ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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長崎のハーメルン

 第一会議室の空気は、弛緩しつつある。

 記憶を読み取る処理も終わり、形式的な書類のやりとりも終えている。しかし、現状ではなんの手がかりもないという残念な状況だ。

 今はしばし休憩として、ギルドが準備した仕出し弁当が全員に行き届き、ひとまずのランチタイムである。

 

「なんですかこれ、めちゃくちゃ豪華じゃないですか」

 

「ワタシが来ると、いつもこうなのよ。もっとジャンクな食事でいいのにね」

 

 柚花はクリスティーナと席を並べ、仕出し弁当を食べている。さすがは超VIPである世界魔法協会会長に出す弁当だけあって、かなりの高級品である。

 器はプラスチックの使い捨てではなく、しっかりした木箱の器。鱗付きのぱりっと焼かれた鯛に、金粉をあしらった季節の炊き込みご飯。ほかの総菜もすべて高級なものばかりで、もはやちょっとした料亭だ。

 更には、別添えに冷製澄まし汁と高級和菓子がついている。とてもではないが、無機質な会議室の長テーブルで食べるべき弁当ではない。

 

「せめて、りりたんでも居てくれれば、もっと効率的な手段もとれたんでしょうけど、あの子いま旅行中なんですよねえ」

 

「りりたん……ですか」

 

 ここで二人の脳裏に浮かぶのは、一人の女子高生のしれっとした笑顔である。

 天海梨々。先代女王ネーレイス。

 彼女は、人間でありながらクリスティーナを遙かに超える力を持っており、探索者の記憶を覗き、さらなる詳細を覗き見ることも可能だろう。本人がやるかやらないかは別にして、だが。

 

「彼女は今は、モモコさんと旅行中なのよね?」

 

「ええ。モチャゴンの作者さんにサインをもらってきますね、とか浮かれてましたよ、あの子」

 

 それは、なんの気もない雑談だった。

 進展のない状況で、ただ共通の知人の話題を口にしただけだった。

 しかし、それが新たな情報をあぶり出すことになるとは、柚花も、クリスティーナも。全く、思いもしないことだった。

 

「いま、モチャゴンって言ったかい?」

 

「おじさん、急に入ってくるじゃないですか」

 

 不意に、話に割り込んできたのは鎌倉ダンジョンの30代半ばのベテラン探索者だ。先ほどまでは記憶を覗かれたり書類にサインをさせられたりと、されるがままのおじさんだったが、滅多に食べられない高級弁当にご機嫌な様子である。

 見れば、その言葉に反応し、更に別な二人の探索者までもが食事の手をとめて、柚花とおじさんのやりとりに注目している。

 

「おじさん、モチャゴンの児童書読んでたんですか?」

 

「ああ、いやね。児童書も知ってるけど、俺が通ってた小学校にそういう七不思議があってね。つい懐かしくて反応しちゃったよ」

 

「……は?」

 

 時が止まったような、そんな錯覚が柚花を襲う。

 瞬時に、様々な情報が脳裏を飛び交う。噛み合わなかった要素が組み合い、真相へと続く道に光が射す感覚を味わう。

 

 バラバラだった情報が、柚花の脳裏でいま、一つに繋がった。

 ギルドも、魔法協会も、彼らの近年の活動を重点的に調べている。『ハーメルンの笛吹き男』に出くわす前に、ダンジョンで彼らが何をみたのか、ダンジョンで何と出会ったのか、ダンジョンで何をしてきたのか。

 けれど、逆だった。これはそもそも『怪異』現象なのだ。『怪異』はダンジョンではなく、地上で発生するものなのだということを、失念していた。

 だからこそ。

 調べるべきは、ダンジョンではなく――。

 

「クリスティーナ会長。調べるべきは子供の頃です! 探索者になる前の彼らがどこにいたのか、調べなおしてください!」

 

「……わかった。スグに、指示を出すわ」

 

 なんの手がかりもなかった調査は。

 この雑談を発端に、新たな局面を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 五人の探索者のうち、七守小学校の卒業生が二人に、隣接した学区の出身者が一人。

 残りの二人は、大学時代に長崎に居住し、当時は長崎ダンジョンに潜っていた履歴も残っていた。

 長崎に居住していたというだけならば、偶然かもしれない。しかし、あの七守小学校の卒業生が二人もいる以上は、それが無関係ということは考えにくい。

 

「なんですか、もう! 長崎に行くのを我慢して東京で調査してたら、結局長崎に行き着くんじゃないですか!」

 

「落ち着いてください柚花さん。何も、ただ長崎に行けば解決するという問題ではないんですから」

 

 現在は、探索者たちは再び魔法で眠らされ、改めてクリスティーナの魔法による記憶調査が行われている。

 今回の調査は、過去に長崎ダンジョンに関わった際の記憶だ。

 彼らの長い人生の記憶から、本当にあるのかどうかもわからない『きっかけ』を探ろうというのだから、実に大変な作業である。まだまだ、しばらくは時間はかかりそうだ。

 一方、クリスティーナが魔法を行使している間は、柚花は荒くれていた。

 具体的に言うならば、最初から長崎に行けばよかった! と。愚痴をまき散らし、唯一心を開いているギルド職員である窓口杏に絡んでいる。

 杏は単に、今回の調査をする上で、柚花の関係者として呼び出されただけの巻き添え職員だ。

 

「うー、もう。窓口さんがいなかったら、私はいまごろ爆発してますよ。撫でてくださいよ」

 

「はい、よしよし。柚花さんは本当、やりにくい妹ですね」

 

「柚花ちゃんは本当、ヤリイカ食い放題ですぜ」

 

「リヨンゴさんは口を閉じてて下さい。百合の間に入るのはアフリカの英雄でも許されませんよ。その口、縫い合わせますよ」

 

「ひぃ、おっそろしいですぜぇ」

 

「ちょっと、人を勝手に百合の相方に仕立て上げないでください」

 

「いいじゃないですか。人間に限定すれば、私は先輩の次くらいに窓口さんのことが好きですから。光栄に思って下さい」

 

「そんなカミングアウトされても光栄どころか、複雑ですよ」

 

 柚花は杏にもたれ掛かるように体を預けており、その横でからかうような口を挟んでいるのは、アフリカ系の大男、リヨンゴだ。

 魔法生物――アフリカの伝承にある巨人でもある彼は、今回もクリスティーナの護衛としての参加である。

 とは言っても、魔法的な記憶調査では彼も全く力になれないため、今は柚花たちとともに部屋の隅で待機中だ。

 

 

 

 

 

 

 杏に甘え、リヨンゴと愉快な雑談を繰り広げること30分ほど。

 室内では、どうやら魔法による調査も終えたようで、クリスティーナが何やら部下に指示を飛ばしている。

 柚花も座席から立ち上がり、クリスティーナへと話しかける。

 

「どうでしたか? クリスティーナ会長」

 

「ええ、それが……」

 

 しかし、クリスの顔色は優れない。

 調査は、あまり芳しくなかったということだろう。それくらいは、様子を見れば【看破】など使わずとも分かる。

 しかし、さすがは世界魔法協会のトップだけのことはある。困惑はしようとも、狼狽は見せない。

 

「ユカさん。モモコさんとネーレイス様、そして魔法協会のナナ・オイシバがいま、長崎ダンジョンに居るという話でしたね?」

 

「ダンジョンに潜っているかどうかはわかりませんけどね。その様子だと、何かあったんですか?」

 

「……妨害を受け、記憶調査の魔法は遮断されました」

 

「は?」

 

 クリスは首を振り、調査の失敗を告げる。

 しかし、失敗は失敗でも、それは柚花の想像していたものとはかなり違うタイプの『失敗』だ。

 情報が見つからなかった、手がかりにはならなかった、そのような『失敗』ならまだいい。

 しかし――。

 

「どうやら、ワタシが長崎ダンジョンについての記憶を読みとることを『何か』が拒んでいるようです」

 

「何かって……え? いま、ここでですか?」

 

 それは、普通ならばあり得ないことなのだ。

 例えば、妖精の加護を持つ柚花や桃子、そしてクリスティーナならば、その加護の力で精神に浸食する魔法を拒むことはあるだろう。

 けれど、彼らは決して妖精――魔法生物の契約者などではない。

 しかし、実際にクリスティーナの魔法は阻まれた。昼の段階では普通に記憶を読みとれた以上、今回阻まれた要因が『長崎ダンジョンの情報を探った』ことに起因することは間違いない。

 

「誰か、ギルドに長崎ダンジョンの情報をまとめさせなさい。それと、長崎に滞在しているナナ・オイシバとつなげて下さい! 彼女に、今すぐにでも、長崎ダンジョンの情報を調べさせるように――」

 

「あの、会長。それが……」

 

「どうしマした? 何かありマしたか?」

 

 魔法協会の部下に指示を飛ばすクリスティーナ。彼女は車椅子から動けない華奢な女性ではあるが、その芯は強く、老獪だ。

 強い意志とともに、長崎ダンジョンという場所そのものを『警戒すべき場所』として包囲網を組むつもりである。

 しかし、そこに待ったをかけたのは、意外なことに魔法協会の女性職員だ。クリスティーナの秘書の一人であり、彼女自身も人間に擬態した魔法生物である。

 その女性秘書が、困惑気味にクリスティーナの前で、スマートフォンを差し出している。

 

「いえ、実は……まさに今、長崎に滞在している老芝奈々という職員から『会長、もしくは橘柚花とつないで欲しい』という通話が届いております」

 

「ハ?」

 

「は?」

 

 タイミングが良すぎて気持ちが悪い。ついつい、柚花とクリスティーナは声をハモらせてしまう。

 そして、それと同時に思い出す。このように、気持ちが悪いほどにタイミングの良い電話というのは、過去にも幾度かあった。

 そして、その電話には、必ずとある少女――りりたんが関わっていたのだ。

 まさにいま、奈々や桃子とともに居るはずの少女が、ほくそ笑んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

「もしもし、奈々さんですか? 柚花です、先輩に何かあったんですか?」

 

 電話を受け取ったのは柚花だ。

 クリスティーナでも良かったが、さすがに会長と直通電話では奈々の精神が持たない。

 

『あ、柚花さん! その、私も混乱してるんですが、梨々さんから言付けの手紙を預かっているんです!』

 

「ええと、その言付けとは?」

 

 現在は、奈々の声はスピーカーを通して室内の全員が聞いている。クリスティーナに、彼女の直下の部下たち。そしてごく一部のギルド職員。

 探索者たちは眠っているので、この場ではほとんどの情報がオープンだ。

 

『読み上げますね。ええと……。ゆかたん、クリスティーナ。とってもとっても優しいりりたんが、あなたたちに素敵な情報を提供してあげますから、感謝してくださいね。お礼としては――』

 

「あ、奈々さんすみません。とりあえずどうでも良さげな部分は省いてもらえます?」

 

『わかりました! では――ハーメルンの笛吹きは今、長崎ダンジョンにて。ももたんの幼馴染みである"イチゴちゃん"として現れています』

 

「……は?」

 

 初っぱなから、爆弾が投下された。

 いま、奈々はなんと言ったのか。頭のスペックが人より高い柚花ですら、それを理解するのには少しの時間がかかってしまう。

 当然、室内のほかの人員も皆、奈々の言葉は理解の範疇を越えていたようで、皆が皆、あっけにとられた顔で音声を聞いている。

 

 りりたんからのメッセージは続く。

 

『私も、すぐにダンジョンに戻ってあれを見張りますから、ゆかたんは今から伝えるものを明日までに持ってきて下さいね』

 

「は?」

 

 この日だけで、何度「は?」という言葉が口をついて出たか分からない。

 なんのためにわざわざ新宿ダンジョンまでやってきたのか。

 なんのためにわざわざクリスティーナが来日したのか。

 なんのためにギルドや魔法協会の人員が必死に調査をしているのか。

 それら全ての疑問を力づくで上から叩き潰すような、りりたんのメッセージだった。

 

 そして。

 奈々の口から語られた『明日までに持ってくるもの』を聞かされて。

 そのあまりの無茶ぶり具合に、心からの「は?」が、柚花の口をついて出てくるのであった。

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