ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「すごーい、天海さんは東京の女子高生なんですね! なんか制服もおしゃれで可愛い! いいなあ、桃子ちゃんったら、こんな素敵なお姉さんの知り合いがいるなんて。ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
祭りを終えて。
この日はホテルではなく名波家に宿泊させてもらうことになっており、桃子とりりたんの2人も奈々の車で名波家へとやってきた。
相変わらず、紅子と茉莉子の2人だけで住むには大きすぎる屋敷で、日葵と桃子にりりたん、そして奈々がやってきても、なお有り余る広さである。
庭はそれなりに手入れされているようで、月の光を反射する池からは、ときおり鯉が水を立てる音が響く。
すでに顔見知りの桃子はともかく、この家からみれば部外者であるりりたんはどうするのかと心配した桃子だったけれど、どうやらそれは杞憂だったようだ。
祭り会場で顔を合わせてから、すでにりりたんは子供たち2人とはいい関係を築くことに成功していた。
「ふふふ。桃子ちゃんは、私がいつも可愛がってあげているのですよ。立派なお姉さんとして」
「あはは……そう、ですね。梨々さん」
心配は杞憂であった。だが、桃子としてはそれで心労が消えたわけではない。
問題が起きたわけではないけれど、りりたんの態度が面倒臭いのだ。
子供たちの前では、桃子は小学生、りりたんは高校生として認識されている。そのため、必然的にりりたんは『お姉さん』ポジションとなるわけだが、これが実にやりにくい。
「桃子ちゃんは、素直で可愛い小学生ですね。保護者のお姉さんとして、いつでも見守ってあげますからね。なでなで」
ここぞとばかりに調子にのって、お姉さんぶってくる。
茉莉子たちの手前、わざわざりりたんの言葉を否定することも出来ず、桃子はりりたんのしつこさに多少笑顔を引きつらせつつ、どうにか笑顔でやり過ごす。
「梨々さんって、もしかして桃子ちゃんと同じで、ギルドのスパイ活動とかしてるんですか? 高校生っていうことは、もうダンジョンとかにも入ってるんですか?」
「ふふふ。日葵ちゃんは好奇心旺盛でよろしいですね。では新宿ダンジョンを裏取引で使おうとしていた人間たちがどうして消えたのかという――」
「あー、そうだ! 日葵ちゃん、茉莉子ちゃん、お話もいいけど、紅子さんが呼んでたよ! 先にお風呂に入っちゃいなさいって!」
さすがに笑顔でやり過ごせない話題が飛び出てきた。
本当かどうかはわからないが、りりたんが話そうとしていた話題は子供に聞かせるべき話題でないのは間違いない。
桃子はりりたんの言葉を遮るように声をあげて、小学生たちを入浴へと促す。
「あ、もうこんな時間……」
「そういえば、今日は夜までお祭りに行ってたもんね。じゃあ、今日も一緒にお風呂入ろうよ、桃子ちゃん」
「とっておきのお話だったんですけれど、仕方ないですね。ふふふ」
「梨々さんも一緒に入りませんか? 私が言うのも変だけど、ここの家のお風呂ってとっても広いんですよ。ね、茉莉子ちゃん」
「うん」
「いえ、私は後ほど、奈々さんと一緒に入りますよ。なにせ、私は保護者のお姉さんですからね」
保護者を名乗り、子供に良くない話を聞かせようとする不審人物から、日葵と茉莉子の小学生2人を引きはがす。これ以上りりたんに自由に語らせるのは危険である。
桃子が少しばかり唇をとがらせ、ジト目をりりたんに送ると、りりたんは相変わらずの物知り顔でにこにこしているだけだった。
そして、子供たちでわいわい楽しい入浴後。
まだ日葵と茉莉子は浴室で夏の暑さを吹き飛ばすように水浴びをして楽しんでいるが、桃子は先に、明日の準備をするという名目であがらせてもらった。
そして、まだ髪も乾かぬうちに、ズカズカとりりたんに歩み寄る。頬をふくらませてプンスカしている、怒りの桃子が爆誕だ。
「もう、りりたん! 日葵ちゃんと茉莉子ちゃんに変なこと言っちゃ駄目だってば」
「ふふふ。小学生たちをお姉さんとして庇っているももたん、素敵でしたよ。からかい甲斐がありました」
「え、あれ私をからかってたの?! りりたん、相変わらずタチが悪すぎじゃない?」
しかし、せっかく怒りの桃子が爆誕したというのに、りりたんは反省どころか、しれっとした顔で受け流す。プンスカしていた桃子の怒りも、これには拍子抜けだ。
りりたんの横では、事情を知っているのかいないのか、奈々と紅子が半ばあきれ顔で苦笑を浮かべていた。
そして拍子抜けしたところで、桃子はりりたんの様子に注目する。
横では奈々と紅子もりりたんを囲むようにして、りりたんが手に持った何かに注目しているようだ。
「あれ、それって何してるの? それ、モチャゴン像だよね?」
「ふふふ。秘密ですよ」
桃子のスカジャンにも描かれている、愉快で明るい怪獣モチャゴン。彼はもう、この世界には存在しない。
50年の間、約束通りに彼は紅子を見守り続けて。そして今年の春に、彼はその永い役目を終えたのだ。ここにあるのは、既に命――魔力を失った、冷たい石像だけである。
しかし、りりたんはその石像を両手でしっかりと包み込んでいた。まるで、幼子を抱くように、優しい手つきだ。
「いま、梨々さんがモチャゴンに保護の魔法を施してくれてるんですよ」
「そうなの。そのモチャゴンは魔力が抜けてしまっているから、魔法をかけておかないと材質が劣化してしまうのですって」
無駄に秘密を増やしたがるりりたんに代わり、奈々と紅子が説明してくれた。
明るくて、ちょっとドジで、七不思議の不思議な旧校舎の中では、桃子たちをずっと元気づけてくれていたモチャゴン。彼はもういないけれど、それでもその石像はこの名波家の守り神として今でも大切に扱われている。
モチャゴンを抱えるりりたんの手つきは優しい。奈々たちの言うとおり、りりたんはモチャゴンを保護してくれているのだろう。きっとそこに、嘘はない。
桃子はその話を聞いて、先ほどまでため込んでいたりりたんへの怒りをあっさりと霧散させてしまう。りりたんは秘密主義すぎて誤解を受けることが多いけれど、なんだかんだで優しいところもあるのだと、桃子は思い出す。
「……そっか。りりたん、ありがとう。モチャゴンね、私たちの大切な仲間なんだよ」
「ええ、存じておりますよ。彼は時の忘れ形見であり、役目を終えた観測者です。今はゆっくりと、時間の流れに身を委ねていただきましょうね」
どうやらりりたんによる魔法の儀式も終了したようで、意味不明な詩をつぶやきつつ、りりたんはそっとモチャゴンを部屋の入り口に置いた。
モチャゴンはこれからも、ここで茉莉子たちを見守ってくれるのだろう。
桃子が物言わぬモチャゴン像を見つめて瞳を潤ませていると、りりたんが先ほどの詩を補足するかのように、静かに語り出す。
それはまるで、いつもの配信のように。
物語を読むように。
「モチャゴンは、この50年の歴史を守ってくれたのです。今の――この平和な日本の姿があるのも、場合によっては彼の功績と言えるかもしれません」
「ええと、どういうこと……?」
突然のりりたんの語りに、桃子は困惑するしかない。モチャゴンの話から、どうして日本の平和の話に繋がってしまうのか。
横で聞いていた奈々と紅子も顔を見合わせて、不思議そうにしている。彼女らにも、りりたんの言わんとすることは通じていないようだ。
「ももたん。『シュレディンガーの猫』というお話を知っていますか?」
「えっと……箱の中に猫がいて、蓋をあけるまで猫が生きているか死んでいるかわからない、っていう話だよね?」
シュレディンガーの猫。それは、量子力学の有名な思考実験だ。
桃子も詳しいことは知らないが、誰かが観測するまでは箱の中には生きている猫と死んでいる猫が同時に存在しているという、実に不思議な話だったのを覚えている。
「ええ。簡単にかいつまんで説明すると、物事は誰かが観測することで初めて確定する、という考え方なのです」
「はぁ」
唐突すぎて、桃子も気の抜けた返事しか出てこない。
「りりたんも量子とやらの難しい話までは理解しておりませんが、今回のことは、それと同じことなのですよ」
「ええと……? ごめん、よくわからないや」
「50年前――1974年に生きていた小学四年生だった紅子さんとモチャゴンが、2024年に生きるももたんと茉莉子さんを"観測"していましたね?」
「ええ……そうね。当時の私とモチャゴンから見れば、50年後の遙か先の未来を観測したと、言えるかもしれないわね」
りりたんの問いかけに、60歳になる紅子が頷く。
彼女はモチャゴンとともに、この50年の間、ずっと未来の知識を保持してきた人間だ。
桃子が見せたスマートフォンの企業名を覚えていて、40年前にその企業の株を大量購入してぼろ儲けしているちゃっかり者だ。そういうところは、10歳の頃と変わっていない。
「紅子さんとモチャゴン。そして、別な時間では私とティタニア、そしてクリスティーナもまた、未来のももたんを観測しています。つまり"2024年にももたんが元気に生活している"という未来は、すでに50年前から確定していたのですよ」
「え、そう……なの?」
「もし、50年前の観測がなければ、ももたんが無事に生きていない世界が訪れていたかもしれません。鵺やバジリスクに敗北していたかもしれませんし、そもそもヘノさんと出会うことすらない、一人ぼっちのももたんがいたかもしれませんね」
「ええ……それは、やだな」
「つまり、ももたんはこの未来を確定させた、特別な存在――この時間軸の"楔"だったのですよ」
「な、なるほどお……?」
なんだか、だんだん話が大きくなってきて、桃子は困惑気味である。
七守小学校では、実際に50年前の紅子たちに未来の情報を与えている。
また、ヒメと2人で迷い込んだ過去の世界では、りりたんの前世である女王ネーレイス、そして当時のティタニアとクリスティーナとも出会い、少なからず関わりを持ったのは事実である。
「ふふふ。『シュレディンガーの猫』ならぬ『シュレディンガーの桃子』として、この日本の平和を確定させてきた存在なのですよ」
「な、なんだか話が大きくなっちゃった」
「なら、私とモチャゴンが観測していなければ、この時代には生きている桃子ちゃんと死んでいる桃子ちゃんの両方の可能性があったのね」
「じゃあ、カレーを食べていない桃子さんも50パーセントの確率で存在していたのかもしれませんね!」
「ええ、そういうものなのですよ、運命とは」
「やめてやめて、なんか怖いからやめて」
話が壮大になってきたと思ったら、こんどはなんだか不穏な話になってしまった。
未来には何があるかもわからない。運命がどう転ぶかは分からない。
それはそうだろうけれど、自分が死んでいる可能性とか、自分がカレーを食べていない可能性とか、そんな怖い話を聞かされても困ってしまうのだ。
「ほら、茉莉子ちゃんたちもそろそろあがってくるから、りりたんたちもお風呂に入っちゃいなよ。怖い話ばかりしてると、風邪ひいちゃうよ?」
「え、カレーを作っていない桃子さんは怖い話というわけでは……」
奈々がまだ何か言っていたけれど、桃子はこれ以上の怖い話はごめんなので、何も聞かないで3人を脱衣所まで引っ張っていくことにした。
ちょうど脱衣所では茉莉子と日葵が浴室から出てきたばかりなので、ちょうど良い。
「ふふふ。でも、ももたん?」
「うん?」
「もう、楔はありません。ですから、未来に何が起きるかはわかりません。がんばらないと、だめですよ?」
桃子、きょとんとした顔でりりたんを見返す。
エアコンの風で冷えた長い髪が、桃子の首筋を冷やす。
けれど、そんな冷たさを吹き飛ばすように、桃子はからりといつも通りの明るい笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。私、がんばることは、得意だからね!」
「ふふふ。なら、安心ですね」
そうして、脱衣所へと入っていくりりたんの背中を見送るのだった。
なお。
お風呂からあがった奈々が非常に複雑そうな顔をしていたのだが、いったい風呂場でりりたんに何を聞かされたのか。何を見てしまったのか。
それは、桃子がもうしばらくの間は知ることのない、りりたんの秘密である。
【とある妖精たちの会話】
「んふふ♪ お酒、美味しいわ♪」
「クルラ。畑にあるお前の桃の木。もう大きくなってるけど。そろそろ。実はならないのか?」
「あらヘノ、お酒を飲みにきたのね? いいわよ、口を大きく開いてね?」
「こうか」
「じゃあ、直接注ぐわよ♪ えいっ」
「がぼがぼ。がぼがぼ」
「んふふ♪ いい飲みっぷりだわ♪」
「げほっ。いきなり。飲ませるな。これが桃子だったら。溺れてるぞ」
「大丈夫よ、桃子はまだお酒を飲んじゃ駄目な年齢だもの。大人になるまで我慢するわ♪」
「そうか。それなら。いいか。邪魔したな」
「うぅ……な、なんだか……おかしな会話でしたねぇ」
「そうだね。桃子くんが大人になった姿など、全く想像がつかないのでは、ないかな?」
「で、ですよねぇ……?」
「おかしいところは、そこじゃないよぉ? ニムとリドルも、冷静に考えようよぉ」