ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

422 / 624
迷宮墓地

 長崎ダンジョン、第二層『迷宮墓地』。

 

 第一層『入り江の教会』を抜けて訪れたここは、平たい石壁で構成された巨大な地下迷宮だった。

 構造だけならば香川ダンジョンの第二層に広がる石壁迷宮と似たようなダンジョンだが、ここは全体的に陰鬱で薄暗く、湿った空気をまとっている。その雰囲気だけで言うならば。砂丘ダンジョンの地下深く、バジリスクの潜んでいた深淵の遺跡に近いかもしれない。

 

「イチゴちゃん、今更なんだけど、もしかして長崎ダンジョンの魔物って、全部アンデッドなの?」

 

「そうだよー? このダンジョンは、敵も味方も死者揃い。私もほら、死者の亜種みたいなものじゃない? あっははは」

 

「この怪異、自分の正体を明かしたとたんに随分ノリが軽くなりましたね」

 

 桃子達は、このジメジメとした地下通路を、軽めのつむじ風の魔法を両脚にまとって順調に進んでいく。

 ここは全長10キロもの範囲に広がる巨大な地下迷宮だ。案内なしに通り抜けられるような迷宮ではなかったが、この場には英霊の申し子、イチゴがいるために、桃子たちは迷うことなく進んでいけた。

 敵としてゾンビやスケルトンが時折現れるものの、イチゴや柚花が戦ってくれたため、桃子はぶるぶる震えるだけで済んでいる。

 ここは、とてもではないが桃子一人では進めない、恐ろしいダンジョンだ。

 

「このダンジョンはね、魂を結びつける力が強いんだ。英霊はもちろんのこと、このダンジョンに現れる魔物たちも、人間の――死者の姿が色濃く残ってるでしょ? あれは、魂の残滓なの」

 

「魂の残滓? ええと……生前の名残が残ってる……とか、そういう感じ?」

 

「うん。このダンジョンに留まる瘴気には、人間だった記憶が色濃く受け継がれてるの。ある意味では私と同じで、死者の残した"想い"が人の姿をとっているだけの、死者の寄せ集め。まさにここの魔物達は、アンデッドなんだよね」

 

「アンデッドの魔物って、そういうものだったんだね」

 

 途中、巨大な地下墓地を通り抜ける際には桃子の足がすくんでしまい一波乱あったものの、第三層へ向けて足並みは順調だ。

 

「さて、スズランちゃん、ゆかたんちゃん。そろそろ階段だけど、どうする? 多分さ、本当に……あなたたちが行かなくても、どうにかなるんじゃないかなーって思うんだけど」

 

「行きますよ。自分勝手な後輩を叱りつけるために私は来たんですから」

 

「うん、やっぱり、ここまで来た以上は、私も何か……力になりたいなって思うよ。アンデッドは苦手だけどね」

 

「大丈夫だ。桃子はヘノが守るからな」

 

 桃子たちは、まるで暗闇へと続くような階段を見下ろしている。第三層、そして第四層は、上層とは危険度が違う。桃子たちが引き返すならば、今が潮時だろう。

 今このメンバーには、先ほどまで騒がしくしていた紅い光の妖精はいない。彼女は、役目を果たし――いや、役目を果たせず、主であるりりたんの元へと戻ってしまった。

 桃子たちは、そのときのことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 それは、教会前でハーメルンの笛吹きの真実を聞き、イチゴが仲間として合流したあとのことだ。

 

「おかしい? 聖堂に英霊様が一人もいない……?」

 

 妖精の国や化け狸の国と同様に、英霊たちの住まう空間への入り口は、思いの外近い場所にあった。教会の目の前にある山の頂上にあたる場所。そこが、英霊たちの空間への入り口だ。

 光の膜をくぐると、そこは彫刻の刻まれた柱が並ぶ、白く冷たい大理石の広間だった。

 見上げた天井部分にはステンドグラスがはめられており、色とりどりの光が射し込んでくる。そこはまるで、荘厳な教会のような空間である。

 しかし、そこには十字架も、神を模した像のひとつすらない。ただただ何もない、静寂の空間が広がっていた。

 

「なんですか、ここ。随分と無機質な場所ですね」

 

「こんな場所に住んでたら。おなかがすいたとき。困りそうだな」

 

「ヘノちゃん、多分英霊さまたちはご飯は食べないんじゃないかな」

 

 カツカツと、足音をたててイチゴが白い空間を進んでいく。

 

「イチゴちゃん、見たところ、りりたんも英霊様もいないけど……」

 

「本来なら、ここには数多の英霊様の魂が存在していて、長崎ダンジョンの人々を見つめ、守護しているはずなんだよ」

 

 イチゴ自身もどうやら、困惑しているようだった。

 彼女は、英霊ほどに自由な存在ではない。ただただ英霊たちの残した願いのままに、守護すべき探索者の前に現れてはともに行動する、それだけの存在だ。

 桃子と別れてからも、気づけば再びヒナタの幼なじみ"コカゲ"として顕現しており、ダンジョンに何が起きているかもわからないままに戦っていたのだという。

 

 しかし、困惑する一同に声を投げかけたのは、ここまで黙って同行していた紅の妖精、ルビィだった。

 

『な、何もないってコトは、問題なかったノヨ! ネエ、アナタたちはもう地上に帰りなさいヨネ!』

 

「ルビィちゃん、そうはいかないよ。実際にダンジョンの異変は起きてるし、りりたんもいないし……」

 

『それは、大丈夫ったら大丈夫なのヨ! ネーレイス様が、負けるワケないじゃナイノ!』

 

「負けるわけないって、どういうこと? もしかして、りりたんは何かと戦ってるの?」

 

『ナ、ナニヨ! ピーチのくせに、鋭いじゃないノ! で、でも、ワタシはあなたたちの足止めも頼まれてただけで、敵のことなんて知らないワヨ!』

 

「ルビィちゃん、足止め役だったんだ……」

 

 桃子が問いかけると、ルビィは簡単に動揺し、次々と口を滑らせていく。

 いくら女王であるティタニアの親友だったとはいえ、ルビィ自身は若くして消滅した存在だ。性根は幼く、その精神性はヘノたちと大差ない。

 ティタニアやりりたんのように、人生経験――いや、妖精経験を積んだわけではないため、嘘や隠し事が驚くほどにへたくそだった。

 

「先輩。どうやらこの子を尋問する必要があるみたいですね。ヘノ先輩、ルビィさんを捕まえてください」

 

「わかったぞ」

 

『キャー!?』

 

 ヘノは若くとも、神槍ツヨマージに選ばれた現役の妖精だ。ツヨマージを使い風を起こせば、りりたんの眷属でしかないルビィは簡単に捕縛されてしまう。

 

『……わかったワヨ! ピーチとユカ宛てにお母様からのお手紙を預かっているから、それを読みなさいヨネ!』

 

「捕縛しただけで観念するとか、いくらなんでもチョロすぎませんか?」

 

「まあまあ、ゆかたんちゃん。それより、その手紙ってのを私にも見せてもらっていい?」

 

『モウ、勝手に見なさいヨ!』

 

 風に捕えられたままのルビィは、ぷんぷんと怒りながら、懐から魔法の光を取り出す。

 すると、何かしらの魔法でルビィに預けていたのだろう、その光から浮かび上がるように、一枚の折り畳まれた便箋が姿を現した。

 はらりと床に落ちたそれを桃子が慌てて拾い上げ、丁寧に開くと、そこには手書きの文面が書かれていた。

 これは、りりたんが残した手紙だ。

 柚花とイチゴも、桃子の左右から挟むようにしてそれを覗きこむ。

 

 そこには、りりたんからのメッセージが書かれていた。

 

 

 

【――前略 ももたん&ゆかたんへ

 

 今、あなた方がこの手紙を読んでいるということは、ルビィは足止め任務に失敗したのでしょう。

 この子なりに頑張っているので、あまりいじめないであげて下さいね。性格に難のある子ですが、私にとっては可愛い娘なのですよ。

 

 本当はこの後、面白いりりたんジョークを羅列しようかと思ったのですが、なんだか英霊たちが急かしてくるので、要点のみ書きますね。

 

 りりたんは、英霊たちと交渉の末、和解できました。あの方々、本当に頭でっかちでどうしようもないですね。りりたん、何度か滅ぼしてやろうかと思っちゃいました。

 

 色々ありまして、りりたんは英霊とともに、第四層に巣くっている不死者の親玉を討伐に行くことになりました。

 この地の第四層を浄化すること。このダンジョンとティタニアの国とを繋ぐための、紅珠を手に入れること。

 それはティタニアの力をこの地まで及ばせるための、絶対条件ですから、好都合です。

 

 ここのダンジョンは、死者のダンジョンです。

 ここに蔓延る呪いは私たち死者が解決しますから、人間であるあなたたちは、安全な場所で待っていてくださいね。

 

 追伸。

 きちんと制服を着てくれていますか? あなたたちと記念写真を撮りたいので、そのためにも、がんばってきますね。りりたんより】

 

 

 

 

 

 

『……お母様、ティタ……ごめんなさい……ごめんなさい……ひっく……』

 

 桃子たちがりりたんの手紙を読み終え、その内容に半ば呆然としていると、ふと。静かだった室内に、少女の嗚咽の声が響く。

 ルビィが、足止めの役目を果たせずに、泣いていた。

 

「ルビィちゃん、大丈夫だよ。ほら、泣かないで? りりたんは、あなたのこと怒ったりしないから」

 

『だって……ワタシ……あのときも、ずっと一緒の……約束を果たせなかった……ティタを一人きりにしてしまったノヨ……』

 

 ルビィは、泣いていた。悔やんでいた。

 彼女を捕まえていたヘノが、気まずそうに風の捕縛を緩めて、ルビィを自由にする。

 

 桃子は思い出す。半透明で、りりたんの眷属として元気な姿を現しているけれど――彼女もまた、死者なのだ。

 過去の妖精の国ティル・ナ・ノーグにて、ティタニアひとりを残し、絶滅した妖精のひとりだ。彼女にとっては、親友だったティタニアこそが、"心残り"だったのだ。

 いつか見た、ティル・ナ・ノーグの光景。たくさんの妖精たちが笑いあう、幸せな花園。戦いの果てに、あの妖精たちはみな、ティタニアを残して死んでしまった。

 そこには、どれだけの心残りがあったのだろうか。

 

 桃子はそれを思うと、胸が締め付けられる。

 大切なものを残して亡くなってしまう心残り。それを持っているのはなにも、英霊やハーメルンの笛吹きだけではない。

 ルビィも。女王ネーレイスも。

 彼女たちは、大切なものを残したまま、死んでしまった側なのだ。

 聖堂内はあまりに静かだ。だからこそ、ルビィの嗚咽が、この白い空間には響き渡っている。

 

「……ルビィちゃん、大丈夫、大丈夫だよ。お願いだから、泣かないで」

 

『だって! だって! アナタたちが死んじゃったら……ティタが……ティタが……ひっく』

 

 しかし、桃子がルビィの涙に感化されて、瞳を潤ませているその横で。

 強い、強いまなざしで。生きている者の強さを瞳に込めた少女が、ひょいとルビィをその手で捕まえる。

 

「ちょっとルビィさん、なんで私たちが死ぬ前提で泣いてるんですか」

 

『ひっく……離しテ、離しなさいヨネ……』

 

「いいですかルビィさん。私たちは、あなたが大好きなティタニア様の娘たちから、加護を貰ってるんです。その私たちが、そう簡単に死ぬわけないじゃないですか」

 

「そうだぞ。ツヨマージもあるんだから。ヘノは……母様を泣かせるようなことは。絶対しないぞ」

 

 柚花が、多少乱暴な物言いだけれど、ルビィを諭すように言葉を並べて、小さなルビィをそっと手のひらに座らせる。

 ヘノは憮然とした表情だが、これでも母親であるティタニアを慕っている妖精だ。同じくティタニアを想い涙するルビィには、どことなく同情的だ。

 

「そ、そうだよ! 私たちが死ぬ前提で泣かないでさ、一緒に帰ってきて、記念写真とろうよ!」

 

『……死なない? 絶対、負けナイ?』

 

「死にませんし、負けませんよ。そもそも、英霊とりりたんが共闘しているなら、負けようがないじゃないですか」

 

『グス……わかったワ。ワタシ、お母様のところに帰るワネ。絶対に、負けちゃ駄目ナノヨネ!』

 

「あ、ルビィちゃ……消えちゃった……」

 

 めそめそ、ぐしぐしと泣きじゃくっていた妖精は、キッと顔をあげると、一方的に言葉を残して消えていってしまった。

 そして途端に、場の空気が静かになってしまう。

 イチゴは、俯いて何も言わない。ヘノは、気まずそうに桃子の肩に乗って、桃子の耳たぶをいじって気を紛らわせている。

 

 静寂を破ったのは、柚花だった。

 

「……いつだったか、先輩が言ってたじゃないですか。『死なないようにがんばる』って」

 

「うーん、いつだったかな。思い出せないけど、多分言ったと思うよ」

 

「生きてる私たちにできることって、それくらいなんですよ。だから先輩、がんばりましょうね」

 

 桃子には、人の感情を覗き見る瞳はない。

 けれど、冷静でクールを装っている柚花でも、心の中では様々な想いや葛藤もあるのだろうと、桃子は思う。

 だから、桃子は柚花の手をぎゅっと握った。元気に、笑顔で、言葉を返した。

 

「うん、がんばって生きようね!」

 

 静かな、死者たちの聖堂に。

 ほんのりと、命の暖かい炎が灯った気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。