ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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魔女のお茶会

「うまいな。これ。スコーンって言うのか。カレーに合うんじゃないか?」

 

「ヘノちゃん、さすがにカレーにスコーンはいれないからね?」

 

「こ、この紅茶も……いい紅茶で、き、きっとものすごい高級品なんですよ……うぅ……」

 

「ニムちゃん、それ市販の……いや、まあ、いい紅茶だよね、うん」

 

 

 黒いドレスの少女――りりたん、の言う通りで、ヘノとニムはすぐに目を覚ました。

 

 起きた直後はまたツヨマージを掲げて術を発動しようとしたが、桃子が呑気に紅茶を飲んでいるのに気づくと、ヘノもどうにか矛を収める。

 そして、妖精用の小さな葉っぱの器に紅茶を注ぎ、小さいスコーンのかけらを分け与えられると、ヘノは簡単に籠絡されてしまった。

 闘争心旺盛なヘノが籠絡されてしまえば、気の弱いニムも簡単にヘノに追従し、スコーンを食べ始めた。

 餌付け。という言葉が桃子の脳裏に浮かんだが、桃子も人のことは言えない。先ほどからスコーンをもしゃもしゃ食べている。

 

「ふふふ。先程は失礼いたしました。ヘノさんにニムさん。私はりりたんとお呼びくださいね」

 

「りりたん。お前。何者なんだ?」

 

「りりたんは、人間ですよ? でも、そうですね。もしかしたら、人間の中でもあなたたち妖精に近い『魔女』とでも呼ぶのが正解かもしれませんね」

 

 テーブルにつき、スコーンをもしゃもしゃ食べる二人の妖精と一人の人間を眺めていたりりたんに、ヘノが食べる手を止めて問いかける。

 こと正体不明、ということに関しては、第四層のクジラ以上にこの少女は謎だらけである。

 美味しいものを分け与えてくれるので敵ではないかもしれないが、しかし何者なのか分からないままでは判断に困るのだ。

 

 種族としては人間の女性。でも、人の範疇を超えた力を持っている。

 魔女という表現は、なるほど確かにイメージがぴったりだなと、桃子は納得する。

 

 

 そしてヘノに続いて、ニムがおずおずと手をあげて質問をする。

 

 

「あ、あの……この、お花畑は……妖精の国に、そっくりです」

 

「素敵でしょう? ちょうど、このダンジョンの第五層が静かだったので、りりたんが作り替えてみたんですよ」

 

「作り替えた……って、そんなこと出来るんですか?!」

 

 近いものとしては、女王ティタニアが鵺の珠を使って新たに湖や畑を作り出した事例を桃子は知っている。

 魔力を感じ取ることが出来ない桃子には、空間を作り出すのにどれだけの力を必要とするのか、いまいちピンとこない。しかし、さすがに容易く行えるものではないだろう。

 りりたんが何者なのかという謎はあるが、果たしてどれほどの魔力があれば似たようなことを出来るのだろうか。

 そう考えていると、りりたんが説明を補足してくれた。

 

「以前はここは、海の王を名乗る不届きものが住まう宮殿でした。それを退治して、その魔力を利用させてもらったんですよ」

 

 そう言ってりりたんが取り出したのは、紅い珠。魔力の凝縮体であるそれだが、鵺のものよりほんの少しだけ大きいように見える。

 

「お前。すごいな。第五層の魔物を。一人で倒したのか」

 

 第五層の魔物。海の王を名乗る不届きもの。おそらくそれはギルドのいう所の、特殊個体と呼ばれる魔物だろう。

 桃子は思い返す。遠野ダンジョンに出現した鵺を倒すために、多くの実力のある探索者が死力を尽くし、鵺の力をどうにか削り落とした。そして最後にサカモトの剣に魔力を注ぎ込んだ桃子が、不意打ちという形でようやく討伐できたのだ。

 しかし目の前の少女は、鵺と同格、あるいは恐らく鵺よりも強い魔物を、一人で倒したという。

 

 世の中、上には上がいるとは言う。きっと目の前の少女は探索者や妖精と比べて、もっと格上の何かなのだなと、桃子は心の中で感嘆する。

 そして、そんな格上の存在が、本心はどうであれ人間である桃子に好意的でいてくれることに、安堵した。

 

 

「ふふふ。りりたんは凄いのです。そうだ、せっかくですからりりたんの凄いスキルを紹介しますよ」

 

 そうして、目の前の魔女――りりたんは、一冊の本を卓上に取り出した。

 桃子はそういえば、先ほども光る本を持っていたなと思い出したが、しかしこの本とはデザインが違っていたような気がする。

 

「それ、本ですよね? さっきのとは違う本みたいですけど……」

 

「りりたんの固有スキルは【製本】と言います。手元に1つだけ、好きな本を出すことができますよ」

 

 製本。本を作ること。

 日本語としては実に珍しくもなんともない響きだ。

 ダンジョン内で人が手にするスキルには、たまにダンジョンには無関係にしか思えないものも存在するのだが、りりたんのスキルもそれなのだろう。

 しかし、【カレー製作】のように、拍子抜けするようなスキルが実はとても強力なスキルであることも往々にしてあるものだと、桃子は知っている。

 

 そして、それを指摘したのはその本をジッと眺めていた水の妖精、ニムだ。

 

「あの……もしかして、本という括りなら、スクロールのような魔導書も、出せるんでしょうか……?」

 

「ふふふ。さすが水の妖精さんですね。大正解です。【製本】は、りりたんが把握しているスキルや魔法のスクロールも、作り出せるのですよ」

 

 そう言うと、りりたんは右手に持った本を桃子たちに見えるように掲げる。

 気づけば、また本の姿は先ほどとは別なものになっていた。表紙には複雑な魔法陣のようなものが描かれており、桃子は実物を見たことはないものの、それがいわゆる『スクロール』と呼ばれるものなのだと理解できた。

 

「我が指は雷の道しるべ――【召雷】」

 

 少女が人差し指を天に高く向けて。本に向かってそう読み上げると、その瞬間に白い稲妻と空気が破裂するような音が響く。

 まぶしさと音に驚いたヘノがスコーンを取り落とした。

 

「うわわ……すごい、雷の魔法だ」

 

 雷属性の魔法ならば柚花のものを見たことはあるが、柚花には悪いが規模が違った。

 柚花の雷が電流を敵に通すだけのものだとすれば、目の前の少女が出した電は、まさに天からの落雷。

 こんな雷をそこらの魔物に向けて放てば魔物は一瞬で消滅するだろうし、周囲の被害も甚大になりそうだ。

 

 桃子が呆気にとられていると、また本の表紙が変化する。

 初めて見たその白い本は、しかし何故か桃子には馴染み深いような、不思議な愛着を覚える。

 

「我は盲点にこそ存在する――【隠遁】」

 

「ま、魔女さんが、桃子さんと同じ魔力を、纏ってますぅ……」

 

 続いて唱えられた詠唱。その後に読み上げられたスキル名は、桃子にとっては何よりも一番馴染みのあるものだった。

 他者からの認識を阻害するスキル【隠遁】。魔法でもないその桃子の持つ固有スキルまでも、目の前の少女は本という形で再現してみせた。

 

「うわ、りりたんが……居るはずなのに、頭では理解してるのに……あれ? 待って、いま、私なんて言ったっけ? そこに、なにが居るんだっけ? あれ?」

 

「桃子。りりたんとかいう魔女だ。この第五層の主だぞ。思い出せ」

 

「りり? うわ、うわ……わかんない、わかんないよヘノちゃん」

 

 ヘノが桃子に説明するが、桃子にはその魔女が何か分からなかった。

 

 理解はしている。目の前に、魔女と名乗る少女が座っているはずなのだ。しかし、それとは別に感覚が何も認識してくれない。

 人間の視界には常に『盲点』という、人間の視神経が感知できない死角が存在する。しかしその「感知できていない死角がある」という事実そのものを、誰もが普段は気にもせず、認識しないままで過ごしている。

 そう。まさに盲点だ。【隠遁】で認識できない存在がどこに居るのかを表現するならば、その言葉で間違いはないだろう。

 

 桃子がそのような己の盲点に対して困惑をしていると、しかしいつの間にか目の前に黒いドレスの少女が座っていた。まるで、最初からそこにいたかのように。

 手に持った本はすでに無くなっている。術を解いたのだ。

 

「ふふふ。【隠遁】面白いですね。ももたんを解析して、本にさせて頂きましたよ」

 

「わ、私っていつもあんな風になってるんだね。頭ではわかってたけど、なんかショックかも」

 

 自分が使う分にはいいが、他人が消えるとあのようなことになってしまうのかと、桃子は少なからずショックをうけた。

 昔は、自分のことを忘れてしまった友人たちに対して思う所もあったが、これでは仕方がない。忘れていることをそもそも認識できないのだから、思い出すことも出来やしない。

 

 そういう意味では、マヨイガを脱出するまでの間、姿を視えずとも桃子のことを忘れずにいられたサカモトは凄いのだなと、今更ながらに思った。

 まあ、サカモトが凄いというよりは、彼の持つ【魔法耐性】の効力なのだろうが。

 

 

「魔女。お前もう。なんでもありだな」

 

 最初こそ闘争心をむき出しにしていたヘノも、目の前の魔女――りりたんの力には呆れたようにぼやいている。

 桃子も、そしてニムも、ヘノの言葉にはうんうんと頷いた。

 

「残念ながら何でもは出来ません。それに、スクロールの【製本】はものすごい魔力を消費しますから、りりたんでも多用はできませんよ」

 

 桃子には分からないことだが、りりたんがスクロールを現出させるたびに、並の探索者なら枯れ果てるような魔力がごっそりと消費されている。

 並の魔力量の人間が持っていても、ダンジョン内での暇つぶしの読書程度しか使い道のないスキル。それが【製本】だ。魔力の多い探索者ならば、最後の奥の手としてスクロールを制作できるかどうか、というところだろう。

 

「うぅ……女王様よりも、魔力があるから……使えるスキルなんですね……」

 

「女王、ですか。妖精の女王ティタニア。立派な女王なのでしょうね」

 

 りりたんが、何気なく女王ティタニアの名を口にする。

 果たして、今までの会話でその名を出しただろうか? いや、出していない。

 

「ティタニア様のこと、知っているんですか?」

 

「ふふふ。りりたん、博識なのですよ」

 

 疑問に思い、桃子がそう問いかけると。

 魔女の少女の深海のような瞳が、小さく揺れたような気がした。

 

 

 

 

「さて、紅茶もなくなってしまいました。そろそろ本題に移りますよ」

 

「紅茶はともかく。スコーンの。お代わりはないのか」

 

「ヘノちゃん、食い意地をもうちょっと抑えようね」

 

 名残惜しそうにスコーンの入っていた網籠を覗き込むヘノを指先でつまみあげ、水着の胸元に押し込む。

 桃子は今更だが、片や黒いドレス、片やパッドの入った水着姿という組み合わせで、星空の下の花畑でお茶会をするというのは、随分シュールだなと思った。

 パッドを入れたままなのも考えてみるとなんだか恥ずかしいが、りりたんはそこら辺は気にしていなさそうなので、まあいいかで忘れることにする。

 

「りりたんのお友達、ペルケトゥスが連れてきた探索者さんたちのこと、聞きに来たのではないですか?」

 

「ペル……? お友達って、ええと、あのクジラのこと、でいいんですよね?」

 

「はい。ペルケトゥスという古代の鯨に似た姿だったので、そう名付けたのですよ。まあ、形が似ているだけで実際には何か分からないダンジョン特有の生き物ですけれど、可愛いですよね」

 

 

 りりたんが立ち上がると、まるで最初からそこには何もなかったかのようにお茶会のテーブルが消失する。

 桃子も慌てて立ち上がると、たった今まで桃子が座っていた椅子すらなくなっていた。まるで幻を見ていたかのようだ。

 

 続いてりりたんが少し小高くなっている丘の上まで歩を進める。

 静かで、風ひとつない青い花畑に、りりたんと桃子の足音が響いている。

 

 

「探索者さんたちは、こちらで眠っておりますよ。さあ、どうぞ」

 

 りりたんが手を翳せば、妖精の国で見慣れたものと同じような青い光の膜が現れる。

 どうやら、その向こうに行方不明の探索者ふたりが居るらしい。

 ここで話しているうちに薄々わかってはいたが、その二名はクジラ――ペルケトゥスに食われたわけではない。むしろ、危険だったところを救われて、命を救うことが出来るであろう、りりたんの下へと連れてこられたのだ。

 

 しかし、そうなると色々と話が変わってくる。

 探索者は生きていて、ペルケトゥスは友好的だ。ギルドは大きな勘違いをしていることになる。

 

 どうにかしないといけない。

 

 桃子は心の中でどうすればいいのかを考えながら、光の膜に触れて、探索者たちのもとへ転移するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精たちの会話】

 

 

 

「ティタ! アナタ、また人間の娘と遊んでいたのネ!」

 

「いいじゃない。クリスは私の生涯の相棒なの。私が加護を与えたのよ」

 

「ワタシとも遊んでくれないとダメよネ!」

 

「ティタさん……次は、いつ人間を連れてくるのですか……」

 

「せっかく、調理部屋、出来た。なにか、料理、見てみたい」

 

「ああもう、みんな一緒に話さないでちょうだい! 私のお耳はひとつしかないのよ」

 

 

 

「今日も皆さん、元気ですね」

 

「あのね、女王様! ティタが! ティタが遊んでくれないノ!」

 

「あらあら。なら、私がご本を読んであげますね」

 

「ご本……絵本、読んでほしい……」

 

「あの、お話が、好き。この前。聞かせてくれた。魚のお話」

 

「いいですよ。では、こちらにいらっしゃい。ほら、ティタニアも来ていいのですよ」

 

「もちろんです。私も『人魚姫』聞きたいです」

 

「ティタ! お隣! アナタはワタシのお隣に座ってネ!」

 

「もう、わかったわよ……」

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