ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「我ら化け狸の未来はそなたたちの尽力で救われた。深く感謝する」
「ふふふ、人間たち、大儀でした。此度はあなた方の力により、この香川ダンジョンは救われました」
武舞台に魔法で作られた大きな台座には、化け狸の長が上っている。
その脇には深海のような黒い翅を持った、漆黒のドレス姿の妖精が。そしてその背後には、色とりどりの8人の妖精たちが並んでいた。
第二層で戦った全ての人間は、そして化け狸たちは、神妙な面持ちで彼らの言葉に耳を傾けている。
特に、人間たちの最前列では、琵琶湖ダンジョンから来た探索者たちが恭しく頭を下げてその言葉を聞いている。
彼らは気づいたのだろう。目の前にいる漆黒の妖精こそが、深潭宮に住まう『深海の魔女』だということに。もっとも、りりたんのホームはすでに別の場所に移転しているのだけれど。
「先輩。あれ、誰でしょうね」
「柚花ったら、視力が悪くなっちゃったの? あれはりりたんだよ?」
壇上で長の横に立ち人間たちに声をかけているのは、妖精姿をしたりりたんの分身体だ。分身りりたん――先代妖精女王ネーレイスは今、妖精たちの代表として人間たちの注目を集めていた。
彼女の背後にはヘノをはじめとした、今回大活躍をした妖精達が並んでいる。
本人たちはなんで自分が並んでいるのか理解していないようで、ひそひそ話をしたり、めそめそ泣いたり、落ち着きのない様子を見せていた。
「あれがりりたんなことは、私だって見れば分かりますよ。ただ、あまりにキャラクターが違いすぎませんか?」
「あはは。さすがに、ここは化け狸の長の顔をたててるんじゃないかな。ここでいつもみたいに『人間なんてどうでもいいんですけど』とか言っちゃったら、台無しじゃない」
壇上では、長とネーレイスが、人間たちを労っている。そしてそれと同時に、この戦いの記憶を消すことを宣言している。
人間たちは複雑そうな顔をしているが、はじめからその前提でこの戦いに挑んでいるのだ。
さらには、この戦いにおいて致命傷を受けた探索者――少なくとも二度と戦いには出られないと思われた幾人もの探索者が、最後に降臨したネーレイスの絶大な魔力により救われていった。
しばらくの間は過剰すぎる魔力による副作用で苦しむかもしれないが、それでも彼らは救われた。感謝こそすれ、反論などある筈がない。
なお、失われた四肢が、潰れた器官が、暴力的な魔力により再生されていく姿は、治癒というより冒涜的な何かのような光景だった。
そんな力を目の前にしては、感謝とはまた別な意味で、黒い翅の妖精に意見を言える人間などいないだろう。
「それもありますけど、なんか凛としてて、別人みたいっていうか、本当に女王然としてるっていうか……」
「あ、そっか。柚花はネーレイス様のときのりりたんを知らないんだもんね」
「先代女王モードってことですか。なんていうか、人格分けしないといけない立場っていうのも、大変ですよね」
桃子は、りりたんの二面性を知っている。
それどころか、不思議な時間旅行によって、50年前の妖精の国で本物の女王ネーレイスと会話を交わしたこともあるのだ。
外見的には幼くなってはいるものの、女王然としたりりたんの態度には、むしろ懐かしみすら覚える。
「あ、ヘノちゃんたちがこっち見てる! 手を振っちゃおうか」
「先輩、いまは静かに話を聞くところですからジッとしてましょう」
狸の長が話している後ろで、ヘノが桃子に何か視線を送っているし、ニムはなにが怖いのか先ほどからめそめそ泣いている。
桃子が手を振ったらヘノもニムも手を振り返してきたが、しかしすぐさま柚花に押しとどめられてしまった。ヘノたちも、常識的な妖精であるノンに押しとどめられていた。
「でも……そっか、みんな戦いの記憶は消されちゃうんだね」
「仕方ありませんよ。魔法生物の情報は、まだここまでオープンにしていい段階ではないでしょうしね」
この場の人間たちは、全員がかなりの経験を積んだ探索者だ。
良くも悪くも、ギルドや魔法協会による情報統制のことは感づいていただろうし、それが魔法生物たちを保護するためだということは理解しているだろう。
けれど、それでも。
心を合わせ、共闘までした記憶を失ってしまうというのは、寂しいことだと、桃子は思う。
「いつかはさ。妖精達と、人間たち。それに化け狸も、コロポックルも、他にも色々さ。互いに仲良く協力しあえる日がくるといいね」
「でも先輩、魔法生物だからってみんなが協力的なわけじゃありませんからね?」
「うーん、それはそうかもしれないけどね。でも、夢を見るくらいならいいじゃない?」
「いいですけど、先輩がものを想像しすぎると、それが実現化しちゃうんじゃないかって心配なんですよ。間違ってもイマジナリーフレンドとか作っちゃダメですよ?」
「ん……まあ、今の私にはヘノちゃんと柚花がいるから、大丈夫だよ」
「なんですかその微妙な反応」
心の中で一瞬、懐かしい黄色いリボンの少女が振り向いた気がした。しかし、すぐに首を横に振る。
今の桃子には、ヘノというかけがえのないパートナーがいて、柚花というかけがえのない後輩がいてくれる。だから、イマジナリーフレンドに依存する必要などないのだ。
桃子は、今の幸せをかみしめて、にんまりと柚花に向けて笑顔を向ける。
笑顔を向けられた後輩は何のことだか意味が分からず戸惑いつつも、敬愛する先輩の笑顔を心のシャッターで連写するのだった。
「マグマ! アタシのこと忘れても、燃えさかる炎の剣だけは忘れるんじゃないぞ!!」
お別れだ。
決して、すぐに物理的に離れてしまうわけではない。けれど、相手の記憶を失うということは、それもまた別れの一つと言えるだろう。
闘技場では、共に戦いあった狸たちが、妖精たちが、人間たちが。お互いに、最後の時間を惜しんでいた。
「フラム! 記憶を失ったとしても、いつの日か、俺のうどんでお前を熱くさせてやるからな! また会おうぜ!」
「本来ならば礼を尽くすべきですが、この記憶を失ってしまうのではそうもいきませんね。ありがとう、熱き炎の妖精」
「マグマ! 熱い魂を忘れるなよ! 氷河! クールな内に隠された熱い気持ち、感じとったぞ! あと、お前はもっと派手な武器を持った方がいいぞ、田中!」
「あ、はい。え、自分だけ駄目出しされるんですか?」
うどん四天王と戦ったフラムは、最後まで炎城寺マグマの剣との別れを惜しみ、フリーレン氷河のクールさの中の熱さを称え、田中二郎の地味さに駄目出しをしていた。
「おい。キノコ乾燥女。この前。おもしろいキノコを桃子が拾ったから。今度。たぬきに渡しておくぞ。うまい食べ方を。調べてほしいんだ」
「ヘノさんは、こんなときでもマイペースなのね」
りりたんの話によれば、風祭えあろは特例として、今回の記憶を消されない側の人間だ。
なので、横で別れを惜しむメンバーの横で、ヘノからかなりどうでもよさげな話を振られていた。
なお、後日ポンコを通してダンジョン産のトリュフを無造作に渡されたえあろは、本気で驚愕したという。
「父ちゃん、父ちゃん! ポン……ポン……」
第四層から上ってきたポンコは、なにも言わずに、父であるクヌギへとかけよって、抱きついていた。
彼女は、第四層で牛鬼の真実を見てきたのだ。それが何だったのかはりりたんとポンコしか知らないが、それを最初に聞くのは、父であるクヌギなのだろう。
「え、その眼鏡の人がけも姫……じゃなくて、ポンコの親父さんだったのか?!」
「ああ、君たちは美食の……。その節は、娘がお世話になったね」
「あ、いえ、俺こそ娘さんに命を救っていただきまして。あの、本当になんと言えばいいのか……」
そのポンコに遠慮がちに声をかけたのは、美食三銃士たちだ。
彼らは元からうどん職人見習いのポンコとは既知の間柄である。それと同時に、吉野ダンジョンで自分たちを救ってくれた『けものの姫』の正体にもすでに感づいている。
「レンジさん、どうしちゃったっすか? 頭でも打ったっすか?」
「ポンコさん。レンジは今、ちょっとした熱に浮かされているのです。美食では解決しない、人間が必ず発症する病なのですよ」
「うむ」
「うっせえ! ワンさんももっともらしく頷いてるんじゃ……ねえ……よ……」
しかし、そんな愉快なやり取りもそこまでだ。
レンジが、会話の途中だというのに唐突に力を失い、その場に倒れ込んだかと思えば、静かに寝息を立て始めた。
「あれ? レンジさん、いきなり眠っちゃったっすね」
「ポンコ。人間の皆は、ここで眠ってもらうことになっているんだ。ゆっくり休ませてあげよう」
眠りに落ちたのはレンジだけではない。
横にいたワンも、ユキヒラも、いや――闘技場にいた多くの探索者たちがその場で眠りに落ちていた。
これは、りりたんの魔法によるものだ。
魔法の眠りを免れているのは、オウカや風間、えあろ、檸檬といったごく一部の人間だけである。
なお、【魔法耐性】の力で睡魔に抵抗している黄金の鎧マンもいたけれど、最終的にはやはり眠りに落ちてしまった。彼は事情を知る関係者として眠らせなくとも良かったかもしれないが、単にりりたんからの嫌がらせである。ティタニアを半年間もイビキで苦しめた罪は許されてはいなかった。
「あ、みんな寝ちゃったね」
「りりたんの眠りの魔法です。寝てる間に記憶も消しちゃうんでしょう」
「そっか。なんか闘技場で眠ったら、身体中が痛くなっちゃいそうだけど……」
空の見えない闘技場なため、正確な時刻はわからない。けれど、外に出ればもう朝日が顔を出している時刻だろう。
昨日、妖精の罠にかかり深夜までぐっすり眠らされていた桃子と違い、探索者たちはほぼ徹夜で戦っていたはずだ。
武具も装着したままの姿で固い地面に眠る勇士たちを眺めながら、ぼんやりと彼らの健康に思いを馳せる。
「あと、先輩。ここで改めて……」
「ん?」
「どうも、すみませんでしたぁっ! いきなり溺れさせちゃったこと、まだ謝ってませんでした!」
そして、他の部外者の目がなくなったタイミングで、柚花が唐突に桃子に謝罪を向ける。というか、流れるような美しいフォームで土下座をする。
離れた場所では、柚花の土下座の理由を察した檸檬が苦笑を浮かべている。
柚花の謝罪内容。それはもちろん、いきなり桃子を水に沈めて、危うく溺れさせようとしたこと、だ。
もっとも、ヒメが即座に来てくれることを確信した上での作戦であり、桃子に危害を加える気持ちなどなかったことはわかっている。そして、そうしなければ事態が悪化していたことも間違いない。
が、それはそれ、これはこれということだろう。
「あー、うん、まあ……驚いちゃったけど、ヒメちゃんを呼ぶには最適なやり方だったんだろうし、怒ってないよ?」
「それじゃあ私の気が済みません。明日から、私をパシリにしてくれていいです」
「あはは、そんなことしないもん。それに柚花は学校行かなきゃ駄目でしょ?」
「ふふふ。ももたん、ゆかたんと私は明日から夏休みなのですよ」
「いきなり会話に入ってこないでくださいよ」
土下座謝罪をする柚花の横に、ふわりと舞い降りてきたのは妖精姿の分身りりたんだ。
柚花は途端に憮然とした表情を浮かべ、すくっと立ち上がる。相手がりりたんとはいえ、後輩の前で土下座姿を晒すのは嫌だったようだ。
りりたんは分身体の妖精姿である。本体も香川ダンジョンへと訪れているはずだけれど、いったい本体はどこへ行ってしまったのかと桃子は疑問に思う。残念ながらその謎の答えが提示されることは最後までなかったが。
「りりたんもお疲れさま。でも、そっか、夏休みかあ……」
「はい。だから何でもOKですよ!」
柚花の瞳が期待に溢れている。
どうみてもご褒美を待つ犬の瞳であり、謝罪をしている表情ではない。
「もう、仕方ないなあ。……じゃあね、たまには、柚花にカレーを作ってもらおうかな? 柚花の手作りカレーが食べたいな」
「わっかりましたあ! じゃあ私、さっそく帰ってカレーのレシピ調べますね」
「ふふふ。ゆかたんはこれから、ギルドで報告をしたり、事後処理をしたり、沢山お仕事があるはずですから、しばらくは帰れませんよ?」
「あーもう、貴女の魔法で事後処理とかどうにかなりませんか?」
「ならばいっそ、地上のギルドも含めて、全員の記憶をすっかりと消してしまいましょうか。そうすれば何もかも有耶無耶にできますよ」
「それ、いいですね」
「待って待って、りりたんだと洒落じゃなくて本気でやりかねないから、絶対駄目だからね!」
風が吹けば桶屋が儲かる。
ヘノが吹けば菓子屋が儲かる。
柚花にカレーを頼めば香川ダンジョン一帯の人々の記憶が失われる。
一つの出来事が、全く想定しなかった出来事につながっているということわざだ。世の中、なにがきっかけで大惨事が起きるかわかったものではない。
「ふふふ。冗談を真に受けて慌てるももたん、可愛いですね」
「そこは同感ですよ」
「えー……」
どうやら、後輩2人による即興のジョークだったようだ。果たして何割ほどがジョークだったのだろうか。
辺りには、探索者たちの寝息が響きわたっている。
格別に大きなイビキの発生源では、ヘノがつんつんと鎧をツヨマージでつつき回しているし、ニムはめそめそ泣いている。
ポンコは眠ってしまった探索者たちの身体に布団代わりの布地をかけて回っている。檸檬が遠慮がちにそれを手伝っていた。
オウカとクルラは勝利の酒盛りを始めてしまった。見れば、風間とクヌギ、えあろ、化け狸たちまでがそれに参加している。
「なんだか、わけがわからない光景じゃん」
「そうですね。新たな門出にしては、ちょっとカオスです」
「ふふふ。そういうものですよ」
香川ダンジョンに、平和が戻ってきた。
香川ダンジョンの新しい朝は、希望の朝は。
こんな風に、愉快で、不思議な光景とともに。
はじまりを迎えるのだった。
四章 化け狸・終景 了
活動報告に「幕間&四章終景あとがき」も公開しておりますので、興味がありましたら。