ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「リュウちゃん、お爺ちゃん、みんな、その意気よ♪」
「助かります、ウワバミ様!」
「わしゃおぬしよりは大分年配なんじゃがのう。妖精はこれだからやりにくいんじゃ……」
柚花を守る位置でハンマーを振るい続ける桃子からは、一番激しい戦闘が行われている場所がよく見えた。
この戦場で一番激しい戦いが繰り広げられているのは、第三層から雪崩れ込む魔物たちを正面から迎え撃つグループだ。
怒濤のように魔物が押し寄せるそのポイントは、日本有数の高ランク探索者たちが陣形を固め、更には複数の魔法生物たちが人間を補佐する形で戦い続けている。
「タヌキの爺さんは術に専念してくれ! 魔物どもは俺らが絶対に止めてみせる」
「これが妖精の力か。深援隊の、お前いつのまに妖精の知り合いなんて作ってたんだ!」
「故郷で色々あってな!」
中心部で浄化の力を纏った光の剣を振るうのは、深援隊リーダーである風間。そして、共に肩を並べる者たちもまた、深援隊に勝るとも劣らない日本有数のパーティから招集された歴戦の強者たちである。
桃子は知らないことだが、昨年の鵺討伐の際には最初にこのメンバーが鵺と戦い、鵺を閉じ込めるための時間稼ぎをしていた。ある意味では死線を共にした仲間でもある。
その強者たちはいま、妖精の力を身にまとい、本来の実力以上の力を発揮していた。
少々酒臭いのが玉に瑕だが、この桃の木の妖精は『ウワバミ様』という神としての一面を持っており、神としての力を人間に分け与えることで、その者の力を一時的に人外の領域へと引き上げることが出来る。
一時的ではあるが、今の彼らは、世界で最強の剣士グループと言えるだろう。
そして、最強の剣士たちと共に戦うのは、巨大な二足歩行の化け狸、その頂点に立つ長である。
彼は強大な化け狸の術を行使し、第二層へと雪崩れ込む魔物たちの中心に強力な結界を叩き込んでいく。無尽蔵に押し寄せる魔物たちの半数以上は、その結界に耐えられずに第二層へと踏み込むと同時に消失していく。
「リュウちゃん、みんなちゃん、強いですよ。その調子だぜますよ! ヒャーッホオォウ!」
「リヨンゴさん、あんたは気が散るからもう少し静かに頼む!」
「オーウ、辛辣だぜー」
そして、そこにいる魔法生物は、妖精と化け狸だけではない。非常に目立つ風貌の人外の存在が、遠くからでもひときわよく見える。
風間たち剣士グループにつかず離れず遊撃として戦っているのは、巨大な体躯を持つ異国の男性だ。本性を現した今は身長が3メートル近くもあり、彼が人間ではないことが一目瞭然である。
「んふふ♪ リヨンゴくんも、頑張ってるわね、素敵よ♪」
「へっへ、頑張らにゃ、ボスに叱られちゃいますですからよ!」
「ふん、魔法協会のボスというと……いまの妖精女王の加護を受けた人間じゃったか。迷宮に入れぬのが惜しい人材じゃな」
彼の名はリヨンゴ。アフリカのとある地域にて伝説として語られている英雄が、ダンジョンにて具現化され生まれ出た存在だ。
妖精と、化け狸と、片言の日本語を操るアフリカの伝説上の巨人が、日本最強の剣士たちと肩を並べて戦っている。
手のひらサイズの妖精クルラはともかく、巨大な狸と異国の巨人が並んで戦う光景は、乱戦の中でもひときわ目立つ。
桃子は遠目にそれを見て、驚きの声をあげる。
「あれってクリスティーナさんの護衛の人じゃん! でっかいね!」
「アフリカの巨人だそうですよ! クリスティーナ会長はダンジョンに入れませんから、代理としての助力ってことでしょう!」
桃子と柚花は、互いに魔物と戦い続けながらも言葉を交わす。どうやら彼は魔法協会からの助っ人のようだ。
リヨンゴのことは桃子も覚えている。魔法協会との会議にりりたんが襲来してきた際、彼だけはどうにかりりたんの魔法に抵抗していたのだ。
魔法協会からは、各種攻撃魔法の使い手たちはもちろん、結界魔法、治癒魔法といった希少な護りの魔法の使い手たちが派遣されているのだが、それとは別にリヨンゴのような強力な力を持つ魔法生物までも堂々と派遣してくれている。
とても、以前『魔法生物の情報を表沙汰にしてはならない』と桃子と柚花を呼び出した組織とは思えない。
魔法協会の会長である不老の魔女クリスティーナの考えも、りりたんの影響で変わったのかもしれない。
「……ねえ柚花! 第二層はこんなことになってるけど、第一層は大丈夫なの?!」
戦いながらも、桃子は浮かんだ疑問を柚花に問いかけた。
確かに、下層から進軍してくる魔物はこの場で全て食い止めている。ここが崩れれば、大量の魔物が第一層の広大な土地に出現し、対処しきれなくなるのは間違いない。
けれど、そもそも。第一層にだって、もとから魔物というのは存在するのだ。桃子が以前撃退した魔獣などは、単体では大したことがなくとも、群れになった場合の危険性はゴブリンの比ではない。
更には、第一層にはこの香川ダンジョンを象徴する難敵、瘴気の具現化たるクロムシが多く出現する。
少数のクロムシならば手の打ちようはあるが、大量発生するクロムシなど、並の探索者では手に負えるものではないだろう。あれは、単純な剣や槍でどうにか出来るものではないのだ。
もし、あの魔物たちが大量発生していたら、第一層は――そして、ダンジョン入り口近くの地上の街は、非常に危険な状態にあるのではないか。桃子の背中に、悪寒が走る。
しかし、柚花はさらっと言ってのける。
「ああ、それは全く問題ありません! 第一層には、浄化と殲滅のエキスパートが二人、待機してますから!」
「エキスパート……? そんな人たち、どこから連れてきたの?!」
「そりゃあ、日本の色んなところですよ。関東とか、東北とか!」
「そりゃそうか……っと! 本当、魔物たちが次から次へと湧いてくるねっ!」
話しながらも、二人は延々と戦い続けている。
周囲に視線を向けながらも、桃子は柚花を狙って無尽蔵に湧き出てくる動く鎧たちをひたすら撃破していた。
魔力も体力も、まだ十分残っている。これが地上ならばとうに体力の限界で動けなくなっていただろうが、ダンジョン内ならば彼女らは己の保持する魔力により身体能力も格段に上昇している。
桃子はもちろん、柚花もまた、桃子が作る魔力たっぷりのカレーを何度も食べているのだ。お陰で並の探索者では足下にも及ばない尋常でない魔力量を保持している。
まだ、戦える。
桃子は、柚花の周囲の魔物を叩きのめし。
そして柚花の周囲から魔物が減れば、ひたすら近くの二階席で戦う弓使いや魔法使いたち、そして化け狸たちを助けて回る。ヘノも桃子とともに、つかず離れずで空中から魔物たちへと風を向かわせている。
二階席でも、多くの探索者が戦っていた。中には、すでに重傷を負い、仲間に庇われている者たちもいた。
複数人で身をかため、大規模な魔法に専念している魔法使いたちと、それを守り続ける剣士たちがいた。
弓使いたちは、途方もない数の矢を準備していた。彼らの近くを通り抜ける際は、金髪の少女が桃子を視線で追いかけていたが、しかし残念ながら今はどちらも、和やかに挨拶を交わせる状況ではない。
そして、ある程度の範囲の魔物を一掃し、再び桃子は柚花の元へと戻ってくる。
桃子はまだ、魔力に余裕がある。
二階席に限定すれば、桃子が駆け抜けることによって、かなり探索者たちは楽になったはずだ。
しかし、現実は無情だ。
戦いが進むごとに、闘技場は血の匂いが濃くなってくる。
真っ白だった闘技場の武舞台は、至る所で赤と黒が混じりあっている。
柚花の陣取るこの場所は、武舞台がよく見える。だからこそ、人間側にさほど余裕がないことが桃子にも理解出来てしまう。
既に、数多くの探索者たちが傷を負い、戦える人間は少なくなってきている。
そして、傷を負わなかったとしても。探索者たちが人間である以上は、戦いが長引けば疲弊していくものだ。いかにダンジョン内で魔力が身体能力を補おうと、ここにいる全員が高ランクの探索者たちだろうと、それは生物としての絶対の掟である。
「ニムさん、探索者の方々に広範囲の癒しの霧をお願いします!」
「は、はい……っ! うぅやああ!! ……い、癒しの霧っ!!」
もし、この戦いに。ニムやリフィ、ルイという、癒しの力を持つ妖精がいなければ、この想像以上のスタンピードに人間たちは既に敗北していたことだろう。
人間と、化け狸だけでは勝てない。妖精たちの力があって、ようやくここまで漕ぎつけた。
見れば、第三層から雪崩れ込む魔獣の群れは、漸く勢いを無くしてきている。いかに魔物が瘴気から無限に生まれる存在だとしても、一度に発生する数には限度と言うものがある。
ようやく、香川ダンジョンに巣くっていた魔獣たちの数が底をつき、打ち止めのようだ。第二層の石壁迷宮から現れる動く鎧やゴーレムも、気づけばほとんどいなくなっている。
「先輩、今のうちに伝えておきますけど、今はただのスタンピードなので、本番じゃありません!」
「うん! 本番は……牛鬼だよね」
「だから、先に言っておきます! 牛鬼の力は未知数です。私か、ヘノ先輩、ニムさん……ううん、瘴気を目視できる魔法生物なら誰でもいいですが、絶対にその誰かと一緒にいてください。瘴気が見えない先輩が一人でいるのだけは、絶対に駄目です!」
「わかった! なんだかわからないけど、わかったよ!」
今のこの怒濤のように押し寄せる魔物たちは、ただの前哨戦なのだ。
本当に討伐すべきは、この魔物たちを操り、今もどこかでこの戦いの様子を見ているであろう特殊個体。瘴気を操り、狡猾な手口で化け狸や人間たちを貶める、巨大な深淵の蜘蛛である『牛鬼』だ。
この闘技場での包囲網は、下層から進軍してくるはずの牛鬼を決して逃がさずに。
そして、この限定された空間で追い詰めるための、探索者たちによる『捕獲罠』だ。
果たして捕らえられるのは、人間か。牛鬼か。
それを決めるこれからの戦いこそが、この総力戦の本番だ。
そのとき。
ドン、という臓腑に響くような轟音とともに、桃子のいる観客席に小さな揺れが起きる。
「うわ?! なに? じ、地震……?!」
一瞬の、内臓に響くような振動だ。
地震、というほど大きなものではないのかもしれない。だが間違いなく、謎の爆発音と共に、ダンジョンに振動が走っている。
「ダンジョンが揺れるなんて……私、聞いたことないよ?!」
「どの口で言うかってツッコミたいところですけど……まあいいです! これは第一層でもとうとう、戦いが始まったみたいですね!」
「さっきの地震、第一層なの?!」
「あはっ、順調に、スタンピードが進行していますね! 好調じゃないですかっ!」
戦い続けて、柚花の脳内にはドーパミンでも過剰に分泌されているのかもしれない。桃子が突然の地震に身構えている横で、柚花は楽しげに笑っている。
どうやら、先ほどの爆音と衝撃は、第一層での戦いの余波なのだという。いったいどのような滅茶苦茶な行為が第一層で行われているのかはわからないけれど、何にせよ、柚花の言う通りだ。スタンピードはすでに、第一層にまで及んでいる。
これは、人間側にとっては朗報なのだ。スタンピードの本体が、上層へと近づいているということなのだから。
ならば、まもなく。まもなくだ。
深淵を支配する、邪悪なる蜘蛛。
この地に住む、様々な悲劇の元凶。
香川ダンジョンで戦う者たちが倒すべき、宿敵。
それが上層へと姿を現すのは、そう遠くはないのだと。
探索者たちは、確信していた。
「さて、こんな広い荒野をたった二人で守って欲しいだなんて、タチバナさんも無茶を言いますねー」
「わはは。リュウのつれてきたべっぴんさんの大活躍を特等席で見せてもらえるなんて、長生きはするもんだねえ」