ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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長崎ダンジョン

 長崎ダンジョンギルドで探索者カードを提示した桃子とりりたん。

 リュックを背負っただけの三つ編み女児と、リュックどころか、本を一冊所有しただけのセーラー服少女である。通常ならば、職務としてギルド職員が制止する組み合わせだろう。

 が、ギルド職員や他探索者たちには怪訝な視線を送られつつも、無事にダンジョンへと入場できた。

 先んじて奈々が魔法協会関係者であるという旨とともに2人について何かしら便宜を図っていたのだろう。

 

「りりたん、その青い花、どこから出したの? 可愛いけど、それってあっちの世界の花だよね?」

 

「ふふふ。咲いていたのがどこだろうと、花は花でしかありませんよ。せっかくのお出かけですし、りりたんだって自分を飾りたいのですよ」

 

 りりたんはダンジョンに入る前に、髪飾りのように頭のサイドに一輪の花をさしていた。

 それは、青い花。りりたんが朗読をするためだけに作り出した花畑と、そして死者の国ニライカナイに咲く――この世とあの世の境目に咲く花だ。

 髪に生花を飾って歩く少女というのもなかなかに珍しいが、ダンジョンにセーラー服で入っている時点で珍しいのだから、今更だろう。

 

「まあいっか。お塩はさっさと舐めちゃおうね」

 

「またお塩ですか。こう、ことあるごとにお塩を舐めさせられては、長崎ダンジョンの探索者は皆、高血圧になってしまうのではありませんか?」

 

「まあ、その分ダンジョンで沢山汗かくから、ミネラル補給にいいんじゃないかな。水分補給もしないとだけど」

 

「いっそ、支給された聖水も飲料として飲んでしまいましょうか」

 

「水分補給としては流石に少なすぎるんじゃない? ところで、この聖水ってきちんと十字を切ったりした方がいいのかな」

 

「どうでしょうね。これは宗教的な意味合いより、純粋にただの『魔除け』ですから、頭からかけてしまって構わないと思いますよ」

 

 そして、桃子たちが入場時に手渡されたのが、『塩』と『聖水』である。

 塩は、七守神社の祭りで配られたものと同様の、長崎ダンジョン由来のものだ。これを舐めることで、長崎ダンジョンの英霊の加護を受けられるらしい。りりたんはあまり乗り気ではなかったようだが、桃子はペロリと塩をなめとった。

 そしてもう一つが、聖水だ。

 話には聞いていたが、この長崎ダンジョンに出没する悪霊タイプの魔物避けとして、入場前にこの聖水を身にふりかけるのがここでの習わしなのだという。

 聖水と言っても、ゲーム等に出てくるような立派な小瓶に入っているようなものではない。聖水が入っているのは、コストのかからない、魚の形をした醤油さしだ。

 ダンジョンへと続く洞窟内で、桃子は聖水――魚の醤油さしを手にして、首を傾げていた。

 これがカトリック等の宗教的なものならばそれなりの手順もあるはずだが、なにせ醤油さしだ。宗教観もなにもない。

 

「頭からかけるの? ……まあいいか、ちゅっちゅっと。りりたんもかけちゃいなよ」

 

「私は……あまり気が進まないのですよね。相性が悪いというか、性質が合わないというか」

 

「へぇ、そういうことってあるの? まあ、りりたんが第一層の魔物相手にどうにかなるわけないし、魔除けの必要はないかもね」

 

「まあでも、せっかくですし体験しておきましょうか。本当は嫌なのですけどね」

 

 第一層に出没する魔物――ゴースト。

 これは、読んで字の如く、いわゆる悪霊タイプの魔物だという。

 悪霊タイプの中では一番ありきたりな弱小モンスターだというが、しかしまとわりつかれた際の対処の厄介さはゴブリンの比ではないようだ。

 

 やけに聖水をかけるのを嫌がっていたりりたんだったが、嫌だ嫌だといいながらも自分は制服の肩に聖水を降りかけていく。

 醤油さしの中身を律儀に頭からかけたのは桃子だけだった。

 

「そうだ、りりたん、入ったらどうする? 私は【隠遁】だから、他の人から見るとりりたん一人だけで歩いてるみたいになっちゃうけど」

 

「私は構いませんよ。何か問題がありますか?」

 

「いや……だって、いくら教会があるからって、セーラー服の女の子がひとりでダンジョン歩くのはどうかと思うんだよね。しかもりりたん、ほとんど手ぶらじゃん」

 

「そうですか? ……でも、心配ご無用ですよ。入ればきっと、分かりますから」

 

「えー、どういうこと?」

 

 そんな会話を交わしながら第一層へと続く短い洞窟を歩いていく。

 すると、洞窟の出口はすぐだった。開けた視界には、桃子は初めて訪れる長崎ダンジョンの姿が広がっていた。

 

 洞窟を出てすぐの土地はある程度開けているが、しかし周囲は木々に覆われている。頭上を見上げれば青い空が広がっていた。

 ここは、大自然タイプのダンジョンだ。

 

「どうやら、山の中腹のようですね。入り江の教会はどちらでしょうか」

 

「りりたん、りりたん。こっちに道があるよ! たぶん、ここが正規ルートなんじゃないかな」

 

「恐らくそのようですね。では、行きましょうか」

 

 いくら山の中で、森に囲まれた場所だとしても、探索者の大半が進む道というのは存在する。そのような場所は、多くの人々に踏み固められ、あるいは人為的に伐採され、それなりの道になっているものだ。

 もちろん、探索目的ならば道から外れた場所にこそ新たな発見があるものだが、この日の桃子たちの目的地は『教会』と言うことになっている。踏み固められた道沿いに進めば間違いはないだろう。

 桃子とりりたんは、まるで初めて訪れたハイキングコースを歩くようなノリで、ダンジョンの道のりを進んでいく。

 

 

 

「りりたん、注目浴びてるよ?」

 

「ふふふ。私が美少女だからでしょうね」

 

「いや、セーラー服だからだよ?」

 

 多くの人が進む道というのは、当然ながらそこを行き交う多くの探索者とすれ違うものだ。

 そして案の定、りりたんは探索者たちの視線を集めていた。好奇や驚愕の視線を向けるもの、心配と不安の混ざった視線を向けるもの。

 人が多く、安全も確保されているダンジョン入り口なので悪意の視線というのはないけれど、しかしりりたんはそんな視線を集めてもなんのそのだ。

 共に歩く桃子のほうが、自分は認識されていないというのに緊張してしまう。

 

 そして、案の定。りりたんに声をかける探索者が現れた。

 

「あー……ねえ、ちょっと。そこのセーラー服のあなた、ちょっといい?」

 

「はい、私のことですか?」

 

「あっほら、やっぱり声かけられちゃったじゃん」

 

 すわ、ナンパかと思って桃子が振り向くと、しかしどうやらそうではないらしい。

 りりたんに声をかけてきたのは、桃子と同年代か少し上くらいの女性である。もちろん、外見的ではなく実年齢的な話だ。

 長い黒髪を後ろで縛り、動きやすいパンツスタイルの上には合成皮の簡単な防具を着用しており、腰のベルトにはサバイバルナイフ的なデザインの短剣が見える。

 桃子やりりたんのような胡散臭い探索者と違い、まっとうな探索者の女性である。見たところ、一人だけのようだ。

 

「ええと、あなた……行き先は教会、よね? 私も教会に行くところだから、一緒に行かない?」

 

 その女性は、りりたんの服装に視線を送る。

 ミッション系のセーラー服――かどうかは見た目だけではすぐ判断は出来ないかもしれないが、しかし首にかけられたロザリオを見れば、りりたんの目的地はすぐに想像がついたのだろう。

 

「ありがとうございます。こちらのダンジョンは初めてでしたので、道が合っているのかどうかわからなくて困っていたのですよ」

 

「え、この人と一緒に行くっていうこと? もしかしてりりたん、最初から誰かに道案内させるつもりだったの?」

 

「ええ。私はアサ、椎桑アサ。地元の大学生で、教会までちょっとした用事があるのよ。よろしくね」

 

 女性、アサが声をかけると、周囲でりりたんをちらちらと見守っていた他の探索者たちが安心したような表情で通り過ぎていく。

 やはり周囲の探索者たちも、セーラー服の少女に声をかけるべきかかけないべきか、判断に困っていたのかもしれない。

 

「私は梨々と申します。りりたんと呼んで下さいね」

 

「初対面でいきなり、りりたん呼びを提案するのってすごいね」

 

「あは、ええと……りりたん……いや、恥ずかしっ。ごめん、梨々さんって呼ばせてもらうよ、さすがに年下の女の子を愛称呼びは恥ずかしいわよ」

 

「やっぱりそれが普通の反応だよね」

 

「ふふふ。そうですか?」

 

 ザクザクと、ゴツゴツした山道を進んでいく。

 地面には岩や木の根が入り交じり、ときには足場に気をつけながら急勾配をゆき、地形に沿って大きく迂回を余儀なくされる。

 いくら踏み固められ、道が出来ているとはいっても、やはり山道は山道だ。平地の数キロと山道の数キロでは天と地ほどの差があるものだ。

 そんな険しい道を、アサとりりたんはゆっくりと、雑談を交わしながらも歩いていく。

 

「へー、東京のミッション系の制服なんだ。わざわざお盆にお祈りにくるなんて、信心深いね」

 

「ふふふ。でも、お盆は仏教の行事ですから、そこを選んで教会を訪れるのを信心深いというべきかどうかはわかりません。逆に怒られてしまうかもしれませんね」

 

「ね、ね。私は前から怪しんでるんだけど、りりたんて本当に信仰心あるの?」

 

「あっはは。大丈夫、長崎じゃ仏像とマリア様を並べてる家だってあるし、仏教に倣った英霊流しで教会に英霊様を送り込んでるくらいだから。誰も怒らないよ」

 

 アサの案内のままに、山道を大きく迂回し、自然のままの急勾配では足場を気にしながら進む。

 時折現れる、半透明の大きなクラゲのような魔物――ゴーストは、聖水の効果のおかげか桃子たちに近づくこともなく、険しいながらも平穏無事な道のりだった。

 なお、道のりでは桃子が合間合間に言葉を発しているが、アサには聞こえておらず、りりたんは完全に笑顔のまま無視していた。

 

 

 

 

 そして歩くこと数十分。

 漂ってくるのは潮の香りと、波が打ち付ける音。視界が開けて姿を現したのは、ダンジョン内の海岸だ。

 

「うわあ、海だ! 海じゃん! 海だね!」

 

 海の三段活用を叫びながら、桃子が岩場へと駆けていく。

 桃子の知るダンジョンの海――瀬戸幻海と違い、残念ながらこの海岸線はほぼ岩場と崖で構成されており、のんきに海水浴を楽しめる環境ではなさそうだ。

 そして桃子が辺りを見回せば――海岸線の崖を望むような立地に、それは建っていた。

 

「アサさんは、教会にどのような用件があるのですか? 見たところ、軽装ですが」

 

「ああ、私は教会の掃除。うちのパーティのバカがこの春に馬鹿やってさ、小学生に迷惑かけちゃってね」

 

 一人ではしゃぐ桃子の姿など見えていないかのように、りりたんとアサは教会へと向かっていく。

 アサは実際に見えていないのだが、りりたんはチラ見もしない。薄情なものである。

 

「まあ色々あって、懲罰としてうちのパーティみんなで半年間の教会掃除てわけ。ほら、あそこ」

 

 桃子が2人に追いつくと、ようやく会話が聞こえてきた。

 見れば、教会の入り口には確かにもう一人の男性がいて、ほうきを片手に、背には大きなゴミ袋を担いでいる。サンタクロースでなければ、ゴミ当番の人だ。

 そこでようやく、アサが小走りでその人物のもとへと駆け寄っていき、りりたんが一時的に一人になる。

 

「ももたん――桃子さん。一応、先に伝えておきますが」

 

「え? りりたん?」

 

 しかし、りりたんの口調は固い。

 いつもの、桃子を揶揄うような口調でもなければ、ましてや、先ほどまでアサと会話をしていた猫かぶりではない。

 これは、ネーレイスとしての言葉である。

 

「もし、このダンジョンで、私に何があったとしても。あなたは気にせず、人として居続けてくださいね?」

 

「え……あ、うん……?」

 

 突然の不思議な言葉に、桃子はよくわからないままに頷いてしまう。

 桃子の目の前にいる、教会を見つめるりりたんの瞳は、とても冷たくて。

 まるで、そう。戦いに赴くときの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精達の会話】

 

 

「まったく。クルラには。まんまと。誤魔化されたぞ」

 

「んふふ♪ なんのことだか分からないけど、お酒を飲みたいのかしら?」

 

「違うぞ。お前の桃の木だけど。桃の実が。そろそろなるんじゃないかっていう。話だぞ」

 

「でもその前にヘノ。昨日のお酒よりも飲みやすいお酒があるのよ♪ だから少し、上を向いて口をあけてみてくれる?」

 

「お前。そう言って。また。酒を飲ませる気だろ。あれから。世界がまわって。大変だったんだぞ」

 

「大丈夫よ♪ 今日のお酒は、前のものよりも甘いお酒だから、とっても美味しいわよ♪」

 

「そうか。それはちょっと。気になるな」

 

「はい、上を向いて口をあけてちょうだい♪ えいっ」

 

「がぼがぼ。がぼがぼ」

 

「んふふ♪ いい飲みっぷりだわ♪」

 

「げほっ。いきなり。飲ませるな。これが桃子だったら。溺れてるぞ」

 

「大丈夫よ、桃子はヘノより口が大きいもの♪」

 

「そうか。それなら。いいか。邪魔したな」

 

 

 

「ククク……普通に、教えてやればいいんじゃないのかい? 桃の実は、もういつでも実らせられるってねぇ……」

 

「んー、駄目よ♪ ヘノには悪いけど、最初に教えるのは桃子って決めてるのよ♪」

 

「そうなのかい……? クルラも、律儀だねえ」

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