ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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入浴タイム

「桃子。これ。面白いな。押すとクリームが出てくるぞ」

 

「ヘノちゃん、それボディソープだから食べちゃ駄目だよ? 美味しくないし、お腹こわしちゃうよ」

 

「なんだ。偽物か。押して損したな」

 

「偽物もなにも、最初から食べ物じゃないんだけどね」

 

 カレーを食べたあとは一度ホテルの部屋に戻り、桃子はヘノをつれてシャワーを浴びることにした。昨晩は水浴びすらしていなかったので、このタイミングでしっかりと汗や汚れを洗い流し、綺麗な身体にする。

 桃子達の宿泊部屋は非常に豪華な部屋で、シャワールームにはしっかりした浴槽も完備されていた。

 昨日はこの豪華な部屋を借りているにもかかわらず、ダンジョンの寝袋で一泊してしまったのだと考えると、この部屋を借りてくれた奈々や、ホテルの従業員に少しばかり申し訳なく思う。

 

「先輩。まだ後ろに泡がついてますよ。私が流してあげましょうか?」

 

「ありゃりゃ。やっぱり慣れないお風呂だとそういう所が甘くなっちゃうね」

 

 桃子が洗い場で泡だらけになっている間、浴槽で冷たく気持ちいい水風呂に浸かっているのは柚花である。

 前日からダンジョンに泊まっていた桃子と違い、柚花は別に汚れているわけではない。けれど、真夏の日差しの下で汗をかいて気持ち悪かったらしく、桃子と一緒の入浴となった。

 柚花は水風呂に『柚子の香り』の炭酸入浴剤を溶かし入れている。冷たい水風呂に炭酸の血行促進効果が働き、より効率的に身体を放熱出来るのだという。

 

「シャワーなら。ヘノもやってみたいぞ。この水が出るところを持って。桃子に向けるんだろ」

 

「じゃあ、シャワーを上からかけるのはヘノちゃんに任せちゃおうかな。私の身体についてる泡を全部流すようにかけてね」

 

「任せろ。これでも。ニムとの付き合いは長いからな。水のまき散らし方は知ってるぞ」

 

「ニムちゃんとシャワーを一緒にするのは可哀想だからやめたげようね」

 

 柚花に頼んでもよかったが、せっかくヘノがやりたいと言っているので、桃子はヘノにシャワーヘッドを手渡すことにした。

 シャワーからでる水の温度を人肌と同程度の温水にセットしてから、シャワーのコックをひねる。

 ヘノは初めのうちこそシャワーの扱いに慣れておらず、浴室内のあっちこっちに温水をまき散らしていたものの、しばらくすればシャワーの仕組みも理解したようで、しっかりと桃子の顔に狙いを定めていた。

 

「そうそう、そうやってシャワーを持って――って、わぷっ、ヘノちゃん、顔、顔に水がっ」

 

「大丈夫だ。きちんと泡を落としてやるからな。ジッとしてるんだぞ」

 

「わぷっ、顔、顔じゃないよーっ」

 

「シャワーでいきなりコント始めないで下さいよ。全く、何してるんですか先輩方」

 

「えぇー? わぷっ、私も怒られるの?」

 

 ヘノが操るシャワーは、何を勘違いしたのか容赦なく桃子の顔面へと向けて温水をまき散らす。

 お陰でしっかりと全身の泡は落ちたが、桃子は次はもうヘノにシャワーは任せないようにしようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

「なんだか、昼間っからヘノちゃんと柚花と、三人でお風呂っていうのも変な感じだね」

 

「さすがに、妖精の国では水浴びは出来ても、こういう湯船はないですからね」

 

「どうした。二人とも。前にも。温泉に入ったことあるだろ。忘れちゃったか」

 

「いや、もちろんそれは忘れてないけどさ。温泉とお風呂って違うんだよね。なんかさ、カレーうどんとドライカレーくらい違うの」

 

「先輩、その例えはやめましょう。混乱が広がるだけです」

 

 いくら豪華な浴室とは言っても、さすがに桃子と柚花が一緒に湯船に浸かると、少々窮屈だ。

 桃子が小柄だから二人一緒に入れたものの、やはり本来は一人用として考えられた浴槽なのだろう。夏場だというのに、柚花と桃子の脚と脚がぎゅうぎゅうに密着する程度には狭い。

 ちなみに、実際にはヘノをいれて三人での入浴中だが、ヘノはスペース的には殆ど場所を必要としていないので、人数としてはカウントしていない。

 

「ふぅ……ところで先輩。ちょうどいいタイミングなので聞いてみたいんですけど、いいですか?」

 

「うん?」

 

 湿度の籠もった浴室に、柚花の声がよく反響する。

 外は真夏。プールのような温度設定の水風呂が気持ちいい。

 とはいえ、柚花と二人で入っているうちに、だんだん水の温度が体温で温まってきた気もする。

 

「先ほどの日記あるじゃないですか。スズランの妖精の。あれって、予言書か何かだったりします?」

 

「ええー? 何いってるの、あれは3年前の劇のためにつけてた日記だよ?」

 

「いや、そうは言ってもですよ?」

 

 桃子と柚花がお喋りをしている間。ヘノは湯からあがり、先ほどのボディソープのクリームを桶に注いで遊んでいる。

 食べ物ではないとしても、泡というものは子供にとっては非常に面白い遊び道具なのだ。

 桃子は泡で遊ぶヘノを見て、子供の頃に風呂場で泡を作って遊んでいたことを思いだした。ただ、その記憶も曖昧で、脳裏には「一人で遊んでいた記憶」と「イチゴと遊んでいた記憶」の二つが浮かび上がってくる。

 決して、嫌なわけではない。けれど、この状態はなかなか難儀なものだ。

 桃子がそんな回想に耽っているなどとは知らない柚花が、話を続ける。

 

「例えば、ダンジョンでカレーを作ってたら妖精とタヌキがやってきた話とか、水のダンジョンで壁を壊すだとか、あげく古代遺跡では鏡が必要だとか」

 

 柚花は桃子の日記に書かれていた内容をしっかり覚えていたようで、指折りそれらのエピソードを数えていく。

 

「それらをさすがに偶然で済ませるには、ちょっと不自然すぎません?」

 

「あはは、言われてみればちょっと、予言ぽい感じもするね」

 

「あははって……随分軽いじゃないですか。私はあれを読んだとき、普通にゾッとしたんですけど」

 

 ヘノは、桶の中で水と混ぜた泡に空気を送り込み、シャボンを作って遊んでいる。さすがは風の妖精だ、シャボンを操るのもお手の物のようだ。

 浴室内にはヘノの起こしたそよ風と、それにのって室内を延々と空中でホバリングしているシャボンが舞い踊り、不思議なファンタジー空間のようになってきた。

 

 しかし、それはそれとして。

 スズランの日記の謎。あれは予言書か、はたまた怪異のなせるわざなのか――とは言っても、それを不思議がっているのは柚花だけだ。

 当の桃子はまるで、答えを知っているかのように落ち着いた様子で湯船に浸かり、ヘノの作り出すしゃぼん空間を堪能している。

 

「この前、りりたんが言ってたんだよ。私は50年前から、シュレディンガーの桃子だったんだって。それが、自分でもなんだか、しっくりきちゃって」

 

「すみません先輩。さっぱり意味がわかりません」

 

「あはは。ええと、説明がちょっと難しいんだけど――とにかく、多分私自身も、無意識のうちに、未来に起こることを知ってたんじゃないかなって思うんだ」

 

「知ってたって……三年前の先輩が、ですか?」

 

「うん。ヘノちゃんたちと出会うことも、ポンコちゃんたちと出会うことも、ダンジョンの壁を壊すことも、バジリスクと鏡を持って戦うってことも」

 

「ええと……じゃあ、私と出会うことも知ってたんですか? 運命的に?」

 

「うーん、そうかも。きっとそうなんじゃないかな? だから柚花が窓口さんのところに来てたあの日、私もギルドに足を運んだんだよ。多分、きっと、恐らくそうなんだよ」

 

「そこはもっと断言してくださいよ」

 

 実のところ、説明が難しいので桃子は説明を諦めている。後半などは言っていることは適当だ。ただ一つ、「あの日記が別に怖がるようなものではない」ということが柚花に伝わればいいのだ。

 そして、柚花も桃子からしっかり聞き出すのを諦めている。「今度りりたんから詳しく聞けばいいや」と考えている。

 湯船の中で双方が仲良く理解を諦めたところで、そろそろヘノの泡遊びが酷くなってきた。室内に泡が飛び交い、せっかく泡を洗い流したというのに桃子と柚花の頭は泡だらけだ。

 

「先輩。これ以上入ってたら泡だらけになっちゃいますし、そろそろあがりませんか?」

 

「うん、そうしよっか。ただ、上がる前にシャワーで泡を洗いながさなきゃだけどね」

 

 桃子は、壁も天井も、すべてが泡だらけになった浴室を眺めて、しんみりと思う。

 次からは、ヘノとお風呂に入る時には泡遊びは禁止にしよう。せめて、ルールを設けようと。

 桃子はそんなことを心に決めつつも、浴室内の泡にシャワーを向けて、じゃんじゃか豪快に洗い流すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーで汗と汚れと大量の泡を流したら、いよいよ出発の準備である。

 桃子は柚花が用意してくれた若草色を基調とした聖ミュゲット女学園のセーラー服に身を包み、首には同じく柚花が用意してくれたロザリオをかける。

 ロザリオというと、一般的には十字架のネックレス全般のようなイメージを持たれがちだけれど、実は珠をつらねた数珠のような部分こそが、大切な意味を持っている。この知識も、ミュゲット在籍中に初めて覚えたことだ。

 学校を卒業してからは日常的にロザリオを身につけることはなくなってしまったが、こうして首にかけると、自然と気持ちが引き締まる気がした。

 

 部屋の鏡で自分の姿を見る。制服の丈はやや長すぎるし、首にかけたロザリオも慣れ親しんだ自分のものではない。

 けれど、鏡の中に立っていたのは――紛れもなく、青春時代を過ごした自分の、笹川桃子の姿だった。

 

「先輩……なんていうか、やっぱり似合ってますね。私が憧れたミュゲットの妖精だけのことはありますよ。惚れ直しちゃいました」

 

「やめてよお、私は結構これ恥ずかしいんだからね? 二年前に卒業したのに、まさか今になってセーラー服を着てダンジョンに潜るだなんてさ」

 

 部屋には、桃子と同じくミュゲットのセーラー服姿に着替えた柚花の姿がある。

 ちょうど一年前、「セーラー服でダンジョンに入るなんてもってのほか」と柚花に注意したのが二人の出会いだった。それがまさか、一年後に二人ともセーラー服でダンジョンに潜ることになるとは、実に不思議な因縁めいたものすら感じてしまう。

 

 

「おまたせしました! 奈々さん」

 

「おおっ、準備完了ですか! セーラー服も新鮮で素敵ですよ、桃子さん、柚花さん」

 

「ヘノもいるぞ。ポケットに隠れてるんだ」

 

「ヘノさんはいつも通りですね!」

 

 りりたんの指定通り、セーラー服とロザリオの聖ミュゲット女学園の生徒姿でホテルのロビーへと集合する。

 ロビーに設置された座席では、老芝奈々がコーヒーを飲みながら二人を待ちわびていた。

 桃子と柚花は、奈々と向き合う形で、反対側のソファーに腰を沈める。上質なホテルだけあって、ロビーのソファーも上質だ。

 少女たち二人が腰を下ろしたのを確認してから、さっそく奈々が語りだしたのは、この長崎ダンジョンにおけるリアルタイムの新情報だ。

 

「実はお二方に報告しないといけないことがあります! ええ……結論から言いますと、現在長崎ダンジョンは異常が発生しているため、入場規制がかかっています」

 

「え?! い、異変ですか?!」

 

「ははぁ、それってもしかして、さっきの地震ですか?」

 

「ええ。まさにあの地震の前後から――とはいえ、スタンピードのような緊急事態というわけではなさそうですが。ただ、実際に魔物の様子がおかしくなっているとのことです」

 

「地震なんかあったっけ?」

 

 地震はあった。桃子たちが入浴するより前、魔法協会長崎支部の一室でカレーを食べ終えた頃だ。

 柚花は覚えていたけれど、日本では良くも悪くも地震そのものが珍しくないため、桃子の記憶からは抜け落ちていたようだ。

 言われてみれば、ロビーのガラス張りの向こう――大通りでは、探索者と思われる人々がなにやら騒がしくしているのが桃子の位置からも見て取れる。あれは、ダンジョンの異変について探索者同士で話し合っているのかもしれない。

 しかし、今からダンジョンに潜ろうというタイミングでの"異変"とは、お世辞にも嬉しいタイミングでは無い。もちろん、嬉しいタイミングの"異変"などというのもあまり聞かないが。

 

「私たちがカレーを食べているくらいの時刻の地震ですね。現地の探索者たち全員に念のための避難指示を出しているようですが、ギルドは現在てんやわんやです!」

 

「先輩。私たちの任務に追加です。『ハーメルンの笛吹き』の調査だけでなく『異変』も解決しちゃいましょう」

 

「え、ええ? まあ、解決できるならそりゃそうだけど」

 

 柚花が、なんでもないことのように、しれっと言ってのけた。

 原因不明の異変など「解決しましょう」と言って解決できるものではないだろう。

 

「先輩。あのダンジョンにはいま、『ハーメルンの笛吹き』『英霊』に加えて、『深潭の魔女』がいるんですよ? 異変の原因なんて、どこの誰か考えなくても分かるじゃないですか」

 

「ああ、そうかあ……」

 

「ですから、私が『ハーメルンの笛吹き』をとっちめて、ついでに、異変を起こして人様に迷惑をかけている『深潭の魔女』も説教ですよ。説教」

 

 そして、言い切ると柚花は立ち上がる。今すぐにでも、ダンジョンに向かわんとする勢いだ。

 その柚花の横顔を見て、桃子はふと、気がついた。

 

「あ、柚花はりりたんが心配なんだね」

 

「やめてください、違いますよ。変なこと言わないでくださいよ。もう」

 

「あ、待って待って、私も行くんだからーっ」

 

 そして、さっさと桃子にも背中を向けて歩き出す柚花の背中を、桃子はあわてて追いかけるのだった。 

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