ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
名波家に宿泊した次の日。
太陽はすでに高くのぼり、8月の日差しが長崎の山々にも降り注いでいた。
冷房の効いた室内とは裏腹に、外では蝉がひっきりなしに鳴いており、テレビ画面では気象予報士がこの夏の暑さを丁寧に解説していた。
前日。祭りの後、皆で入浴を終えてからは、子供たちは夏休み真っ最中ということもあり、夜遅くまでみんなでゲーム大会を開催してついつい夜更かしをしてしまった。
案の定、次の日に桃子が起きたのは昼近く。紅子の計らいで出前のちゃんぽんを皆で食べ、午後になってからの出発となった。
名波家を出発する車の窓を大きく開き、桃子は二人の少女たちに手を振り続けている。
決して最後の別れではない。けれど、日葵と茉莉子の二人は、桃子とは住む世界が大きく違うのだ。
だから、次に会うまで絶対に忘れないようにと、桃子は大きく声をかける。
「二人ともまたね! モチャゴンも紅子さんも、またねー!」
「桃子ちゃん、またね! きっとまた遊びにきてねー!」
「あの……またねっ!」
日葵は最後まで元気に、大きな声で声をかけ続けてくれた。
そして茉莉子も、慣れない大きな声を出し、そしてその胸には白い石像――モチャゴンを抱きしめている。茉莉子の後ろには紅子の姿もあった。
車が坂を下っていきその姿が見えなくなるまで、日葵と茉莉子はずっと、ずっと、桃子たちに手を振り続けていた。
「ふふふ。感動的なお別れですね」
「私、こういうお別れには弱いんです! ああもう、運転中なのに涙でにじんできました」
「ええ?! ちょ、ちょっと、奈々さん泣かないで! 止まりましょう、いったん止まりましょう!!」
「ぐす……ではいったん、道路の端に寄りますね……」
「ひゃあ! 奈々さんそっち畑ですーっ!」
「うう……な、涙で前が……ブレーキ、ブレーキを……っ」
「うわあ~っ!」
夏休み、お盆の1シーン。東京と長崎で隔たれた子供たちの、お別れシーンだ。
過去の思い出などを刺激されて、見る人によってはその光景だけで感動してしまうかもしれない。実際、子供たちのお別れシーンに涙腺を刺激されたらしい奈々が、ぐしぐしと鼻をすすりはじめている。当然、運転をしたままだ。
これにはさすがの桃子も慌てて車を止めさせ、りりたんも密かに冷や汗をかいていた。
あやうく「二人ともまたね!」とさよならした1分後に近所の畑に車ごと落ちるところだった。結局、車内の大騒ぎによって感動は吹き飛んでしまった。
「もう、さっきはいきなり事故かと思いましたよ。奈々さん、気をつけてくださいね?」
「実に申し訳ないです。最近は心が疲れているのか、ああいう情景を見るとたまらなくなってしまいまして」
「ふふふ。ななたん、良い精神魔法の使い手を紹介しましょうか? カウンセリングを受けられるかもしれませんよ?」
「今度機会があれば、真面目にお願いしてみてもいいかもしれませんね……」
精神魔法の使い手でも、自身の精神を治療はできないらしい。奈々はお盆のみと言わず、もっと休みを増やした方がいいのではないかと桃子が頭の片隅で思うのだが、とりあえずその話題は今はやめておくことにした。
夏の日差しで照らされたアスファルトの上を、奈々の運転する車は走っていく。
今から向かうのは、長崎ダンジョン近くにある宿泊施設だ。今回の旅における本来の目的は昨日の祭りだったが、さすがにそれだけで東京に戻るのもあまりに味気ない。そこで奈々が、ダンジョン周辺の街を観光できるようにホテルをとっていた。
もっとも、りりたんの要望によりダンジョン近くの観光どころか、桃子はりりたんと共にダンジョンに潜って探索することになってしまったが、それもまた滅多に出来ない経験だ。
「あ、みてりりたん、海にヨットがいっぱい浮かんでるよ」
「ふふふ。夏の海に来たという感じがしますね」
「この海って、陸に囲まれた内湾なんだっけ。前に来たときはよく分かってなかったんだけどね」
七守小学校のあった集落を下ると見えてきた海沿いの道を、車は南下していく。
車の窓の右手に広がる海。これは、長崎県にある巨大な内湾――大村湾だ。
「あら、ももたんが地理の話をするだなんて珍しいですね」
「うん。前に来たときは七守小学校の場所も実はよくわかってなくてさ。戻ってから、ちゃんと調べたんだよ。小学校の場所も、ダンジョンの場所も、今ならバッチシなんとなく覚えてるよ! 九州の左上のところだよね!」
「それは覚えているとは言いませんよ、ももたん」
「うーん、まだまだかあ」
長崎県は、海と島と山が複雑に入り組んだ、まるで巨大な入り江のような珍しい地形をしている。
桃子の視界に広がる大村湾は、周囲を陸地で囲まれた静かな内湾だ。波が少なく穏やかで、それこそ漂ってくる潮の香りがなければ、大きな湖だと勘違いしてしまう人も少なくないだろう。
今から向かう長崎ダンジョンは、その湾の東側に沿った山の麓にぽっかりと口を開いた、古くから存在する歴史あるダンジョンである。
そして、他のダンジョンの例に漏れず、この地にもダンジョンを中心とした交通機関が開拓され、活気ある街並みが広がっていた。
「間もなく長崎ダンジョン前に到着します。まずはホテルにチェックインするとして……その後はどうしましょうか?」
「うーん、なら、せっかくだからさっそくダンジョンを覗いてみたいです」
「ももたん、最初はダンジョンに行くつもりはなかったと言っていたのに、すっかりその気ではないですか」
「だって、せっかく行くことになったなら、やっぱり気になるじゃん。ヘノちゃんとか柚花にもお土産話を持って帰りたいしね」
ダンジョンの周囲に広がる街並みには、それこそ長崎名物である皿うどんやちゃんぽんの店もあり、東京では見かけない長崎ダンジョン絡みの店も建ち並んでいる。もちろんそれらの店に興味が無いと言ったら、それはやはり嘘になるだろう。
けれど、どうせ潜ることになるのならば、まだ明るい早めの時間から潜ってみたいと思うのは決して不自然ではない。
「あの、大丈夫だとは思いますけれど、房総ダンジョンよりも危険度の高い場所ですから、気をつけてくださいね。もし【隠遁】で認識できなくなったまま桃子さんが行方不明になっても、まず探せませんからね?」
「ななたんも一緒に潜ってみればどうですか? 一応、探索者としての登録も残っているのでしょう?」
「まあ引退手続きはしていませんけど……私、本当に精神系魔法スキル以外は何もないんですよ。ゴブリンにも勝てる自信はないので、足手まといにしかなりませんからね」
魔法協会職員である奈々が持つのは、ダンジョンの荒くれた魔物相手にはあまり役に立たない精神系魔法スキルだけだ。そのせいで、探索者としては若いうちに早々と脱落した過去を持つ。
しかし、探索者としては芽が出ることはなかったものの。その際に目覚めた精神系魔法スキルが魔法協会の目にとまり、大学卒業と同時に正式な職員としてスカウトされたのだ。
その後はなかなかにハードでブラックな部署に行き着いてしまったものの、ゴブリン一匹倒せなかった探索者が、今では先代妖精女王と一緒の車で旅行に来ているのだから、世の中何があるかわからないものである。
「ふふふ。まあ、ももたんについては安心してください、私がついていればよっぽどのことがなければ、大丈夫ですよ」
「あはは、そうだよね。奈々さん、私が言うのもなんですけど……りりたんは私の知る限り一番強い子だから、本当に心配はないと思いますよ。ちゃんと奈々さんの分まで、美味しい木の実とかキノコとか探してきますから安心してください!」
「いや、私は別に食べ物の心配をしているわけではないんですけどね……」
車は、山間に建てられたホテルの駐車場へと入っていく。さすがは盆の季節だけのことはあり、ホテルの駐車場は殆ど満車である。
そして、駐車場で目を引いたのは、なにも満杯の車だけではない。ホテルの駐車場の一角に、まるで舞台装置のような、きらびやかな装飾で飾られた木造船が置かれており、嫌でもそれが目を引いてしまう。
「うわ、なんか凄い派手な船が停まってるけど……あれ、なんだろう」
「あれは英霊流しに使用する本物の鎮魂船だそうですよ。もし良ければ、東京に帰る前に英霊流しも見学しますか?」
「行きます! 行きます!」
英霊流し。話には聞いたことがあるけれど、この船に英霊の魂を預けて、大村湾へと続く川へと流すのだ。
真偽の程はわからないけれど、この船は英霊たちを乗せて大村湾へとたどり着くと、そのまま何処ともなく消えていくのだという。
あくまで弔いの儀式であるため、興味本位で見に行くものではない。桃子も頭ではそう理解しているものの、しかし目の前にこの美しい英霊船を見せられてしまえば、やはり好奇心は抑えきれないのだった。
魔法協会の名義でとったホテルの部屋は、桃子の想像以上に豪華な部屋だった。
代金は奈々が――というより、魔法協会の経費で落ちるということなので、奈々の財布へのダメージは心配しなくても良いのだが、桃子としては想像の2倍以上は立派な部屋だったため、どうにも気後れしてしまう。
「ももたん。ホテルの部屋なんかで驚いていないで、準備を済ませてしまいましょう。りりたんはもう準備万全ですよ」
「えっ、りりたんってばその格好でいくの?」
「ええ。何かおかしいですか?」
奈々は先に部屋を出て、長崎ダンジョンギルドと、それに併設する魔法協会支部に挨拶に行っているため、この豪華な部屋には桃子とりりたんしかいない。
桃子もりりたんに声をかけられ、慌てて探索用の道具の入ったリュックの準備をするのだが、そこで視界に入ったりりたんの姿に驚愕した。
それは、涼しげな緑を基調としたセーラー服――つまりは、聖ミュゲット女学園の制服である。
「いや、おかしいっていうか、普通はダンジョンにセーラー服で入らないし、入っちゃ駄目でしょ。私、一応ミュゲットの先輩なんだけど……」
桃子はなんとなく、1年前にあった出来事を思い出す。
はじめて柚花と房総ダンジョンギルドで出会ったとき。あのときの柚花は、まさに今のりりたんと同様の服装でダンジョンへと入ろうとしていたのだ。
桃子はミュゲットの卒業生として、公私を分けるようにと柚花を叱りつけた。
当時の柚花はきちんと素直に話を聞いてくれたものだが――とてもではないが、りりたんが柚花のように桃子の言うことを聞いてくれるビジョンが思い浮かばない。目の前では、りりたんが挑発的ともとれる微笑みを浮かべている。
桃子は、どうしたものかとその場で考え込み、しばし室内に沈黙が訪れる。
黙って、見つめ合う二人。夏の暑さに対抗するため頑張っている冷房の音だけが、室内に響き渡る。
しかし、先に口を開いたのは目を細めて笑顔を浮かべたままのりりたんだった。
「ふふふ。何を考えているのかは知りませんが、ももたんはひとつ忘れておりますよ。長崎ダンジョンの第一層は、なんと呼ばれているのかご存じですか?」
「え? ええと、なんだっけ? 入り江の……教会、だっけ?」
「ええ、『入り江の教会』です。隠れキリシタンの建てた教会が第一層の中心部の入り江にあり、そこはクリスチャンにとっては聖地のような扱いを受けているのですよ」
「クリスチャン……え、まさかりりたん……」
そこで、桃子はようやく気がついた。
りりたんの首もとに、キラリと光る何かがかかっている。それは――ロザリオだ。
聖ミュゲット女学園はミッション系の学園であり、生徒達は日々聖母マリアへの祈りを捧げる習慣がある。さほど信心深くない桃子ですら、ミュゲットの在学中は自分のロザリオを常備しており、マリア様へお祈りを捧げていたものだ。
そう。つまり、今のりりたんは――敬虔なクリスチャンの少女のように見えるのだ。
「ミッション系の信心深い女子高生が、ロザリオを手に、制服で教会を訪れても何もおかしくはないのですよ」
「えー、そういうものなのー?」
おそらく、そういうものではない。
が、前世が妖精の女王だったというりりたんの宗教観はさておき、恐らくりりたんはこのままダンジョンへと潜るのだろう。桃子はそれを確信し、説得することをすでに諦める。
ただただ、柚花に知られたら「私のときは叱ったのに、ずるくないですか!」と、ふてくされそうだなと。
今頃東京で活動している後輩のことを思い出すのだった。