの子も仮病かなにかで早退してるんじゃないですか?」
「ああ、頼りになる後輩がいるもんね、ミュゲットには」
『だから、先輩。気持ちよく蜘蛛を倒して、勝利のうどん、たらふく食べましょうね!』
「あはは、そうだね。次こそは、マグマさんのおうどんも味わってみたいしね」
『では、そろそろヘリポートなので、また現地で!』
そうして、通話は終わる。
桃子は、スマートフォンをポケットにしまい込み、所長の席へと向き直る。平日の午前中から申し訳ないが、すぐにでもダンジョンに向かわねばならない。
しかし、どうやら桃子が早退を申し出る必要はなかったようだ。
「桃ちゃん、本日は私と親方さんに急な用件が入ったので、工房はお休みになりました」
「え……あ、あわわ?」
「……ですから、桃ちゃん。絶対に、無事に戻ってきてくださいね?」
真面目になった和歌が、桃子を抱き寄せる。まるで、桃子がこれから戦いに赴くことを、察しているかのように。
――いや、桃子の事情を知っている和歌ならば、桃子がこれからどこへ行くかなど、言わずともわかるのだろう。
「……はい、がんばります」
桃子は、だから。
姉のような、母のような同僚に。しっかりと、頷いてみせるのだった。