ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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瘴気の蜘蛛

 第一層『石造りの街』は、実はその名称と元となっている石の街並みは、入り口を入ってすぐの区画のみである。残りの大半は、平坦で広大な荒野が広がっている。

 現在時刻はすでに深夜だ。上空には美しい星空が広がり、夜の荒野は点在する魔法光によって照らされているのみである。

 今回のスタンピードにあたり、一般の探索者たちはすでに全員が立ち入り禁止となっており、深夜なことを差し引いてもこの階層には人間の姿がない。

 たった二人を、除いて。

 

「ありゃまあ、向こうのほっがら魔物の群れがきどるねぇ。すげぇな、映画みてえだの」

 

「普通に考えて、10年のブランクあけの探索者と、最高齢の新人探索者の二人で挑む戦いではありませんねー」

 

 石造りの街の端。広大な荒野を臨むポイントには、荒野の彼方を真剣なまなざしで見つめている女性探索者がいる。手には大きな魔石のはめ込まれた、魔法使い用の杖を所持している。女性の名は、柿沼和歌。桃子の同僚のお姉さん、その人である。

 10年前に探索者を引退したはずの彼女だが、5月のとある事件をきっかけに再び探索者としての登録を復活させていた。

 復帰した途端にこのような大舞台に引っ張り出されるなどとは和歌本人も想定していなかったけれど、りりたんをして『人間側の特殊個体』と認めるほどの実力は、10年のブランクがあろうとも衰えてはいない。

 

「危険ですから、お婆ちゃんは、そこで待っていてくださいね。大きい音がしますから、耳栓をしておいたほうが良いですよー?」

 

「わっはっは、おれはもう耳が遠いからねえ、派手な音くらい屁でもねえよ」

 

 そしてもう一人。こちらは、およそ探索者には見えないような、腰の曲がりつつある老婆である。

 老婆は、深援隊の隊長である風間の祖母であり、つい先日、特例として免許が発行されたばかりの、日本最高齢の新人探索者だ。

 彼女は、とてもではないが魔物と戦うための知識など持っていない、ただの平凡な、山奥の村に住んでいた老人である。

 しかし、彼女の持つ莫大な魔力、そして【浄化】という能力は非常に甚大で、まさに唯一無二と言えるほどの規格外の力だった。本人にその自覚がなくとも、彼女は何十年もの間その身だけで、一つのダンジョンを封印してきたのだ。

 その力はピークを過ぎた今もなお健在で、彼女がこの場所に存在するだけで、およそ百メートル圏内からは瘴気の塊であるクロムシが消滅し始めている。

 

「お婆ちゃんがいてくれて助かりました。小さくて黒い魔物は、お婆ちゃんがいてくれるだけでどんどん消えて行きますから」

 

「あんまし自覚はねえんだけどよお。でも、あっちからくる動物の群れみてぇなのは和歌ちゃんにまかせっぞ?」

 

「ええ、任せてください。では、こちらへと向かってくる魔物たちは、私がやっつけちゃいますねー」

 

 和歌は、荒野に向かって魔法杖を構える。

 杖の先の魔石には灼熱の魔力が集い、魔力の熱だけでもすでに空気に歪みが発生している。

 そして、和歌は唱えた。それは、このような広大な荒野でしか使えないような、最強格の炎の魔法。

 

「――滅びよ魔物! 【フレアバースト】!!」

 

 魔法杖から放たれた獄炎の核は、まっすぐに数百メートル先の魔物たちの群れへと着弾し。

 そして、香川ダンジョンの地に、巨大な戦略兵器のごとき爆発が起きる。これが、桃子が感じとった地震の正体だ。

 この魔法は、地下迷宮では使えない。迷宮内でこんな魔法を使ってしまえば、全員が崩れ落ちる迷宮の下敷きだ。和歌の全力は、桃子のハンマーやヒメの拳以上の威力を誇るのだから。

 

「第一層の魔物は、私たちがどうにかしますから。地下の皆さんは、頑張ってくださいね」

 

 もし、考え得る中でも最悪の結果があったとして。

 第二層で戦い続ける探索者たちが全滅し、第一層にも深淵の魔物が溢れかえった場合は、自分たちが最後の砦にならざるを得ない。

 しかし、和歌はそのような未来は望まない。二度と、仲間の骸ごと焼き払うような真似はしたくない。

 だからこそ、第二層で戦うものたちの無事を願い。そして彼らが憂いなしに、安心して戦えるように。

 第一層の荒野を、灼熱の地獄へと変えていくのだった。

 

 戦いは、これからである。

 

 

 

 

 

 

 桃子は闘技場観客席の一角に陣取り、ひたすらに石壁迷宮から溢れ出てくる動く鎧と戦っていた。

 下層から溢れ出る魔物たちの対処も重要だが、この闘技場の周囲には途方もなく広い石壁迷宮が広がっている。

 その迷宮に潜む、動く鎧やゴーレムといった造魔の数々もまた、探索者たちが撃退していかねばならない魔物たちだ。

 鎧の身体は堅くとも、機敏な動きを見せるわけではないため、桃子のハンマーならば相性良く戦える魔物だが、数が数である。柚花を守るため、桃子はここでどれだけの鎧を破壊したかもわからない。

 しかし、無限に湧いてでるのではないかとすら思った造魔たちも、ようやくその勢いが減ってきた。

 やがて周囲から魔物の影が消え去り、桃子はようやく呼吸を整える――が。

 

「……桃子。これからだ。危険な敵がくるぞ」

 

「うぅ……こ、怖いです……こ、こんなに瘴気が……」

 

「ヘノちゃん? ニムちゃん?」

 

 同じく、柚花を中心にして戦っていたヘノとニムが寄ってきて、ピリピリとした空気をまとったまま、忠告を口にする。

 桃子には瘴気は見えない。しかし、言われてみればなんとなく、肌を刺すような悪寒が場に広がっていくのを感じる。

 桃子でも感じられるほどの、濃厚な瘴気がこの第二層『闘技場』を覆っている。

 

「先輩、気をつけてください。次からくる敵は、きっと【隠遁】も通じません」

 

「……わかった」

 

 この空気の変化に気づいたのは、桃子たちだけではない。

 魔法生物たちは当然だが、第二層で戦っている多くの人間たちですら、その身でこの瘴気を感じている。今もまだあちこちから戦いの音と怒号が響いているが、そこには警戒の色が強くなっている。

 クロムシの侵攻も治まったようで、柚花が一時的に電撃の放出を止め、ヘノとニムに向き直る。

 

「ヘノ先輩とニムさんは、いざとなったら逃げてください」

 

「後輩。どういうことだ」

 

「聞いてください。あなた方にもしもの事があって、ティタニア様が泣き崩れるような事態に陥れば、いよいよ日本のダンジョンはおしまいなんです」

 

「ティタニア様……そっか、そうだよね」

 

 桃子は聞いている。13年前にティタニアの最初の娘である雷の妖精が鵺に食われてから、およそ3年の間。日本のダンジョンには、暗黒期が存在していた。

 各地で魔物が増え、ダンジョンによっては特殊個体と呼ばれる強大な魔物が猛威を振るっていた時期だ。日本には瘴気が蔓延し、ティタニアの守護する地域だけでなく、様々な面で悪影響が出ていたと聞いている。

 まさにこの香川ダンジョンでも、第四層の支配者『牛鬼』が突如として活発になり、ポンコの母が犠牲になったのもその時期だ。

 それらは全て、日本のダンジョンの瘴気を浄化する役目を担っていたティタニアが、悲しみのあまり伏せていたからである。

 もし今、再び娘たちに何かあれば、柚花の言うとおりに『日本のダンジョンはおしまい』になりかねない。

 しかし、親の心子知らずという言葉は、妖精にも当てはまるのだろう。

 

「で、でも……ゆ、柚花さんを置いて……に、逃げたりなんて……うぅ……ぜ、絶対に嫌です……!!」

 

「そうだぞ。ヘノがここで逃げたら。最後まで鵺と戦ったっていう。雷の妖精に。顔向けできないからな」

 

「……まったく、わかりました。でも、絶対に負けないこと。いいですね? 先輩もですよ?」

 

「うん。もちろんだよ」

 

 絶対に負けないこと。これから訪れる危機は、それを約束せねばならないほどのものだった。

 柚花との、絶対に破ってはいけない約束だ。

 

 そして、闘技場のあらゆる場所から。クロムシが湧き出るのと同じように、漆黒の蜘蛛たちが湧き出てきたのは、それからすぐのことである。

 

「来ました! 先輩、でっかい蜘蛛がそこらで湧いてきます!」

 

「くっ、このぉおっ!!」

 

「近いぞ。こいつらを操ってる。ボスも。近くに居るはずだ」

 

 それは、脚を広げれば大きさは1メートルにもなるであろう、漆黒の蜘蛛たちだ。それが、音もなく、至る所からジワリと湧き出るように現れる。

 地面から、壁から。それらは次々と現れては、造魔や魔獣との戦いで疲弊している探索者たちに躍り掛かる。

 そして、これらの蜘蛛を操る牛鬼もまた、近づいてきている。

 香川ダンジョンの命運を握る、本当の戦いが。いま、幕をあげた。

 

 

 

 

 

 

「ヨシ! 動ける前衛は壁になれ!! 何がなんでも、魔術師を、化け狸や妖精達を守れ!!」

 

 あらゆる箇所から怒号が響く。

 今までの、力で戦う魔物ではない。目に見えない『瘴気の糸』が、闘技場を覆い始めている。

 

「見えない糸があるポン! 人間たちは動き回るなポン!」

 

「こんな糸! アタシの炎で焼き尽くしてやる!」

 

「誰か! 救護班が狙われてる! あっちに援護を回せ!!」

 

 闘技場で戦い続けていた探索者たちは、ここにきて戦い方を変えざるを得なかった。妖精や化け狸、そして人間の魔法使いたちを中心とし、剣や盾を持つものたちは、彼らを守る壁に徹することになる。

 一方、観覧席で戦い続けている桃子は、思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「桃子。ハンマーは。駄目だな。小回りが利かなさすぎる」

 

 蜘蛛たちは、1メートル近くもある魔物だというのに、動きが速い。

 さらには、やはり蜘蛛には【隠遁】が効いておらず、桃子のハンマーの大振りは容易く見切られ、滑るように距離をとられてしまう。

 ヘノが桃子の身体に風の防壁を張っているから均衡状態を保っているものの、相性としては防戦一方だ。

 どうやら、蜘蛛たちは魔法が使える柚花よりも、大振りで隙の大きい桃子を標的にしたらしく、観覧席にいた黒い蜘蛛たちが、ジワジワと、桃子を包囲していく。

 

「そんなっ?! どうしたら、どうしよう……!!」

 

「……後輩。ニム。あれをやるか」

 

「うぅ……で、でもぉ……も、桃子さんには伝えてませんよぉ……!」

 

「先輩、ごめんなさい! あとで謝りますから、ニムさん、お願いします!!」

 

「え?! なに?!」

 

 桃子のピンチに動いたのは、柚花と、二人の妖精だった。

 これは、彼女たちが桃子に伝えないままに話し合っていた『奥の手』である。

 三人の様子に桃子は困惑しつつも、周囲に蜘蛛が押し寄せているために、三人の様子が見えないままにハンマーを振り回しているのだが――。 

 

「うぅ……ご、ごめんなさい、桃子さん……ううぁあああ!!! 水に沈んでください!!」

 

「え?! ニムちゃ……キャッ!? げふっ!」

 

 桃子が、ニムの作り出した濁流に襲われた。

 いや、濁流というほどではない。しかし、桃子がスッポリとおさまるほどの、巨大な水球だ。それが桃子を突然飲み込み、桃子は訳もわからないままに水に沈むことになる。

 瞬間、肺に水が入り込み、身体が反射的にせき込んでしまう。

 隙を見つけたとばかりに、周囲にいた蜘蛛の大群が水に包まれる桃子へと飛びかかる。

 

 ――しかし、桃子が苦しんだのは一瞬だった。

 

 突如として溢れる膨大な魔力。

 そして、弾け飛ぶ周囲の蜘蛛たち。

 

 水がザバァと流れおちると、そこに居たのは、当然桃子だった。

 しかし、肌は小麦色の褐色肌となり、目つきが鋭くなっている。所持していたハンマーを手放し、代わりに両の拳に絶大な破壊の魔力を宿していた。瞬時に蜘蛛を吹き飛ばしたのは、この拳だ。

 下半身は一瞬だけ魚の尾鰭になったが、しかしすぐに人間の脚へと変化する。

 それは、人魚姫。

 母たる桃子が水の中に落ちた時にだけ、どれほど離れていても憑依し、桃子を守る力を持った存在。

 桃子が創造してきた中でも随一の戦闘力を持つ魔法生物であり、柚花たちの選んだ『奥の手』である。

 

「……お前たち。母様に、なんてことするんだ」

 

 ジロリと、ニムと柚花を睨みつけるのは、桃子ではなく『ヒメ』だ。

 桃子に憑依したヒメが表にでて、桃子の身体を操っている。桃子本人はヒメと一心同体になっており、今頃は身体の中から様子を見ているはずだ。

 なお、変身過程で桃子の穿いていたホットパンツは下着ごと尾鰭に弾け飛ばされてしまっている。大きめの上着がワンピースのように脚を隠してくれているのは、乙女たる桃子にとっては幸運だ。

 

「ごめんなさい、ヒメさん。でも今は、あなたの力が本当に必要だったんです!」

 

「と、とにかく……魔物に囲まれているんですよぉ……」

 

「桃子も。そこにいるんだろ。人魚姫に。説明たのむぞ」

 

 会話をしている間にも、漆黒の蜘蛛は増え続けている。柚花は広範囲に電撃を広げて、探索者たちをサポートし、ヘノも暴風で至る所に張られた蜘蛛の糸を引きちぎる。

 どうやら、この状況を見て、ヒメもただ事でないことは理解できたのだろう。己に近づく蜘蛛を、目に見えぬほどの速度の拳を振るい、立て続けに弾け飛ばしている。

 

(私も驚いちゃったけど、ヒメちゃんが来てくれたなら百人力だよ! お願い、一緒に戦って!)

 

「……分かった。私も、戦う」

 

 そして、心の中で桃子に懇願されて、事情が分からないままに。

 琵琶湖ダンジョン、そして尾道ダンジョンを統治する魔法生物。破壊の姫、蛮族の王。――つまりは人魚姫こと『ヒメ』が。

 この、香川ダンジョンの戦いに参加することとなる。

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