ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ねえ、スズランちゃん。いきなりだけど、今日はここのダンジョンに泊まっていかない?」
それは、突然の提案だった。
教会でヒナタの話を聞いた後のことだ。
入り江に建てられた教会の外に出て、崖の上から海を望んでいると、ミュゲットの制服に黄色いリボンが目を引く幼なじみ、イチゴが声をかけてきた。
「せっかくだしさ。私、スズランちゃんと一緒にキャンプしたいなーって」
「ええっ?! いきなりすぎない? 私、簡単な調理道具くらいならともかく、野営道具なんて全然持ってきてないよ?」
「大丈夫だよ。私、野営道具がある場所知ってるから。それに、久しぶりにさ、焚き火を囲いながらスズランちゃんのカレーを食べたいなーって」
「うーん、そうは言ってもなあ……」
桃子は思った。今日のイチゴはやけに押しが強い気がする。
果たして、イチゴはこんなに押しが強い少女だっただろうかと桃子は記憶を辿る。
自分とイチゴは、幼なじみだったはずだ。二人が出会った子供の頃から元気いっぱいで、二人で一緒にはしゃぎ回っていた気がする。その頃から桃子は「スズランちゃん」と呼ばれていたはずだ。
しかし、イチゴは成長して大人になり、もっと成熟した人間だったような気もする。
そもそも、彼女はどうして桃子を「スズランちゃん」と呼ぶようになったのだろうか。
記憶を辿ろうとすると、桃子の脳裏に白い霧のようなもやがかかり――。
背後からぽんと肩を叩かれ、桃子は我に返る。
「ふふふ。どうやらイチゴさんは、ももたんが地上に戻ってしまうと不都合があるようですね。カレー以外にも、何か目的があるのでは?」
「さすがりりたんちゃん、鋭いねー。でも、本当に引き留めたいのは――貴女なんだよ、深淵の呪いを引き連れし存在」
「あら? イチゴさんからのご指名ですか? それとも、光の守護者となりし方々からのご招待でしょうか? どちらにせよ、光栄なことですね」
「え? 待って待って、なにを言ってるのかはわからないけど、ダメだよ? 仲良くしなきゃ」
りりたんが何かとポエムじみた言い回しをするのは今に始まったことではない。
イチゴがそれに乗っかっているのは少しばかり意外だが、どちらにせよ深淵の呪いがどうとか、光の守護者とか、そういう特殊な言葉のチョイスはよくあることだから気にはしていない。
だが、なんとなく。なんとなく、二人の間に不穏な空気が流れている気がして、桃子はあわてて仲裁に入る。
「ごめんごめんスズランちゃん、大丈夫だよー? りりたんちゃんと私は、特殊言語バトルを繰り広げて遊んでるだけだから」
「イチゴさんは失礼ですね。私はただただ素敵な言い回しを多用しているだけですよ?」
「えー? もう高校生なんだから、二人とも特殊言語は卒業したほうがいいと思うよ?」
どうやら、桃子の心配は杞憂だったらしい。二人は『特殊言語バトル』なる特殊なルールで遊ぶ仲間だったようだ。
もっとも、日常的にその特殊言語バトルを開催するのは年齢的にはどうなのかと思わなくもない。
「ももたんもさりげなく失礼ですね。りりたんを変な病気のように言わないでください」
「あはっ。まあ、それはともかく、キャンプはどう? りりたんちゃんも、悪い話じゃないと思うなー」
「そうですね。でも、ここで一度帰らないと怪しまれてしまいますね。記憶をいじっても良いのですが、それを嫌がる方もいそうですし……」
りりたんは、ちらりとイチゴを見てから、最後に教会に視線を向け、思案するような様子を見せる。
そもそも桃子たちは、ダンジョンの入り口から、地元の女性探索者である椎桑アサとともにここまでやってきたのだ。
アサからしてみれば、危険なダンジョンを制服姿の少女だけで向かわせる訳には行かなかったのだろう。だからこそ、見知らぬ相手だというのに道案内を買って出た。アサはまさしく善人である。
そして同じ理由で、教会で祈りを捧げ終えたあとは、必然的に彼女らとともに地上へ戻ることになるのだが――。
「ではももたん。私が地上に戻り、ななたんにもきちんとこの話を伝えてきますよ。なので、私が戻るまでこちらの教会で待っていて下さいますか?」
「いいの? りりたん」
「ふふふ。構いませんよ。ちょうど、ななたんに伝えないといけない話題もありますからね。ついでにカレーの材料でも購入してきても良いですよ?」
りりたんは、眼前に広がる第一層の海に視線を戻して、手に持っていた本をぱたんと閉じる。
この海の向こうには、瀬戸幻海のように別な島が見えるわけではない。数キロ先には薄い霧が発生しており、いわゆる、ダンジョンの突き当たりが見えている。突き当たりといっても、霧に向かって進むといつのまにか、別な方向に進んでいるというだけで、それはダンジョンが発見されてからは「当たり前」のことであり、探索者たちがそれを疑問に思うことはない。
アサとヒナタの記憶をいじらないのならば、りりたんは彼女たちと共に地上に戻る必要がある。それは理論的にも当たり前のことではあるのだが、ここでりりたんが素直にその流れを受け入れたことに、桃子は驚いた。正直言えばもっとごねられると思っていたが、どうやらりりたんは奈々に用事があるらしい。
時刻はまだまだ太陽の高い時間帯なので、いまからりりたんが一度地上へと戻り、奈々に話を伝えてから戻ってきたとしても、さほど遅い時間にはならないだろう。
更には、カレーの材料も買ってきてくれるというのならば非常にありがたいことである。
「まあ、私がいない間に、ももたんが妙なことをされないか心配ですけれど」
「やだなあ、怖い顔しないで。貴女相手ならまだしも、私はスズランちゃんを護るためにいるんだ。そこは、曲がりなりにも光の守護者側に属してる、このイチゴさんを信頼してくれるとうれしいなーって」
「そうですね、闇側の私と違い、どうやら貴女はイレギュラーとはいえ『そういう存在』のようですしね」
「なに? なに? また私に分からない特殊用語? 二人とも、仲がいいの? 悪いの? どっちなの?」
りりたんどころか、イチゴまでが光とか闇とか言い出す上に、何故だかその特殊用語に関してはこの二人は通じ合っている。
一人だけそれについて行けない桃子としては、この二人の距離感が全くつかめず、困惑するばかりである。
先ほどから隠す気もなくピリピリした雰囲気の二人だが、何故だかこういうときだけは息がぴったり合っていて、何が何やらさっぱりだ。
「ごめんねスズランちゃん。私たち、あなたを取り合ってるだけで、とーっても仲良しなのよ」
「そうですよ。では、あちらの方々もそろそろ帰るようですし、私も一度外へと戻りますね。ももたん、いい子にして待っていてくださいね」
りりたんの言うとおり、教会の掃除を終えたらしきアサとヒナタの二人が扉から出てくるところだった。その手には中身の詰まったゴミ袋を持っている。集めたゴミや枝葉は、てっきり適当に焚き火でもして燃やすものかと桃子は思っていたのだが、律儀に地上へ持ち帰るらしい。
アサたちが地上へ戻るならば、りりたんもそれについていくことになる。
「それに、私はいざとなれば魔法でささっと移動できますから。ご心配には及びませんよ」
「あ、うん。わかった」
桃子の心配は本当に杞憂だったようだ。
よくよく考えると、りりたんがここまで歩いてきたのは、あくまで桃子やアサに合わせていただけである。
りりたんならば、ダンジョン内では空を飛ぼうが、転移魔法でいきなりやってこようが、何があっても不思議ではないのだったなと、桃子は改めて思うのだった。
りりたんがアサ達と共に地上へと向かって歩いていく背中を見つめているのは、教会に残された桃子とイチゴの二人である。
これからしばらく、ここでりりたんの帰還を待たねばならない。幼馴染みのイチゴと二人でいること自体は桃子とてなんの苦もないけれど、さすがにやることがなく手持ち無沙汰は否めない。
「それにしても、スズランちゃんは大きく――ならないねえ」
「え? いきなりじゃん。イチゴちゃんこそ、あんまり変わらない……あれ?」
「うん、どうしたの?」
イチゴが、桃子の横に並んで立っている。
これは、ずっと昔から桃子にとっては日常のような並びであり、今更違和感を覚えるようなことではない。
しかし、今日に限っては何故だか、しっくりこない。
「そういえばさ、イチゴちゃんて今は何年生なんだっけ? あの時のイチゴちゃんて、私のひとつ下じゃなかった? ……あれ? あの時って、なんだっけ?」
桃子は、隣に立っているミュゲットのセーラー服に身を包んだイチゴを見つめる。
身長差があり、少し見上げるような形になるけれど、イチゴの瞳は記憶の中のままに優しく、愛情に満ちた視線である。
けれど、どこか、少しだけ。寂しそうな光だ。
「……っていうか、イチゴちゃんはアサさんたちと一緒に戻らなくて良かったの? 私は【隠遁】だからいいけど……あれれ?」
イチゴの瞳が、一瞬。悲しみに揺れた気がした。
しかしそれも一瞬のことだ。すぐにイチゴはにぱっと笑顔を見せて、桃子の両手をギュッと握りしめた。
イチゴがジッと、桃子の瞳を覗き込む。
桃子はそれに言葉も出ず、しばしの沈黙が二人を包み込み――先に口を開いたのは、イチゴだった。
「ねえ、スズランちゃん! 今は私のことよりもさ。せっかくだから、久しぶりに冒険しようよっ!」
「冒険? 冒険かあ」
そうだ、冒険だ。
自分とイチゴは、何度も冒険をしたはずだ。色々なダンジョンを旅してきたはずだ。森の中も歩いた。地下遺跡のような場所も歩いた。そうだ、そこでカレーを食べたのだ。
桃子の脳裏に、イチゴとの様々な記憶が湧き上がる。何故いままで忘れていたのかと、桃子自身が不思議に思うくらいに。
「私、長崎ダンジョンのいろんな場所知ってるの。りりたんちゃんが戻ってくるまで、美味しい木の実とかをもぎ取ってこない?」
「あ、それはいいね! じゃあ、あとでりりたんが戻ってきたら一緒にカレーにしようね!」
「うん、うん! それでこそスズランちゃん!」
カレーの具材集めは、桃子の楽しみのひとつだ。
房総ダンジョンと違い、ここは長崎ダンジョンという、桃子にとっては全くの未知の場所である。
未知の場所ならば、未知の食料があるはずだ。未知の食料を使えば、未知のカレーが出来るはずだ。実にロジカルだ。
「私、冒険したかったんだ。だって、私はスズランちゃんと一緒に、冒険をするために生まれたんだから……」
「え? どういうこと?」
「あはっ、比喩だよ比喩。ほら、じゃあ最初の目的地はねえ――」
それから、りりたんが舞い戻ってくるまでの間。
桃子は――スズランは、イチゴと共に、未知の長崎ダンジョンの第一層を舞台に久しぶりに冒険を堪能した。
はじめて見る木の実を二人でかじり、酸っぱさに顔をしかめた。
見たこともないキノコを巡り、食べるか食べないかで二人で盛大に考え込んだ。
ゴーストが現れて、二人で慌てて逃げたりもした。
とても、とても楽しかった。懐かしかった。
そして、何故だかわからないけれど。
とても、寂しかった。
【桃子の記憶】
――遙か過去の記憶。それは、イチゴちゃんと二人でダンジョンに忍び込み、たき火を囲ってカレーを作った日の出来事。
「スズランちゃん、これ全部おいしいやつだから、食べちゃおう」
「うわ、イチゴちゃんもずいぶん沢山集めてきたじゃん。これ全部、ダンジョンのキノコか、すごいね!」
イチゴちゃんが袋いっぱいに持ってきたのは、たっぷりのキノコ。
この森のダンジョンには、キノコが沢山生えていて、それをスズランちゃんは沢山集めてきてくれたみたい。
「でもスズランちゃんこそ、それなあに? 花?」
「えへへ、あっちにきれいな花畑があったから、カレーにしたらいい香りになるかと思って、摘んで来ちゃった」
「花カレーだね。どんな味になるのかな?」
私が見つけたのは、とても広い花畑。
見渡す限りの花畑があったから、良い香りの花をいっぱい摘んできちゃった。
世の中には、桜の花の桜カレーとかもあるはずだ。だから、花畑の花カレーがあってもいいと思う。
「うわ、スズランちゃん、このカレー、本当に花の香りがするよ?!」
「自分でもびっくりだよ。なんだか、カレーだけどカレーじゃないみたい。不思議な香りだね」
出来上がったカレーは、スパイスに花の香りが混ざって、ものすごく上品そうな風味になっていた。
これは、紅茶とかで味わっても良さそうだ。
それを堪能していると、イチゴちゃんが私の背中側を指さして驚いている。
「あ……スズランちゃん、後ろ見てっ」
「え? ええっ!? 妖精!? それにタヌキ……の、お母さんかな?」
そこにいたのは、青と黄色の小さな妖精たちと、野生のタヌキ。
多分、タヌキはお母さんタヌキだ。なぜか、私はひと目でそれが確信できた。
「お花カレーの香りによってきたんだね。スズランちゃんのカレーは、こんな子たちを引き寄せるんだねえ」
「あはは、すごいすごい! ねえ、あなたたちもカレー食べにきたの?」
私が話しかけると、妖精の子たちは私の周囲を飛び回って、何か楽しそうな表情で声をかけてくる。けれど、何を言っているのかは聞き取れなかった。
タヌキのお母さんは、私の横にきて、すり寄ってくれた。なんだか、私のことを撫でてくれているみたい。
「みんなスズランちゃんのこと応援してるみたいだね。残念ながら、声は伝わらないみたいだけど」
「えー? 私のこと応援してくれてるの? あはは、なんだか……嬉しいな」
活発な青い妖精。ほんわかした黄色い妖精。そして、タヌキのお母さん。
私は、とても楽しいんだけど、気づいたら瞳が潤んでいた。
「あれ? 私……どうしたんだろ」
「こんな形で介入するしか、スズランちゃんに伝えられなかったんだね。きっと……この子たちは、伝える機会がなかったからさ。お礼を伝えてるんだよ」
「あはは、全然よくわからないけど……でも、嬉しいな……あは……」
嘘みたいに、楽しいカレーの記憶。結局、泣きながら笑っちゃって、なにがなんだか分からなくなっちゃった。
いつのことだったかは思い出せないけれど、これはきっと、私にとっては、大切な記憶なのだと思う。