ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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『ハーメルンの笛吹き』エピローグ

 事件は、その他諸々をひっくるめて、一応の解決を迎えた。

 もともとは、柚花が調べていた事件は『ハーメルンの笛吹き』についてであり、それに伴う『不死者の王』の討伐などは全くの想定外の出来事だ。

 ギルドや魔法協会は上を下への大騒ぎだが、特殊個体を討伐できたのだから、喜ばれることはあっても怒られることはないだろう。

 

「スズランちゃん。私は……こういう風に生まれたから、自分の本当の姿も、本当の望みも持たない存在なんだけどさ……」

 

 そして今は、最後に残されたイチゴ――いや、ハーメルンの笛吹きと呼ばれる存在との、別れの時を迎えていた。

 彼女はその性質上、長崎ダンジョンの加護を得たことのある人間のもとにはどこにでも現れる可能性があり、その際に架空の記憶を作り出してしまう。それは彼女にも制御できない力だ。

 なので、事態としては今までと全く変わらず、解決とは言い難い。

 

 けれど――。

 

「あなたたちのおかげで、なんだか変化があった気がするよ。『ハーメルンの笛吹き』じゃない。英霊の心残りが勝手に動いているわけでもない。いまここに居るのも、一緒に魔物と戦ったのも、全部『私』個人の意志だって、胸を張っていえるんだ」

 

 彼女は、ハーメルンの笛吹きは、今ここで『自我』を持ちつつあった。

 これは、兆しである。

 

「ふふふ。言ったではありませんか。あなたは、ももたんの【創造】の片鱗をうけて、"自分"というものを得たはずだ、と」

 

「いや、言ってないよね? りりたんちゃん、それは言ってないよね?」

 

「ふふふ。言いましたよ。百回は言いました」

 

「やめてやめて、二人とも喧嘩は駄目だって! あとりりたん、百回は絶対嘘だよね?」

 

「九十九回は言いました」

 

 結局、りりたんとイチゴの愉快な漫才で話はうやむやになってしまったけれど。

 柚花は考える。この後、彼女が『自分の意志』を持つのならば、桃子たちのように不要な喪失感と悲しみを抱える犠牲者は減るだろう。

 怪異の性質は変えられない。

 けれど、怪異が自らの意志で『再び会いに行く』ことも『自分が何者かを語る』ことも出来るのだ。

 ならば、ハーメルンの笛吹きという謎の友人が現れたとしても、探索者たちはわけもわからないまま喪失感に襲われるということはないはずだ。

 

 実際に、この事件のあと。

 今までのハーメルンの笛吹きに遭遇したものたちのもとに、再び彼らが現れて。

 そして、自分が何者なのかを語った上で、再会を約束していく、という事件――いや、報告が、ギルドへとあがってくることになるのだから。

 

 

 

 

「じゃ、最後にみんなで記念写真をとりましょうか。りりたんはルビィさんを呼んで、あと先輩の【隠遁】を魔力でかき消してください。できますよね?」

 

「ふふふ。人使いの荒い先輩ですね」

 

 そして、最後には約束通りの記念写真だ。

 桃子のなかで、最後まで残った謎の答えが、ここにあった。

 そもそも、どうして桃子と柚花が、聖ミュゲット女学園のセーラー服でダンジョンに潜る羽目になったのか。そこに、いったいどのような意図があったのか。

 制服の着用はりりたんによる指示だったのだが、蓋をあけてみれば、単に『同じ衣装の記念写真を撮りたい』という、ただの思いつきのわがままだったのだ。

 そこには裏の意図も何もなく、本当にただそれだけだったのだ。

 

 これを知ったときには柚花はもとより、桃子も憮然とした顔を浮かべたものだ。

 桃子の着ている制服などは、顔も知らない、柚花の同級生から借りてきたものである。こんなに戦いでボロボロにしてしまっては、新しく制服を仕立てるしかないだろう。

 りりたん曰く『魔法協会が動けば制服の一着や二着すぐに支給されますよ』とのことだったが、りりたんは魔法協会を本気で自分の部下かなにかだと思っている可能性がある。

 

「なんだ。並んでなにをすればいいんだ。そこの。ドローンカメラっていうのを壊せばいいのか?」

 

「ヘノ先輩は、大人しく先輩の肩に座っててください。ツヨマージはしまってくださいね」

 

『ちょっとアナタ、ツヨマージはもっと大事に扱いなさいヨネ!』

 

「ふふふ。ルビィもほら、落ち着いて私の肩に座ってくださいね」

 

 とはいえ、実際にミュゲットのセーラー服を着た四人が集まっているのだから、記念写真は撮っておこうということになった。

 全員がボロボロで、ものによっては流血の痕が確認できるセーラー服姿で、ついでによく見ると妖精たちまでが一緒にポーズをとっている。

 とてもではないが第三者には見せられない写真になりそうだ。

 

「じゃあ、撮りますね! ドローンカメラに注目して、笑ってくださいねー」

 

 それでも。

 いつまでも、この日の記憶が残せるというのは。

 とても素敵だなと、桃子は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が美しいオレンジと青のグラデーションを描く、黄昏時。

 逢魔が時とはよく言ったもので、昼と夜の境目には、"人"と"そうでないもの"の世界が入り交じる、などという言い伝えもある。

 今から始まるこの儀式は、まさにその逢魔が時に相応しいものなのかもしれない。

 

 桃子の視線の向こうには、ゆっくりと川を下っていく、今年の英霊船の姿があった。

 華やかな装飾とともに、いくつかの提灯がつり下げられた船には、この一年のうちに亡くなった元探索者の遺品である武具がともに乗せられているらしい。

 

 共に命をつないできた愛用の武具とともに、彼らの魂はあの船に乗って旅立ち、そして英霊へと昇華されるのだ。

 

「桃子ちゃん、今年の英霊流しは、笛の音にも注目だよ! っていうのも、昔は私のお爺ちゃんが竹笛で英霊様を送り出してたんだけど、今年からはうちのお兄ちゃんが笛を吹くんだよ!」

 

 そして、ギルドが用意してくれた特別な席で桃子の横に立っているのは、七守小学校の6年生、桃子のクラスメイトである夏野日葵だった。

 彼女と出くわしたのは偶然だ。彼女もまた、兄がこの儀式に大きく関わっているため、ギルドが席を用意してくれたのだそうだ。

 

「日葵ちゃんのお爺ちゃんって、なんていう名前なの?」

 

「うちのお爺ちゃん? 夏野影郎っていって、ちょっと辛気くさい名前なんだよね。本人も、若い頃はけっこう気にしてたんだってさ。でもねっ、実際にちょっと陰気なお爺ちゃんだったけど、職人気質でね、私たちにはとっても優しかったんだよ」

 

「そっか、カゲロウさん……だったのか」

 

 あたりには、竹笛の音が響きわたっている。

 もちろん、これはハーメルンの笛吹きによる現象などではなく、日葵の兄――夏野ひなたが奏でているものだ。

 ヒナタは、この練習のために何度も過去の祖父の奏でる笛の映像を見返して覚えたらしい。だからこそ彼は、ハーメルンの笛吹きと遭遇した際に、その正体に気がついたのだろう。

 

「あーあ。せっかく桃子ちゃんと隣の席になったのに、英霊船、もう海の方まで流れていっちゃったね。あっという間だったなあ」

 

「うん。きっと、あの船はこれから、英霊たちのもとにいくんだね」

 

 空は、次第に夜の蒼へと変わっていく。

 

 

 

 

 

「りりたん。私は、あなたに言いたいことがあります」

 

「あら、ももたん。改まってどうしたのですか?」

 

 出向の儀式が終われば、あとはちょっとした出店やイベントが開催されて、英霊流しの会場はお祭りのようになっている。

 あたりには威勢のいい呼び込みの声をあげる夜店が立ち並び、訪れた人々は交流を楽しんでいるようだ。

 亡くなった人々を弔う精霊流しと違い、英霊流しはあくまで新たな英霊の誕生を見守るという、祝いの儀式としての側面があるらしい。

 なので、この後夜祭は。彼らが憂いを残さないよう、地上の人々は明るく元気に過ごそう、という意思の表れなのだろう。

 

 そんな、後夜祭を見下ろすはずれた丘の上で。桃子は、りりたんと対面していた。

 引率の奈々、そして柚花とヘノにも、今は席を外してもらっている。

 

「りりたんはさ、私たちに隠し事が多すぎるよね? 足の傷も、瘴気の傷があるなんて知ってたら、私はさ……」

 

「ふふふ。駄目ですよ、ももたん。りりたんは、自分のやりたいようにやってきただけですから、ももたんが責任を感じることはありませんよ」

 

 教会で目覚めた直後に、桃子はりりたんの足に『瘴気の傷』をみた。黒く焼けただれたようなそれは、化け狸のクヌギ、そして世界魔法協会の会長であるクリスティーナの足を蝕んでいた傷と、全く同じものである。

 

「琵琶湖ダンジョンで海の主を倒したときに、気づいたのですよ。この人間の体は、私の魂に繋がった呪いに耐えられない、と」

 

 瘴気の傷は、人間の体では完治しない。

 そして、ダンジョンに潜り、瘴気をその身に受ければ受けるほどに、その傷は広がっていくはずなのだ。

 

「でも、安心してください。ダンジョンへと普通に潜るだけならば、りりたんは自分の魔力で、力ずくで瘴気をはね除けられますから。些細なことなのですよ」

 

「でも……」

 

 それはあくまで、普通に潜るだけならば、だ。

 摩周ダンジョンでは、瘴気の吹雪の中で霜の巨人と戦い、彼女は皆を救ってくれた。

 砂丘ダンジョンでは、りりたんはバジリスクの巣くう第四層までついてきて、桃子を見守ってくれたはずだ。

 尾道ダンジョンでは、あやかしの復活を阻止すべく、りりたんはスタンピードのさなかに助けにきてくれた。

 

 それらの出来事、全てが。りりたんを蝕んでいたのだ。それだけではない、りりたんは何度も、何度も、危険な状況で桃子を助けにきてくれたではないか。

 桃子はそれを、些細なこと、とは思えない。

 

「ももたんに差し上げた【創造】という力も、あなたならティタニアの味方を増やしてくれると思ったからです。私は、あなたを利用しているだけの、ずるい魔女ですよ」

 

「それは……まあ、なんとなくわかってたけどさ。それでも、そういうことじゃなくてさ。そもそも、りりたんは私たちに壁を作りすぎだと思う」

 

「ふふふ。仕方ないですよ、ももたんと私は、違いますから」

 

 りりたんは、桃子に壁を作っている。

 この長崎の旅路で、桃子は初めて見たのだ。天海梨々という少女の本来の姿を。

 桃子の知る限り、尾道ダンジョンの弓使い、檸檬に対しては比較的りりたんは素顔を見せているようだが、それはきっと、彼女が過去に生きていた妖精のひとりに似ているから、というのもあるのだろう。

 

「私は、不死者の王と同じなのですよ。命を失ってもなお、愛するもののため世界の理に抗っただけの、死者でしかありません」

 

「それ、それだよ、りりたん。違うよ」

 

 そして、ずっと引っかかっていたことを、りりたんが口にしたとき。

 桃子は、その言葉にストップをかけた。

 

「りりたんは、生きてるでしょ? 前世がどうでも、全部ティタニア様のためだったとしても、その心臓は動いて、食べて、笑ってるでしょ?」

 

 桃子は、ずっと、嫌だったのだ。

 りりたんが、自分を死人として扱うことが。

 

「私は、りりたんに。二度と、自分を『死者』なんて言わないでほしい」

 

「……」

 

「りりたんは、今を生きている女の子だって、天海梨々っていう人間の女の子だって、認めてほしい」

 

 りりたんは、困ったように笑うだけだ。

 返答は、ない。

 だからこそ桃子は、ジッと、りりたんを見つめる。真顔で、真剣に、言葉を続ける。

 

「……生きてるって認めてくれないと、りりたんに二度とカレーをつくってあげない」

 

「ちょっと待ってください」

 

 だんまりだったりりたんが、容易く反応した。

 やはりカレーはすごいなと、桃子は内心で感動する。

 

「ももたん、このシリアスな空気で、カレーで脅迫するなんて、一体どういう神経をしているのですか? りりたん、どういう反応をすべきなのですか?」

 

「いいもん! 分からず屋のりりたんなんか、カレーを食べられず、ひもじい思いをすればいいよ! あと、紅子さんにもあることないこと言いつけるから!」

 

「ちょ、それは卑怯です。ダージリン先生に私が嫌われたら、どう責任をとるのですか」

 

「じゃあ、生きてるって認めて」

 

 桃子は、考えたのだ。

 ネーレイス様が表に出ているときはもとより、りりたんという少女は、実に強情だ。

 けれど、りりたんではなく『天海梨々』という少女は、意外と扱いが容易いのではないかと。

 カレーはともかく、紅子ことダージリン先生のファンである天海梨々なら、きっと。桃子の口車にも乗ってくれると、桃子は確信している。

 

「むー……わかりました。生きてるようで生きてない、でもちょっとだけ生きてることを認めましょう」

 

「なにそれ、どっかの調味料じゃん!」

 

 作戦は、成功とも失敗ともいえない、中途半端な空気でグダグダになってしまった。

 けれど、桃子は思う。これは、前進だ。

 これから、時間をかけて。二人の間にある壁を、ハンマーで、力尽くで。いつものように壊してしまえばいいのだ、と。

 

 

 

「何やってるんですかね、あそこの二人は」

 

「多分。カレーの話でも。してるんだろ。それより後輩。あそこで売ってる。甘そうなやつを。ニムにおみやげにしたいから。買ってくれ」

 

「はいはい、おみやげですからヘノ先輩は食べちゃだめですよ?」

 

「それは。難しいな」

 

 

 

 見上げれば、そこには流れ星が、ひとつ。

 祈りを捧げる人々を祝福するかのように、この果てしなく続く夜空を、美しく彩っていた。

 

 そして、星空の下では。

 

 人々の祈りを乗せた船は。人々の心残りをのせた船は。

 笛の音に導かれて、今年もまた、旅立っていくのだった。

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