ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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柚花とクリスティーナ

 桃子とりりたんが長崎ダンジョンへと踏み込んだその日。

 日本の中枢、新宿区に口を開いた新宿ダンジョンには、ヘノとニム、そして柚花が訪れていた。

 これは無論、噂となっている『ハーメルンの笛吹き男』の調査の名目である。

 

「おい後輩。あっちの建物の中に。魔物が集まってるぞ。何か。悪いこと。企んでそうだな」

 

「うぅ……こ、こわい……」

 

「ええ、怖いですから、魔物の群れは私たちが退治しちゃいましょう! ヘノ先輩、ニムさん、サポートお願いしますね!」

 

 新宿ダンジョンは、日本有数の高難易度ダンジョンとして知られている。

 第一層である通称『古代都市』ひとつとっても、房総ダンジョン第一層『森林迷宮』とは天と地の差があるような迷宮だ。罠は多く、出てくる魔物たちは知恵を持ち、集団で人間に襲いかかる。

 下層へ降りれば更に強力な魔物が現れるため、日本の強豪たち――ギルドから様々な権限を与えられている、いわゆる高ランクパーティたちは、その殆どが新宿ダンジョンへのアタックをメインに活動しているほどである。

 

 とはいえ、それでも第一層ならば、柚花の敵ではない。

 ましてや、この日は人間を遙かに超える魔法力を持つ、二人の妖精が柚花に付き添っているのだ。ゴブリンがどれだけ知恵を絞ろうが、魔獣たちがどれだけ気配を消して不意を突いてこようが、柚花と妖精のタッグにかかれば作業的に殲滅されていくのがオチである。

 現に、岩場をくりぬいて造られた住居棟に巣くっていたゴブリンたちは、動き出す間もなく一瞬で柚花の電撃に焼き尽くされてしまった。

 

「どうですか? まだ内部に敵の気配とかってありますか?」

 

「いや。中に隠れてた魔物は。みんな今の電撃で。全滅したみたいだな」

 

「こ、この魔物たち……入ってきた人を閉じ込めて……しゅ、集団で襲う気だったんですねぇ」

 

 柚花も【看破】という物事を見通す瞳を持っているけれど、それでも妖精達の感知能力の足下にも及ばない。普段はぽわぽわしているだけの妖精たちだけれど、本気を出せばそれぞれが人間を容易く凌駕するだけの力を保持している少女たちなのだ。

 そして、その中でも感知能力に秀でたヘノが魔物の気配を感じないというのならば、そこに魔物はもういないと考えてよいだろう。

 ツヨマージを構えたヘノを先頭に、柚花とニムも居住塔へと入っていく。

 居住塔とは呼ばれているが、それはあくまで便宜上の名称だ。実際にここに誰かが住んでいたわけでも、古代人が住んでいたという立証がされたわけでもない。もっとも、今回に限っては実際にゴブリンの大集団が住み着いていたようだ。

 柚花はそれでも、警戒を緩めないまま奥へと入っていく。そしてそこには、数多くの道具や武具――ゴブリンの戦利品がまとめて保管されていた。

 

「た、沢山、色々なものがありますねぇ……?」

 

「まったく、随分ため込んでましたね、ここのゴブリン。これ全部、新宿の探索者から奪い取ったものですよ」

 

「ここのゴブリンたちは。武器を集めてるのか。なんだか。フラムみたいなこと。してるんだな」

 

 さすがに、探索者の落とした廃棄品を拾い集めているフラムと、探索者に襲いかかり荷物を奪い取るゴブリンを一緒にするのは可哀想だが、柚花はしかし何も言わずに室内の物色を進めていく。

 魔物は全滅しているけれど、柚花は【看破】の魔力を弱めることはしない。魔物の巣を殲滅したならば、そこで絶対に確認しないといけないものがあるのだ。

 室内には、探索者のものと思われる武具や、中には荷物がそのまま詰まったリュックも見つかった。

 そして、一通り調べてみたものの、そこにあったのは荷物だけ。少なくとも柚花が心配していた『人間だったもの』は住居棟には存在しないことがわかり、そこで柚花はようやく気を抜くことができた。

 

「ふう。なんか結局、いつも通りに魔物を狩ってるわけですけど……」

 

「そろそろ。お腹がすいてきたな」

 

「いや、そうではなくてですね。例の『ハーメルンの笛吹き男』の痕跡もなにも、さっぱり見つからないですねって話です」

 

 魔物の巣を一掃できた。それはもちろん、収穫としては上々だ。危険を排除し、探索者たちの荷物を取り返した。更には、ここに落ちている魔石は全て、柚花が独り占めをしても許される。

 しかし、この日は決して魔物を狩りに来たわけではなく『ハーメルンの笛吹き男』についての調査にやってきたのだ。

 残念ながら、そちらに繋がりそうな要素は皆無である。

 そもそも、その正体も発生条件も不明なものを、足を使って探せといわれても見つかるわけがないのだ。

 

「そういえば。そんな話してたな。すっかり。忘れてたぞ」

 

「で、でも……と、特に変わった魔力とかは、感じませんでしたねぇ……?」

 

「ですよねえ」

 

 

 探索者用端末を使い、柚花は新宿ダンジョンギルドにこの居住塔の座標を送信する。

 魔物の撃退はしたが、さすがに奪われた荷物の回収作業まで行っていては、それこそ調査どころではなくなってしまう。こういう人手がいる作業こそ、ギルドが手回しをして行うべきなのだ。

 

「でも。後輩。変わったことがないんじゃ。これ以上調べても。しょうがないけど。どうする」

 

「実はですね、今日の午後には新宿ダンジョンの大きなビルに、『ハーメルンの笛吹き男』事件の当事者を何人か集めて、クリスティーナ会長が直々にその記憶を読み取る手はずになっているんですよ」

 

「なんだ。あのクリスティーナとかいうの。外国にいるんじゃ。なかったのか」

 

「今は日本に来てるんですよ。それにしても、ヘノ先輩が人を名前で覚えてるなんて、珍しいですね」

 

 不老の魔女クリスティーナ。彼女は世界魔法協会の会長という多忙を極めた人物で、人間としては恐らく世界でもトップクラスの魔法の使い手である。もっとも、妖精の国のリンゴ、酒、豚肉の全てを摂取し、実質不老に近くなってしまった彼女が『人間』のカテゴリに収まっているかどうかはまた別な議題だ。

 なんにせよ。

 人間の記憶を読み取る力を持つ魔法使い、あるいは魔法生物ならば他にも居るだろうが、今回はクリスティーナが直接来日し、この事件の調査にあたるらしい。

 

「変なあだ名で呼ぶと。母様が……じゃなくて。女王が。しょんぼりするんだ」

 

「ヘ、ヘノも……女王様の悲しい顔には、か、勝てませんからねぇ」

 

 クリスティーナという女性は、妖精女王ティタニアがパートナーとして選んだ、ただ一人の人間だ。つまりはヘノと桃子、あるいはニムと柚花のような関係である。

 妖精が自分のパートナーをどれだけ大切にしているかを身をもって知っているヘノは、母たる女王ティタニアのパートナーであるクリスティーナにも、ヘノなりに敬意を払っているらしい。

 誰でも変なあだ名で呼ぶヘノが、きちんと名前を覚えているのが、それを物語っていた。

 

 

 

 

 

「――というわけで、ヘノ先輩とニムさんは今頃妖精の国に戻って果物でも食べてるんじゃないですかね」

 

 ここは、新宿ダンジョンギルドと繋がっている高層ビルの12階にある、第一会議室である。

 過去に桃子と柚花が呼び出され、世界魔法協会会長のクリスティーナから取り調べを受けたのもこの場所だ

 そしてこの日、その時と同じように、第一会議室では柚花とクリスティーナが顔を合わせていた。

 

「アラ。ヘノもニムも、ここマで来てくれても良かったのに。ティタニアの娘なのだから、ワタシたちは家族のようなモノでしょう?」

 

「新宿は人が多すぎて、妖精の子達は誰も来たがりませんよ。っていうか、魔法生物を秘匿する立場の人が無茶言わないでください」

 

 クリスティーナ・E・ウィンチェスター。通称クリス。

 過去にイギリス、アイルランド両国に跨がるダンジョンに現れた災禍の魔竜に足を焼かれ、その時の瘴気の傷が原因で今でも車椅子生活を余儀なくされている彼女だが、その秘めた力は本物である。

 どのようなカラクリかは柚花も知らされてはいないが、彼女はここが地上であるにも関わらず、様々な魔法を使いこなすという、柚花とはもはや次元の違う魔法のエキスパートだ。

 しかし、そんなクリスティーナを前にしても、柚花は緊張した素振りをみせずに、妖精談義を続けている。

 

「ヘノは風の妖精、ニムは水の妖精だったわよね? アア、ティタニアの娘たちにもマた、会いたいワネ」

 

「ティタニア様に会いたきゃ、頑張って時間を捻出して、山形の蔵王ダンジョンに遊びに行ってくださいよ」

 

「ええ、そうね。そのためにも」

 

「今回の事件を、手早く片付けちゃいましょうね」

 

 柚花とクリスティーナはなにも、部屋のど真ん中に二人きりで話し込んでいたわけではない。

 むしろ、今は部屋の隅っこで、手持ち無沙汰な時間を雑談で誤魔化しているにすぎない。

 部屋には、クリスティーナの部下と思われる様々な人種の面々と、日本のダンジョンギルドから派遣されたギルド職員、そして名も知らぬ何人かの探索者たちが集い、机に向かい何かしらの書類を書き留めている。

 

 

 

 

 この日、集められた探索者は五人。

 新宿ダンジョンの探索者が三人と、鎌倉ダンジョンの探索者が二人。彼らはみな『ハーメルンの笛吹き男』に出くわした――いや、厳密には『笛の音とともに大切な仲間が消えてしまった』ものたちだ。

 現役探索者なので20代と30代に偏ってはいるものの、年齢はバラバラ。互いに面識もない。

 今は魔法協会のスタッフたちが、なにやら込み入った書類の説明を続けている。

 

「で、クリス会長。記憶を読みとった結果としては、どうだったんですか?」

 

「アー……そうね、結論としては『幼なじみがいる過去と、幼なじみがいない過去、ドチラの記憶モある』といえるわ」

 

「なんですかそれ。まるでシュレディンガーの猫じゃないですか。箱を開けるまでどちらの可能性もある、みたいな」

 

「そうね。彼らにとってココは『箱を開けたら幼なじみが居なかった世界』と言えるかモしれないわ」

 

 クリスティーナの表情は冴えない。

 彼女は人間の記憶を読み取れる魔法使いだ。

 けれど、決して細かい記憶を覗き見られるわけでもなければ、その記憶の中の人物の詳細を探るような真似は出来ないのだ。

 今回分かったこととしては、少なくとも彼らの脳内には、失った幼なじみたちが存在する、ということだけである。

 

 ギルドも、魔法協会も。ここ数年の彼らの探索実績を調査し直し、彼らが近年訪れたダンジョン、戦った魔物、関わりのある探索者たち、それらを全て洗い出している。その調査は今でも続いているはずだ。

 しかし、これといった『何か』がつかめない。

 共通点と言えば、彼らは現時点ではきままなソロ探索者である、ということだけである。

 

「とは言ってモ、それは偽物の植え付けられた記憶なのは間違いないノよ。未来は不確定だとしても、あとから過去が不確定になることなんて、あり得ない」

 

 そう、あり得ないのだ。

 柚花、そしてクリスティーナ。

 絶大な魔力と、すべてを見通す瞳。それらを持つ彼女たちが、その断片すらも得られない『ハーメルンの笛吹き男』。

 

「せめて何か、新情報でもあればいいんですけどね」

 

 しかし、柚花のこの呟きは、意外な形で――本当に、意外な形で叶うことになる。

 彼らを結びつける新たな情報が得られるのは。そして、柚花がその事実にブチ切れるのは。

 これからすぐのことである。

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