ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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今度こそ。今度こそ。

「先輩! やりました! 私たち、牛鬼を倒しましたよ!」

 

 未だヒメと憑依している小麦肌をした桃子が慌てて立ち上がったタイミングで、桃子の名前を呼びながら飛びついてきたのは柚花である。

 自身も疲労困憊にもかかわらず、真っ直ぐに桃子に飛びついてきたかと思えば、喜びのままにぎゅっと抱きしめてくる。互いの汗のにおいが混じり合い、桃子の耳元に、柚花の吐息がかかる。

 しかし、喜色満面の柚花と違い、桃子はとても喜んでいられる心境ではなかった。

 牛鬼から、赤い魔石――紅珠が出てこないのだ。つまり、討伐は成されていないのだ。

 

「柚花、違うの! 牛鬼を倒したら、あれが出てくるはずなんだよ! 赤い魔石が……!!」

 

「え? ああ、大丈夫です!」

 

「えっ?! だ、だって、セイレーンさんのときだって……」

 

「先輩、大丈夫です、信じてください。私が先輩に嘘をついたことありますか?」

 

「さっきもだまし討ちで水に沈められたけど」

 

「あれは本当にごめんなさい」

 

 しかし、それを訴えても柚花は桃子を離さない。そして、耳元で「大丈夫」を繰り返す。

 己の後輩がかなりの嘘つきであることを知っている桃子は、つい後輩の言葉に素で返してしまうものの、そのような普段通りのやり取りのおかげか、どうにか冷静さを取り戻すことはできた。

 どうやら、柚花はまだ何か知っているらしい。嘘はついていないかもしれないが、実に隠し事の多い後輩だ。

 

「この第二層の戦いは、もちろん命がけの本番だったんですけど……今この場に『とある重要人物』がいないこと、気づいてます?」

 

「え? ポンコちゃんのこと? 吉野ダンジョンに避難してるんじゃないの?」

 

「いやまあ、ポンコさんもですけど。私、昨日電話で言いましたよね? 一年生の教室に声をかけてきた、って」

 

「……あ、りりたんか! ごめん、いつもりりたんってば暗躍ばかりしてるから、また隠れて私のこと眺めながら、どこかでほくそ笑んでるのかなって思ってた」

 

「あの子も結構な言われようですね」

 

 桃子はここでようやく気がついた。りりたんがいないのだ。

 とは言っても、りりたんはなんだかんだで事件が起きた時にも姿を現さず「謎の人物」であることを好む性質があるので、彼女が姿を現さないことは、いつものこととして気にもしていなかった。

 もっとも、今回はりりたんも隠れて桃子を眺めて楽しむほどの余裕はなかったのだが、裏で暗躍しているという意味では桃子の言葉は正解だ。

 

「まあでも、当たらずとも遠からずですね。今頃、彼女が終わらせてくれてるはずですよ。ポンコさんと一緒に」

 

「え、終わらせる……って?」

 

「『化け狸と牛鬼の長き因縁を、終わらせてきますね』だそうです」

 

「そっか……そっか。りりたんがそう言ったなら、きっと終わらせてくれるんだね」

 

 りりたんと、ポンコ。

 桃子としては少し意外な組み合わせだけれど、不思議と安心できた。

 りりたんがポンコに手を貸してくれているのならば。この香川ダンジョンの未来はきっと、護られることだろう。それだけの信頼は、ある。

 心の中でそのような安心感を抱きつつ、桃子は柚花にギュッと抱きしめられたままでいたのだが――。

 

「なあ、ええと……桃子ちゃん? それにヒメ、久しぶり」

 

 柚花の背後、桃子の正面側に立っている金髪に染めた髪をポニーテールにまとめた少女――いや、もう女性と呼ぶべき年齢だろうか。そんな相手と、目があった。

 ダンジョン内で桃子が人と目が合うことは珍しい。桃子は一瞬ぽかんとして頭が真っ白になってしまうけれど、その隙に桃子と身体を共有しているヒメが先に口をひらく。

 

「……檸檬。ひさしぶり」

 

 声をかけてきたのは、尾道ダンジョンの弓使いである檸檬だ。

 ヒメとの初対面時は敵として死闘を繰り広げたこともあったけれど、その後はりりたんの仲介もあり、瀬戸幻海ではセイレーンを交えてカレーを一緒に食べた仲である。

 ヒメは檸檬に顔を向けたまま、無造作に柚花の腕をつかんで、強引に引き剥がす。

 もちろん傷つけるような力は入れてはいないが、桃子以上にパワフルなヒメに掴まれたら、柚花がどれだけ強くしがみつこうが無駄だった。

 柚花は、桃子との抱擁の邪魔をされて、わかりやすくむくれた顔になる。

 

「檸檬さん。やっぱりあなた、先輩のことが見えてるんですね? 何が目的です? 私から先輩を奪おうものなら――」

 

「待って待って、そんな睨まないでよタチバナさん。アタシは桃子ちゃんにこれを渡しにきただけだからさ」

 

「え、これって……マント?」

 

「もう所々破けちゃってるボロだから、改造するなりなんなり好きに使ってよ」

 

 むくれる柚花とは対照的に、檸檬はやや頬を赤くして、居心地が悪そうに、一枚の布を桃子へと差し出してくる。

 それは、探索者がよく愛用しているような、何の変哲もないただのマントだ。今回の戦いによって随分とダメージを受けているが、恐らくこれは檸檬の私物なのだろう。

 何故に、マントなのか。ヒメが何か知っているのかと思い心の中で尋ねたが、ヒメも特に思い当たることはないようだ。

 しかし、檸檬が桃子の目を見て手渡してくるのならば、桃子が受け取るべきなのだろう。

 桃子はきょとんとしたまま、やや首を傾げつつそのマントを受け取って――。

 

「桃子ちゃん、下半身……何もつけてないでしょ。いくら他人から見えないからって、そりゃあんまりじゃん」

 

「ああ、そういえば先輩のパンツ、戦場のどこかに落ちたままですよね」

 

「ひ、ひゃぁあああっ!!」

 

 ――桃子は慌てて、半ばひったくるようにマントを受け取り、少し離れた石壁迷宮の中まで走っていってしまう。

 

 そうなのだ。あまりの緊急事態だったので桃子本人すら気にしていなかったのだが、人魚であるヒメが憑依した瞬間に、穿いていたズボンとパンツは人魚の尾びれではじけ飛んでいたのだ。

 人魚姫の力を借りなければ桃子の身が守れなかったのだから仕方ないことだが、人魚の身体の造りにはズボンやパンツは構造上、馴染まなかったのである。

 

 それからずっと、桃子はヒメと共に戦い続けている。つまり、かなりセンシティブな姿で大暴れをしていたわけだ。上着が長く、桃子の体型ならば膝上ワンピース姿のようになっていたのが救いだが、乙女心はそれくらいでは落ち着いてくれない。

 桃子は耳まで真っ赤に染めて、着替えのために無人の迷宮へと駆けていく。着替えといっても、マントを加工して即興のスカートを作り出す程度だが。

 残された檸檬と柚花の2人も、今更ながら挨拶を交わす。

 

「タチバナさんも……ええと、まあ、無事みたいで良かったよ」

 

「ええ、正直、もう駄目かと思う場面ばっかりでしたけど。檸檬さんも大きな怪我はなさそうですね」

 

「うん。水の妖精の子が治療してくれたよ。あとは、桃子ちゃんとヒメが、魔物を定期的にぶっ潰してくれたからね」

 

 探るように視線が交わる。

 基本的に、檸檬は他人とのコミュニケーションが下手である。学校でも、留年してからはまさに、一匹狼の不良のような腫れ物扱いの立ち位置だ。

 そして柚花もまた、本質的には他人を警戒し、心の壁を作るタイプだ。はたして桃子や柚花の事情まで全て把握しているこの相手に対して、どのくらいの距離感で接すればいいのかと、柚花もまた計りかねていた。

 ――が、視線でけん制し合うのも数秒のこと。互いに目を合わせ、どちらからともなく笑いがこみ上げてくる。

 もう、両者とも精神的にくたくたなのだ。距離感がどうとか、どう接すればいいかとか、そんなことに気を遣うことすらもう面倒くさい。

 互いに、命がけで戦った同志であるという事実だけが、そこにある。

 

「あー、今回は本当に肝が冷えましたよ。なんですかあの気持ち悪い蜘蛛。20メートルはあったんじゃないですか? しばらく夢に出そうですよ」

 

「それはマジで同感。アイツ、地上の人間たちを見下ろしてニタニタ笑ってたじゃん? あの視線がムカつくしさあ、何度あの顔面を魔力の矢で射貫いてやろうと思ったことか」

 

「そうなんですよ。私たち、下手にアイツの姿が見えちゃうじゃないですか。あんな醜悪なもの、見たくもないのに!」

 

 普段ならば、良くも悪くも他人の反応を気にしてしまう両者だが、精神的に疲れているのが逆に良かったのだろう。

 まるで、旧知の仲のように自然な会話が口から出てくる。共通の話題は、たったいま煤になったばかりの牛鬼の悪口だ。魔物を見抜く瞳を持ったもの限定の、非常に狭い界隈のあるあるネタだ。

 

「そうだ。魔力の矢といえば……最後は魔力の矢で動きを止めてくれて、ありがとうございました。あそこで逃げられていたら、本気で詰んでましたからね。あれは神弓士さんの判断ですか?」

 

「あー、あれは先生の判断でもあるんだけど、実は魔女様からも言われてたからね。魔力の矢だけでは恐らく決定力不足だから、足止めに使えって」

 

 最後。バリスタを撃つ直前に、牛鬼はその場から離れようとした。

 この闘技場を戦場に選んだ時点で、牛鬼が人間の手が届かない遙か高い天井に現れるだろうということは、実は前々から予測されていたことである。

 なので、足止めは化け狸の術に頼るしかなかったのだが、牛鬼がこちらの想像以上に好き放題してくれたために、化け狸たちはすでに壊滅寸前だった。

 最後、神弓士たちの魔力の矢による足止めと、その直後の妖精8人がかりの防壁が無ければ、バリスタでの討伐は成せていなかったかもしれない。まさに、薄氷を踏むような紙一重の勝利だったのだ。柚花は、あの瞬間のことを思い出すと、今でも肝が冷える思いだった。

 もっとも、檸檬の口ぶりからして、彼女の雇い主である魔女様――りりたんは、その展開もある程度は予想していたようだが。

 

「あの子、どこまで展開を先読みしてたんだか。檸檬さんは、ずいぶんな人に雇われちゃいましたね」

 

「本当それ。あの魔女様、最近は会うたびに学校の先輩たちを自慢してきて面倒臭いんだけど?」

 

「え、なんですかそれ。本当に……困った後輩ですよ」

 

「うん。困った魔女様だけど……やるべきことは、やってくれたみたいだな」

 

 檸檬と柚花は、共通の知人である天海梨々――りりたんの話をしながらも、二人とも、上空を見上げる。

 遙か上に位置する天井には、巨大な槍がぽつんと突き刺さっている。そこにはもう、煤ひとつ残ってはいない。

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

「桃子。何してるんだ」

 

「あ、ヘノちゃんお帰り! ええと、ちょっとスカートをね」

 

「なんでここで。服なんて作ってるんだ。桃子は相変わらず愉快だな。よし……怪我はないな」

 

「うん。ヘノちゃんこそ、沢山戦ってくれてありがとうね」

 

 闘技場の外れ、石壁迷宮に少し入った場所で、桃子がスカートを製作していると、そこにやってきたのはヘノである。

 先ほどまでは天井付近で他の仲間たちとともに牛鬼の亡骸を確認していたヘノだけれど、どうやら天井に張り付けにされた牛鬼の身体が全て煤になったことで、桃子の元へと戻ってきたようだ。

 戻ってくるなり、ヘノはまず桃子の周囲をぐるりと一周して、桃子に怪我がないかどうかを確認する。

 もちろん、あれだけ戦い続けたのだ。多少の切り傷や擦り傷、それに打撲くらいはあるだろうが、少なくともヘノが心配するような大きな怪我はなさそうだ。

 

 時刻はすでに深夜を過ぎて間もなく朝だ。

 先ほどまで桃子に憑依していたヒメも、セイレーンやペルケトゥスが心配しているからと帰っていってしまった。なので、今の桃子はいつもと同じ肌の色に、目つきも鋭かったヒメではなく、純度100%のゆるゆるな桃子の表情である。

 

「そうだヘノちゃん! あのね、さっきの牛鬼、まだ本体が隠れてて――」

 

「分かってるぞ。魔女が。どうにかしてくれたんだろ」

 

「あ、ヘノちゃんたちも気付いたんだ? 私、柚花が教えてくれるまで全然気付かなかったんだよね」

 

 桃子は即興で作り上げたマント生地のスカートを腰に巻き、ベルト部分はひもで結ぶようにして止める。

 これで、無駄にセンシティブなワンピース姿ではなくなったはずだ。

 服装を整えた桃子の肩には、いつものようにヘノが着地している。

 

「桃子。闘技場の方。見てみるといいぞ。そうしたら。桃子にも分かるはずだぞ」

 

「え? 闘技場……?」

 

 新たなスカート姿で、ヘノに言われるがままに闘技場へと戻っていく。

 先ほどは何も言わずに置いていってしまったけれど、柚花と檸檬はまだ先ほどの場所で話し込んでいた。

 そして、二人とも上空を――いや、天井があるので空は見えないけれど、上の方を眺めている。

 見れば、他の探索者や化け狸たちも皆、静かに、顔を上に向けて眺めていた。

 

「あ……」

 

 桃子もそっと、上を見る。すると、そこに見えるのは、光だ。

 ゆっくりと、ゆっくりと。空を目指すかのように上昇していく、いくつもの光の珠。

 桃子は過去に何度も、その光を見たことがある。

 

 柚花たち探索者が弱らせてくれた鵺を、サカモトの大剣で討伐したとき。

 ヘノと二人きりで、地下に潜むバジリスクを撃破したとき。

 広大な海の中で、ヒメがあやかしの心臓を砕き、完全に消失させたとき。

 あれは、特殊個体と呼ばれる強大な魔物にとらわれていた、数多の魂たちだ。

 

「ヘノちゃん。このダンジョンは、救われたのかな……」

 

「さあな。ダンジョンのもっと下層には。もっと危険なのがいるかもしれないしな。けど――」

 

 長かった牛鬼の呪いが、この地から。

 消え去った。 

 

「たぬきたちの戦いは。報われたんだと思うぞ」

 

 光の珠は、空へと向かい、消えていく。

 願わくば。

 勇敢な彼らが。仲間のために、戦った彼らが。

 今度こそ。今度こそ。

 

 ゆっくりと、眠りにつけますように。

 

 

 桃子たちは、静かにそう願い。遙かな光を見上げるのだった。

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