ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「さっきの話が聞きたいの? ええと、何の話だったかしら?」
「もしかして俺が罰則を受けた話かな? リスが鞄に入ってたやつか?」
教会の外を掃除していた、地元長崎の女性探索者である椎桑アサと、そのパーティメンバーである男性探索者ヒナタの二人は、りりたんの言葉を聞いて顔を見合わせる。
確かに、お祈りを終えた少女から唐突に「さきほどの話を伺いたいのですよ」と言われたところで、何の話だかわからないだろう。
「いえ。それはそれで面白そうですが、私が伺いたいのは『居もしない幼なじみを探してる』とかなんとか。不思議な言い回しだったので、気になってしまったのですよ」
「あっ、そんな話もしたわね」
「ああ、うーん……その話かあ」
りりたんの説明に、アサは少し前にこの場所で交わした会話を思い出したようだ。
確かにアサは、ヒナタとの会話中にそのような言葉を口にした。そのときはまさかこのセーラー服の少女が食いついてくるなどとは思いもしなかったに違いない。
そして、話の中心人物であるヒナタのほうは、腕を組み、考え込むように目をつむっている。
「うわ、ヒナタさん物凄く困った顔してるね。聞かれたくないのかな」
「何か、都合の悪いお話なのですか?」
「いや、都合が悪いわけじゃあないんだけど、話しづらいというかなんというか」
りりたんが話を続けている。
なお、途中で桃子も口を挟むが、当然ながらヒナタもアサも桃子の声は聞こえていない。
桃子の声が聞こえているのは、ヒナタたちと会話中のりりたんと、桃子とともにその話を黙って聞いていたイチゴだけだ。
イチゴはどうやら、ヒナタの『幼なじみ』とやらの会話には参加するつもりはないようで、先ほどから何も口を開いていない。
「梨々さん。昨年から噂になってる『ハーメルンの笛吹き男』っていう話は知ってる?」
そして、煮え切らないヒナタに代わり、口を開いたのはアサのほうだった。
ヒナタは腕を組み考え込んだままの姿勢だが、しかしアサをとめるでもなく、黙って聞いている。
「あれ?『ハーメルンの笛吹き男』って、柚花が調査してるやつじゃなかったっけ?」
「ふふふ。よく存じておりますよ。ダンジョンで、笛の音とともに行方不明者が発生する、というお話ですよね?」
「そう。大切な幼なじみだったり、パーティメンバーだったり、気の合う仲間だったり。そういう相手が居なくなっちゃう――っていうようなお話になってるんだったかしらね? 私も詳しくそれを知ってるわけじゃないけど、こいつ、ヒナタ。少し前にその笛吹き男と出会ってるのよ」
「笛吹き男と……ですか?」
「え、どういうこと? あれって、あくまで便宜上ついてるだけの名前なんじゃなかったのかな」
桃子は、ドイツ料理店にて柚花から聞いた話を思い出す。あのとき、柚花は確かに言っていたはずだ。
笛の音とともに人がいなくなる。その現象をさして『ハーメルンの笛吹き男』と呼ぶだけで、実際にそのような男がいるわけではないのだ、と。
なので、笛吹き男と出会うという表現は、おかしいのだ。
いったいこの男性は何と出会ったのか。桃子がそちらに視線を向けると、ヒナタの肩の上にはいつの間にやら上ってきたのか野生のリスが座って木の実を囓っている。そして頭上には、同じく野生の鳥が止まり、ヒナタの頭頂部を一時の休憩の場としている。
「カリカリ、カリカリ――」
「チュン、チュン」
腕を組んで考え込んでいたヒナタは、すっかり動物の宿り木代わりになっていた。
シュールなその状況に、それまでの真面目で緊迫感のある雰囲気が、一気に吹飛んでしまう。
「あー、あのさ。話をするにしてもここじゃなんだし、教会に入らないか?」
「そうね、それがいいわ」
「ふふふ。私も、それが良い気がしますね」
二羽目の鳥がヒナタの頭の上に止まり、チュンチュンと可愛らしい声で歌っている。
とても可愛らしいが、真面目な話をするにも、聞くにも、この環境はふさわしくないのは確かだろう。
場所を移動しようという彼の提案には、首を横に振るものはいなかった。
「イチゴちゃん、もっと近くで聞いたら?」
「んーん。私はここでいいかな。ヒナタの邪魔しちゃ悪いしね」
教会内には、信徒用の長椅子がいくつか並べられている。
とは言っても、地上にある立派な教会のように、背もたれのしっかりした長椅子が並べられているわけではない。背もたれもなにもない、手製のベンチがいくつか並んでいるようなものだ。
ヒナタとアサはその最前列に、後ろ向きで座り。りりたんはそれと向き合うように、少し離れた席に座る。
そしてさらに後方の最後尾の席には、桃子とイチゴの二人の姿があった。
「あれ、ヒナタさんとイチゴちゃんて知り合い――」
「ほら、スズランちゃん。お話始まっちゃうよ?」
桃子が何か聞こうかと思ったところで、イチゴに言葉を止められる。
今はヒナタの話を聞きにきたのだから、自分が話していても仕方がないだろう。
桃子はおとなしく、最前列のヒナタへと視線を向けることにした。
「春頃に、俺がちょっとした馬鹿やって、罰則で教会の掃除をしてたときなんだ」
ヒナタの話は、どうやら今年の春の出来事のようだ。
春と言えば、桃子が七守小学校の六年生として長崎にやってきたのも4月のこと。桃子は頭の中で、あの暖かな春の日を思い返しながら、ヒナタの話に耳を傾けた。
「罰則の内容は、半年間のこの教会の定期的な清掃。その時のおれはまだここの清掃活動に慣れてなくて、まずどこから掃除すりゃいいのかもわからない状態でさ。そこに、清掃の手順を教えてくれたのが、コカゲだった――」
ヒナタの語る話に出てくるのは、彼の幼なじみだった。
幼なじみ同士の『日なた』と『木陰』とはまた、まさに対になるような名前だ。まるで、ヒナタに合わせてあとから作った偽名のようだなと、桃子は感想を心の中で呟く。
ヒナタとコカゲは、14歳の頃から共にダンジョンに潜り、笑い合い、時には魔物と協力して戦い、苦難を共にした思い出があるのだそうだ。
そしてそのコカゲこそがきっと『ハーメルンの笛吹き男』なのだろう。
「あいつ、陰気なやつでな。他の探索者とは関わろうとしないし、たまに滅茶苦茶無口になるし。でも、俺が危ないときはいつもコカゲに護られてたと思う。本当に、俺にとっては唯一無二の幼なじみだった――はずなんだけどなぁ」
ヒナタは、コカゲとの思い出を語っていく。
この教会を掃除するにあたっての注意点や、どこから手をつければいいのか、何をすればいいのか。
古くなって危険な椅子も彼が教えてくれたし、外壁のぐらついている場所を指摘され、ヒナタがそこを補強したこともある。普通の探索者では気付かないことを、コカゲは色々と教えてくれたのだそうだ。
「あの日、笛の音とともに、あいつは消えたんだ。まるで――還るべき場所に還っていった。そんな感じだな」
そして、その顛末。それはまさに、例の噂の通りである。それを語るヒナタの声は、僅かに震えていた。人の感情を見る力などなくとも、消えてしまった幼なじみについて語るヒナタの背中には、大きな悲しみと、孤独を感じとれる。
ヒナタの横では、アサもまたうつむき、何か言いたげにその両手をギュッと握っている。彼の話をきいていたりりたんは、桃子の席からは背中しか見えないけれど、もしかしたらいつものように、全てを見通しているような瞳でこの状況を視ているのかもしれない。
ヒナタは黙って、目をつむり。心を落ち着かせるように、大きく呼吸をしてから、更に話を続けていく。
「そして、ついでに付け加えると、地上に出てもそんな人間は元からいなかったってオチだ。まあそれは……『ハーメルンの笛吹き男』の話を知ってるなら分かるとおもうけど」
「まさに、噂にある『ハーメルンの笛吹き男』ですね。ヒナタさんは、それはギルドや警察に報告なさったのですか?」
「ええと、まあ……一応は、ね」
一応、は。つまり、全ては話していないということだ。
彼が隠している情報は、ギルドには渡っていない。そして当然、東京で調査に駆り出されている柚花にも、その情報は渡っていないのだろう。
桃子は内心「ヤバいなあ」と感じている。
桃子の座席からはりりたんの表情が見えない。彼女はやろうと思えば、瞬時にヒナタとアサを昏倒させて、記憶を覗き込むことすらできる。それをしないのは、りりたんが穏便に情報収集しようと考えているからこそだ。
けれど、りりたんがなんだかんだで懐いている柚花が不利益を被っているとしたら、りりたんは簡単にラインを超えた強硬策をとるだろう。
彼女の手には、スキル【製本】の産物、いくらでも姿を変え、様々な魔法を発動できる究極の魔導書が握られているのだから。
「ふふふ。ヒナタさんは、何を隠しているのですか? 余りに煮え切らない態度ですと、私も――」
りりたんがその手に本を取るのと、桃子の横に座っていたイチゴがすっくと立ち上がり、一歩前にでるのは、ほぼ同時だった。
桃子からは、イチゴの背中しか見えない。けれど、その気配にりりたんは振り返り、イチゴと数秒ほど、見つめ合う。
桃子は、イチゴの表情は見えないけれど、緊迫した状況に息を飲んだ。室内にはりりたんの魔力が充満し、謎の重圧感すら感じる。
「――やれやれ。名と姿を変えてもまだ、彼を護る幼なじみ気取りですか。困った存在ですね」
りりたんが、ため息とともに本を閉じ、充満していた魔力も霧散していく。
先ほどの言葉の意味こそわからないものの、りりたんはイチゴの無言の抗議に折れるかたちで、強硬策は止めてくれたようだ。
一方その間、突然の少女の意味の分からない言葉にヒナタとアサは困惑顔だったけれど、しかしすぐにヒナタは、ぽつり、ぽつりと語り出す。
まるで、今のやりとりが見えていなかったかのように。あるいは、りりたんが本当に魔法で幻惑でもかけているのかもしれない。
「……あの笛の音はさ、英霊様を弔う笛だったんだよ。英霊流しのときに、昨年亡くなったうちの爺さんが若い頃に吹いていた笛の音だったんだ」
ヒナタは、視線を天井へと向けて――いや、彼が視ているのは、過去の思い出なのだろう。
彼が語るのは、過去の英霊流しの記憶だ。
ヒナタの亡くなった祖父は、過去には長崎ダンジョンの探索者であった。
そしてそれと同時に笛の名手であり、若い頃は英霊流しの際に、彼の演奏する弔いの音で船を送るのがならわしだったのだ。
しかし、それも数十年前に喉の病気を患うまでのことだ。唯一の奏者が笛を吹けなくなって以降は、英霊流しで弔いの笛の音を送る風習も消滅していったという。
「コカゲは……もしかしたら若い頃の爺ちゃんだったんじゃないかって。一人で苦労してた俺を助けてくれたんだって思うんだ」
教会の中には、静けさが舞い降りる。
英霊。
それは、長崎ダンジョンの過去の英雄たちが、死後もなおダンジョンを見守る存在となったものたちだ。
もし、コカゲが英霊で、肉親であるヒナタを護るために出てきたというのならば、それはそれでひとつの解決なのだろう。
けれど、桃子は知っている。
コカゲが――いや、『ハーメルンの笛吹き』が出現したのは、決してヒナタのもとだけではないのだ。
長崎だけではなく、様々なダンジョンでそれは出現し、だからこそ桃子の大切な後輩が、その調査に駆り出されているのだ。
「わかんないけど。とにかく、柚花に情報は伝えないと……」
英霊と『ハーメルンの笛吹き』が、どのように繋がるのか。
桃子にはまだ、分からないことだらけだった。