ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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Caisleán na Neamhbhásmhar

「このまま。全速力で。第四層まで。突っ切っていくぞ」

 

「どうしよう、変なのが沢山いるけど……!」

 

「先輩、無視です無視! 動きも遅そうですし、さっさと行っちゃいましょう!」

 

 長崎ダンジョン、第三層を進む。この階層は、生きている人間にとっては未知の領域だ。

 見た目だけならば、湿った自然の岩で構成された、鍾乳洞窟に近いように思える。しかしその壁はまるで生きているような質感を帯び、所々からは不気味に赤い液体が染み出ていた。

 

 そこに現れる魔物たちは、悪霊でもなく、かといってゾンビでもない。もはや得体のしれない『生物の出来損ない』のようなものたちだ。

 そのおぞましい姿を前にして、桃子の中には生理的な嫌悪感がこみ上げてくるものの、今はそれどころではないと気力で突き進む。

 時折イチゴが桃子と柚花に何らかの光の魔法をかけてくれていたので、もしかしたらイチゴの魔法が桃子の精神を護ってくれているのかもしれない。

 

「おい笛女。こっちで。合ってるんだろうな」

 

「ごめんねっ、私もここまで来るのなんて初めてなんだよー! でも、そこらじゅうに魔石が落ちてるから、合ってると思うよ」

 

 じゅくじゅくとした不気味な階層を、一行は疾風のように駆け抜ける。今頃、りりたんは第四層へと降り、そこに巣くう不死者たちのボスと戦っているはずなのだ。第三層で手間取っている場合ではない。

 一秒たりともこのような場所に居たくないというのは、桃子のみならず、ヘノも同様のようだ。いつになく、桃子たちの足を包み込むつむじ風の魔法が荒々しい。

 

 道のりには、煤へと還った魔物が落とす、数多の魔石が転がっていた。

 時には、バケツでひっくり返したのではないかというほどの大量の魔石がばら撒かれている場所もあった。それだけの激戦があったということを、否応なく物語っている。

 

「これ、全部りりたんたちが戦った形跡なのかなっ!」

 

「でしょうね。どれだけの魔物がいたんでしょうねっ」

 

 この階層に現れる魔物は、ゾンビともゴーストとも違う、名状しがたい形状のものたちである。

 それらが溢れかえる様子など、あまりのおぞましさにイメージするだけでも吐き気がこみ上げてきそうだ。

 

「あー……うん、これ以上想像するのはやめよう! カレーのこと考える!」

 

「先輩のメンタルって器用でいいですねっ」

 

 駆け抜けながら、それでも目の前に襲い来る魔物には自分たちで対処しなければいけない。

 柚花の電撃がほとばしり、ヘノの風が吹き荒れ、桃子も何体かの魔物をすれ違いざまにハンマーで吹き飛ばした。べちょっとした感触が気持ち悪いため、桃子としてはこの階層で戦い続けるのは勘弁願いたい。

 

 

 

「みんな! こっち! こっちだと思うよ!」

 

 先をゆくイチゴが、一つの通路を見つけた。

 そこは、この階層の生々しい鍾乳洞とは違い、まるで天然の岩で作り上げられた『門』である。

 そこを潜ると、その先には巨大な"部屋"が存在していた。ドーム状の天井で覆われ、地面はただただ平坦で、広い。

 それこそ、香川ダンジョンの石壁迷宮を抜けた先にある『闘技場』の如く、そこだけ意図的に作られたであろう、非常に巨大な空間だ。

 しかし、その空間はすでに、荒れ果てていた。

 

「ちょっと、なんですかこの破壊跡……」

 

 足をとめ、柚花が思わず声を発する。

 そう、この部屋は破壊されていた。焼き尽くされていた。

 おそらくは、元はいくつかの柱が立ち並ぶ造りだったのだろうが、それらは全て平坦な地面の上に瓦礫として晒されている。

 そして、地面も、壁も、天井も。その全てが、まるで巨大な爆発の跡のように、黒く焼け焦げていた。地面も爆心地を中心に、真っ黒な煤が広がっている。

 

「多分。何かでかい魔物が。いたんだろうな。誰かが戦ってた感じがするぞ」

 

「これ……知ってる。和歌さんの【フレアバースト】がこんな感じだった……!」

 

「ああ、香川ダンジョンの第一層を更地にした魔法ですか。さすがに英霊があんな魔法を使うとは思えませんし、やったのはりりたんでしょうね」

 

 桃子の頭に浮かんだのは、同僚である柿沼和歌が得意とする最強の炎魔法【フレアバースト】だ。

 和歌は、人間の中でも上澄みに位置する炎魔法の使い手である。けれど、それでもまだ和歌は人間の範疇なのだ。

 一方、りりたんはすでに人間の範疇を軽々と超えている。彼女が【フレアバースト】を放ったとしたら――和歌のあの強大な爆発ですら足下に及ばない、もはや比較にならない破壊がもたらされるだろう。

 

「ふれあなんとかは知らないけど。こんなでかい爆発じゃ。よほどの魔物でも。ひとたまりもないだろうな」

 

「うん……でも……」

 

 はたして、りりたんがこれだけの威力の魔法を行使せざるを得ない敵とは、いったいどれほどの難敵だったのか。

 そして、それが敵の首魁ではなく、あくまで第三層の門番でしかないということに、桃子は薄ら寒い思いを抱く。

 

「……行きますよ、先輩。ジッとしてると後ろから魔物が押し寄せてきますから」

 

「桃子。大丈夫だ。ヘノが守ってやるからな」

 

「……うん。行こう、みんな」

 

 不安がないと言えば、嘘になる。

 頑張ると言ったけれど、それでも無理なことはある。今までも、自分の無力さを思い知らされたことは何度もあった。

 けれど、それは。

 戦う仲間たちを見捨てる理由には、したくない。

 

 生きた人間が初めて足を踏み入れるかもしれない、第四層へと続く階段。

 桃子たちは、ゆっくりと。

 その魔境へと、踏み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

「なんですか……あれ」

 

「これが……第四層?」

 

 階段を抜けた先は、薄暗い森だった。

 上空は暗雲が垂れこめ、捻れた木々がより不気味さを醸し出している。

 しかし、その階層の主役は、決して森ではない。

 遙か先にそびえる巨大な影に、桃子と柚花は息をのみ、足をとめる。

 

 森を越えたその先、遙か正面の丘陵の上に見えるのは、西洋の巨大な城塞だ。

 まるでファンタジー映画から抜け出てきたかのようなその城は、第四層の全てを見下ろすように、圧倒的な存在感でそびえていた。

 有名なテーマパークのシンボル的な城などは、足下にも及ばない。おそらく、主塔の高さは新宿の高層ビルに匹敵し、丘の上という立地も相まって、離れた場所からでもその巨大なシルエットが見てとれる。

 

「私も、実際に見るのは初めてだよ。あれが、あれこそが――不死者たちの城。あの城に、アンデッドの王がいるはずだよ」

 

「あんなの、どこかのゲームの世界じゃないですか。鞭で戦えとでも言うんですか? 十字架を飛ばせとでも言うんですか?」

 

「柚花、落ち着いて、言動がおかしくなってるよ!」

 

「おい。向こうで。戦ってる気配がするぞ。急ごう」

 

 しかし、桃子たちが唖然としていたのもつかの間、すぐにヘノが戦いの気配を察知する。

 第四層では、すでに戦いが始まっていた。それはまさに――英霊と、魔女と、そして不死の魔物たちとの戦争だった。

 

 

 

 

 

 つむじ風をまとい、森を駆け抜ける。

 丘陵の上にそびえ立つ城塞は、一つの戦場だった。

 

 数多の魔物たちが行く手を阻もうと襲い来る。ゴーストにスケルトン、ゾンビや異形の生物といった、上層にいた魔物たちの群れ。

 それだけではなく、空には巨大な目玉にコウモリの羽を生やしたような奇怪な魔物が飛び交い、ときには巨大な鳥と獣をあわせたような魔獣の姿も見える。

 それに対するは、数多の英霊たちだった。見た目は生前の探索者としての姿を再現しているが、全身にまとう聖なる光は、彼らが光の存在であることを物語っている。

 

 魔法で破壊された城門を抜け城内へと潜り込む。城の巨大な扉から駆け込むと、そこは大型の競技場が軽く入りそうな規模のロビーだった。周囲には巨大迷路のように数多の階段や通路が入り乱れており、やはり城の内部は人を惑わすダンジョンになっているようだ。

 その各所で、英霊と魔物の戦いが繰り広げられている。

 外にいたような魔物たちだけではない。城内には、香川ダンジョンにいるような動く鎧ことリビングアーマーや、空を舞い襲いかかる悪魔の石像――ガーゴイルの姿もある。

 

「桃子。後輩。行くぞ!」

 

「うん!」

 

 柚花と桃子がヘノの風にのって階段を駆け上り、魔物たちに囲まれていた英霊の助けに入る。

 イチゴは背後に光の魔法を放ち、後方からの追撃を防いでいる。

 

『……キミたちは……!?』

 

 いかに英霊といえども、彼らとて生前はあくまで一般的な探索者であり、決して全員が戦闘に特化した能力を持っているわけではない。恐らく、このロビーで戦っている彼らは、戦闘は不得手としている英霊たちなのだろう。魔物の群れに、明らかに後れをとっていた。

 しかし、彼らの戦っていた魔物の群れは、柚花の放つ電光と共に大多数が煤へと還る。

 電撃で倒しきれなかったガーゴイルや動く鎧たちは、しかし桃子の振るう巨大なハンマーにより順調に粉砕されていく。悪霊のように物理耐性をもつ魔物には相性が悪いハンマーも、ガーゴイルやリビングアーマーのような物質的な魔物を相手にする上では、最適な相性を持っている。

 鵺の紅珠によって破壊の力を高められたハンマーは、いまは緑の風をまとった局所兵器と化していた。

 

「加勢しますよ! 魔女と、笛吹きの仲間です!」

 

『助かる……けど駄目だ! こんな場所に命ある子供たちが来ちゃいけない!』

 

『すぐに戻りなさい。周囲の死霊たちが押し寄せてくる。ここは俺たちが――』

 

「あのっ、ご心配はありがたいですけど、ここまで来たら戻れません! 今はっ、共闘してください!」

 

 桃子がハンマーを振り抜きながら叫ぶ。

 英霊の周りに飛来するガーゴイルを片っ端から横殴りで吹き飛ばし、その半数以上は粉砕され、そのまま階下へと落下していく。

 一方、柚花は再び巨大なスパークを放つ。空飛ぶ小さな蝙蝠型の魔物や、わらわらと湧くゴーストたちは電光に巻き込まれて消滅していく。

 しかし、さすがに第四層の魔物たちはそう簡単にはいかないようだ。電撃に耐えるだけの力を持つ魔物たちも多く、魔法の発生源の柚花へと向かってくる。

 やはり、りりたんを探しに進む前に、この場所の魔物をひと通り殲滅するまでは終わらないだろう。

 

 下を見やると、イチゴが階下の英霊たちと結界術を広げようとしているのが見えた。

 この広い空間を英霊たちの聖なる領域で塗り替えられれば、この戦場の勝利は確定となるはずだ。

 

「先輩の言う通りです! 生きてる人間を守りたい気持ちは結構ですけど、今は四の五の言ってる場合じゃないですから!!」

 

「これだけ広いと。風の力を。使い放題だな。腕が鳴るぞ」

 

『キミたちは……いや、そうだな。すまん、戦おう! 我らの力を貸す!』

 

 英霊達は、それぞれが顔を見合わせ、うなずき合う。

 すると白い光と共に、英霊たちの力が桃子のハンマー、そして柚花の双剣へと宿っていく。

 これは、昨晩のゴースト退治の際にイチゴも使っていた、悪霊を殲滅するための聖なる力だ。

 

「これなら百人力です! ヘノちゃん、柚花、頑張ろう!」

 

「任せろ。神槍ツヨマージ。全力でいくぞ」

 

「わかりました! まずはこの空間を制圧しましょう!」

 

 魔を退ける聖なる光を伴う雷光が、群がるアンデッドの魔物たちを焼き払う。

 ガーゴイルも、リビングアーマーも、桃子に近づくだけで力任せに粉砕されていく。

 ヘノが有無をいわさずロビー全域を暴風で支配し、上空を完全に制圧する。飛行していた魔物は全て吹き荒れる風に飲み込まれ、グシャグシャになり墜落していく。

 

 広大な城塞の中央ロビー内に、瞬く電光と、緑の暴風が広がり。

 巨大ロビーの支配権を握るため、熾烈な殲滅戦が開始されるのだった。

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