ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
瘴気の糸に絡め取られ、人間たちはその自由を奪われている。
心はそのままに、身体だけが操られ、同士討ちを強いられている。
「うがぁ……! 逃げて、逃げてくれ……身体が勝手にぃ……!!」
「捨てろ、いいから剣を捨てろ! ふぐぅっ!!」
「いた、痛いポン! いたっ、糸をどうにか……!!」
「やめろ! くそっ、くそおっ!!」
「ぐぉぉっ! こんな、こんなことで……!!」
いたるところで、闘技場の床に赤い色が広がっていく。悲鳴が連鎖する。絶望が広がり続ける。
「先輩、ヒメさん! 行ってください! 私は糸だけなら自衛できますから!」
「……わかった!!」
桃子は、ヒメは、柚花の言葉を背に、自らも闘技場へと降りていく。不意をつかれさえしなければ、柚花は糸を目視し、雷で焼き切ることが可能なのだ。今はそれを信じるしかない。
とにかく、ヒメの力を使って、操られている人々に巻き付いた糸を排除していかねばならない。
泣きながら仲間に剣を突き立てる者。
仲間に刃を突き立てられ、己も操られ反撃を強いられる者。
拳で互いに殴り合う者。
糸に巻かれ動けなくなっている巨大な狸へと、望まぬ凶刃を振るわされる者たち。
広がっていく、赤い色。
――これは、地獄だ。
「こんなこと……許せない! 許しちゃだめだよ!」
ヒメが片っ端から牛鬼の糸を吹き飛ばしてまわるけれど、それは一時しのぎだ。天井に張り付く牛鬼は、まるで人形劇を楽しむかのように、次々と糸をのばしている。
糸に抵抗できる力量をもつ化け狸が、どうにか手の届く範囲で対処しているのが見えるが、どう見ても数が足りない
そんな中で、いくつかの光が猛スピードで上空へと舞い上がる。緑。赤。黄色。白。
「この糸を。暴風で。吹き飛ばすぞ……!」
「やるぞヘノ! 炎の風だぁ!!」
「ボクも手伝うと、しようか」
「力を貸すわよ♪」
空中で大規模な魔法が発動する。その力の源は、この地を化け狸とともに守護している、妖精女王の力を受け継ぐ娘たちだ。
魔力の流れを操作する魔法陣を中心として、全てを焼き尽くす炎、瘴気を浄化する光、そして精霊樹の力を持つ緑の暴風が広がっていき、闘技場の上空に吹き荒れる。
その合体魔法は、闘技場に張り巡らされていた瘴気の糸を焼き払い、浄化していく。天井から愉悦の表情で見ていただけの牛鬼が、ピクリと反応を見せた。
が、それだけだ。
一時的には人間たちを捕縛する力がゆるまり、武器を手にしたまま操られていた探索者がその手から武器を振り解くことはできた。地獄のような同士討ちを阻止することはできた。
しかし、糸は決して本体などではない。天井から見下す牛鬼には何の痛痒すらなく、辺りをうごめく漆黒の蜘蛛を介し、再び闘技場には瘴気の蜘蛛の巣が張られていく。
「くそ! 上まで炎が届かないぞ!」
「まいったな。瘴気の層が分厚すぎて。ヘノたちだけじゃ。無理だな」
「クルラが、また神の姿で浄化していけば良いのでは、ないかな?」
「んふふ♪ この前の戦いで、神力を使い切っちゃったの♪」
残念ながら、妖精たちの力が合わさろうとも、遙か高みから見下ろす牛鬼にはその魔力は届かない。
上空には更に4つの光が合流し、8人の妖精たちが集結し、強大な合体魔法によって再びこの空間に広がっていく蜘蛛の糸を浄化していく。しかし残念ながら、妖精たちがどれだけ力を合わせようと、瘴気の糸は再び張り巡らされる。人間たちを絡め取る流れは止まらない。
「ヘノちゃんたちでも届かないなんて……。あんな高い位置にいる相手に、どうしたら……」
桃子は、ヒメの力で手当たり次第探索者を助けていく。
上空で妖精たちが戦っている。その間は、探索者たちへの攻撃の手が緩むのだ。探索者たちは、その間に陣形を整え直し、辺りをうごめく牛鬼の末端である漆黒の蜘蛛たちを撃退していく。
柚花は、牛鬼を倒すための算段があるようなことを言っていた。
上空では妖精たちが力を合わせ、瘴気の糸を押しとどめている。ならば、人間たちが何かをするならば、今であるはずだ。
しかし、どれだけ強い探索者だろうが、強力なスキルを保持しようが。
遙か高みへと攻撃を向かわせられる探索者など、数える程しかいないのだ。
「……大丈夫。母様、私には、わかる」
「ヒメちゃん……?」
しかし、ヒメは迷いなく闘技場を進んでいく。
それは、第一層へと続く階段のある方向だ。
階段には魔物たちの侵攻を妨ぐための、背の高い鋼のバリケードが張られており、階段の先は見えなくなっている。
その手前では、クヌギの操る巨大なゴーレムが暴れ、漆黒の蜘蛛たちを引きつけている。数多くの探索者たちが、バリケードを死守せんと戦っている。
ふと、桃子はその光景に違和感を覚える。
「……え? あそこ、何かあるの?!」
桃子は気がついた。
上層へのバリケード。そこには巨大なゴーレムだけではない。深援隊のリーダーである風間をはじめとした名のある剣士たち、化け狸の長、そして魔法協会から派遣されたアフリカの巨人、リヨンゴまでもがバリケードを守るように戦っていた。
そして、そこに押し寄せる漆黒の蜘蛛の量が、異常なほどに多い。
「リヨンゴ、バリケードを外してくれ! 妖精たちが足止めしている、今がチャンスだ!!」
「俺にまかせろください!」
そして、風間の声が響くとともに、3メートルはありそうな巨人――リヨンゴが、力任せに己より遙かに大きな鋼のバリケードを引き剥がし、そのままの勢いでバリケードを武器にして押し寄せる蜘蛛たちを凪ぎ払う。
ヒメが憑依した桃子は、勢いのままに闘技場を駆け抜け、一足飛びでバリケードの剥がされた階段へと向かう。道すがら、大量の漆黒の蜘蛛を粉砕していく。
「う、嘘!!?」
ヒメが戦い、桃子が驚愕の声を上げる。
やはり、バリケードの裏側にも漆黒の蜘蛛は現れていたようで、そこには何人かの人間たちが戦っていた。
拳を振るい続け、這い寄る蜘蛛たちを粉砕していく女性探索者、イリア。
イリアの横で、手槍を駆使し蜘蛛を貫いているのはアカヒト。
ともに、ヒメが守護する琵琶湖ダンジョンの若き探索者たちだ。彼らは身体中を痣と血で汚しながらも、必死の形相で戦い続けていた。
そして、桃子が驚いたのはそれだけではない。
「あれって……!」
バリケードの裏から出てきたのは、巨大な人工物だった。
真っ白いコーティングに包まれた、キャタピラつきの土台を持つ大砲のような形状のものである。前方には中から何かを射出するための穴があいている。
桃子は知っている。あれは、前方にある穴から、弾丸の代わりに巨大な槍が射出される仕組みだ。
その大砲の名は、特殊個体討伐事案用巨大魔槍射出砲――通称『バリスタ』。
かつて琵琶湖ダンジョンで見た、巨大な特殊個体を討つための現代技術の結晶たる、討伐兵器である。
「そうか、バリスタが……奥の手、なんだね」
あれが、このバリスタこそが、牛鬼を討伐するための、人間たちの最終兵器だ。
柚花は、化け狸は、全ての勇士たちは、このバリスタで牛鬼本体を討ちとるために。牛鬼本体をおびき寄せるために
ここまで、命をかけて戦い続けてきたのだ。
「バリスタ、発射準備!!」
「おめェら、ここが正念場だ!! 蜘蛛をここに近づけるんじゃねェぞ!!」
そして、バリスタを操作する者たちの声に、桃子はハッとする。
バリスタの照準を合わせている壮年の操手。その姿を桃子は過去に見たことがある。過去に琵琶湖ダンジョンでバリスタを動かそうとしていた大府という名の探索者であり、イリアの父親だ。
彼はかつて、誤解により巨鯨ペルケトゥスをこのバリスタで討ち取ろうと動き、魔女たるりりたんの怒りを買った。けれど、今は味方として駆けつけてくれたのだ。
今度こそ、バリスタを正しく使うために。多くの人々を、守るために。
そしてもう一人。大府の横でバリスタを調整しているのは、桃子がよく知っている人物だった。
既に桃子の祖父のような年齢の男性だ。小柄ながらも頑強な体つきをした、ドワーフさながらの人物がバリスタを調整しつつ、襲来する漆黒の蜘蛛を頑丈な棍棒で撃退している。
それは、他の誰でもない。桃子の工房での師匠である、親方だ。
「親方っ?!」
桃子の叫びが聞こえる訳がない。ヒメが憑依しているとはいえ、今の身体は桃子が素体となっており【隠遁】の魔力をまとっているのだ。
けれど――親方は、一瞬だけ周囲を見回して、大きな声で言ってのけた。
「いるんだな、桃の字! ちと離れてろよ、危ねェからな!!」
まるで、いつもの工房の日常のように。
親方は、どこかにいるのであろう桃子に声をかけ、バリスタを動かすのだった。
桃子の心が驚きと感動で真っ白になっている間も、冷静さを保つヒメが身体の主導権を受け持ち、バリスタを破壊せんと迫る蜘蛛の波を弾き飛ばしていく。
異変を感じとった牛鬼がその場から移動し、バリスタの照準から逃れようとする。だが、それは二つの光の矢によって阻止された。
あれは、弓使いが全力の魔力を注ぎ込み放つ、魔力の矢だ。瘴気の層によってその力の大半を削がれているとはいえ、特殊個体『あやかし』を討伐した実績もあるその究極の矢は、牛鬼の足のうち二本を吹き飛ばす。
『グゥゥゥオォオオオオオ!!!!!』
苦悶の絶叫か、呪いの雄叫びか。
足を吹き飛ばされた牛鬼が初めてその声を上げる。瘴気を込めた、聞く者の精神を破壊せんとする雄叫びが、密閉された闘技場内に反響する。
「妖精のちからを。なめるな……!!」
しかし、上空に集まった8人の妖精たちが巨大な魔力の防壁を張り。
「実に長い付き合いだったが、貴様の運命は、ここで終わりじゃ! 同胞たちよ、正念場じゃ!」
長が。クヌギが。化け狸たちが。残された力の全てを使い、遙か高みから見下ろす牛鬼を結界で封じ込める。
そして、動けず。雄叫びを上げ続ける牛鬼に、照準が合わさり――。
「いけええええええ!!!」
――轟音が混ざり、それはもはや誰の雄叫びともわからない。
激しい爆音と、真っ白な魔力の光の爆発。それとともに、膨大な量の魔石と特殊鋼を合成し作り上げた、世界で唯一の退魔の槍が放出され。
牛鬼の胴体を貫いた。
「……母様。あれ、見える?」
「うん、見えるよ。同じ身体を共有してるんだから、当然だよ」
衝撃に吹き飛ばされて、闘技場をごろごろ転がった桃子はいま、吹き飛ばされた体勢のまま、大の字になって寝そべっている。
そこから見える遙か高みの天井には、白い槍が突き刺さり。
そして、その槍に貫かれた巨大な蜘蛛が、その四肢から黒ずんでいき。煤へと還っていくのが見える。
トドメとばかりに、8つの光がその近くへと近づいて、炎や風、光の力を叩き込み、残された胴体を破壊していくのが見える。
「勝ったよ……よかった、よかったよ……」
桃子は、己と身体を共有するヒメに語りかけるように、呟いた。
ヒメは冷静に、桃子の言葉を受け取り。煤になっていく巨大な蜘蛛を見上げている。
「……母様。ひとつだけ、気になることがある」
「ん? どうしたの?」
「……あいつ。赤い魔石、落とさないぞ」
「え……?」
桃子は、ヒメの言葉に。
血の気が引き、心臓の鼓動が大きくなるのがわかる。
そんなばかな、と。
瀬戸幻海では『あやかし』の残した紅珠によって、10年後にセイレーンの悲劇が生まれたのだ。
だからこそ、特殊個体の出す紅珠は、何があっても放置してはいけないのだ。
それなのに、それが出てこない。
遠すぎて見えないだけかもしれない。けれど、ヒメの感覚が、紅珠の魔力を一切感じ取っていないのだ。
「嘘……嘘……そんなこと……」
喜びに沸く探索者たちの中で、同じくそれに気づいた何人かの化け狸たちが、困惑の声を上げる。
上空では、そこにあるはずの何かを探し回るように、8つの光がせわしなく飛び回りはじめた。
桃子の脳裏に、最悪の展開がよぎる。
討伐失敗。
探索者たちは、まんまと。
牛鬼の本体に、逃げられたのかもしれない、と。