ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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桃子の一番

「ルビィさん。伺いますけど、今って、私たちは急いでりりたんの所へ駆けつけるべき、切羽詰まった状況ですか?」

 

『エ?! あ! ネーレイス様のことネ? ええと、ネーレイス様は元気で、絶好調ヨネ!』

 

「それは僥倖。つまり、ここで少し時間を使っても問題ないわけですね」

 

『ヤル気ネ! 応援するワヨ!』

 

 柚花は、ルビィに現状を確認すると、イチゴに抱きついたままの桃子の方に手をかける。

 

「先輩、再会が嬉しいのはよーく分かりましたけど、そろそろいいですか?」

 

「あっ、うん、ごめんね! 柚花も、イチゴちゃん……っていうか『ハーメルンの笛吹き』とお話があるんだったよね」

 

 桃子がイチゴと抱きしめあい、互いのぬくもりを感じていると、後ろから柚花が声をかけてきた。

 つい、感情に任せて身を預けてしまったけれど、今はそんなことをしている場合ではないのだ。ダンジョンには異変が起きているし、柚花だって魔法協会の仕事として、イチゴ――いや、『ハーメルンの笛吹き』をどうにかする役目を負っているのだから。

 柚花の邪魔をしてはいけないと思い、桃子はイチゴから身を離す。

 

「先輩はちょっと後ろに下がっててくださいね。出来れば、あっちのほうに行っててくださると助かります。今はりりたんの方も急ぎではないようですので、ヘノさんと遊んでてくれますか?」

 

「え? なんで? 聞かれたらまずい系のお話?」

 

 そして、柚花とイチゴのやりとりを最前で見ていようかと思ったら、思いのほか強く柚花に抱きしめられ、そのまま後方へと押しやられてしまう。

 桃子がきょとんとした顔で柚花に問いかけると、それに答えたのは意外にも柚花ではなく、深紅の翅を持つ妖精、ルビィだ。

 

『ピーチはもっと下がってたほうがいいワヨ!』

 

「え? ルビィちゃん?」

 

「後輩。ニムが見てなくて。良かったな」

 

「え、ヘノちゃんまで、どういうこと?」

 

 更には、ルビィは桃子の右手を掴み、そしてヘノが反対側の腕を掴み、そのまま桃子を柚花たちから引き剥がしていく。

 桃子が本気を出せば妖精の腕力など敵でもないだろうが、しかし桃子は不思議そうにしながらも、左右の妖精達におとなしく連行されていく。

 そしてその場には。教会前には。

 ニムが見たら泣いてしまいそうな程に、憎々しげにイチゴを睨み付ける柚花と。その柚花の心中を察しており、ただただ困ったような笑みを零すイチゴだけが、残されていた。

 

「ええと、やっぱりこうなるよねえ。あなたにしてみれば、私は排除すべき『敵』みたいな感じになっちゃうのかなー……?」

 

「察していただけてなによりです。それについてなんですけど、すみませんが一度、先ほどのコカゲさんに変化していただいて構いませんか?」

 

「まあ……いいけど、ひとつ聞いていい? コカゲになったら、どうなるのかな?」

 

 柚花は、ふぅ、と大きく息を吐きだして。憎々しげな表情から一転して、表情には笑顔を浮かべている。

 桃子からは柚花の顔までは見えないが、いつもの自然な笑顔とは違う、内包する感情の全く違う笑顔だ。

 大袈裟に言うならば、俗に「非常に怖い笑顔」と呼ばれるタイプの表情である。滅多にないことだが、ヘノが悪戯をしすぎたあとは、女王ティタニアがこのような笑顔を見せることもある。

 

「私としても、ミュゲットの制服を着ている女の子を引っぱたく趣味はないですから。コカゲさんなら体格のある男性ですから、一発くらい構わないでしょう」

 

「あー、なるほどね。ありがとう、ゆかたんちゃんはやっぱり、優しい子だね」

 

 イチゴは、それだけ答えると目を閉じて、幻のようにその姿を揺らめかせる。

 そうして、次にその場に佇んでいたのは、陰気な青年。長崎の探索者ヒナタにとっての存在しない幼なじみ、コカゲの姿である。

 

「『ハーメルンの笛吹き男』の調査で、散々苦労させられた恨みもありますけど、それはいいんですよ。仕事ですし」

 

「……うん」

 

 イチゴからコカゲになり、体格も大きくなった彼は、柚花の言葉には言葉少なく頷いている。

 どうやら、その時々の人格は、とっている姿形に影響されているのかもしれない。

 

「あなたはその他者に記憶を挟み込む能力で、先輩を悲しませた。先輩を本気で絶望させた。殴る理由はそれだけです。ただの私怨です。受け取ってください」

 

「ああ……わかった。俺も、覚悟の上だ」

 

 そうして、コカゲは目を閉じてその時を待つ。

 柚花は、右の手のひらを振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 一方、妖精達に連れさられた桃子はというと――。

 

『ユカ、やっちゃいなさい! ピーチからは見えないようにしておくカラ! ヘノも手伝いなさい! 桃子を風で包み込むノヨ!』

 

 りりたんの眷属であるルビィ。彼女は柚花に協力的である。

 というのも、ルビィもまた、りりたんという主を通して、これまでの顛末を眺めていたのだ。

 そして、ルビィが出した結論は『幼なじみを泣かせる奴は殴られてしまえばいい』というものだった。

 大好きだった幼なじみと共に生きることが許されなかった彼女は、桃子やヒナタの心を弄ぶようなハーメルンの笛吹きの在り方には、思うところがあったのだ。

 

「なんだかわかんないけど。わかったぞ。桃子の周りを。はちゃめちゃにすれば。いいんだな」

 

 ヘノはヘノで、柚花が本気で怒っている原因はなんとなく察している。そのため、よくわかっていないながらも柚花に協力的だ。

 結果として、桃子の周囲には、視界を遮るように赤いきらめきが包み込み。更にはヘノが桃子の周囲に暴風を展開するものだから、轟音で周囲の音も聞こえない。

 

「うわーっ、なに?! 何が起きてるの?! うわーっ、綺麗だけど、うわーっ!」

 

 美しい煌めきと暴風に巻き込まれて、一人でセルフジェットコースターのような体験をしている桃子は。

 柚花が、それは美しい右の平手打ちをコカゲにたたき込む姿にも、一切気付かないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔力の籠もった、素敵な一発だったワネ!』

 

「え、何があったの? 喧嘩? 喧嘩は駄目だよ?」

 

 桃子が、赤い光と緑の暴風によるアトラクションから解放されると、そこにあったのは驚きの光景だった。

 この短い時間で一体何があったというのか、教会前で仁王立ちする柚花と、その先の芝生に大の字で寝転がるイチゴの姿。

 事件の匂いしかしない。

 

「先輩、これは喧嘩じゃありません。私なりのけじめです。ちょっとお話してたら、イチゴさんがショックでひっくり返ってしまっただけです」

 

「なにそれ?! 話を聞いただけでひっくり返っちゃうって、ただ事じゃないよ?!」

 

 話を聞いただけで大の字になってひっくり返るなど、ギャグ漫画でしか見たことがない。

 いったい柚花は、どれだけとんでもない話をイチゴに聞かせたのか。というか、さすがの桃子とて、柚花のそれが何かを誤魔化す嘘だということはわかる。

 

「まあ、ダンジョンにはそういうこともありますよ」

 

「あんまりないと思うけど……喧嘩してない? 本当に?」

 

「あー、ごめんごめん、スズランちゃん。私たち、ひっくりかえるのブームになってるだけだから、本当に心配しないでね?」

 

「それはそれで心配だよ」

 

 心配げに二人の様子をうかがう桃子に、むくりと起き上がり言葉を返したのはイチゴだ。

 魔力の込められた平手打ちでひっくり返ったコカゲだったが、その姿はすぐに、イチゴへと戻っていた。実に鮮やかな変身能力だ。

 地面に寝転がっていたので、着用していたミュゲットの制服は少々汚れてしまったが、イチゴはピンピンしている。

 いくら柚花が魔力をこめたとて、女子高生の平手打ちは、怪異たる存在をひっくり返すのが限界だったようである。

 

「って、そうだ! あの、タイミング的に物凄く今更なんだけど……まだイチゴちゃんに紹介してなかったでしょ? ええと、もう知ってると思うけど、この子は柚花。私の一番大切な子なの。だから、イチゴちゃんも仲良くしてくれたら嬉しいなって」

 

 イチゴが起き上がったのを見計らって、桃子はとてとてと柚花とイチゴの間に入ってくる。

 先ほどまでの、妖精アトラクションやひっくり返りブームなど、不条理の連発も全く気にせずに、大好きな後輩と大好きな幼なじみに挟まれて、にこにこの笑顔だ。

 一方。「一番大切な子」宣言をされた柚花はまんざらでもない顔で口元をゆがませ、そう紹介された側のイチゴはどことなく肩を落としている。

 

「……そっかー。ゆかたんちゃんは、スズランちゃんの一番大切な相手、か」

 

 イチゴは、本人も認めているように、桃子の本当の幼なじみではない。

 けれど、それでも。桃子の中に、偽物とはいえ彼女との記憶が存在するように、イチゴの中にも同じように、桃子との作られた記憶は存在しているのだ。

 だからこそ。桃子の一番になれなかったことに寂しい思いもあり、その反面、桃子に大切な人がいてくれて嬉しい思いもある。その心境は、複雑だ。

 

「駄目だぞ。桃子。一番はヘノなんだから。後輩は二番だろ」

 

 そして、ここにはそれを更に複雑にしてしまう、風の妖精が存在する。

 いつの間にか桃子の肩に座り皆の会話を聞いていたが、どうやら桃子の一番の座を譲るつもりはないらしい。

 もちろんヘノは、桃子にとって揺るぎない「一番」だ。それは、柚花ですら認めている。

 けれど、いまこのタイミングで、それをアピールしないで欲しかった、というのが柚花の本音である。

 

「あ、それもそっか。じゃあ、柚花は人間で、家族以外の年下の後輩枠では一番大事なの!」

 

「先輩、私の格をどんどん下げていくのやめてください……!」

 

 ヘノのお陰で「一番大切な子」から、ランキングがどんどん下がっていく。柚花にとっては由々しき事態だ。

 しかし、桃子としては表現を変えたところで柚花の価値が変動するわけでもないため、どこ吹く風だ。

 

「桃子。このキノコ。生だとやっぱり。美味しくないな。捨てるぞ?」

 

「わー?! ヘノちゃん、それ毒キノコだから食べちゃ駄目だってば。ぺっ、しようね」

 

「あーもう。先輩! 毒キノコと私、どっちが大事なんですか」

 

『ナンナノヨ! アナタたち、口を開けば話が脱線するノネ!!』

 

 結局、最終的に跳ねっ返り妖精こと、ルビィが爆発するまで、ぐだぐだの脱線は続いたという。

 

 

 

 

 

 

「さて、私も色々スッキリしたところで、『ハーメルンの笛吹き』について話を伺いたいんですけどいいですか? イチゴさん」

 

 午後の風が吹きすさぶ教会前で、柚花がようやく真面目な顔に戻る。

 彼女とて、無駄な仕事を背負わされた恨みや桃子を泣かせたことに対する怒りはあったものの、自分のやるべきことを理解している人間だ。

 ハーメルンの笛吹きを捕獲したいま、優先すべきはこちらではなく、ダンジョンに起きている異変の解決である。

 

「えーと、じゃあ……教会の結界を補強しながらでもいいかな。ここ、定期的に『英霊』が力を注ぐ場所なんだけど、今は彼らは出払ってるからね」

 

 教会の中に逃げた探索者たちは、イチゴ――ハーメルンの笛吹きの術によって、今は眠りに落ちている。

 この教会を狙う魔物の群れは先ほどの【チェイン・ライトニング】により一掃されているが、いつ新たな魔物が来るかもわからない。彼らには、このまま教会で眠ってもらうのが一番だろう。

 イチゴは、教会の扉の前に立ち、その手をステンレスの扉に当てる。すると、イチゴの手がほんのりと輝き、その光が教会へと吸い込まれていくのが分かる。

 

「ねえ、イチゴちゃんは英霊じゃないの? 長崎ダンジョンは、英霊が守護してるダンジョンだって聞いたんだけど」

 

「先輩。彼女は英霊とは違うものですよ。英霊って、あくまで長崎ダンジョンで戦ってきた方々の魂そのものであって、こんな風に架空の存在に化けるなんてできやしませんよ」

 

「え、それじゃあ……イチゴちゃん。ハーメルンの笛吹きは――誰なの? 私の【創造】で生まれたわけじゃないんだよね?」

 

 イチゴが教会に光を注ぎ込む姿を眺めながら、桃子は問う。

 英霊について、ハーメルンの笛吹きについて、りりたんについて。桃子には分からないことが沢山あるけれど、桃子がいま一番気になるのは、イチゴが何者なのか、だった。

 もちろん、今現在起きている長崎ダンジョンの異変も気にならないわけではない。ただ、詳しく知っているであろうイチゴとルビィがそこまで切羽詰まった様子を見せてはいないので、ダンジョンの異変にはさほど危機感は覚えていない、というのもある。

 

「私は……スズランちゃん、私は、俺は、僕は――」

 

 イチゴは、扉に手をつけたまま、言葉を絞り出すように呟いた。

 その横顔は、この二日間で何度も見ている顔で、記憶にもはっきりと残っている顔だ。

 けれど、どこか違う。まるで、知らない人たちと言葉を交わしているような錯覚が桃子を襲う。

 

 数秒の、沈黙。

 そして、イチゴが、言葉を続けようと口を開きかけたところで――。

 

 

『ワタシ知ってるワヨ! この子は英霊たちの、人間だった部分の集まりナノ! 切り捨てられた"心残り"の集合ヨネ!』

 

 

 猛烈なネタバレを投げつける、ティタニアの親友がここにいた。

 

「ルビィさんて、空気読めないって言われませんか?」

 

『エッ?! 何ヨ、失礼ネ! せっかく教えてあげたんじゃないノヨ!』

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