ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ハーメルン
『――ちゃん。大好きで、ずっと一緒だった、――ちゃん。これから先、また貴女に再会できるなら、そのときはまた……笑って……会おうね!』
「そういえば先輩。これは余談なんですけど、笛吹き男の呼称についている『ハーメルン』って、ドイツの地名なんですよ」
8月の半ば。お盆休みを前にして、桃子は房総ダンジョンギルド前のドイツ料理店の個室にて、カレーハンバーグのディナーセットを食べながら柚花たちの話を聞いていた。
店のオープン後しばらくはソーセージにカレー粉をふんだんにかけたカリーヴルストを好んで注文していた桃子だけれど、店のメニューとして新たにカレーハンバーグが生まれたために、この日はそれを注文してみたのだ。
なんでも、房総ダンジョンに住まうドワーフが『カレーハンバーグ』を特に好んでいるという噂があり、カレーとハンバーグの組み合わせは客からもリクエストが多かったのだという。
実際に房総ダンジョンで守護者をしているドワーフとルゥの2人組がカレーハンバーグで一番喜ぶのは事実だが、果たして一体どこから漏れた情報なのかと、桃子は首をひねっている。
それはさておき、『ハーメルン』の話である。
「ハーメルンって地名だったんだ? 私、てっきりそういう名前の笛吹き男がいるのかと思ってたよ」
「先輩は地理苦手ですもんね。実はハーメルンは人名でもサイト名でもなく町の名前だったんですよ。ちなみに、今ではけっこう大きな都市になってるみたいですね」
「さすがタチバナさん、博識ですね。魔法協会の次期エースと言われるだけのことはありますね!」
そして、ドイツの土地『ハーメルン』について語っている柚花の正面に座るのは、ここに居るのは珍しい人物だ。相変わらずスーツ姿が似合わず、就活中の女子大生のようなオーラがにじみ出ている社会人、魔法協会職員の老芝奈々である。
奈々はこの日、夏休み中でダンジョンに潜っていた柚花と魔法協会絡みの仕事の話をするために房総ダンジョンへと訪れていた。また、桃子は桃子で奈々と話し合わねばならない予定があったため、せっかくの機会ということで夕方に仕事を終えてやってきた桃子も交えての夕食となったのだ。
なお、この日は事前に柚花が予約を入れており、三人が食事をとっているのは内緒話も気を遣わなくても良い個室席である。
「柚花って魔法協会の次期エースなんだねえ」
「私が次期エースだとしたら、今のエースはどなたなんですかね。オウカさんとか和歌さんですか?」
「そこはやっぱり、クリスティーナさんじゃない? りりたんの次に人間離れしてるわけだしね」
「トップが直々にエースってどうなんですかね。あの人は本当に不老ですし、あと数十年はエース独走するでしょう」
「あの、うちの会長はやっぱり本当に不老なんですか? 噂は本当だったんですね……」
柚花と奈々も、それぞれが思い思いにドイツ料理を食べながら、会話は脱線していく。
いつもソーセージばかり食べていたドイツ料理店だけれど、ハンバーグもまた、非常に美味しく焼き上がっていた。ナイフを入れれば内側からじゅわりと肉汁があふれ出て、この汁を吸ったライスだけでも御馳走になりそうだ。
最近は事前に予約をすればテイクアウトも可能なようで、ダンジョン第一層に設置されている『ドワーフの祭壇』には、この店のテイクアウトのハンバーグが並べられることも増えてきたらしい。毎日こんなものを食べていては、ドワーフとルゥの二人は際限なく舌が肥えてしまうのではないかと、桃子は心配している。
しかし、そもそもの本題はクリスティーナの年齢でも、ハンバーグの美味しさでもないことを、桃子は思い出す。
「話が逸れちゃったけど、なんだっけ?『ハーメルンの笛吹き男』についてだっけ? さすが柚花、色々詳しいんだね」
ハーメルンの笛吹き男。
それは、昔から知られている『ハーメルンの笛吹き男によって子供が大量に連れ去られてしまった物語』ではなく、ここ数ヶ月で日本のダンジョン界隈で名前を聞くようになってきた噂話――いわゆる都市伝説のひとつを指す言葉だ。
「まあ、これでも都市伝説を調査して回ってた配信者ですからね。最近の事件のことを調べるついでに、物語の由来となっているドイツの史実も少しは齧ってますよ」
「さすが柚花。ドイツ料理を齧りながらだと、説得力があるね! あははっ」
「……」
桃子の言葉に、柚花はフォークにさしていたハンバーグを、そっと皿に下ろす。
「……」
桃子の言葉に、奈々は顔をそらして、そっと水を飲む。
「え、待って待って、今のね、私なりのギャグだったんだけど、あれ? 2人とも?」
「あ、奈々さんドリンクの追加注文しませんか? 私、リンゴジュースの炭酸割りをお願いします」
「そうですね。一度一息つきましょう! それが一番ですね!」
「あれー?」
桃子の突発的なオモシロ発言は不自然な程に2人にスルーされ、一度ドリンクを頼んで休憩を挟むということになった。
夕食の最中に休憩をとるもなにもないのだが、とにかくそういうことになった。
閑話休題。
ドイツでは『アプフェルショーレ』という飲料がよく飲まれているらしい。日本語で言ってしまえば、リンゴジュースの炭酸割りだ。
桃子も、この店で初めてそれを飲んだときには何とも言えない違和感を覚えたものだが、最近は慣れてきて、この店に来るたびにそれをソフトドリンクとして注文している。
リンゴの炭酸水で喉をすっきりさせてから、再び桃子たちは本題に戻る。
本題。つまりは『ハーメルンの笛吹き』についてである。
「えっと、つまりは柚花。『ハーメルンの笛吹き男』っていうのは、最近ちょこちょこ聞く、ダンジョン内での行方不明事件のことなんだよね?」
「そうです。まあ、由来になった物語みたいな笛吹き男が実際に目撃されているわけではなく、あくまで一連の事件の通称といった感じですけどね」
「それって、普通の行方不明事件とは違うの?」
ダンジョンは、決して楽しいだけの場所ではない。
桃子にとってはヘノや柚花とまったり暮らせるダンジョンだけれど、そんな桃子ですら、今まで散々見てきたのだ。ダンジョンで血を流す人々を。
桃子の周囲にいる人たちは、桃子の目の届く範囲の人たちは、幸運にも今のところは全員が無事に地上へと生還している。
けれど、事実として。魔物や罠によるもの、あるいは人知れず遭難してしまった者、等々。ダンジョンから帰れなくなった人というのは存在する。
そのような人たちは、正しい意味で『行方不明者』ではあるのだが、どうやら今回の話で言う『ハーメルンの笛吹き男』と呼ばれている一連の事件は、そういうものではないようだ。
「それはですね。一言で言ってしまうと、実に奇妙な話なんですけど――誰も行方不明になっていないんですよ」
「ええと……どういうこと? それって、謎々かなにか?」
「いや、本当に。謎々みたいな事件なんですよね」
行方不明事件の詳細を聞いたら、実は誰も行方不明になっていない、ときた。桃子は柚花が何を言っているのかよくわからず、首を傾げる。
行方不明者がいないのならば、それは行方不明事件ではない。それは、小学生でも理解出来る話である。
しかし、どうやらその案件は、そんな単純な話ではないらしい。並の行方不明事件とは、ひと味もふた味も違っているようだ。
「そもそもですね、この事件の始まりは――」
柚花の語る奇妙な『ハーメルンの笛吹き男』事件。
「最初の報告例は、長崎ダンジョンだったんです」
ソロで第一層を探索していたはずの探索者が、ダンジョンから戻ってから血相を変えてギルドに訴えたのだ。「俺の親友がダンジョンから出たら消えてしまった」と。
彼は、ダンジョンの中でずっと一緒に居たはずの親友が、その日唐突に消えてしまったのだという。
14歳で見習いの頃から、ずっと一緒だった仲間が、ある日唐突に不思議な笛の音とともに消えてしまった。その探索者は涙ながらに、ギルドにその親友の捜索を願い出たという。
「それは、なんか可哀想だね。どうにかして見つけてあげないと……」
「違うんです、先輩。その事件の肝はここからなんです」
「肝? っていうと?」
柚花が、神妙な顔で続ける。
その内容を知っているであろう奈々もまた、無言になり、表情を引き締めている。
「いいですか、先輩。地上には、そんな人間はもともと存在していないんですよ。その探索者の男性が覚えている名前も、来歴も、共に過ごした記憶も。その探索者の方の記憶にしか存在しない、架空の親友なんです」
「えー……」
「更にですね。そしてそれをきっかけとして、最初の報告例は長崎ダンジョンだったんですけど、別なダンジョンからも同じような報告がいくつも上がってきてるんです。笛の音とともに、友達が消えた、仲間が消えた、幼なじみがいなくなった、って」
それは、実に不可思議な話である。一つだけならばその人物の勘違いとして考えられるかもしれない。
しかし、笛の音とともに増える行方不明者。それは確かに『ハーメルンの笛吹き男』の物語を連想させる。
「それって、本当に全員が消えちゃってるのかな。何かの伝達ミスとかじゃなくて?」
「実は桃子さん、それについては魔法協会でも調べた結果が出ているんですよ」
そこで、柚花に代わり奈々が口を開く。
柚花の知っている情報は、あくまで独自で調べたものに加えて、魔法協会やギルドから提供されたものである。
ならば、魔法協会の人間である奈々の方がより詳細に事実を把握しているのは必至である。
「ギルド、警察機関、そして魔法協会が独自に調べてみたのですが、『行方不明者』として出てくる名前の人物は、本当に存在していないんです。さすがに、国に保管された個人情報の全てが存在しない以上、もとから存在しない人間としか考えられませんでした」
「じゃあ、みんな、実在しない人の捜索願を出してるってことですか?」
「つまり、そうなりますね」
「先輩、不思議な笛の音でずっと一緒にいた友達が消えちゃうんです。誰に聞いても、世界中でその友達の存在を知っているのが、自分ただ1人だけなんです。なんだか、怖くないですか?」
「それはまた、確かに怖いし、なんだか悲しい事件だね……」
柚花の語り口は、さすがは都市伝説系の探索者としてやってきただけのことはあり、抑揚をつけて実に雰囲気が出ている。
お盆だというのに――いや、お盆だからこそ、なんとなく背筋にヒンヤリとしたものが吹き抜ける錯覚に陥る。
桃子は別に怪談話を聞くために訪れたわけではなく、単に久しぶりに奈々がやってきたというからノコノコと顔を出しただけなのだが、不意打ち気味に怖い話を聞いてしまい、ここに来たことを少々後悔している。
「でも、そうなるとやっぱり、その訴えてる人たちが魔法か何かで幻覚を見せられてるってことになるよね?」
「その通りです! なので、私たち魔法協会としても、その方向で調べてみたんですが、それがまた不自然なんですよね。というのも、それこそ最初の報告例は長崎ダンジョンだったんですけど、魔物も何もかもが違う他のダンジョンでも同様の事件が発生しているんです。最終的には、新宿ダンジョンでの報告例が一番多くなってますしね」
「ええと、つまり」
「ダンジョンに出没する特定の魔物による影響ではない、と考えられます」
1つのダンジョンでしか起きていないならば、そのダンジョンに住まう魔物の影響として考えられただろう。けれど、その線もなくなった。
果たして本当に、実際に居た人間の記録そのものが世界から消えたのか。それとも、各地のダンジョンの探索者たちが、何者かによって偽の記憶を埋め込まれているのか。
可能性としては、そのどちらかだ。
そして、そんなことが可能な存在は、限られる。
「『ハーメルンの笛吹き』は、ダンジョン間を移動できる何かしらの存在。人間か、魔法生物か。もしくは――」
ここで、桃子が一つだけ不思議に思っていたことがある。
ダンジョン内で、魔法生物を保護するのは魔法協会の仕事の一つである。けれど、奈々は違うのだ。
彼女の部署は、魔法協会の中でも非常に特殊な部署だったはずだ。
「特定条件を満たすことによって、ダンジョン内外で発生するようになった『怪異』というのが、現在の魔法協会での見立てです」
怪異。
それは、ダンジョンの外で発生する、不可思議な現象の総称だったはずだ。
過去に亡くなった少女が霊となって村人を助けている、雪ん子。
ダンジョンの存在しない、古き旧校舎で起こる不思議な七不思議の物語。
そのような、地上で起こる現象を指すカテゴリだったはずだ。
だからこそ、厄介だ。
「魔法協会は、今回の『ハーメルンの笛吹き男』が、非常に特殊な状況下のみで発生する『怪異』ではないか――と認識しています。クリスティーナ会長が直々に来日して、それらの探索者たちの記憶を調査なさるそうですよ」
ダンジョンと、地上。その両方を巻き込んだこの不可思議な現象が、一筋縄で済むわけがない。
非常に厄介で難解な事件であることは、間違いない。
「――っていう面倒くさい事件の調査に、柚花は駆り出されちゃったわけかー。大変だねえ」
「私が魔法協会の調査で新宿ダンジョンなんかに引っ張り出されるのに、先輩は奈々さんと2人で長崎旅行ですか。先輩はともかく、なんで奈々さんがお盆休みを貰ってるんです? 奈々さん、ずるくないですか?」
「ず、ずるいと言われても困りますけど……」
「せめて、最初の報告が長崎ダンジョンなんだから、私も長崎に向かわせてくれてもいいと思うんですよね」
「柚花ったら。いいじゃん、新宿ダンジョンなんか、ホームみたいなものだから毎日日帰りできるでしょ?」
「日帰りじゃなくて、先輩と旅行に行きたいんですよぉ」
柚花がギルドと魔法協会からの依頼で調査に乗り出すことになった『ハーメルンの笛吹き』事件の話を聞きながら、桃子は呑気にハンバーグを食べている。
この時は、まだ。
その事件が、自分にも大きく関わってくることになるなど。桃子は、全く予想もしていないのだった。