ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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心残り

「この長崎ダンジョンでは、探索者たちが『英霊』として弔われる風習があるんだよ」

 

 長崎ダンジョン第一層『入り江の教会』。名称こそ穏やかそうな『教会』だが、実際には階層の大半が急峻な山で構成された、穏やかとは真逆の過酷なダンジョンだ。

 探索者が木々を切り開き、踏みならしたルートを進むだけならばまだ歩きやすいが、それ以外の土地を探索するためには、かなりの体力が必要だろう。

 そんな階層の中心部に存在する教会を背にして、イチゴは桃子たちに語りはじめた。

 

「スズランちゃん、ゆかたんちゃん。英霊たちって、どんな存在だと思う?」

 

「どんなって……やっぱり、守護霊みたいな? なんか、ずっと守ってくれてるような人たちじゃないのかな」

 

 桃子も、話としては聞いている。この地を守護する彼らは、妖精たちや化け狸のようなダンジョンで生まれた魔法生物ではない。この地で戦った探索者たち――人間が、死後に英霊として迎えられた存在なのだ。

 今となっては、りりたんが複雑そうにしていたのも分かる気がする。りりたんは、人間に対して思うところがある。それなのに、このダンジョンを守る彼らは、人間なのだから。

 

「柚花はどう思う? 柚花の方が、色々詳しいよね?」

 

「ええ。このダンジョンで昼と夜で魔物の力が大きく違っているのは、英霊の力は昼に、悪霊の力は夜に増すから、という話は聞いてます。そこから察するに、ベタな言い方ですけど、いわゆる『光属性の聖なる存在』ってやつですよね」

 

「なるほどね。イチゴちゃん、そういうことでいいのかな?」

 

「うん。まあ……多分、誰に聞いても、そういう風に答えると思う。未来の探索者たちのために、死してなお戦うことを選び、光の存在になった。それこそ、彼らは聖人のごとく。でも、ゆかたんちゃんは知ってるよね? 人間はそんなに綺麗なものじゃないって」

 

「そうですね。いくら長崎ダンジョンを愛している探索者でも、人間なんて誰だって裏表がある生き物なんですから。それこそ……聖人になるには、切り捨てるべきものが、あまりにも多すぎる。そういうことですよね?」

 

 桃子を置き去りにしてイチゴと柚花の二人がわかり合っているような会話を続けている。桃子の肩ではヘノが大あくびをしている。

 柚花は【看破】という力のせいで、望まずとも人の裏の面を見せつけられてしまう。だからこそ、人間は聖人になり得ないことを知っているのだ。

 ならば、だとしたら。

 長崎ダンジョンの探索者が、聖人のような『英霊』になるために、何をせざるをえなかったのか。

 

 ――英霊たちの、人間だった部分の集まりナノ! 切り捨てられた心残りが集まって生まれた、イレギュラーな存在ナノ!

 

 脳裏に浮かぶのは、先ほどルビィが言っていた、ネタバレだ。

 

「じゃあ、つまりさ。英霊になった人たちが、亡くなったときに抱えていた心残りが……イチゴちゃん、っていうこと? どういうこと?」

 

「桃子。自分で言いながら。全然わかってない顔で。首をひねってるな」

 

「だってヘノちゃん、『イチゴちゃんが心残り』って言われても、私には全然わからないんだもん」

 

「スズランちゃんの、そういう察しが悪くて素直なところ、私は大好きだよ」

 

「え、それって褒め言葉として言ってるの?」

 

 イチゴが苦笑交じりに桃子に笑いかける。

 辺りには、人の気配はない。教会内にはヒナタたちのパーティが眠りについている筈だが、どこかの鎧男のように大いびきをかいて眠るメンバーはいなかったようだ。

 静かだった。先ほどの悪霊の群れが嘘だったかのように、魔物の気配も感じず、打ち付ける潮の音だけが静かに響いていた。

 不思議と、鳥や獣、あるいは虫などの原生動物たちの気配すら薄れている気がした。

 

 イチゴは日差しを浴びて桃子を見つめている。

 背筋を真っ直ぐに伸ばし、凜とした姿で桃子を見下ろす彼女はまるで、舞台上の女優のようだった。

 

「じゃあ、百聞は一見に如かずだね。スズランちゃん。私の――私たちの人生劇場を、見てくれるかな?」

 

「イチゴちゃん……?」

 

「こら。笛吹き女。桃子に変なこと。しないだろうな」

 

「しないよー。私は、スズランちゃんを裏切るようなことはしない。大切な幼なじみだからね」

 

 イチゴが、すらりとした右手を桃子に差し伸べる。

 桃子がその手をとろうと坂道を進むと、警戒したように肩の上にいたヘノが口を挟む。だが、ヘノもとりあえず言っただけで、敵対するつもりはなさそうだ。

 ゆっくりと、桃子がイチゴの右手に、自分の小さな右手を重ねる。すると――。

 

「ちょっと、なにちゃっかり先輩と触れ合ってるんですか、やっぱりあなたは泥棒怪異ですね」

 

「なんだか。面白そうだな。ヘノも乗っかってみるか」

 

「え? え?」

 

「じゃあ、三名様ご案内。いまから見せるのは、長崎ダンジョンの真実だよ」

 

 桃子の手の上から、更に柚花の手。そしてヘノが丸ごと重なってくる。一体何の遊びなのかわからない。

 上空ではルビィが呆れたように少女達を見ながら、ひとり、教会の周囲を警戒してくれていた。

 

 

 

 

 

 穏やかな風の吹く教会の前で、若草色を基調とした聖ミュゲット女学園の制服を着た少女たちが、三人で手を重ねている。

 その上には緑色の光を放つ妖精が着座しており、まるで降霊の儀式かなにかのようだ。

 いや、これはもしかしたら、本当に降霊の儀式と呼べるものだったのかもしれない。

 

『英霊達は我欲を捨て、未来の探索者たちのために、光の存在になった。それこそ、彼らは聖人だ。しかし……私たちはやはり、人間だった』

 

 イチゴは――否、ハーメルンの笛吹きは、言葉を紡ぐ。その声は、多数の人間の声が入り交じったような声になっていた。

 桃子の幼なじみだったその姿は、まるで幻影のようにぼやけており、一定の姿をなくしてしまった。その姿は見知らぬ男性になり、見知らぬ女性になり、幻の中に多数の人影が混じり合う。その中には、コカゲの姿もあった。

 桃子の手に重ねられた柚花の手が、緊張で固くなる。

 イチゴは、教えようとしているのだろう。桃子たちに、ハーメルンの笛吹きが何者なのか、そして、英霊という存在の切り捨てたものが何なのか。

 

『彼らは英霊となるために、多くのものを切り捨てたんだよ。人としての、わがままも、欲求も、執着も』

 

 気づけば、周囲には白い霧が広がっていた。霧の中からは、あの笛の音が聞こえてくる。

 そして――。

 

 桃子の脳裏には、柚花の脳裏には。

 彼らの記憶が、映し出されては、消えていく。

 

 

 

 

 

 

 とあるベテランの男性探索者がいた。

 彼は、精力的に長崎ダンジョンに潜り、多くの悪霊やアンデッドたちを倒し、ダンジョンの浄化を続けてきた。

 仲間にも恵まれ、探索者の新人たちにも慕われた彼は、しかし。

 ダンジョンとは無関係な交通事故により、この世を去った。

 

『死にたいわけじゃなかった。俺はもっと、もっと……あいつらと探索を続けていたかったんだ』

 

 

 

 

 とある女性探索者がいた。

 彼女は若い頃は東京に住み、若草色を基調としたセーラー服を着て、友人達と平和な日常を過ごしていた。

 後に、運命の悪戯で長崎へとやってきて、その地で探索者となり、実績を残し。

 そして彼女は、病によりこの世を去った。

 

『私は……あの頃の友達と、最後に一度だけでも、一緒に過ごしたかったんだよ』

 

 

 

 

 とある若い青年探索者がいた。

 彼は大学に通いながらも、探索者として成功するため、頻繁にダンジョンへと潜っていた。仲間達からも、その熱意は大きく評価されていた。

 力及ばないこともあったけれど、それでも彼は夢見ていたのだ。新宿ダンジョン、鎌倉ダンジョン。長崎だけではなく、もっと様々なダンジョンを、その足で踏破することを。

 しかし、彼は夢半ばで、魔物の凶刃に倒れてしまう。そして、彼が求めた外の世界を覗く機会は、永遠に失われた。

 

『俺は、本当はもっと、色々なダンジョンに挑戦してみたかった。様々な場所を、この目で……』

 

 

 

 

 とある壮年の男性がいた。

 彼は若い頃は探索者として名を馳せており、自らの死後は英霊船に乗せてくれと、家族に伝えていた。

 それ程までに、長崎ダンジョンを愛していた。

 けれど、彼が死に際に思ったことは。ダンジョンではなく、愛する家族のことだった。

 

『ぼくは……英霊になりたかった。けれど、けれど……家族とともに、生きていたかった』

 

 

 

 

 とある老人がいた。

 彼は、英霊たちを葬送する役目を負っていた。

 その笛の音で、英霊たちの心を静める重責を背負っていた。

 けれど、彼は。病によりその役目を続けられなくなり、英霊を鎮める音色は途切れてしまう。

 彼は、孫たちに愛されながらも。最後まで、そのことを悔やみ続けていた。

 

『私は……英霊を葬送するための笛を、最後まで吹き続けたかった。吹き続けるべきだったんだ……』

 

 

 

 

 桃子が見ていたそれは、英霊と呼ばれる人々の記憶だ。

 桃子がその幻を見ていたのは、時間にすればたった数秒のことかもしれない。

 けれど、その瞬間に覗き見たものは、様々な人々の、様々な英霊たちの――心残り。死の淵で最後に置いてきた、人としての想いだった。

 

「切り捨てられた心は、行き場のない思いは、ずーっと留まっていたんだよ」

 

 すでに霧は晴れていた。

 重ねられた手のひらの上には、ヘノが不思議そうに、ぽかんとした顔で桃子を見上げている。もしかしたら、ヘノにはいまの走馬灯は視えていなかったのかもしれない。

 そして、桃子たちの目の前には先ほどと変わらず、聖ミュゲット女学園のセーラー服姿のイチゴが、教会を背に立っている。

 

「きっかけは私にもわからない。けど、集まった想いが一つになって、生まれちゃったんだ」

 

 桃子たちは、静かにそれを、聞いていた。

 潮騒の音だけが、辺りに響いている。

 

「探索者たちの元に現われては、共に冒険をしたり、語り合ったり、時には危機に駆けつけたり。そんな、不可思議な、英霊だけど英霊じゃない、ちょっとだけ英霊な怪異、それが私――なんちゃって」

 

 イチゴはジョークめかして言うものの、桃子はまだ先ほどの数多の走馬灯の記憶が整理出来ておらず、言葉が出てこない。それはおそらく、柚花も同様だ。

 英霊たちの感傷に心が引っ張られてしまったようだ。知らないうちに、自然と桃子の瞳からは涙が溢れている。これはきっと、彼らの心にひかれた涙だ。

 

 想いが集まり、形を作り出す。

 人々の負の念が集まり、形になったものが魔物である。

 それと同様に。英霊となるために彼らが切り捨てざるを得なかったもの――その集積が、のちに『ハーメルンの笛吹き』と呼ばれるようになる怪異であった。

 

「でもさ、スズランちゃんの前に出てきちゃったのは、私も想定外なんだよねー。気付いたらあの教会で、イチゴとしての記憶が増えてたんだ。スズランちゃん……ううん、桃子ちゃんは二日連続で塩を舐めた直後だったから、英霊の加護が強かったのかなー?」

 

「……そう、なんだ?」

 

「なるほど。先輩が自分から塩を舐めて英霊の加護を受け入れてたから、ヘノ先輩の加護が働かなかったわけですか。別々の加護を受け入れるなんて、浮気じゃないですか」

 

「そうなのか。桃子。浮気したのか。ニムに言いつけるぞ」

 

「待って待って、浮気はしてないよ、ヘノちゃんひと筋だから! あとニムちゃんに言いつけるのはやめてね、なんか本気で怖いから」

 

 柚花やヘノと言葉を交わし、桃子もどうにか普段の調子を取り戻していった。

 まさか塩を舐めるだけで浮気になるとは思わなかった。もしかしたら、塩を舐めるのを渋っていたりりたんは、あの塩の意味を最初から理解していたのかもしれないなと、桃子は考えた。何かと秘密主義な魔女のことだ、わかった上で桃子を眺めていたのかもしれない。ひどい話である。

 

『ネーレイス様は、最初から見てたワヨ。ピーチがお祈りを始めた途端に【創造】が動き出して、そこに『ハーメルンの笛吹き』が吸い込まれたノヨ! それで、イチゴが生まれたの! ネーレイス様もビックリしてたワヨ!』

 

「なんだ。桃子。また【創造】してたのか。ヘノのいないところで」

 

「え、ええ……そうかあ……」

 

 イチゴの真実を知った後、更にたたみかけるようにおまけの真実を述べたのはそれまで上空から見守ってくれていたルビィだ。

 彼女はりりたんの目を通して全てを見ていた妖精なので、言っていることは全て事実なのだろう。驚きの真相を聞かされて、桃子はまたもや言葉が出ない。

 

 不思議に思ってはいたのだ。ヒナタや、あるいは若い頃から長崎ダンジョンで活動していた探索者たちが、笛吹きに遭遇するのはわかる。けれど、どうして自分の元にやってきたのかが分からなかった。

 なんのことはない。マリア像を前にして、桃子自身が3年前に心の中で生まれたイマジナリーフレンド『イチゴちゃん』を思い出した。それがきっかけだったのだ。

 存在しない幼なじみを【創造】する桃子と、桃子たちと共に冒険をしたかった"誰かの心残り"が、まるでカレーとご飯の組み合わせのように、綺麗に合致してしまっただけなのだ。

 

「でも、良かった。私……イチゴちゃんの目的が分からなかったんだ。幼なじみとして出てきて、何をしたいのかって、ずっと疑問だったんだけど……」

 

 桃子は、ふぅ、と。安堵のため息をつく。

 イチゴと別れ、彼女がハーメルンの笛吹きであることを知って。ずっと、心のなかで、引っかかっていたのだ。

 彼女が与えてくれた笑顔も、楽しい記憶も、何か他の思惑のために作られ、利用されているだけなのではないか、と。けれど、それは杞憂だった。

 

「あなたは、本当に私たちと冒険をしたかっただけ、女学生として過ごしたかっただけなんだね。イチゴちゃん……ううん、名前も知らない、先輩さん」

 

 今なら桃子にもわかる。過去の知人の誰とも似ておらず、ましてや劇でイチゴ役を演じた下級生とも違う、目の前に立つ彼女の顔立ち。それは、数多の英霊たちの記憶のどこかで、見た顔だ。

 若草色のセーラー服で友人と笑い合った記憶を、最後に望んだ女性がいた。きっとイチゴという存在は、母校の、ミュゲットの女学生たちと他愛の無い時間を過ごしたかったという、彼女の心残りでもあったのだろう。

 そして、桃子に続いて柚花も続く。

 

「なんなんですか、もう。幼なじみだの、存在しない記憶だのって、怪異だからって回りくどいにも程がありません? 私たちと一緒に遊びたいだけなら、最初からそう言ってくれればいいんですよ」

 

「そう言われても、そういう怪異に生まれちゃったからなー」

 

 そして、教会の前で。明るい日差しの下で、誰からともなく笑顔がこみ上げてくる。

 少女たちはいま初めて、本当の意味で互いを理解しあえたのだった。

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