ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ななたんとりりたん

「ええと、待ち合わせはどっちだったかな?」

 

 桃子は独りごちる。

 雑踏の中、小柄な桃子が人波に立ち向かうという、なかなか難易度の高いミッションが、この旅の始まりである。

 

 

 

 

 長崎旅行の当日がやってきた。

 お盆休みに入ったばかりの成田空港だ。連休の始まりというだけあって、空港はいつも以上に混み合っていた。まるで何かしらのイベント会場のようである。

 その人混みの成田空港には、夏だと言うのに奇妙なキャラクターもののスカジャンを羽織った小さな子供――ではなく、モチャゴンスカジャンを羽織った桃子の姿があった。

 135センチしかない桃子の身長では人壁の向こう側が覗けず、現在位置の把握も一苦労である。

 桃子は人の波に流されぬようどうにか苦労しつつ、館内についている案内表示を頼りに、この日の同行者との待ち合わせ場所を探していた。

 

「あ、あっちの列は探索者さんたちか。武器があると審査が大変だなあ……」

 

 視線の向こうには、大きな鞄を持った人々の列がある。あの大きな鞄は桃子にも見覚えがあった。あれは、大型の武器を入れるための特殊なケースだ。

 飛行機には、当然ながら刃物は持ち込めない。だが、探索者となると武器を持たずに旅立つわけにはいかない。そうした事情に対応するために、例外として武器を人間とともに空輸するシステムがある。

 あの大型ケースを抱えた人々の列は、そんな探索者たちの審査受付なのだろう。

 その点、桃子のハンマーは木製なうえに、小さくすれば打ち出の小槌のようなサイズになるために、しれっとリュックに入れてしまえば問題はないので楽なものである。

 

「あ、桃子さん! こちらです!」

 

「あ、奈々さん! よかったあ、このまま見つからなかったらどうしようかと思いましたよっ!」

 

 そして、ようやく見つけた同行者――老芝奈々の姿。

 プライベートな旅行であるはずなのに、彼女はいつものように、就活生オーラを放つスーツに着られていた。もしかして、奈々はあの似合っていないスーツこそが私服というタイプの女性なのかもしれない。スーツに似合わない元気な声で、ぴょんぴょんと桃子に手を振っている。

 桃子は人波を避けながら、とてとてと奈々の元に駆け寄る。端から見れば年の離れた姉妹が人混みでようやく再会できた感動シーンのように見えたかもしれないが、どちらも成人女性である。

 

「心配しましたよー! いやはや、さすがに、お盆となると空港も混み合いますね。桃子さんは身長も小さいですし、人混みは気をつけてくださいね!」

 

「はーい。それで――奈々さん、もう一人は?」

 

 そこで、桃子は周囲をキョロキョロと窺う。

 実は、今回の旅行には、同行者がもう一人居るはずなのだ。しかし、待ち合わせ場所にいるのは奈々だけである。

 まだ来ていないのかとも思ったが、奈々は桃子の手を引いて、混み合う通路を進んでいく。

 

「少し先に外の空気を吸える場所があるんですが、そこで休憩しているようですよ。彼女、どうやら人混みが嫌いなんだそうです」

 

「あ、確かに人混みとか嫌ってそうかも」

 

 奈々に連れられていったフロアの先には、確かに屋外へと通じる扉があった。

 外に出ると、空港の滑走路が目の前だ。巨大な飛行機が目の前を行き来しており、フェンス際では家族連れの子供たちが双眼鏡を持って飛行機を眺めてはしゃいでいた。

 桃子はそこで、目的の人物の姿を探すと――桃子もよく知る、都内のミッション系女学園の制服に身を包んだ相手の姿を見つけた。

 滑走路の目の前にもかかわらず、彼女は飛行機にも目をくれず、椅子に座って何かの本に視線を落としている。

 

「あ、いたいた。りりたーん!」

 

「ふふふ。遅いですよももたん。もう本を1冊読み終えてしまったではありませんか」

 

「ごめんごめん、空港に迷っちゃって」

 

 それは、りりたん。ミュゲット女学園一年生、天海梨々。

 彼女こそが今回の長崎旅行の同行者である。

 

「では、桃子さんも梨々さんも揃いましたし、そろそろ搭乗ゲートに向かいますか?」

 

「ええ。今日はよろしくお願いしますね、ななたん」

 

 そして、桃子の後からついてきた老芝奈々に向けて、にこりと可愛らしく笑いかけるりりたん。

 元から、どことなく神秘的な雰囲気を持つ少女だ。いまはミュゲットのセーラー服に身を包み、上品な笑顔を浮かべ、どこか浮世離れしたお嬢様のような雰囲気を纏っている。

 とはいえ、奈々とりりたんはこの日が初対面なはずだが、初日からいきなり愛称呼びをしているあたりは、いかにもりりたんである。

 奈々は桃子が来る前にすでにりりたんの洗礼を受けているのだろう。味わい深い苦笑を浮かべているだけだ。

 

「りりたん、相変わらず距離感の詰め方がものすごいじゃん。学校でもそんな風なの?」

 

「失礼ですね。私、学校では大人しめの文学少女で通っているのですよ。でも、考えてもみてください。ななたんは世界魔法協会の子でしょう? クリスティーナの子飼いなら、彼女よりも偉い私の子飼いみたいなものじゃないですか」

 

「うーん、さすがにその理屈はどうかと思うんだよね」

 

 どうやら、りりたんはきちんと対外的な人との距離感は使い分けてはいるらしい。

 使い分けた上でこれなので、さすがは前世が妖精女王なだけのことはある。現代日本人の常識と比べると、どこかしらズレているようだ。

 というか、りりたんの理屈では、世界魔法協会の一番偉い人はりりたんということになってしまう。さすがにそれはおかしい。

 

「ふふふ。ももたん、本気で考え込んでいますね。3割くらいは冗談ですよ」

 

「りりたん、7割本気なのはどうかと思うんだよね」

 

「あのお、お二人とも、そろそろ向かってもよろしいですか?」

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

 りりたんがどこまで本気で、どこまで冗談なのかよく分からないまま、結局話は流れていってしまった。

 スーツに着られている就活生のような奈々、都内のミッション系セーラー服のりりたん、そして夏真っ盛りだというのにスカジャンを羽織っている桃子。

 その奇妙な3人組が、今回の旅のメンバーである。

 

 

 

 搭乗手続きは滞りなく行われた。

 さすがは日本各地を飛び回っている奈々である。空港の手続きにも慣れたもので、ちゃっかりと魔法協会の身分も利用し、お盆の混雑期だというのにゆったりとしたビジネスクラスを確保してくれていた。

 桃子たちはお陰で、機内でもゆったりとくつろぎの時間を手に入れた。

 飛行機は離陸し、これから二時間ほどかけて長崎へとフライトする。窓の外を見れば、遙か眼下に広がる関東平野が見える。山梨県と静岡県の中間に位置する富士山は、今日も相変わらず雄大な姿を見せている。

 

「それにしても、りりたんってば唐突にどうしたの? いつもは人と一緒に行動するようなタイプじゃないのに」

 

「目的としては、長崎ダンジョンですね」

 

「長崎ダンジョン? りりたん、行ったことなかったんだ?」

 

 機内サービスで頼んだオレンジジュースを味わいながら、りりたんに声をかけた。

 静かに窓の外を眺めていたりりたんが桃子に振り返り、意外な答えを口にする。

 ももこはてっきり、りりたんはダンジョン内なら日本各地を自由に行き来できるものかと思っていたが、どうやらティタニアの力の及んでいないような遠方のダンジョンには、地上の公共交通機関を使って移動していたようだ。

 

「私だって、どこにでも自由に行けるわけではありませんからね。ももたんたちは、七守のお祭りの後は長崎ダンジョンを観に行くのでしょう? それについて行くのが目的です」

 

「別にダンジョンに行くと決まったわけじゃないんだけど……どうしますか? 奈々さん」

 

「はい、構いませんよ。ホテルはダンジョンの近くですし、桃子さん一人でダンジョンに潜るのは私も抵抗がありますけど、天海さんも一緒なら私も安心ですからね」

 

 どこから聞きかじったのか、りりたんは桃子と奈々の旅行のスケジュールを先んじて把握していたようである。

 初日は七守小学校の茉莉子の家――名波家に泊まり、次の日からは長崎ダンジョン近くのホテルに宿を予約しているのだ。

 もっとも、宿泊先がダンジョンの近くというだけであり、具体的にダンジョンに入る予定などは立てていなかったのだが、りりたんはダンジョンに入る気満々だった。

 桃子としても、1人で見知らぬダンジョンに入るつもりなどはなかったが、ダンジョン内でも桃子を目視できるりりたんが同行してくれるというのならば、ダンジョンに入るのはやぶさかではない。

 

「それに、理由はそれだけではないのですよ」

 

「ダンジョン以外にもあるの?」

 

 そしてどうやら、りりたんの目的はそれだけではないようだ。

 不敵な笑顔を見せながら、りりたんは膝の上にのせた鞄を開き、中からひとつの袋をとりだした。袋と言ってもポリ袋などではなく、貴重品を包み込むようなふんわりとしたキルト生地の包みである。

 そして、そこから取り出したのは、一冊の本だった。

 彼女は【製本】というスキルで、自前でありとあらゆる本を再現できるのだが、お気に入りの本はしっかりと実物を購入するというこだわり文学少女である。

 スキルでなく、鞄から実物の本を取り出すということは、その本はりりたんのお気に入りの本――ということになるのだが。

 

「ふふふ。『モチャゴンと空の妖精』初版の、しかも第一刷本なのですよ」

 

「え、これって……モチャゴンの児童書?!」

 

「ええ。これはなかなか、入手難易度の高い本でした。40年前の本だというのに保存状態も良く、これがどれほど貴重なものかわかりますか?」

 

「凄いですね! モチャゴンの本は、国の都合で出版差し止めになったものですから、かなりの希少本ですよ?」

 

「ふふふ。そうなのですよ」

 

 それは、およそ40年前に出版されたという当時の児童書だ。

 平成ですらない、昭和の本。それも初版第一刷本。りりたんは、鞄からそれを丁寧に取り出すと、自慢げに桃子たちに見せつける。どことなく、りりたんの瞳が先ほどよりも輝いて見える。声のトーンも、いつもの裏に何か隠していそうな声色ではなく、純粋な少女の声だ。

 

「ずっと謎だった作者『Darjeeling』の正体が判明したわけですからね、この機会にサインを貰わないのは勿体ないではないですか」

 

「うわあ。なんか、今まで見たことのないりりたんだ……」

 

 初版本を見せつけるりりたんは、桃子が今までに見てきたどのりりたんでもなかった。

 ダンジョンで暗躍する魔女でもなく、先代女王ネーレイスでもなく、底を見せない謎めいた朗読配信者のりりたんでもない。

 りりたんとの付き合いは、それなりに長くなったけれど。それでも、ただただ本を愛する人間の女子高生『天海梨々』の素顔を、桃子は今初めて見たのだ。

 

「どうしました? 何か私の顔についてますか? 見惚れてしまいましたか? ゆかたんから乗り換えますか?」

 

「いや、乗り換えないけどさ」

 

 そうして、貴重な初版第一刷本を丁寧に袋に包み、再び大事そうに鞄にしまい込む。

 なんだかいいものを見たような気がして、桃子も、そして奈々も。こころなしか、ほっこりとしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 その後の飛行機の旅は特にトラブルもなく、実に快適な旅だった。

 途中でりりたんが奈々に魔法協会の内部事情を詳しく問いただして、奈々があわあわしていたりしたけれど、なんだかんだでりりたんは苦労性で頑張り屋の奈々を好意的には見ているようで安心だ。

 奈々は奈々で、最初のうちはりりたんにどう対応したものかと困惑していたけれど、飛行機が長崎空港に到着する頃には打ち解けていたようである。

 

「じゃあ、軽くご飯を食べたら七守神社へ向かいましょう」

 

「ふふふ。長崎ですし、皿うどんが食べたいです。空港に皿うどんのお店はありますか?」

 

「りりたんって、意外と食い意地張ってるよね」

 

 長崎といえば『皿うどん』か『ちゃんぽん』だ。しかし、夏場のちゃんぽんは少し暑いので、皿うどん。

 りりたんの提案には異議も出ず、空港で老舗の皿うどんを食べて、ひとときの満足感を得ることとなる。

 

「やっぱりこの具だくさんは見習わないとだねえ。麺にカレーをかけただけじゃこうはならないよ」

 

「桃子さん、皿うどんを食べながらカレーの話をするのはどうかと思いますけど……」

 

「ふふふ。カレーの話をしないももたんなんて、偽ももたんですから、仕方ないのですよ」

 

 その後は、皿うどんが美味しかった、次はあれを食べたい、カレーの具材は何がいい、などとグルメな話題に花を咲かせつつ。

 空港からは奈々の運転する魔法協会の車に乗り込み、出発だ。桃子は長崎の道のりを車窓から眺めながら、懐かしき七不思議の舞台である旧校舎を見下ろす、七守神社の祭り会場へと向かう。

 

「ところで奈々さん、りりたんのことは紅子さんには話してあるんですか?」

 

「ええ、もちろんです! 今夜は名波家に宿泊予定ですからね、ファンの女子高生がひとり増えたことも、きちんと了承いただきました!」

 

「ふふふ。楽しみですね。私は女子高生ですから、ももたんのお姉さん役ですね」

 

「えー、大丈夫かなあ……」

 

 名波家では――というか、長崎の関係者の大半は、桃子を小学生だと思っている。

 なので必然的に、女子高生であるりりたんは桃子よりも年上のお姉さんという役柄になる。もしかしたら、りりたんがミュゲットのセーラー服を着用しているのは、小学生相手に年上ぶる目的があるのかもしれない。

 果たして、りりたんは桃子のお姉さんたり得るのか。

 桃子は、なんだか心配で、流れゆく長崎県の町並みを眺めながらも、気もそぞろになってしまうのだった。

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