ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
小さい石畳の部屋。
四方とも壁に囲われ、壁に空いた小さな窓からは星空が覗き、青い花畑の香りがそこから漂ってくる。
見ようによっては扉のない牢獄のようにも見えるその小部屋に、二人の探索者は寝かされていた。
「この方たちには、一応の応急処置はしておきましたよ」
「こいつら。死んではないけど。たくさん怪我してるぞ。大丈夫なのか」
石畳の上に申し訳程度に敷かれた薄布の上に寝かされた二人。
女性と、男性。見たところまだどちらも若手で、20代半ばといったところだろう。
スーツはりりたんが脱がせたのか、黒髪の男性は鍛えた上半身をむき出しの状態だ。腕から肩にかけて巻いた赤黒い染みのある包帯が痛々しい。
しかし、こちらはまだマシなほうだろう。
同じく女性もスーツが脱がせられているが、しかしこちらは胴体全てに包帯が巻かれているような状態で、その包帯もかなりの範囲が赤黒く染まっていた。顔色も青白く、包帯の巻かれていない部位も血で汚れ、本来なら綺麗な艶を持つであろう長い髪も、乾いた血でガチガチになっている。
ヘノやりりたんの言葉がなければ、生存しているとは思えない有様だ。
「うぅ……け、怪我が酷いし、毒が……まわっていて、大丈夫じゃないですけど……でも、命の危険はなさそうです」
水の妖精ニムは、回復系統の素養を持っているのだろう。真っ先に二人の近くへと寄り、それぞれの容態を確認していた。
「最初はもっと、色々はみ出たり千切れたりと、酷かったのですよ。ここまで回復させたりりたんのこと、褒めてくださいね」
「はみ出……う、うん、凄いよ、ありがとう」
「ふふふ。褒められるというのは、やはり嬉しいものですね」
どうやら、元々はもっと壮絶な状況だったようだが、りりたんがこの二人の命を繋げてくれたらしい。
桃子が素直にお礼を述べると、『魔女』というには年相応の、はにかんだ笑顔を浮かべている。
いくら謎が多いとはいえ、15歳というのは本当なのだろう。
「おい魔女。お前のスキルなら。解毒の魔法も。使えるんじゃないのか」
「毒というのは様々なものがあるのです。残念ながら、半魚人の槍に塗られていたこの毒は、ある程度の抵抗は出来ましたが、解毒まではちょっと難しいですよ」
ヘノが解毒の魔法について問うが、りりたんはそう簡単ではないと首を振る。
確かに、桃子も知識として知っている。毒と言っても世の中には色々な種類があって、虫の毒、蛇の毒、植物の毒、キノコの毒、海洋性の毒……他にも様々。大まかな分類だけでも多岐にわたり、更にはその上で個々で性質が違うのだ。
てっきり、『解毒』の魔法ならばそれら全てに効果があるようなイメージがあったが、実際にはそこまで万能なものでは無いようだ。りりたんの言葉通りなら、最低限の抵抗力などは保証されるようだが。
「ニム。解毒は。出来そうなのか?」
「うぅ……。毒は、専門家でないと、わからないですぅ……」
「そうか。なら。専門家に。聞かなきゃな」
桃子も毒の専門家とやらには思い当たる人物……というか妖精が一人いた。
何やら怪しげに「ククク」と笑うのが特徴的な、独特の雰囲気を持つ妖精だ。いくら怪しくとも手のひらサイズの女の子なので、可愛らしい印象は拭えないのだが。
一体彼女は何の妖精なのだろう、やっぱり毒の妖精なのだろうか、等と考えていたが、この場に関係ないので桃子は首を振って雑念を振り払う。
桃子がそのような横道の思考に耽っている間に、ニムによる触診が終わったようだ。
「では、ニムさん。こちらの女性はまだ下手に動かすのも危険な状態なのですよ。なので、しばらくニムさんにはこちらに残って頂いて、治療をお願いしてもよろしいですか?」
「ニム。だそうだぞ。どうする」
「え、えぇ……うぅ……ど、どうしよう」
この場では無力な桃子をよそに、妖精と魔女の間でどんどん話が進んでいく。
どうやら、怪我の状態が酷い女性探索者の治療のために、ニムがこの場に残って回復を進める、ということのようだが。
しかし、ここでニムが離れてしまっては困るのは桃子だ。
「え、待って待って。ニムちゃんがいないと私もここから出られないよ、帰れなくなっちゃう」
そう、桃子がここまでやってこれるのは、あくまで妖精二人による合体魔法【水中呼吸】によるもの。
ニムが帰れないなら桃子も帰れない。さすがに風の妖精のヘノだけでは、水に沈んだ深潭宮を通り抜けることは難しいだろう。
「ふふふ。大丈夫ですよ。ももたんは今、便利なものを持っているではないですか」
しかし、りりたんはこともなげに言う。
その瞳は桃子がベルトから垂らしている革袋、いや、その中に入っている鵺の紅珠へと向いていた。
これには女王ティタニアが転移の魔法を付与している。これにヘノかニムが魔力を注げば、別な場所への転移の膜が出現する。らしい。
「りりたん、なんでもお見通しなんだね……」
「ふふふ。りりたんは自分に【看破】を付与していますからね。このスキルは妖精と同じ視界を得ることができて、とても便利なのですよ」
「そっか……」
便利なもの。人の心までもを覗き見るその眼を持ってしまった後輩の悩みを知った後では、素直に頷くことはできなかった。
とはいえ、きっと目の前の少女は、そのような全てを見抜くスキルなどなくとも、人の心などお見通しなのかもしれない。なんとなく、そう思う。
「ところで、ももたん。ここで一つ、勘違いされたくはないので。伝えておきますよ」
「うん? えと、私に?」
「はい。先に伝えておきますが、りりたんはお友達のペルケトゥスのお願いだったので仕方なくこの方々に治療を施しましたが、自ら進んで献身的に助けようという気持ちは全くありませんよ」
「え……そ、そうなんだ」
突然のりりたんからの言葉に、桃子は言葉が詰まってしまう。
てっきり、治療までしてくれているのだから、彼女も当たり前のこととして人を助けてくれるものだとばかり思っていた。
けれど、どうやらそういうわけではないのだろう。
「恐らく、ヘノさんやニムさんも、ももたんが望まなければ見知らぬ人間をいちいち助けるつもりはないと思いますよ。違いますか?」
「うぅ……わ、わたしは……その……」
「ヘノは。桃子の手助けはするけど。自分から。人間に関わるつもりは。あんまりないぞ。気分次第だな」
「そっか、そうだよね。妖精は、人間に干渉しないって、そういう関係だったっけ……」
そっか、と項垂れる桃子。
妖精たちと仲良くなってから、錯覚していたようだ。てっきり皆も自分と同じく、怪我をしている人間は見捨てられず、困っている人は助ける。そういうものだと思っていたけれど、妖精がそこまで人間に干渉するはずはないのだ。
妖精と人間は、ただ同じ場所に存在しているだけ。本来は慣れあうことのない別種族だ。それどころか、ニムに至っては人間は恐怖の対象ですらある。この場で人助けをしようとしているのも、もしかしたらほぼ巻き添えのようなものなのかもしれない。
「ですから、ももたん。取引をしましょう」
「取引、ですか……?」
しかし、取引、と言われてつい顔を上げる。
そこにはどこかで見たような悪戯めいた顔つきのりりたんが居る。なんとなく、つい言葉が敬語になってしまった。
「りりたんは、この方たちを治療こそしましたが、助ける気持ちはあまりありません。それどころか、勘違いだとしてもペルケトゥスを討伐しようとしている方々など、りりたんが直々に滅して差し上げようかとすら思っていますよ」
そう告げるりりたんの目は、うっすら笑ってはいるものの、その奥は深海のように暗い。
おそらく彼女の力ならば、深潭宮に侵入する探索者全員をどうにかすることなど、実際に容易いことなのだろう。
15歳の少女だというが、彼女の精神性は人のものではなく妖精のほうが近いということは今までの会話からも読み取れる。
ダンジョン内における力関係を示す天秤は、完全に彼女に偏っている。
「ですから、取引をしましょう。りりたんは、ももたんの望みを叶えるために力を貸しますし、矛を収めてもよいですよ。代わりに、ももたんは人魚姫として、ギルドの方々をどうにかしてくださいね」
「え、人魚姫……ですか?」
人と妖精の在り方に由来する重い話……のはずだが、なんだかちょっと斜めに逸れてきた気がする。
ヘノとニムも、興味深そうに黙って人間二人のやり取りを聞いていた。
「りりたんは、ああいう噂で注目されるのは億劫なのですよ。静かに、自由に、大海原を泳いで、好きに本を読んで過ごす。それがりりたんの昔からの望みなのです。その点、ももたんはそういう噂の扱いは、得意だと思うのですよ」
「え、いや、別に――」
「桃子は。ドワーフや。座敷童子の噂を。うまく利用して。お供え物とかを。貰うくらいには。得意だぞ」
桃子が否定する間もなく、ヘノがドヤ顔で肯定してきた。
確かに、お供えものを貰ったり、お礼の品を貰ったりしたものの、ヘノの言いざまではまるで桃子が自分から進んで噂をまき散らしているようではないか。
桃子にとっては、酷い風評被害である。
「うぅ……桃子さんは、歩く都市伝説って……柚花さんも、言ってました……」
「いや、なにそれ? あの子なに言ってんの?!」
こちらはこちらで、寝耳に水だった。
どうも、周囲の人間からの認識が、桃子の意図しない方向にねじ曲がっているような気がしてきた。
「ふふふ。ともかく、りりたんは自分の望みのために、ももたんに力を貸しますよ。りりたんは魔女。そしてももたんは人魚姫。ほら、絵本の物語通りですよ」
「えと……はい、なんだかよく分からないけど、泡になって消えないように頑張ります」
「まあ、うまく行かなければりりたんが実力行使するだけです、ペルケトゥスは殺させませんから。安心してくださいね」
彼女の実力行使とは、すなわち探索者パーティの全滅とイコールということだ。
桃子は、全然安心できなかった。
「じゃあ、ニムちゃん。本当に、大丈夫?」
「うぅ……わ、私も……泡にならないように、頑張ります……ちゃんと、治療が終わったら、戻りますから……」
「わかったぞ。女王には。ヘノが伝えておくから。心配しなくていいぞ。そこの魔女に。スコーンでも。沢山貰うといいぞ」
結局あのあと、ニムも悩んだ末にこの場所に残って治療を続けることにしてくれた。
ニムの見立てによれば、数日もあれば、この女性探索者の傷も癒えるとのことだ。
身体の傷とは別に例の毒に蝕まれているため、すぐに元気になれるわけではないようだが、元々が生きているのが不思議なくらいの状態だったそうなので、それだけでも凄いことである。
そして一方傷の治った男性探索者のほうは、桃子たちが運び出すことになった。
この場に寝かしておいても構わないとは思うのだが、りりたんが言うにこの地は男性厳禁なのだそうだ。そう言われては、仕方ない。
「では、また来週。おいでくださいね。色々解決した暁には、ももたんにはご褒美をあげちゃいますからね」
「う、うん。頑張る……ね?」
なんだか流れで色々決まってしまったが、果たして自分は何をすればいいのか? 人魚姫とは?
色々と整理がつかずに返答の歯切れも悪くなってしまったが、何はともあれ今はこの男性探索者を病院まで連れていかねばならない。
ギルドでどう説明したものかとも思ったが、見るからに行き倒れなので、倒れていた人間を拾ったとでも伝えれば大丈夫だろうか。
なんにせよ、すでに紅珠に魔力を注がれ、桃子とヘノの帰りの扉は現出してしまっている。
ここまで来たら、いつもの通り。なるようになれ。開き直って、頑張るしかないのだ。
「じゃあヘノちゃん。人魚姫になってみんなを救う作戦、頑張ろうねっ!」
「わかったぞ。ヘノがついてるから。心配ないぞ」
ぐっと拳を握って、覚悟を決める。
よく分からなくても、ヘノと一緒ならきっと、大丈夫だ。
そしてニムとりりたんを残して、眠る男性探索者を背負って、意気揚々と転移の膜を潜る桃子とヘノだったが……。
「えーと?」
「桃子。ここ。どこだ?」
てっきり、妖精の国に戻るものだと思っていた。
百歩譲って、桃子のホームでもある房総ダンジョンに戻る転移魔法だとばかり思っていた。
しかし、思い返せば女王ティタニアも、どこへ繋がる転移なのかは一言も言っていなかった気がする。
慌てて後ろを振り返るも、今通ってきた光の膜はすでに消滅してしまっている。
「ヘノちゃん、ここの地形、私前に見たことある気がする」
「奇遇だな。ヘノも。見た記憶があるぞ」
ヘノと桃子。そして桃子が背負う探索者が転移してきたのは、どこかの浅い池だった。空から光が差し込み、周囲には原生生物の鳥の囀りが聞こえる。
そして、見上げた左右には、大きな崖。
このような明るい場所ではなかったが、この巨大な崖には見覚えがあった。
「ここ、深淵渓谷……?」
遠野ダンジョン、第三層。深淵渓谷。
鵺の呪いから解き放たれ、渓谷の底まで光が差し込むようになった、光差す深淵。
偶然というよりは、恐らく必然。
鵺の身体から生み出された紅珠によって、桃子とヘノは再びこの渓谷へと踏み込むことになった。
今度は、眠り続ける男性を背負った水着姿で。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
今日は、珍しいお知らせですよ。この場所に、お友達がやってきてくれました。
でも、配信にうつりたくはない恥ずかしがり屋さんなので、今はカメラの裏側にいらっしゃいますよ。
りりたんよりも小柄な、小さな可愛らしい女の子です。
『うぅ……』
はい、大丈夫ですよ。今のはお友達の声が漏れただけです。この場所には魔物はいませんし、とても安全ですからね。
ふふふ。場所は秘密なのですよ。
さて、今日はりりたんが一番好きな絵本を朗読しますね。
はい、そうです。『人魚姫』です。りりたん、昔から人魚になりたかったのですよ。
きっとりりたん、自由に海を泳ぎたいがために、海で囲まれた日本に生まれたのですね。
では。朗読を始めますね。
人魚姫。
これは、深い深い、海の底の物語――。