ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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小さな教会

「え、セーラー服……?!」

 

 教会の前でゴミ袋を抱えていたのは、アサと同年代くらい――つまりは桃子と同年代くらいの男性だ。

 顔立ちは少々頼りない、普通のお兄さんといった感じである。手にはしっかりと箒を握りしめているが、本来の武器は腰に差してある短剣だろう。

 彼は、仲間であるアサが連れてきたセーラー服姿のりりたんを見て、ぽかんと口を開き驚いていた。

 桃子も、彼の気持ちはわかる。ダンジョン内を武器も持たない女子高生が歩いていたら、桃子とてぎょっとして二度見くらいはするだろう。

 

「こら、ヒナタ! そういう眼で女子を見るな!」

 

「あ、いて! ごめん、いや、普通に驚いただけで、ごめんて」

 

 しかし、りりたんを見て驚いて固まった男性の頭に、無慈悲なチョップが舞い降りた。

 りりたんを案内してくれたアサは、それまでの道のりでは非常に世話焼きで優しげな女性だったのだが、どうやらパーティメンバーである男性――ヒナタには手厳しいようだ。

 

「ふふふ。初めまして、梨々と言いますよ。ヒナタさん、で良いですか? ヒナタさんは、こちらの教会のお掃除を?」

 

「あ、うん。ぼちぼち掃除をしようかなーって思ったところで……」

 

「ヒナタ、全然掃除できてないじゃないの。午前中にゴミ掃除はするって話だったのに……まったく」

 

 見れば、ゴミ袋の中身はゴミが入っているのかと思いきや、中身は空っぽの袋だった。

 アサはお冠で、ヒナタは平謝り。桃子はそんな2人の痴話喧嘩の如きやりとりを、間近から興味深そうに眺めている。

 言い争っている2人も、至近距離から女児が自分たちを観察しているなどとは夢にも思っていないだろう。

 

「あんた、また居もしない幼なじみのこと探してたんじゃないでしょうね」

 

「いや、あれは英霊様が……じゃなくて、ええと、そっちの子は、お祈りしに来たのかな?」

 

「ええ。でも、お二人のお話が終わってからでかまいませんよ?」

 

 どうやら本当にこの2人は痴話喧嘩のあまり、りりたんの存在を忘れていたようだ。

 あわててりりたんに頭を下げて、教会の入り口を開く。かなり昔に建てられた教会だとは言うけれど、扉として普通にステンレスの扉が備え付けられていた。

 石を積み重ねて作った手製の教会に、現代風のステンレスの扉。なかなかのギャップである。

 

「あ、ごめんなさい梨々さんっ、本当にどうでもいい話だったから。私たちは外で待ってるから、ゆっくりお祈りしてくれていいわよ」

 

「ああ。今はちょうどだれもいないから、ゆっくりしていきな。ただ、野生のリスが入り込んでるから鞄に入られないように気をつけてね」

 

 どうやら、気を利かせてくれているのか、アサとヒナタは外で待っていてくれるようだ。

 これが地上ならば炎天下の屋外で待たせる訳にはいかなかっただろうが、ダンジョン内は地上ほど派手に気候が変わらない。

 実際、この階層は地上よりも過ごしやすいので、彼らの好意に甘えて外で待っていてもらっても問題はないだろう。

 彼らにぺこりと頭を下げて、信心深い女子高生と認識できない女児の2人組は、入り江の小さな教会へと入場するのだった。

 

 

 

 

 りりたんに付き添うように桃子も教会内へと滑り込む。

 やはり昔の人たちが自前で建てた教会というだけあり、いわゆる装飾やステンドグラスなどというものはない。正面に立っている仏像のような作りのマリア像がなければ、ここが教会とは気づかないかもしれない。

 

「アサさんとヒナタさん、仲がいい2人だったね。もしかして……カップルかな?」

 

「どうでしょうね。私としては、その直前の話題が気になりますが……まあいいです。行きましょうか」

 

 その直前の会話ってなんだっけ? と桃子が思い返そうとしたそのとき、視界の隅で何かが動き、桃子の思考は中断される。

 教会の内部には木製の長椅子が並べられていた。実際の信徒席のように背もたれのある椅子ではなく、見た目は手作りの木製ベンチだが――見ればその最前列の席の上に、小さな生き物がちょこんと座っているではないか。

 茶色い毛並みに、大きな尻尾の小動物。リスである。

 

「あ、なんかリスがいる! みてみてりりたん、リス! リス! 可愛いなあ」

 

「先ほどのヒナタさんという方は、どうやら動物に好かれるスキルでも所有しているのかもしれませんね」

 

 桃子はリスを驚かせないよう、静かに近づいていく。

 原生生物のリスなのだろう。どうやらリスにも【隠遁】が効いているらしく、桃子が近づいても全く気づいておらず、逃げる素振りをいっさい見せない。

 それどころか、しきりに鼻をヒクヒクさせて、新たな来訪者たちの匂いを嗅ぎ取る素振りを見せている。

 

「懐かしいなあ、小学校にリス太郎っていうリスがいたんだよ。もしかしたら、この子がリス太郎だったりしてね」

 

「ふふふ。意外とズバリそうかもしれませんよ?」

 

 桃子は記憶の中のリス太郎の姿を思い浮かべるが、残念ながら細部までは思い出せそうにない。

 というより、桃子の眼から見るとリスはどれも似たような外見に見える。大きさや模様の違いくらいはあるのだろうが、残念ながら目の前にいるのがリス太郎かどうかは判別つきそうにない。

 

「では、リスはさておいて。お祈りは済ませたことにして、今後のお話をしましょうか」

 

「いやいや、お祈りはしておこうよ。曲がりなりにもりりたん、聖ミュゲット女学園の生徒だからね?」

 

「もう、仕方ないですね。このような偶像に祈ったところで何も変わらないというのに」

 

「そこは気持ちの問題だよ。マリア様にお祈りするだけで、なんとなく――許された気持ちに、なるじゃない?」

 

 桃子は、りりたんと横に並び、マリア様に向き直った。りりたんの髪にささっている青い花の香りが、フワリと桃子の鼻孔を擽る。

 ミッション系に通っていた桃子だけれど、別に実家がクリスチャンというわけではない。なので、こうして教会でマリア様にお祈りをするのは卒業式――いや、昨年の文化祭でもお祈りはしたかもしれないが、とにかくそれくらい久しいことだ。

 こうして、小さな教会でマリア様に祈りを捧げると、ふと。

 

 桃子の脳裏に、学生の頃に、どこかで見た覚えのある光景が蘇る。

 小さな手作りの教会で、青い花の薫りを感じながら。

 誰かの声が、懐かしい声が聞こえるような気がした。

 

 

 

 

 ――マリア様が見守ってくれてる。あなたはきっと、大丈夫よ。

 

 

 

 

 

「ももたん?」

 

「あ、うん。ごめん、ぼーっとしてた」

 

 桃子は、りりたんの声で我に返る。

 どうやら、マリア像に祈りを捧げたまま、意識がふわりとどこかへ飛んでいたようだ。まるで、頭の中で考えていた何かがまるっと抜け落ちたかのような、不思議な感覚だ。

 気付けば、りりたんが桃子の肩に手を当てている。いつのまに肩に手を当てられたのかもわからないほどにぼーっとしていたようだ。

 珍しいことに、桃子を覗き込んでくるりりたんは心配げな表情を見せていた。いや、ただ困惑しているだけの表情かもしれないが、どちらにしろ珍しい。

 

「あれ、心配かけちゃった? 私、そんなにずっとぼーっとしてたかな」

 

「……いえ、1、2分ほどですから、心配はありませんよ」

 

 周囲を見回す。

 りりたんの後ろでは、もう一人の仲間もうんうんと頷いている。たった1、2分とは言っても、普通は2分間もぼんやりとしない。自分のことながら、それはなかなか大変なことなのではないかと、桃子は自分のことながら心配になってくる。

 

「それにしても……もしかしたら、ももたんはちょうどいい撒き餌だったのかもしれませんね」

 

「撒き餌? 何が? リスの餌の話でもしてるの?」

 

「いえ、何なのでしょうね。私にも、よくわからないのですよ。ただ……世の中には、探すよりもおびき寄せたほうが早いことが多々ある、ということです」

 

「なに? 何の話?」

 

「ふふふ。今言ったとおりです。私にも何が起きているのかよくわかりませんから」

 

 相変わらずと言ってしまえばそれまでなのだが、りりたんは思わせぶりな言い方をするだけで、結局のところ何を言っているのかよくわからない、不親切設計だ。

 しかし、桃子が話についていけていないことも気にせず、りりたんはさっさと話を進めていってしまう。

 さては、それっぽいことを言っているだけで説明する気はないな? と、桃子が真相に気付いたあたりで、りりたんは唐突に話題を切り替える。

 

「ではももたん。長崎ダンジョンの土産話として、先ほどのヒナタさんに色々とお話を伺っていきましょうか」

 

「りりたん、相変わらず話の展開がジェットコースターじゃん。でも、二人ともちょっと待ってね、改めてすぐにお祈りしちゃうからね」

 

 桃子は、さっともう一度だけマリアさまに向きなおり、気持ちだけでもと、もう一度手を合わせる。

 先ほどは祈りはじめた直後からぼんやりしてしまい、マリア様へのお祈りもなにもなかったのだ。

 実家はどちらかと言えば仏教だし、昨日は神社の祭りを楽しんだばかりの桃子だが、今このときは、きちんとマリア様の信徒としてお祈りを捧げる。マリア様に祈りを捧げている間だけは、ミュゲットの学生時代に戻ったような気持ちになれる。

 すぐ後ろに、ミュゲットの学生服を着た少女たちがいるのだからなおさらだ。

 

「よしっと、お祈りもしたよ、これでバチは当たらないよ! それでりりたん、さっきの話はなんだったの?」

 

「なんでもありませんから、忘れて構いませんよ。ももたんは、過去を見続けるのをやめて、未来に振り向いてください。それが私の願いです」

 

「いいセリフで誤魔化そうとしてない?」

 

 りりたんが煙に巻いてくるのはいつものことなので、桃子も特に気にはしていない。

 しかし、意味深なことだけ言われるとなんとも腑に落ちないものを感じてしまうのもまた、いつものことだ。

 桃子はなんとも言い難い、すっきりしなさを感じながらも、最前列の信徒席の空いているスペース――セーラー服姿の女子達の間――に座る。

 

「ふふふ。冗談はさておき……先ほどのヒナタさん、とても大きな隠し事をしていますよ。それを探ってみるのも楽しいと思うのですよね」

 

「りりたんてば、性格ひねくれてるね」 

 

「そうだねー、なんだか最初に抱いてた印象とはだいぶ違うよね、りりたんちゃんって」

 

「りりたんちゃん……ですか。ふふふ。そのような呼び方をしてきた方は初めてですね」

 

 この長崎ダンジョンの探索者であるヒナタは、今頃外で自分たちが出てくるのを待ってくれているはずだ。

 あるいは、アサとともに外の掃除でもしているのかもしれない。彼らは、教会の掃除をするためにやってきているのだから。

 

「じゃあ、とりあえずは外に行って、ヒナタさんの話を聞いてみる? そろそろ出る?」

 

「だってさ。りりたんちゃん、お外へどうぞ? 私とスズランちゃんは、ここで待っててもいいからねー?」

 

「いえ、私とももたんは二人であとから向かいますから。貴女がお先にどうぞ。ももたんもそのほうがいいですよね?」

 

「いや、りりたんもイチゴちゃんも、いいから一緒に出ようよ」

 

 未だに、信徒席には三人で並んでいる。右にはりりたん、左にイチゴで、何故だか桃子の取り合いが始まってしまった。

 深海を思わせるりりたんの闇色の瞳が「ふふふ」と細められ、いつもはポジティブで明るいオレンジ色の光を持つイチゴの瞳も、今はどことなく笑っていない。二人とも怖い。

 

「まあいっか。二人とも出ないなら、先に出てるね?」

 

 大人げなく、未だにけん制を続けている室内に残された二人に一声かけて、桃子はさっさと立ち上がると、スタスタとステンレスの扉をあけて外へと向かう。

 教会の掃除担当のヒナタとアサの二人は、どうやら今は教会周辺の掃除に精をだしているようだ。少し先で、箒とゴミ袋を手に周囲の落ち葉や枝葉を集めている姿が見える。

 

「りりたんとイチゴちゃんって、あんなに仲悪かったっけなあ……?」

 

 友人二人の意外な関係性の悪さに、桃子は不思議そうに首を傾げる。思い出そうとしても、あの二人が仲が悪かった記憶などないので、こんなことは始めてなのだと思う。

 もしかしたら、ダンジョンという空気に、二人ともテンションが上がりきってしまったのだろうか。

 

「ま、いっか。一緒にカレーでも食べたら、仲良くなれるよね!」

 

 桃子はそう判断し、渋々といった顔で並んで扉を抜けてくるりりたんとイチゴの二人を、扉の外に立ち、笑顔で出迎えるのだった。

 

 

 

 

 誰も居なくなった教会では。

 信徒席の端で、全てを見つめていた一匹のリスが。

 カリカリ、カリカリ、と――木の実を囓る音だけが、響いていた。

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