ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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化け狸の物語 終景

 人間たちの技術の結晶、バリスタが。

 多くの人々や化け狸を苦しめてきた、巨大なる蜘蛛の魔物を討ち取ったそのときから、しばらく時間を遡る。

 

「ふふふ。第二層で、牛鬼が暴れているようですね」

 

「爺ちゃん、父ちゃん、頑張るっす! 牛鬼さえ倒せば、勝利っす! みんなが平和になるっす!」

 

 第二層『闘技場』にて、多くの戦士たちがスタンピードで溢れ出る魔物、そして漆黒の蜘蛛たちとの死闘を繰り広げているその頃。香川ダンジョンのさらなる下層である第四層に、二人の少女の姿があった。

 ひとりは、化け狸の少女ポンコ。

 そしてもうひとりは探索者の少女、天海梨々。つまりは、先代妖精女王ネーレイスであり、深海の魔女様であり、朗読配信者りりたんだ。

 

「ポンコさん、第二層を応援するのも結構ですが、真の討伐はたった今から。あなたの手によって行われるのですよ?」

 

「そ、そうだったすね……!」

 

「グルルルル」

 

「ガウ! ガウ!」

 

「うんっ、大丈夫っす! ギンロウも、わんこも、一緒っすから怖くないっす!」

 

 二人の背後には何匹ものオオカミたちが群れをなして続いている。

 彼らは、ここ香川ダンジョンではなく、吉野ダンジョンに住まう原生生物のオオカミたちだ。

 この香川ダンジョンの第四層を進む上で、りりたんとポンコは彼らの力を借りている。

 

 第四層は、足下のぬかるんだ暗い森だった。

 ここは、房総ダンジョンのような美しい森ではない。樹木は不気味にぐねぐねとねじ曲がり、至る所に蜘蛛の巣が張り巡らされている。漂う空気はどんよりと湿っており、粘り着くような瘴気が充満した空間だ。

 どうやらこの蜘蛛の巣のほとんどは瘴気の糸によるものではなく、原生生物として存在する実際の蜘蛛の巣が大半のようだ。

 

「ふふふ。どうやら、第四層に張り巡らされていた瘴気の糸は、その大半が失われているようです」

 

「ここを守っていた瘴気がほとんど、第二層の戦いで消費されてるってことっすかね」

 

「ええ。ですから、今しかないのですよ。この第四層――『蠱瘴樹海』にて、本当の意味で、牛鬼を滅するのは」

 

 この第四層は本来、牛鬼の完全なる支配空間であり、いかに強者とはいえ、このように雑談を交わしながら進めるような階層ではないのだ。

 実際に、過去に何度も、探索者や勇気ある化け狸が踏み込んだ。しかし、瘴気の糸の張り巡らされたこの森から無事な姿で還ってこられたものは、誰一人としていなかった。

 だからこそ、今なのだ。

 第二層では、人間と化け狸がまさに今、その命をかけて戦い続けている。そうして彼らは狙い通りに本命である巨大な蜘蛛をおびき寄せることにも成功し、瘴気を第二層で使い切るほどに弱らせている。

 だからこそ、今ならば、今だけは。この第四層――りりたん曰く『蠱瘴樹海』へと、踏み込めるのである。

 

「こしょうじゅかい……? それって、魔女さんが考えた名前っすか」

 

「ええ、たった今考えたのですよ。せっかくの、貴女たち化け狸たちの戦いの最終章ですのに、『蜘蛛の巣』とか『牛鬼の森』とかいうそのままな名称ではあんまりではありませんか。是非とも、使って下さいね?」

 

「なんか、ピリリと味が引き締まりそうで格好いいっすね! 分かったっす!」

 

「ふふふ。では、物語の幕を上げましょうか。第二層で戦うものたちの戦いの詩。そして、その裏で人知れず語られる化け狸の物語――その、終景を」

 

「わかったっす。ポンが、この悲しい物語を終わらせるっす。そして、今日から始まるっすよ。ポンたちの、新しい物語が……!!」

 

 牛鬼の終焉。それはまさに、化け狸たちの呪われた物語の最終章だ。

 呪いが解かれ、新しい物語へと進むための、大いなる物語である。

 主演は、化け狸の姫ポンコ。彼女ただ独りの、静かなる舞台だ。

 

「それにしても、ポンコさんは素直でいいですね。私のお友達は、こういうロマンがないのですよ」

 

「え、そうなんすか?」

 

「人のことを、ちゅーにびょう、だなんて言うのです。失礼しちゃいますよね、ぷんぷん」

 

「大丈夫っすよ! なんかよく分かんないっすけど、魔女さんの言ってること、だいたい格好いいっすから!」

 

「ふふふ。ポンコさん、いい子ですね。あなたは妖精ではありませんが、私のお気に入りに入れてあげますね」

 

「やった、うれしいっす!」

 

 第二層で多くの血が流されているのと同時刻に、遙か下層の呪われた地の真ん中で、このような軽い会話が繰り広げられていたなどとは、誰も知らないことである。

 

 

 

 

 ぬかるみ、闇と瘴気に沈んだ森は深く続いている。

 ポンコとりりたんは、人を飲み込むようなぬかるみを踏みしめて。張り巡らされた蜘蛛の糸を魔力で排除しながら、ゆっくりと第四層を進んでいく。

 

「まだ、あちこちに黒い蜘蛛がいるっすね」

 

 ぬかるんだ樹海には、まだ数多くの漆黒の蜘蛛が存在していた。

 侵入者である化け狸の少女に、原生動物のオオカミたち。そして、曲がりなりにもその身体そのものは人間であるりりたんの気配を感じ取り、森のあちらこちらから音もなく巨大な蜘蛛たちが忍び寄ってくる。

 まさに同時刻、第二層にて人間たちを苦しめている蜘蛛の集団が、少女たちを己の餌にしようと押し寄せている。

 しかし、恐るべき蜘蛛たちも、ここではポンコたちの足止めにすらなりはしない。

 

 ここには、りりたんがいるのだ。近づこうものなら、彼女の魔法一つで瞬時に煤へと還るだろう。

 しかし、そのりりたんですら、今回は何もせずに見ているだけである。

 オオカミの群れが、指示も出していないのに自主的に蜘蛛を見つけだし、その鋭い牙でそれを討伐して回っているのだ。

 

「グルルルル!」

 

「ウォオオオン!!」

 

「オオカミたちがいてくれて助かりましたね。彼らは、どうやらこの森と相性がよさそうです」

 

「この階層は、どことなく『ヒトザト』に似てるっすからね。それにこの蜘蛛、吉野ダンジョンの『ニンゲン』と同じ臭いっすから」

 

 単体でもオオカミは強く、そしてさらには仲間同士で合図を送り合い、的確に樹海に潜む蜘蛛たちを抹殺していく。

 この蜘蛛と同じにおいを発する『ニンゲン』と、闇夜の森の中で戦い続けてきたオオカミたちだ。闇の森の中での蜘蛛をターゲットとした狩りも、それの延長戦ということなのだろう。

 いま、この時ばかりはりりたんも、随分と楽をさせてもらっていた。

 

「ふふふ。ものは試しと引き連れてきましたが、これなら蜘蛛の残党はオオカミたちに任せても大丈夫そうですね」

 

「わんこも、ちゃんと頑張ってるっすね。えらいっすよ、わんこ」

 

「ガウッ!」

 

 母を亡くしたばかりのオオカミの子供が、それでも強く声をあげ、父であるギンロウとともに戦っている。

 ポンコはその姿を自分と重ねて。

 そして、また、真っ直ぐに前を向いて歩き出す。

 

「牛鬼の本体は、安全な場所にずっと隠れてるんすね。第二層ではみんなが命がけで戦ってるのに、卑怯なやつっす……!!」

 

「ふふふ。そうかもしれませんね」

 

「ポンたちが行くのは……この瘴気の中心っすね」

 

「ええ。そこに、全ての元凶がいますよ。あなたのお母様の仇です」

 

「……そう、っすね」

 

 瘴気の充満した第四層だけれど、それでも化け狸の姫であるポンコと、強大な力をもつりりたんの二人の感覚は語る。

 この森を進んだ場所に、牛鬼の本体が存在する、と。

 その本体を倒すことこそが、この香川ダンジョンの――永い、永い呪いに終止符を打つことになるのだ、と。

 

 

 静かで、暗く、重苦しい森は。

 進むほどに、その闇を濃くしていき。

 とうとう、二人はたどり着く。

 

 

 瘴気の森の中心部。そこには巨大な樹がそびえ立っていた。まるで、妖精の国にある精霊樹のような、長く生きてきたであろう樹木である。

 しかし、決してそれは精霊樹のような美しいものではない。重く、黒く、悍ましいものだ。

 濃密な、人々の恐怖を形にしたような、この上なく禍々しいものである。

 

 そして――。

 

 

 

「これが……牛鬼……っすか?」

 

「ええ。これが――この第四層の、絶対的な支配者の真の姿ですよ」

 

 その樹には、巨大なうろが存在していた。ぽっかりと空いた、闇を孕むような、空洞だ。

 そのぽっかりと空いた闇の中に、それはあった。

 

「ふふふ。期待はずれでしたか?」

 

 まるで、繭のように見えるそれは、糸に護られた『蜘蛛の卵』である。

 牛鬼の本体とは、巨大な魔物でもなんでもない。瘴気を纏め上げた呪いの樹木そのものであり、そこに産みつけられた蜘蛛の卵だったのだ。

 もちろん、繭のサイズは規格外だ。ポンコが軽く数人は入りそうな巨大な繭の中には、ひとつひとつが蹴鞠ほどの大きさをした、禍々しく、そしてドス黒い瘴気を孕む卵がうっすらと透けて見える。

 

「え、ええーと、期待なんかしてたわけじゃないっすけど……正直言うと、なんだか拍子抜けっす」

 

「こんなものですよ。この特殊個体は、牛鬼などという伝説上の妖怪の名を冠してはいますが、実際には闇に潜み、瘴気を蓄えるだけの――自ら動くことすらできない樹木と、そこに産み付けられた蜘蛛の卵です」

 

 禍々しい瘴気を放つ目の前の樹木は、うろに隠された繭は。

 ポンコを前にしても、ピクリとも、動かない。

 

「でも……きっと、この繭の卵が孵ったら、また復活するんすね」

 

「ええ。次なる牛鬼が育ち、再び悲劇を生みだしていくのでしょう。今ここで、この繭は滅ぼす必要があります」

 

 ポンコの脳裏に、様々な思い出がよぎる。

 

 まだ物心ついたばかりの、おぼろげにしか思い出せない、母の最期の姿。

 幾度も牛鬼と戦い、とうとう里へと還ってくることのなかった、多くの化け狸の仲間たち。

 憎しみに飲まれ、その身体を魔物に堕としてまで復讐を遂行しようとした、父の姿。

 マグマやえあろという今の師匠たちの、調理服の下に刻まれた、無惨な傷跡の数々。

 

 その全ての元凶が、この――動きもしない、繭なのだ。

 

「ポンコさん、炎の術は使えますか?」

 

「はいっす」

 

 ポンコは、手のひらに術を込め、炎を灯していく。

 魔力が練り上げられるとともに、ポンコの額と頬には独自の紋様が浮き出てくる。これは。けものの姫としての彼女が新たに得た権能の兆しだ。

 本人すら気づいていないそれを、魔女だけが静かに見つめている。

 

 

 

 

「さあ、終わらせましょう。化け狸たちを苦しめてきた元凶は、けものの姫。あなたが倒すのですよ」

 

「……わかったっす」

 

 そして、その炎を、禍々しい瘴気を放つ大樹のうろへと、ゆっくりと近づけていく。

 

「母ちゃん、みんな。いま、ポンが……ポンコが、仇を討つからね」

 

 ボッ、と。静かな音とともに。

 化け狸の魔力で作られた炎は、繭へと燃え移る。炎はパチパチと、舐めるように、蜘蛛の糸を焼き尽くしていく。

 うろの中が、静かに。炎で満たされていく。

 魔力の炎が、うろの内部から、巨大な呪いの大樹を焼いていく。

 

 静かに、静かに。

 炎が、瘴気の呪いを焼き尽くしていく。

 

「この炎によって、この呪いの大樹が焼き尽くされたとき。それが、牛鬼の――この第四層を支配していた禍々しき存在の、最期です」

 

「そう……っすね」

 

 この第四層で、静かな炎に焼かれ。特殊個体が終焉を迎えようとしている、まさにこのとき。

 奇しくも時を同じくして、第二層の戦場では、轟音とともにバリスタが放たれた。

 

 まさにいま、この瞬間に。人間は、化け狸たちは。二つの地で、牛鬼に勝利したのだ。

 

 

 

 

 

 

 闇の森を照らすように、ごうごうと、炎は膨らんでいく。バチバチと、炭のはじける音が響き、呪いの象徴たる大樹が炎に包まれていく。

 ポンコも、りりたんも、無言でそれを見つめていた。

 彼女たちの背後では、辺りの蜘蛛を一掃してきたオオカミの群れが並び、炎を見上げている。

 

 そして。

 

 いくつもの美しい光が、炎の中から生まれては、空へと上っていく。

 

「あぁ……母ちゃん……かあ……ちゃん……」

 

 いくつもの光。その大半は、この地で牛鬼と戦い、そして命を失った化け狸たちだ。

 ポンコは、空に昇っていくいくつもの光を見上げ。そして、呼びかける。

 

「ポン……やったよ、みんな……母ちゃん……か…ちゃん……う……うううぅ……」

 

 それは、喜びの涙か。悲しみの涙か。

 ポンコの涙は、その瘴気の大樹が焼け落ち、全てが煤へと還るまで。

 

 止めどなく、流れ落ちていくのだった。

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