ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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戦の前の静けさ

 コツ、コツ。桃子の足音が、石壁の迷宮に響く。

 

 桃子は、風の妖精ヘノ、水の妖精ニムの二人とともに、香川ダンジョンの迷宮内を歩いていた。

 人工物のような石壁で作られた迷宮は静かで、桃子の足音だけが響く。本来ならば魔物たちが闊歩しているはずの迷宮だというのに、この日は一度も出くわすことがない。

 異常なほどに、何の気配もないダンジョンだ。

 

「うぅ……し、静かですねぇ」

 

「桃子。この階層に。敵はいなさそうだぞ」

 

「どういうこと? だって、牛鬼が復活して、攻めてくるんじゃないの?」

 

 ここは、香川ダンジョン第二層『闘技場』である。

 ただし、中央にある巨大な闘技場ではなく、その周辺に広がる石壁迷宮だ。

 桃子は午前中に柚花から連絡をうけ、その日の昼過ぎには既にヘノと合流し、この香川ダンジョンへとやってきたのだ。

 しかし、光の膜を抜けて出てきた石壁迷宮は、スタンピードどころか、魔物の影すらない状況だった。

 

「うぅ、た、多分……瘴気がみんな、下層に集まってるんだと……お、思いますよぉ?」

 

「下の方に。化け狸が張った。結界みたいな力を。たくさん感じるから。しばらくは。上までは来ないと思うぞ」

 

「そうなんだ……」

 

 スタンピードを前にして、静寂に包まれたダンジョン。まるで津波のようだな、と桃子は思う。

 規模の大きな津波というのは、いきなり前触れもなく押し寄せるのではなく、一度海の水がひいて無くなるのだという。

 遠くまで水のなくなった海。そこに時間をおいて、大量の波が押し寄せるのだ。

 まさに、いまのこのダンジョンの状況はそれに似ていた。

 瘴気が下層に集まることで、第一層、第二層から魔物が消えているのだ。

 

「うぅ……ゆ、柚花さんはまだ到着していないみたいですねぇ……」

 

「そりゃまあ、たぶん私のほうが早く到着したからね」

 

 コツ、コツ、と足音をたてながら、中央の闘技場へと歩を進める。

 柚花も、さすがに既に香川に到着はしているだろう。ただ、今回の彼女はあくまでギルドが呼び寄せた探索者の一人であり、独断で動いて良い立場ではない。

 本格的なスタンピードまでには、時間的な猶予があるという。ならば恐らく今頃は、現地のギルドで、職員や他の探索者を交えての、最後の作戦会議中だろう。

 

 そうして妖精二人と言葉を交えつつ進んでいくと、桃子の足音だけが響いていたダンジョンに、騒がしい騒音が混ざり始める。

 そこは、この第二層『闘技場』の中央部であり、今回の決戦の舞台。その階層名そのままの、巨大なコロッセオのような、闘技場の武舞台が姿を現した。

 

「なんだこれ。あいつら。何をしてるんだ」

 

「か、壁を作ってますねぇ……?」

 

 闘技場には、既に多くの探索者たち、そしてギルド職員や、何かしらの技術者たちの姿が見えた。

 第三層から繋がる階段前。そして闘技場を囲む観覧席。既にピリピリとした探索者たちの姿がそこにはあるのだが、それよりもなによりも、桃子たちの眼を引いたのは、第一層へと続く階段だ。

 そこには、巨大な壁――おそらくは鉄板が運び込まれ、階段を隠すかのように、ずらりと並べられていた。

 

「バリケードだね。ええと……まあ、魔物が闘技場を越えて第一層まであがらないように、壁を作ってるんだと思うよ」

 

「あ、あれで、魔物を防げるんでしょうかぁ……」

 

「まあ、獣タイプとか、動く鎧とか、空を飛べない魔物は防げるのかもしれないけど……どうなのかな」

 

 大きな鉄板が並べられ、桃子たちの位置からだと、第一層への階段は完全に隠されているように見える。実際に、コンクリートと鋼の門でダンジョンを封印してしまった例もあるように、物理的に埋めてしまうというのはダンジョンにおいては効果的な面もある。

 もっとも、今回の場合は上層から探索者が降りてこられないようでは、そもそも戦うこともできないため、完全に階段を封じているわけではないだろう。

 

「桃子。あっちから。視線を感じるぞ」

 

「あはは、うん、実は私も……」

 

 光の膜からでて、迷宮を辿ってきた桃子たちはいま、二階の観覧席から闘技場を見下ろしている。

 ちょうど正面には、どうやら観覧席から魔物の討伐をサポートする、遠隔攻撃を得意とするものたちが集まっているらしい。

 何やら円になり、物々しい雰囲気で今後のことについて話し合っているようだ。

 そこから、一つだけ視線を感じる。

 柚花と同年代くらいの、髪を金髪に染め上げた、大弓を構えた少女。忘れもしない、瀬戸幻海にて桃子――ヒメと激闘を繰り広げた弓使いである檸檬が、桃子をジッと見つめていた。

 

「も、もしかして……あの人……い、【隠遁】が効いていないんですかねぇ?」

 

「うわ、めちゃくちゃこっち見てるじゃん。やっぱり、私のこと見えてるよね、檸檬さん。えと、手を振っておこうかな?」

 

 桃子が、少し照れくさそうに手を振ると、視線の向こうの檸檬はポリポリと頬をかくような仕草を見せてから、すぐに顔を背け、探索者の話し合いへと戻ってしまう。

 檸檬は、誤解があったとは言え、セイレーンの仲間として命を狙われ、その際の戦いでは【隠遁】をも攻略してみせた、まさに強敵だ。

 しかし、今は決して敵対しているわけではない。なんなら、アヤカシとの戦いでも、ニンゲンとの戦いでも、彼女は桃子を助けてくれている。

 ただ、一度は命を狙われた身であり、それ以降は面と向かって会話を交わしたことがないので、互いにどう接したらいいのかわからない。

 桃子としては【隠遁】が効いていないという、柚花に続く貴重な同年代なのだが、果たして相手が桃子のことをどう思っているかがわからない。つまりは、複雑な関係というやつだ。

 

「今度、りりたんに仲介してもらおうかな……」

 

「そのときは。ヘノも呼ぶんだぞ。あいつとの戦いは。なかなか。楽しかったからな」

 

 大気を操るヘノは、弓使いの檸檬の天敵である。

 ヘノは既にツヨマージを構えて、彼女と再戦する気満々だ。物騒なことこの上ない。

 これはしばらく、直接会うのは控えた方がいいかな、と。桃子は頭の片隅で考え直すのだった。

 

 

 

 

 桃子たちは、しばらくはその闘技場の様子を見て回る。ヘノとニムは桃子のポケットの中だ。【隠遁】の効果はかなり薄れるけれど、目立つことさえしなければ存在が露見することはあるまい。時折、檸檬の視線を感じる程度だ。

 化け狸が張り巡らせた結界のおかげか、まだしばらくは下層の魔物たちはこの第二層まであがってくる気配はない。

 探索者たちは、緊張感を持ちつつも、時間ぎりぎりまで作戦伝達をし、準備を進めているようだ。

 

「桃子。いったん戻るか。今は。ここにいても仕方がないぞ」

 

「うん。でも、化け狸の人たち、いないね……」

 

「あいつらは。今は。第三層から出てこられないからな。とは言っても。女王が言うには。みんな。『ヒトザト』に退避してるみたいだぞ」

 

「そっか、それならいいんだけど……」

 

 桃子が思うのは、ポンコの姿だ。ポンコをはじめとした、化け狸たちの姿だ。

 この静かな闘技場の下で。あの、平和だった化け狸の里が、まさに今、魔物たちの侵略に遭っている。友達の、仲間の住み処が、踏みにじられているのだ。

 そこに住まう化け狸たちは吉野ダンジョンに避難しているというけれど、それでも。

 桃子の心の中には、ずしりと。重たいものが、のしかかる。

 

 

 

 

 

 

「桃子。そんなに心配しなくても。女王がきちんと見てるから。大丈夫だぞ」

 

 力なくカレーを食べる桃子に、ヘノが声をかける。

 ここは、妖精の国。花畑の真ん中で、桃子は気もそぞろに、カレーを食べていた。

 

「そうだぞ! 桃子! 安心しろ、夜になったらアタシたちも戦うからな!」

 

「牛鬼がどのような敵かは知らないけれど、ボクたちが揃えば、百人力なのでは、ないかな?」

 

「そうだよぉ。心配なのはわかるけど、今は休んでおくべきだと思うよぉ」

 

「みんな……うん、ありがとう」

 

 結局、闘技場をしばらく偵察した後、桃子は妖精の国へと戻ってきた。

 桃子はこの日、昼食も食べずにダンジョンへと駆け込んできたのだ。そんな状態で、する事もなくあの場に残るよりは、帰って休憩をすべきだというヘノの判断である。

 妖精たちの手伝いもあり、淡々と玄米を炊き、鍋でカレーを作る。手抜きではあるが、鍋の中に水とカレールー、そして氷部屋に保管していたダンジョン食材の数々を雑に放り込んで【カレー製作】で仕上げるだけである。

 残念ながら、いつものように楽しんでカレーを作る、という気持ちにはなれなかった。

 

「私も、今は休むべきだってわかってはいるんだけどね。どうしても、気持ちがね……」

 

 今も、カレーを食べているのは調理部屋のテーブルなどではない。香川ダンジョンと繋がる光の膜の出現箇所、その目の前だ。

 ここで待っていると、すぐにでもポンコが「遊びにきたっすよ!」と言って、飛び出てきそうな気さえするのだ。

 けれど、現実は残酷だ。ポンコは今、戦禍のまっただ中にいる。

 

 いつになく沈んでいる桃子を、妖精の仲間たちは心配げに見守っている。

 今は、ニムとクルラの二人だけは、香川ダンジョンに行ったきりだ。彼女らは、恐らく向こうに自分が守るべき存在たちが到着したのだろう。

 

「桃子。さっきから。そわそわしすぎて。何もしてないのに。疲れちゃってるな。寝た方がいいぞ」

 

「桃子さん、そういうのはよくないよぉ。ちゃんと、横になって休憩したほうがいいよぉ」

 

 妖精たちは桃子に休むように言うけれど、実を言えば、時刻としてまだ日も高く、夕方というにも早い時間だ。

 もちろん、香川ダンジョンのことを考えると、とても眠れる心理状態ではない、というのもある。

 だが、そもそもまだ全く眠くないのだ。なにせ、いつもならばまだ工房で働いているような時間なのだから。

 桃子は眠るどころか、やはり今からでも現地に行って自分も魔物を待ちかまえていた方が良いのではないか、とすら思っている。

 

「ククク……桃子くんの気持ちは、理解できなくはないねぇ。人間が『特殊個体』と名付けたものの中でも、牛鬼というのは狡猾なようだしねぇ」

 

「ルイちゃん……」

 

「……けれどね、桃子くん。ポンコくんたちのことを心配するならば、なおのこと、今はそのカレーを食べて、眠りたまえよ」

 

「そうだぞ。カレーを食べて。元気を出すのが。桃子だろ。戦いになったら。すぐに起こすから。寝たほうがいいぞ」

 

「うん、ありがと。でもその……心配とかそういうのは抜きにして、さすがにまだ、寝る時間じゃなくてさ」

 

「全く、桃子は強情だヨ。そういうと思って、桃子のカレーには眠れる葉っぱをたっぷり混ぜておいたのヨ」

 

「へ……?」

 

 それまで黙っていた緑葉の妖精リフィが口を開いたのは、桃子が提供されたカレー皿を空にした直後だった。

 確かに、桃子のカレーの器には、見覚えのない葉っぱが入っていたのだ。リフィが言うには、気分を落ち着かせる葉っぱだというから、苦みが強いのを我慢してでも、カレーに合わせて食べきったのだ。

 

「でかしたぞ。リフィ」

 

「ククク……私とリフィの特製の薬草さぁ。今は眠るといい。起きたら、戦いだからねぇ」

 

 気づけば、妖精たちの声が遠くなっていく。

 桃子はどうやら、仲間たる妖精たちに一服盛られてしまったらしい。

 最後に心のなかで、「強情とかじゃなくて、本当に寝る時間じゃないだけなんだよぉ」と訴えたのだが、残念ながら、桃子の訴えは誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダンジョン情報総合スレ/避難所】

 

:香川ダンジョン、大規模スタンピード発生間近

 

:所用で高松空港に居るんだが、空港ピリピリしてる。なんか、今日はスクランブルが多い。

 

:香川ダンジョンのスタンピードは前々から予見されていて、一部の高ランク探索者たちには既に緊急時に備えていたらしいけど、それかな

 

:第二層の闘技場で迎え撃つみたい

 

:大丈夫か? そんな上層まで特殊個体があがってくるのか?

 

:怖い、どうしよう

 

:今回はちょっと、情報統制の規模がすごい。このスレもいつ消えるかどうか。

 

:スタンピードが終わらなかったらどうなるの?

 

:公式な発表はないけど、地上にも悪影響があるのは間違いない。12年前の瀬戸内海を思い出せ。

 

:近隣の住民は覚悟したほうがいいのか?

 

:闘技場で守れなかったらどうするんだ。第一層の荒野で戦うのか?

 

:大規模殲滅のエキスパートを召集したっていう声を聞いたけど・・・。

 

:ここで不安がっても仕方ないだろ、信じろよ

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