ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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死者たちの夜

 りりたんが唐突にそう提案してきたのは、ニンニクたっぷりカレーを食べ終えて、三人で休憩をしているときだった。

 

「ももたん。少し結界の外も見てみますか?」

 

 既に日も落ち、焚き火を囲んで三人でカレーの感想などを話し合っていた最中のことだ。

 話の中心は、今のカレーに入っていたキノコは毒キノコか普通のキノコかという話題だった。そういうのは調理前に話し合うべき内容なのだけれど、そんな話題ですらなんだかんだで非常に白熱した。

 件の発言は、そんなときのことである。

 

「結界の外って、魔物がいるんじゃないの? 危なくない?」

 

「もちろん危険です。昼間にいたゴーストたちが、非常に増えておりますよ」

 

「え、じゃあ嫌だけど。好き好んで魔物が多い所なんて行くものじゃないでしょ?」

 

 桃子は当然、りりたんの提案には首を縦には振らない。

 昼間にこのダンジョンを歩いたときは、白くてふわふわした半透明の、なんとも不思議な外見をしたゴーストと遭遇していた。実に不可思議な存在だったが、例えるならば空中を泳ぎ回る白いクラゲの化け物、とでも言う存在だ。

 その時は聖水の効果か、結局桃子たちに襲いかかることは無かったけれど、わざわざそれが多く出現している場所に行こうとは思わない。

 

「ただ、ももたんはこの機会に、魔物との戦闘経験を積むべきかと思うのですよね」

 

「たしかに、それはりりたんちゃんの言葉も一理あるかもねー。スズランちゃん、魔物に襲われたことなんてほとんどないでしょ?」

 

「えー、イチゴちゃんまでそんなこと言うの?」

 

 ここで意外な賛同者、イチゴが参入してきた。賛同者といっても桃子の賛同者ではなく、意外にもりりたんに賛同している。

 夕食を終えて日が暮れているとはいえ、時間的にはまだ寝るには早い時間だ。三人で夜道の散歩くらいならば桃子も嫌とは言わないが、魔物が闊歩する場所に行くというのはどうなのだろうか。

 しかし、桃子が考え込んでいる間にも、両隣の女学生たちは話をどんどん進めてしまう。

 

「ふふふ。安心してください、ももたん。ゴーストなど大した強さではありませんし、いざとなれば私がきちんと守ってあげますから。」

 

「私も守ってあげるよ、スズランちゃん。りりたんちゃんより、私のほうがずっとそういうのは得意だからねー」

 

「あら、ちごたん。夜はりりたんの時間ですよ? 得意不得意以前の問題です」

 

「また喧嘩してる……」

 

 カレーでお腹いっぱいになり、友人たちと焚き火を囲むという体験に、桃子は判断力が鈍っていたのは間違いない。

 雰囲気に流されて、強く断らなかったことを後悔するのは、もうしばらく後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、長崎ダンジョンの森の中だ。森とは言ってもこの場所は木々の密度が薄く、ハンマーを自由に振り回せる程度の空間的な余裕はある。

 その場所で、桃子はいま、ピンチを迎えていた。

 

「わ、わああ?! お、お化け、お化けだよ、お化けーっ?!」

 

 桃子のハンマーは、聖なる破邪の力が付与され、美しい銀色のオーラをまとっていた。これは、イチゴによるものである。イチゴが破邪の魔法を行使出来るとは桃子も初めて知ったことだが、どうやらりりたんも認めるほどには立派な魔法だそうだ。

 そして、破邪の力を得た桃子が挑むのは――もとい、無理矢理戦わされているのは、複数のゴーストである。

 しかし、昼間に見たような半透明のクラゲのような外見のゴーストではない。それは、白く、半透明で、狂気にゆがんだ顔で迫ってくる、明らかに人間の姿をしたゴーストであった。

 クラゲゴーストをイメージしていた桃子は、すでに大パニックである。桃子は、お化け的なものは苦手なのだ。

 

「ファイトですよ、ももたん。ももたんのハンマーには、ちごたんが聖属性の力を付与していますから、ハンマーで叩けばぽこっと浄化できるのですよ」

 

「そんな、ゲームじゃないんだからーっ! うわあああん!」

 

「スズランちゃん、落ち着いて! 落ち着いてー!」

 

 いくら夜のゴーストが昼よりも姿形がはっきりしており、戦闘力が増しているとは言っても、本来の桃子の実力ならば敵ではない。ましてや、今は聖属性のハンマーであり、相性としても何も問題はない。

 しかし、桃子は慌てて逃げ惑うだけである。ハンマーを大きく振り上げ、敵に向かって振り下ろすという、たったそれだけの動作も出来なくなっていた。

 

「ちょっとちょっとりりたんちゃん、なんかスズランちゃんが物凄くピンチになってるよ?」

 

「ふふふ。これもまた愛の鞭なのです。彼女は【隠遁】にあぐらをかき、平和な未来の訪れを本能的に察知していたために、こういう機会に危機感を養わないと危ないのですよ。ほら、ファイト、いけます、いけます」

 

「うわああん! りりたんっ、やっぱりヘノちゃんのお婆ちゃんだよ! そっくりじゃん!!」

 

 そう、まさにこのりりたんの所業は、スパルタ修行時のヘノとそっくりなのである。

 高所を翔ぶときも、逆立ちして水を吐くときも、一反木綿ハウスに放り込まれたときも、ヘノは基本的に今のりりたんと似たような応援をしていた。

 妖精に血縁関係というものはないけれど、ネーレイス、ティタニア、ヘノと続く魔力関係というものはあるはずだ。

 桃子はパニックになりながらも、ヘノとりりたんが家族関係にあるのだなと心の中で納得してしまった。

 

「ふふふ。孫に似ているというのは、嬉しいものですね」

 

「りりたんちゃん、喜んでないで、ちょっとは助けてあげようよー」

 

 結局、りりたんへのツッコミを吐き出しているうちに桃子もようやく冷静になり、目の前に迫る人間型のゴースト達を無事に撃退できたのだった。

 

 

 

 

 

「酷い目に遭いました。悲しいです」

 

 そして、無事にゴーストを倒して結界内まで戻ってきた桃子は、ぷんすか状態だ。

 結局二人とも、最後まで桃子を守ってくれるどころか、ずっとゴーストから逃げ惑う桃子を眺めるだけで終わってしまったのだ。最初はりりたんとイチゴは「私が守る」「いや私が」などと言い争っていたというのに、箱の蓋を開けてみれば守ってくれる友人などいなかった。酷い話である。

 とはいえ。実の所、途中で冷静さを取り戻した結果として自力でゴーストを倒せたことは、桃子の自信に繋がった。少なくとも、経験値としては糧になる戦いだった。

 それが、りりたんたちの狙いなのだろう。桃子を成長させてくれたのだろう。だから、桃子もりりたんたちを本気で嫌いにはなれないし、感謝の気持ちもなくはない。

 

 けれど、それとこれとは別なのだ。桃子はそこに嫌悪こそないものの、普通に怒っている。

 

「スズランちゃん、ごめん、ごめんよー、悪いのはそこの魔女なんだよーっ」

 

「ちょっと、ちごたん。私だけになすりつけないでください。ももたんに危機感を覚えてもらうという意見には、あなたも賛同していたではありませんか。むしろ、私は悪くありません」

 

「いや、どう考えても主犯はりりたんちゃんだよ」

 

「そんなことありません。ちごたんも共犯です」

 

「いや、二人とも悪いからね?」

 

 そして、怒りの桃子の目の前では、少女たちが見苦しい争いを繰り広げていた。これには桃子も呆れるしかない。

 この後、開きなおったりりたん。話を無理矢理逸らそうとするイチゴ。物事をカレーに例えて後輩達を説教する桃子。そんな、やりとりが夜更けまで続けられていた。

 結果として。

 焚き火を囲って、友人たちとカレーを食べ、そして楽しげに喧嘩をするという桃子の夢がひとつ、叶った夜だった。

 

 

 

 

 寝袋にくるまった桃子が、すやすやと寝息を立てている。

 

「ふふふ。寝顔も可愛らしいですね」

 

 ここは、教会の中である。桃子は、マリア像に見守られるように、眠りに落ちている。

 桃子の身を包んでいるのは、しっかりとした寝袋だ。夜に長崎ダンジョンの中に取り残されてしまった探索者のために、教会に常備されていたものである。

 この教会の内部は、英霊の守護に満ちている。そのため、りりたんのような結界を張れずとも、教会内で寝袋に籠もっている分には、悪霊に襲われることもなく安全に朝を迎えられるのだそうだ。

 そんな桃子の姿を見守っているのはりりたんとイチゴ、二人の少女である。

 寝袋自体はまだ個数に余裕があるのだが、二人は寝袋で眠る素振りも見せずに、静かに言葉を交わす。

 夜の教会内に、少女たちの声だけが響く。

 

「りりたんちゃん、どうするの? やっぱり……行くの?」

 

「ええ。そもそも、今回の目的は、彼ら英霊と話をすることです。私たちが相容れない存在――白と黒、水と油、光と闇のような関係性であることは承知しています。けれど、こればかりは譲れません。今回改めて感じましたが、ティタニアには彼らの協力が必要です」

 

「英霊たちが、りりたんちゃんを受け入れてくれる保証はないよ?」

 

「あなたがそう言うなら、そうかもしれませんね。でも、構わないのです。ティタニアのために、やれることは全てしておきたいのですよ」

 

 桃子の寝顔を眺めていたりりたんは、静かに立ち上がる。

 桃子にも伝えていなかったりりたんの目的。それは、このダンジョンを守護する魔法生物たち――英霊と接触することだった。

 ここ九州のダンジョンは、ティタニアの力の及ばない範囲に位置する。そこで、ティタニアのためにも、地上を自由に動ける"人間"であるりりたんが、英霊と交渉するために長崎へとやってきたのだ。

 交渉内容は、長崎ダンジョンをティタニアの管理下に置くこと。好意的に見れば『融和』を提示しているとも言えるが、この地の英霊たちからすれば『一方的な通告』と映っても不思議ではない。

 しかも、それを唱えるのがりりたん――死霊から人々を守る英霊とは対局に位置する、死の世界から舞い戻ってきたアンデッドに近しい存在だ。話を聞いているイチゴから見ても、先行きが不安になるのは仕方ないことだろう。

 

「朝起きてあなたが消えてたら、スズランちゃんが心配すると思うよ?」

 

「先ほどからなんなのですか。そもそも、私を宿泊させてまで英霊に会わせるセッティングをしたのは、ちごたん。貴女でしょうに。それに、ももたんを悲しませることになるのも、どちらかと言えば貴女でしょう?」

 

「そうだけど……違うよ。『英霊』に属するものとしては、魔女を彼らに引き合わせる役目があった。けど、今の私は、りりたんちゃんと友達になれた私は、そんなこと望んでは……」

 

「もう。面倒くさい怪異ですね。ここまで来たらなら、貴女の自由意思はどうでもいいのですよ、ちごたん」

 

「……はぁ。手厳しいなー、りりたんちゃんは。でも、本当にさ……気をつけてね」

 

「ふふふ。気をつけないといけないのは私だけではありませんよ?」

 

 りりたんは、未だ桃子の寝顔を見つめるように、桃子の側に屈み込んでいるイチゴへと不敵な笑みを向ける。

 イチゴ。彼女は、桃子の記憶の中では昔から一緒に居る幼なじみであり、気の置けない親友である。

 けれど、その実態は『ハーメルンの笛吹き』と呼ばれる怪異そのものであり、決して桃子の幼なじみなどではないのだ。

 イチゴがいま、桃子へと向けている慈愛は。愛情は。親愛は。そういう設定の幼なじみとして発生した瞬間に生み出されたものなのか。それとも、本当の心なのか。それは、イチゴ本人にも分からない。

 

 りりたんは、そんな『ハーメルンの笛吹き』へと、静かに、忠告を述べる。

 

「明日には、私よりもよっぽど心の強い、ももたんの信奉者が長崎に到着します。果たして、ももたんを騙くらかして、それはもう悲しませるであろう『ハーメルンの笛吹き』は。彼女の怒りを買って、無事に済むのでしょうか」

 

「あー、彼女が来るのか。スズランちゃんの記憶で知ってるけど、厳しいなー」

 

 橘柚花。

 

 スズラン――桃子の後輩で、一番近しい間柄の人間だ。イチゴにとっては癪な話だが、偽の幼なじみである自分などよりずっと、桃子の身を案じ、桃子と心を通わせている存在だ。

 イチゴは、決して桃子に対して悪意を持って接している存在ではない。けれど、桃子に偽の記憶を植え付けた『怪異』であるのは間違いないのだ。この先に、桃子を悲しませる存在なのは、間違いないのだ。

 そんな存在を、柚花が許してくれるかどうか。放っておくかどうか。それは、イチゴにも、りりたんにもわからない。

 

「私も、あなたも。未来はどうなっているのかわからないのですから、頑張らないといけませんね」

 

「りりたんちゃんに言われるとは思わなかったなー」

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