ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「つまりですね。ここでいう、"ハーメルンの笛吹き男"っていう一連の事件は、決して怪異によって『人が消されてしまう事件』ではなかったんですよ。むしろ『人が一時的に増えてしまう事件』なんです」
「うん、今ならなんとなくわかるよ。本当にはいない存在がいつの間にか増えてて、思い出だけ残してまた消えちゃう現象……っていうことなんだよね」
「お話だけなら昔からよくあるパターンなんですけどね。子供の頃にいた誰も覚えていない友達、とか。雪山で遭難したときに仲間が一人多い、とか。今回のもきっと、そこら辺の言い伝えが下地になってるんだと思いますけど」
「でもさ……なんで、イチゴちゃんだったんだろう」
「単に、先輩の"架空の幼なじみ"としてはうってつけの姿だったからじゃないですか? あるいは逆で、先輩こそが何かの拍子に『イチゴちゃん』を思い出しちゃって、すごい吸引力で『イチゴちゃんを作る力を持った怪異』をおびき寄せたのかもしれませんけどね」
「吸引力って、掃除機じゃないんだから」
「とは言っても、結局は直接この目で視てみないことには、わからないことだらけですけどね」
カレーを作りながら、柚花と桃子の二人はハーメルンの笛吹きについての情報交換をする。
りりたんが残した言付けによれば、やはりイチゴ本人が『ハーメルンの笛吹き』と呼ばれている怪異そのものだったようだ。直接イチゴと言葉を交わしたりりたんが言うのだから、そこに間違いは無いのだろう。
笛吹きは、1人――と数えるべきかどうかはわからないが、特定の個体の怪異だった。時には青年の姿で、時には少女の姿で、探索者達と共に探索をして、思い出だけを残して消えていく。言ってしまえば、それだけの怪異だ。
しかし、謎は多い。どうやって新宿ダンジョンを始めとした遠方に出現したのか。どうやって、ヘノの加護があるはずの桃子の精神に影響を与えたのか。長崎ダンジョンの『英霊』とは、どういう関係なのか。
そしてそもそも、何故そんな不可解な現象を起こしてまわっているのか。
今はまだ、わからないことだらけである。
「おい。バナナ女。その。すいはんき。あけてみていいか?」
「あわわっ、ダメですからっ! きちんと炊けたらアラーム音かなにかで教えてくれますから、ヘノさんは桃子さんと一緒にカレーを煮込んでおいてください」
「あっちは。難しそうな話ばかりしてるからな。頭が疲れるんだ」
「そうでしたか! でも、炊飯器は私に任せてください。家でもよく使用しているので、炊飯器のプロみたいなものですから!」
「そうか。じゃあ。ご飯はバナナ女に任せるぞ」
台所では、地上の電化製品が珍しいのだろう、ヘノがあちこちを興味深そうに見てまわっていた。
炊飯器の中では今現在、白米がくつくつと炊かれており、そろそろ仕上げの蒸しに入る頃合いだ。
油断するとヘノが炊飯器をあけて中身を覗こうとするので、炊飯器の前ではバナナ女こと老芝奈々が門番としてご飯を見守っている。
なお、奈々がバナナ女と呼ばれているのは決してバナナを食べていたからとかではない。『おいしばなな』という名前をヘノが『美味しいバナナ』と聞き間違えたのだ。以前は『怪異担当』と呼ばれてていた奈々は、今回めでたく『バナナ女』へと進化した。
「ヘノちゃん、こっちでカレーを煮込もうね。ほら、くつくつ言ってて美味しそうでしょ?」
奈々の裏をかき、死角から炊飯器を攻撃しようとしているヘノに声をかけるのは桃子だ。難しい話に一区切りついたらしい。
桃子の前には、大きな鍋が入っており、そこからはカレーのスパイシーな香りが漂っている。これは言うまでもなく、カレーだ。
コンロにかけられた大鍋の中では、琥珀色をしたカレーがくつくつと煮込まれている。
「地上の料理は。面倒くさいな。ダンジョンだったら。カレーなんか。光って完成するのにな」
「そんなカレーを作るのは貴女のパートナーの先輩だけですよ」
「やっぱり。桃子は。凄いんだな」
桃子の横に立ち、鍋を眺めているのは柚花である。
台所に立ってはいるけれど、カレーに関しては桃子が変にやる気を出して1から10まで自分で調理してしまったので、柚花は本当に真横で見ているだけで終わってしまった。
ヘノもあちこち覗いて満足したのか、桃子の肩の上にちょこんと着地する。
「あはは、なんだかヘノちゃんと柚花が、地上の台所に一緒にいるのって新鮮だなあ」
「良かったですね先輩、魔法協会の支部に大きな台所があって」
ここは、長崎ダンジョンギルドの横に建てられている、世界魔法協会の長崎支部内にある台所だ。
ギルドで合流した後、まるで当たり前のように「とりあえずはカレーを作ろう」という方向に落ち着き、そのための台所として魔法協会の台所を借りることになったのだ。
職員である奈々が居るからこそだが、今回の調査には少なからず魔法協会会長であるクリスティーナが関わっている。クリスティーナからも連絡が入っていたのか、魔法協会では桃子たちはVIPのような扱いで受け入れられていた。
なお、台所を借りている礼として、大鍋で煮込まれているカレーの大半は魔法協会の職員たちの夕食になる予定だ。
「たっぷりニンニクを入れたから、長崎支部の人たちもスタミナ抜群で元気になるといいね」
そう元気よく言ってのけたのは、昨晩やりすぎな程にニンニクを入れたカレーを食べて、今もなお、その匂いが残っている桃子である。
桃子は今回も大量のニンニクを投入し、まだ昼にもなっていないというのに非常にスタミナのつきそうなカレーを作っていた。当然ながら、魔法協会支部の台所はニンニクの香りでいっぱいだ。いや、台所どころか、換気扇を通じて外を歩く人々にもこのパワフルな香りは届いていることだろう。
とてもではないが、若い女性グループが昼間から食べて良いものではない。
それほどまでに、ニンニクの香りがガンガン主張してくる、ドニンニクカレーが煮込まれていた。
「先輩、さては自分がニンニク臭いからって、私たちも同じ匂いにしようとしてませんか?」
「え、そ、そんなことはないよお?」
鋭いオッドアイが、桃子の心を覗き込む。
柚花は決して【看破】など使ってはいない。けれど、この後輩は桃子の心を名探偵のごとく奥深くまで覗き、桃子の全てを視ようとする。
今の柚花と視線を合わせてはいけないと考えれば考えるほどに、桃子の視線はあっちこっちを彷徨い始める。
「先輩、さては図星でしたね? 目が泳ぎまくってますよ?」
「なに言ってるんだ。後輩。桃子の目は。魚じゃないから。泳がないだろ」
「分からないですよ。この人は、水をかぶれば人魚になる人ですし」
「それもそうだな」
自分だけがニンニク臭いから気になるだけで、みんながニンニク臭ければ何も気にはならない。逆転の発想だ。
桃子は柚花の追及にはイエスともノーとも答えず、ただただ目を泳がせているだけだった。
柚花の追及はその後、炊飯器のアラームメロディが流れるまで続いていたという。
カレーは美味しい。
それは『水が美味しい』『空気が美味しい』と並んで、人間ならば誰しもが考える共通項だろう。
などと言う話を桃子が熱弁し、柚花には正論でツッコミをいれられ、奈々は苦々しさを含む笑みを浮かべ、ヘノは話を聞いていない。
そんな、少し遅めの朝食タイムのことだ。
「桃子さんのカレーも懐かしいですね。こうして朝からカレーを食べてると、春先の七不思議の事件の頃を思い出します。ニンニクはここまでではありませんでしたが」
「風の噂で伺いましたけど、奈々さんは例の事件の頃は食事が全部カレーだったんですよね? 魔法協会も、若い女性に随分過酷な仕事をさせますね」
「待って待って、柚花ったら。その言い方だとカレー食べるのが過酷みたいに聞こえるじゃん。やだなあ、もう」
「はは……大丈夫です! あれはあれで、今となってはいい思い出ですから!」
乙女たちがニンニクたっぷりのカレーライスを食べているのは、世界魔法協会長崎支部の一室だ。
季節は8月のお盆真っ只中。外は暑く、セミたちがひっきりなしに鳴き続けている。そんな日の昼前から、冷房の効いた室内でニンニクカレーパーティというのは、なかなか乙なものである。
この後、桃子は一度ホテルでシャワーを浴び、服を着替えたら午後に再びダンジョンへと潜る予定となっている。昨日はりりたんとともにダンジョンへと入場していったが、今回は柚花とヘノが同行者だ。
今回の目的は『ハーメルンの笛吹き』だ。
桃子は、イチゴともう一度会い、しっかりと話をしたい。
柚花は、怪異を調査し、これ以上の被害の拡大を阻止したい。
ヘノは、カレーのあとはカステラが食べたい。
そのためにも、今はスタミナたっぷりニンニクカレーを食べて、エネルギーを補給しなければいけないのだ。
ダンジョンでは、何があるのか分からないのだから。
「そうだ。桃子。缶詰だ。桃の缶詰をあけよう」
「あ、そうだね! 桃カレーにしよっか。懐かしいな、去年の文化祭でも桃カレー食べたよねえ」
ヘノは、ニンニクたっぷりのカレーを食べながら、桃子に桃缶をリクエストしている。
ここに来る前に、すぐ近くのスーパーで食材の買い出しをしたのだが、その時に桃の缶詰を購入していたのをヘノは目ざとくチェックしていたようだ。
傍らに置かれたスーパーの袋から桃缶を取り出すと、気を利かせて奈々がそれを受け取り、いったん別な器に缶詰の中身を流し込む。
「文化祭と言えば先輩。りりたんから頼まれていたものです。今のうちに渡しておきますね」
「え? りりたんから? さっきの日記とヘノ袋だけじゃなかったんだね」
「ええ。まあ、ヘノ袋はさておき、他のは揃えるのが大変だったんですからね」
柚花はそうぼやきながら、自分のリュックの口をひらき、中身を漁り始める。
桃子の言う通り、柚花は今回『スズランの妖精の日記』と『新生ヘノ袋』を持ち込んでいた。
今回の新しいヘノ袋は、いざというときのために、りりたんがティタニアに渡していたものだという。
桃子が袋の中を覗かせてもらうと、そこには紅珠ではなく、大き目の魔石が入っていた。それは、吉野ダンジョンでの戦いの際に、最後に桃子とポンコで倒した異形の大巨人から得られたものなのだそうだ。
「バナナ女。ヘノの桃は。小さく切って欲しいぞ。出来るか? 難しいか?」
「はい! 桃は綺麗に刻みますから、少々お待ちくださいね!」
あの巨人は、特殊個体というほど強大な存在だったわけではないが、しかしそれでも、ランクとしては特殊個体一歩手前で、得られた魔石もかなりの大きさだ。ヘノが数日地上で生活するだけならば、十分な代物だった。
お蔭でヘノは絶好調である。
そして、ヘノ袋はさておき。柚花は桃子のために持ってきた『とある衣装』を取り出して、桃子に差し出した。
「あくまで、私の同級生に借りてきたものなので、先輩に合うかどうかはわかりませんけどね」
「え……えええっ?! こ、これっ」
「むぐむぐ。なんだか。どこかで見たことある。服だな。なんだったか」
若草色を基調としたその衣装は、桃子がとてもよく知る衣装だ。
ライン入りの襟に、胸当て。丁寧に折りたたまれたプリーツスカート。
それはまさに、霧の中で消えていったイチゴ――そして、夜のうちに消えたりりたんが着ていた衣装と、全く同じものである。
「これは、制服だよ。聖ミュゲット女学園の、セーラー服」
「桃子が。今日は。それを着ていくのか?」
「はい、ダンジョンに潜るときは、私と先輩はミュゲットの制服にロザリオをつけて潜るように、とのことです。あとでシャワー浴びてから、セーラー服にお着替えしましょうね!」
「え、ええー? 私、もう卒業してから二年だよ? 無理じゃない?」
「こないだまでランドセル背負ってた人が何を言ってるんですか。ほら、カレーを食べたらシャワーを浴びてお着替えしましょうね!」
「後輩。なんだか。物凄く元気になったな」
柚花が持ってきたセーラー服は、柚花の同級生の中で一番小柄な女生徒から借りてきたもので、桃子が着てもさほど大きすぎないサイズだった。
柚花はテンション高く喜び、桃子は困惑し、ヘノは桃子のカレーを勝手につまみ食いしている。
幼なじみを喪失し、絶望と孤独に泣いている少女は、もういない。
奈々は、そんな少女たちの姿を見て。
やはりついつい、目尻を潤ませてしまうのだった。
「いったんホテルで身体を綺麗にしたら、午後は気合い入れてダンジョンに潜りますよ! ポッと出の"笛女"を、ぶちのめすために!」
「そうだぞ。桃子を泣かせた奴は。ヘノが。ぼこぼこにしてやるからな」
「待って待って、二人とも、イチゴちゃんは――きゃっ?!」
いくら正体が『ハーメルンの笛吹き』だろうと、本物の幼なじみでなかろうと、それでも今朝まで共にいたイチゴは桃子にとっては大切な仲間だ。
なので、血気盛る二人をどうにかなだめようと桃子が立ちあがったところで――小さく、振動するように、地面が揺れる。
「え、地震? なんか、ちょっと怖い地震じゃなかった?」
「地震なんてこんなもんじゃないですか?」
「ヘノは。飛んでるから。全然わからなかったな」
「あはは、さすがヘノちゃん。地震もへっちゃらだね!」
日本は地震大国だ。小さい地震程度ならば頻繁にあり、良くも悪くも、さほど気にしない人は多い。
例えそれが、ダンジョンが存在する土地を震源とした地震だったとしても――。
【長崎ダンジョン専用 雑談スレ】
:英霊船見てきたけど、今年も豪華だな
:あれって、本当に毎年海に流してるのに消えちゃうって本当?
:ガチ
:ダンジョンの外で見られる、数少ない不思議現象だよ。それ目当てに来る観光客とかもいるから、ちょっとな……って思うけど
:祭りじゃないからね
:昨日セーラー服で入り江の教会に入っていく子いたよね
:マジで?
:ロザリオ持ってたから、かなり熱心な信者なんだろうな
:なにそれ、大丈夫なのか?
:地元の探索者(女)が案内してたから大丈夫だろ
:教会か。俺も最初のうちは定期的にお祈りしに行ってたけど、もうとんと足を運ばなくなってしまったな。
:長崎ダンジョン探索者あるあるw 軽視してるわけじゃないけど、毎回立ち寄る場所でもないのよね
:地震
:なんだ。また鹿児島で火山でも爆発したのか?
:いや、直下型じゃなかったか? ダンジョン地震じゃない?
:えっ、大村湾に人魚姫が?