ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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魔女とイチゴ

「私は『教会で待っているように』と伝えたはずですが、ももたんたちは随分と冒険を満喫していたようですね」

 

 ダンジョンへと戻ってきたりりたんの一言目が、それだった。

 りりたんの目の前には、この長崎ダンジョン第一層で採れたらしきキノコや木の実が並べられている。

 それを集めてきたであろう桃子とイチゴの二人は、ところどころ土で汚れ、服や髪には木の葉や小枝が引っかかっており、つい今し方まで冒険をしていました、ということを隠そうともしない様相だ。

 りりたんは笑顔で二人を見ているが、二人にはりりたんの笑顔の奥に『怒り』の感情が見えたことだろう。

 

「ご、ごめんねっ、つい出来心で。でもほら、カレーのおかずは豊富になったでしょ? りりたんもカレーは豪華な方がいいでしょ?」

 

「ももたんが喜ぶと思い、せっかくりりたんが外のお店でニンニクやタマネギを購入してきたのですが、不要だったようですね」

 

「え、いや、そんなことないからっ。具だくさんカレーにしようね?」

 

 スーパーの袋を手にしたりりたんが、頬をぷくっと膨らせて拗ねている。

 彼女を魔女様として崇拝している琵琶湖ダンジョンの探索者たちが見たらひっくり返りそうな光景だが、桃子としてはいつもの何を考えているか分からないりりたんよりは、これくらい感情を露にしてくれたほうがやりやすい。そして、カレーは具だくさんのほうが嬉しい。

 そして、拗ねるりりたんに桃子がおろおろしているのを見て、ようやく桃子の共犯であるイチゴも口を挟む。

 

「まあまあ、りりたんちゃん。スズランちゃんさ、貴女に美味しいものを食べさせるために頑張ってたんだから、怒らないであげてねー?」

 

「……まあ、危険はなかったようですし、別にかまいませんけどね。何はともあれ、お腹がすきました」

 

「よし、じゃあカレーにしちゃおうか! ええと、場所は……」

 

 そう。キノコも木の実もスーパーの食材も、全てはカレーの材料だ。

 ここで拗ねてしまったりりたんの機嫌を良くしてもらうためにも、今やるべきはカレーを造ることである。

 今日は、突発的なキャンプだ。なので、いつものように妖精の国の台所を使えるわけではない。

 まずは調理をするにしても、拠点とする場所を探さないといけないのだが――。

 

「この教会前のスペースで大丈夫だよ、スズランちゃん」

 

「え? でも……さすがに、人が来ちゃうんじゃない?」

 

「じゃあ、りりたんちゃんに結界でも張って貰おうか。今のりりたんちゃんでも、それくらいは出来るでしょー?」

 

「結界を張るのは構いませんけれど、貴女に使われるようで不服です。もっと下手に出て、へりくだってください」

 

「お願いします、りりたんちゃん。ももたんの美味しいカレーを、一緒に食べるための結界を張ってくださーい」

 

「よろしい。では私、りりたんが物凄い結界を張って差し上げましょう」

 

「二人とも、仲良いの? 悪いの?」

 

 トントン拍子に、カレーを造るのはまさにいま居る場所――教会前の広場、ということに決定してしまった。

 ピリピリした空気を醸し出していたりりたんとイチゴだが、どうやら二人だけの距離感というものをきちんと確立できたようで、互いにツンツンした言い方をしつつも、なんだか気があっている。結局、桃子が口を挟む間もなく、りりたんがこの場所に結界を張るということに決定してしまった。

 桃子としては実にありがたいことだが、先ほどまでけんか腰だった自分の幼馴染みとりりたんが妙に仲が良いというのは、それはそれで不自然で、少しばかり落ち着かないのだった。

 

 

 

 

「では、カレーはともかくご飯が炊けるのはまだかかるのでしょうし、私はあちらで本でも読んで待っておりますね」

 

「手伝う気ゼロっていうのが、いかにもりりたんって感じじゃん」

 

 調理をするためには、まずは焚き火の用意をせねばならない。

 都合のいいことに、ここは海岸沿いのゴツゴツした崖面だ。少し降りれば、焚き火に必要なゴロゴロした石や岩も沢山転がっているので、手頃な岩を揃えるのに苦労をしなくて済んだ。

 また、ありがたいことに、イチゴが教会の裏手にあった小さな倉庫部屋から簡易的な野営セットやキャンプセットを準備してくれたため、突発的な野営と言えそれなりに問題なく準備は進んでいく。

 桃子とイチゴがあちらへ行って岩を集め、こちらへ行って道具を揃えとしている間、りりたんは夕日の海を望む崖の上にシートを敷き、マイペースに本を読んでいた。実に、いつも通りのりりたんだ。

 

「さてと、スズランちゃん。料理も一応手伝えるけど、私は何をすればいいかなー?」

 

「うん、ありがとっ。じゃあ、イチゴちゃんはタマネギの下ごしらえをお願いしようかな」

 

「おっけーだよー」

 

 イチゴは桃子の横に並び、教会から拝借した長椅子をテーブル代わりにして下ごしらえを手伝っている。

 ダンジョンで採取してきた木の実やキノコと違い、地上で購入したものは【カレー製作】ではフォローしてくれないのだ。なので、しっかりとニンニクやタマネギの皮をむき、刻むところから始めなければいけない。

 

 トントントン。桃子とイチゴが横に並び、探索者用の小型ナイフで野菜を刻んでいく。

 長崎ダンジョンの夜空には、星空が姿を現している。すでに火の灯った焚き火に照らされて、桃子とイチゴの顔が橙色に照らされる。

 房総ダンジョンのキャンプ場ほどの規模ではないけれど、仲間とともに焚き火を囲って一緒に料理をするというのは、桃子がずっと――やりたかったことの一つだ。

 

「ねえ、なんだか懐かしいね、イチゴちゃん」

 

「え? そうかな?」

 

「前にも確か……こうしてさ、二人で焚き火を囲って、カレーを作ったことあったじゃない? 今日みたいに、沢山冒険してさ、狸に食べられちゃったんだよね?」

 

「そう、だったかな。あはっ……」

 

 桃子は、ニンニクの皮をむきながら、横にいるイチゴとの思い出を語る。

 記憶のページをめくると、間違いなく『イチゴと冒険をした記憶』は、桃子の記憶に挟まっている。共にどこかの森の中を冒険して、カレーを作った記憶があるのだ。

 共にカレーを作り、野生の狸かなにかにつまみ食いされてしまい、二人で大笑いをしたという記憶が、今の桃子の脳裏にははっきりと存在している。

 

 その思い出話を聞いているイチゴの顔は、見えない。

 

「私、なんだか今日はさ、現実感がないんだよ。ずっと、優しい夢を見てるような気持ちなんだよね」

 

「……うん」

 

「でも、夢の中だったとしてもさ。幼馴染みのイチゴちゃんと再会出来て、とっても嬉しいなって思うの。変だよね、幼馴染みで、いつも一緒だったのにこんなこと思うなんて」

 

 処理を終えたニンニクを、ボウルに入れる。

 横ではタマネギを刻んでいたイチゴの手が止まっている。桃子が覗き込むと、イチゴはその瞳を潤ませていた。タマネギにやられたのだろう。

 

「スズランちゃん……私、私はさ……」

 

「ふふふ。駄目ですよ。お料理中にお喋りしすぎては。そろそろお米も炊けるのではありませんか?」

 

 瞳を潤ませたイチゴが何かを言おうとしたところで、しかしその言葉が続けられることはなかった。

 まるで、タイミングを見計らっていたかのように、乱入してきたのはりりたんだ。

 気が付けば、辺りはすっかり暗くなっていた。さすがのりりたんでも、わざわざ暗くなった崖の上で読書をするのはやめたのだろう。

 そしてりりたんの言う通り、飯ごうの様子を見ればちょうど良さそうな頃合いだ。

 

「あ、じゃあ、カレーも仕上げちゃおうね!」

 

 ご飯が炊けているのならば、あとは火から下ろして数分間蒸すだけだ。

 桃子はその時間を利用して、鍋に野菜と肉を投入し、ちょうど良い色合いになるまで炒めていく。

 そして、桃子が【カレー製作】の準備に勤しんでいるのを尻目に、りりたんとイチゴは調理台代わりに使用していた長椅子に腰を下ろしている。

 桃子がカレーの材料を炒める姿を見つめながら、りりたんが言葉を紡ぐ。

 

「イチゴさん。貴女が何者か、ようやく分かってきましたよ」

 

「さすがはりりたんちゃん。ジッと私のことを観察してたのは、分析するためだったのね」

 

「ももたんが高校二年生の頃に演じた『スズランの妖精』のパートナーの少女が、貴女、イチゴでした。まあ、そこまでは私も初めから気付いてはいましたが――あなたの『正体』となると、また別なものですよね? 実に、愛憎入り交じった、複雑な存在です」

 

「まあ、貴女ならわかっちゃうのかな。それで、りりたんちゃんの答えは?」

 

「ふふふ。貴女、いや……『ハーメルンの笛吹き』の正体は――」

 

 パチパチと、焚き火の木の弾ける音が響く。風とともに、波が崖に打ち付ける音が通り過ぎる。

 りりたんが張り巡らせた結界の外には、ゴーストを始めとした『アンデッド』たちが行き来している。昼間には英霊の力の下に屈服せざるを得なかった悪霊たちが、今は夜の力を手に入れて、我が物顔で長崎ダンジョンの地に蔓延っている。

 このダンジョンは、昼と夜で支配者が入れ替わる、死者のダンジョンだ。

 

 その死の匂いの蔓延るダンジョンで、りりたんは、一人の存在を見つめている。

 

 桃子に偽の記憶を植え付けて、しれっと仲間に加わっている不届き者。

 桃子の記憶にあった演劇のヒロインの姿を借りて、桃子の身を案じている、存在しないはずの幼なじみ。

 そして、桃子だけではなく、多くの探索者の前に現れ、共に冒険を繰り広げてきた不可解な存在。地上には存在した形跡が一切ない、ダンジョン内だけの親友。

 彼が、そして彼女が、何者なのか。その正体と、根源を、りりたんは的確に言い当てた。

 

 焚き火の側では、桃子が鼻歌を歌いながら幸せそうにカレーの準備をしている。

 りりたんとイチゴ、この場において二人ともに共通するのは、桃子を護るという思いだけだ。

 

「――私の正体が分かったりりたんちゃんは、私をどうするのかなー? 今ならば、貴女の方が強いよ?」

 

「別に、何もしませんよ。あなたがももたんに危害を加えないという確信を得られた今となっては、イチゴさんを敵視するつもりはありません。イチゴたん……ううん、仲間として、ちごたんと呼んであげても構いませんよ?」

 

「……それは遠慮したいなー。でも、私と違って強いんだね、りりたんちゃんは」

 

「ええ、私は強いですよ。何せ、たった一人の娘を護るためだけに死の国から舞い戻ってきた――妖精女王の『アンデッド』ですからね」

 

 結界の中を一陣の風が吹きぬけ、りりたんが髪飾りにしていた青い花びらが飛ばされていく。

 生と死の狭間に咲くその花は、まるで。

 その所有者が、天海梨々が。人間の世界にいてはならない存在なのだと、彼女はすでに一度死んだ存在なのだと。

 暗に、告げているようだった。

 

「私も、自分だけの魂があれば、あなたくらい強くなれたのかな。自分の意思で、何かを変えられたのかな」

 

「今のあなたは、自分の魂を持っているように見えますよ。それに気付くかどうかではないですか? 私に言わせれば『彼ら』よりもあなたのほうが、自由な意思を持っている存在ですからね」

 

 青い花びらが風に舞う。

 周囲には、生と死の境目に咲き乱れる、青い花の香りと。

 

 滅茶苦茶ものすごい、やりすぎなくらいのニンニクの香りだけが、漂っていた。

 

 

 

「カレー出来たよ! ほら、二人ともまた変な言葉勝負してないで、一緒に食べよ。あ、ニンニク沢山いれちゃったけどいいよね?」

 

「スズランちゃん、さすがに乙女としてそのニンニクの量はどうかと思うよ? アンデッドのボスには特攻かもしれないけど」

 

「……ももたん。今は、シリアスな場面だったのですよ。ニンニクのせいで全部台無しではありませんか、どうしてくれるんですか?」

 

「え?! 待って、買ってきたのはりりたんだからね?! 酷くない?!」

 

 

 その後、ニンニクカレーは三人でめちゃくちゃ食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【桃子の記憶】

 

 ――遙か過去の記憶。それは、イチゴちゃんと、不思議な地下遺跡を探検したときの出来事だ。

 

 

「イチゴちゃん、宝箱だよ宝箱!」

 

「ダメだよスズランちゃん、そういうのは大体が罠か、宝箱に擬態してるミミックっていう魔物なんだから」

 

「でも、でもだよ? 本物の宝物かもよ? あけてみないとわからないよ?」

 

「シュレディンガーの猫じゃないんだから」

 

「……それ、どこかで聞いた気がするなあ」

 

 松明を片手に、私とイチゴちゃんは遺跡を探検していた。

 罠をよけたり、宝箱を見つけたり、結局本当に魔物が擬態した宝箱で、二人で驚きつつも逃げ出したり。

 そして、たどり着いた部屋に、それは飾られていた。

 

「本当の宝はこっちだね。スズランちゃん」

 

「なあにそれ、鏡?」

 

 30センチほどの、銀色に輝くそれは、鏡だ。

 イチゴちゃんは鏡を手にとると、当然のように私に手渡してくる。

 

「スズランちゃんはさ。地下遺跡に入るときは、鏡を持って行かないとダメだよ」

 

「……あ、うん。そうだね」

 

「って言っても、実はもう済んだ話だから、もう必要ないんだけどねっ!」

 

「えー? イチゴちゃんて、たまにそういう変なこと言うよねえ」

 

 不思議と、私も納得していた。地下に行くときは、鏡が必要。私はそれを知っていた。

 けど、イチゴちゃんは「もう必要ない」なんて言うものだから、私もよく分からなくなっちゃった。

 

「さて、お宝も見つけたし、そろそろ帰る? それとも、その扉の向こうに行く?」

 

「扉……え、なにこれ! でっかい扉があるじゃん! 鍵ないけど!」

 

 そこにあったのは、大きな扉だ。

 ここを通るためには鍵が必要なのだろうと、私は確信していた。

 

「スズランちゃん。きっと、この扉の向こうにいるのは、この地下遺跡の守護者だよ。私たちのこと、今も不思議そうに見つめてるよ」

 

「そ、そんなに見つめられても困るよお。私、まだブラジャー作れてないのに」

 

「ブラジャーって……スズランちゃん、そんなの作ってたの?」

 

「え、あれ? なんだっけ? まあいいや、帰ろう! 地上でカレー食べようね!」

 

 自分でも不思議なことを口走った気がするけど、なんにしても、地上に帰ってカレーを食べるのが先決だ。

 扉の向こうは気になるけど、今はここで扉をあけちゃいけない気がする。

 

「ん、そうしよっか。私も、あんまり横やり入れられたら困るし、敵対したいわけじゃないしね。ここはおとなしく帰るから不干渉でお願いしまーす」

 

「イチゴちゃん、誰に話してるの?」

 

「ううん、なんでもなーい」 

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