ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
今年もまた、英霊船が征く。
かの船に乗るのは、死してなお長崎ダンジョンと共に居ることを選んだものたち。
彼らはこれから先、光の使者――英霊となり、長崎の地を守護していくのだ。
いつからだろう、私はそれをひとり眺めていた。
彼らを祝福することもなく。ただ、ただ。
彼らが残していった、行き場のない想いだけが、私にとっての全てだった。
私は英霊でもない。人間でもない。
私の居場所は、ダンジョンでもない。地上でもない。
ただ、この世界に漂っているだけの、形すらもたない『なにか』だった。
その私に、変化が現われたのは、あのひとつの『想い』を受けとったときだろう。
――私は……英霊を葬送するための笛を、最後まで吹き続けたかった。吹き続けるべきだったんだ……。
私は、ふと。思ったのだ。
笛の音は、英霊と生者の間を繋ぐ。だからこそ。
英霊でも人間でもない私にも『これならできる』と、思った。思ってしまった。
想いの集合体でしかない私が、そう『思ってしまった』ことで。可能な筈だと『信じてしまった』ことで。
その現象は、この世界に認知される。
笛の音が響く。
「おーい、そんなところで何をぼーっとしてるんだ? 行くぞー?」
私は、気付けば大地に足をつけて立っていた。
意識が混乱する。私は、何だ? 僕は、誰だ? 僕はどうして、こんな所でぼんやりしてるんだ?
「おい、おいってば! 変なものでも食べたのか? ほれ、水でも飲めって」
目の前では、若い男性が――いや、違う。彼は、僕の"親友"だ。
僕は彼と共に、ずっとこのダンジョンを探索していた。そんな気がした。
けれど、それは違った。
思い出したと同時に。自分が何者なのかを、理解してしまったのだ。僕は、彼の"親友"などではない。
ただ、僕の中に抱えていた誰かの思いが、僕の身体を通して、その願いを叶えようとしているだけなのだ。
彼と、そして自分自身に、偽の記憶を植え付けて。
「ああ、すまんすまん。今日はどうすんだっけ? 教会にお祈りにでも行く? それとも、魔物の群れでも退治して魔石集めでもいっちゃう?」
「いんや、ほれ。ギルドで植物採取の依頼を受けてっから、それを探しにいこう」
僕は、何の疑問も抱かずに、彼とともにダンジョンを歩く。とても、とても楽しかった。
また再び、自分の足でダンジョンを探索できるなんて。夢のようだなと、思った。
けれど。その夢の終わりは訪れる。
僕は、この親友と、ずっと共に居たかった。笑って過ごしたかった。ともに地上に帰って、共にくだらない話をして。
そんな夢は、しかし。その日の夕刻には、終わりを告げた。
笛の音が響く。
「このっ! おい、馬鹿野郎、なに一人で突っ走ってやがる!」
「あ、あああぁああ! 死ぬかと……死ぬかと思った……うああ……」
気付けば、目の前には魔物の群れ。
そして、その鎧を血で濡らし、魔物の前で呆然としているのは、俺の"幼なじみ"だ。
彼はソロ探索者だが、たまにこのようなドジをする。だから、俺はずっと心配だったのだ。
そう、それは偽の記憶。けれど、それでも。俺は今だけは、彼の幼なじみでありたい。
「お前、俺が来なかったら死んでたぞ! このあほたれ! ほら、薬草だ! 全部飲み込め! そしたらそこに寝ろ、包帯巻いてやるから!」
「うぐ……痛い、滅茶苦茶痛い……くそぉ……」
「痛がってるうちは大丈夫だ。生きてるってことだ。お前は……死ぬんじゃない」
ここは、知らないダンジョンだ。
けれど、いつものように彼の記憶が流れ込んでくる。彼と俺とで様々な場所を冒険した思い出が、まるで本物のように存在している。
ここは、新宿ダンジョンという、日本でも最大級の難所だ。こいつ、ドジなくせにこんな場所に一人で潜ってるのかよ。
「お前なあ、せめてもっと簡単なダンジョンにしとけよ。ソロなら、それこそあれだ……香川か千葉がいいらしいぞ」
「娯楽施設じゃんかよお……」
俺も、実をいうと長崎ダンジョン以外を見るのは初めてだ。いつかは、外のダンジョンも探索したいという願いも抱いていた。
けれど、今日はこいつを入り口まで背負っていかなきゃならないし、探索は無理そうだな。
俺は、幼なじみを背負って。ダンジョンの入り口近くまで、ずっと、ずっと。二人で、昔の思い出を語り合いながら。
その邂逅は、終わりを告げた。
笛の音が響く。
「ふぅー、おいリス、お前俺の鞄に勝手に入ったやつか? 駄目だぞ、本当に妹たちに迷惑かけたんだから」
僕の"幼なじみ"の、夏野ひなたが、教会の信徒席に寝そべって掃除をさぼっている。
彼の記憶が流れ込んでくる。彼のリュックに怪我をしたリスが逃げ込んだことが原因で、巡り巡って僕たちのパーティメンバーは、連帯責任でこの『教会』の掃除をさせられているのだ。
「……ヒナタ。サボるな。英霊様がみてるぞ」
「うぉ! あ、ああ……びっくりした、コカゲか。今日って俺だけの当番じゃなかったっけ? おかしいな」
「……まあ……別に、いいだろ」
僕の今の姿は、コカゲという陰気な男だ。
そのもとは、ヒナタの祖父――夏野影郎という人間の残した想いが主体となっている。
彼は、英霊流しにおいて、葬送の笛を奏でる役目を負っていた。けれど、誰にもその後を任せられないままに、英霊となった。
けれど、今年は影郎の孫である、このヒナタが。その笛を奏でるはずだ。彼の記憶が、そう言っている。
「ヒナタ。お前……今年の英霊流しでは、笛を吹くのか……? 確か、亡くなったお爺さんが笛の奏者だったはずだが……」
「あれ? なんだよ、正式に決まるまで内緒にして、驚かせようと思ってたんだけどなあ」
「そうか……楽しみだ」
「でもなあ。爺さんの演奏は記録映像でしか聞いたことないからさ。せめて、一度くらい本物の音色を聞いてみたかったよ……」
「それは……そうだな」
その後、僕たちは教会を掃除して。
沢山話をして。家族の話を聞いて。仲間とのくだらない日常の話に笑い合って。思い出を――彼と僕の間にしか存在しない記憶の思い出を、語り合って。
そして、共に、ダンジョンへの入り口へと続く山道をゆく。
「なあ、ヒナタ。笛の音……楽しみにしてるから……頑張れ」
「コカゲ? ……おい、コカゲ! コカゲ?!」
笛の音が響く。
この笛の音は、"幼なじみ"への助けになっただろうか。
僕はまた、どこでもない空間で、英霊達の願いを抱いたまま。"存在しない存在"となる。
誰かの願いによって肉体を具現化する私という存在は、人間たちの世界では『ハーメルンの笛吹き男』という怪異として知られているようだ。名前のない存在に、人間たちは名前をつけたようだ。
ふと、意識が覚醒する。
英霊ではない私にも、英霊の権能は備えられている。
いま、長崎ダンジョンに外敵が現われた。私はそれを鋭敏に感じ取り、英霊たちもまた、この外敵の侵入に反応を見せている。
人間の身体に、冥界と繋がれた魂が入り込んでいる。
魂が、強大ななにか――恐ろしい瘴気の王と結びついたままの状態で、彼女は人間として生きている。
その外敵は、若草色のセーラー服を着て、地元の探索者や、何か奇妙な力をもつ子供とともに長崎ダンジョンへと侵入してきた。あのセーラー服に、私の中の願いの一つが反応を見せるが、しかし残念ながら、今は願いに縛られるわけにはいかなかった。
光の力で保護された教会に、闇の魂の持ち主が侵入しようとしている。
私は、独断で。
外敵の思惑を確認しようと、教会へと近づき――。
――マリア様が見守ってくれてる。あなたはきっと、大丈夫よ。
急激に、私の中に、見知らぬ記憶が入り込んでくる。
イチゴという少女と、スズランの妖精の記憶が、流れ込んできた。
共に、冒険をした。共に、カレーを食べた。共に笑い、共に泣き。
そして、マリアさまのもとで、再会を誓い合ったのだ。そんな、不可思議な記憶だ。
それと同時。私の中に流れ込んできた不思議な力に巻き込まれ、それに抗えないままに、私は――。
ふと気付けば、今度は私は「イチゴ」という名の少女になっていた。
先ほどの不思議な力によって、私は半ば強制的に、この姿にされていた。
そして、私の中には、マリア像に祈りを捧げる少女、スズランと、ずっと昔から共にいた記憶が存在していた。
英霊の想いに流されるままに具現化していた、いつもの現象とは明らかに違う。
私は、この記憶と、この名前を、マリア像に祈り続ける彼女に与えられたのだ。彼女の力によって。彼女の想いによって。
私はどうしてイチゴになったのだ。私は何をするべきなのか。
ただただ困惑する私を、すぐ横の席に座っている深潭の魔女――天海梨々だけが、興味深そうに眺めているのだった。
笛の音が響く。
今年もまた、英霊船が征く。
「ふふふ。どうですか? 今年の船にも、あなたの糧になるような心残りが乗せられていましたか?」
「あら、りりたんちゃん。さっきはがっつりスズランちゃんに怒られてたねー」
「彼女は、時折ああいう強さを見せる子です。本当、困ってしまいますね」
私はいま。イチゴとしての身体で、英霊船を見送った。
この世界に生まれてから、初めての経験だ。
「ねえ、りりたんちゃん。私は……『ハーメルンの笛吹き』という名前の怪異に生まれた私は、これからどうしたらいいんだろう」
「好きに生きれば良いですよ。ただ、あなたのその自我は、自由意思は。ももたんから贈られた奇跡のような力だということを、ゆめゆめ忘れないようにしてくださいね」
「もちろん。恩は忘れないよ。私はスズランちゃんの、幼なじみ――ううん、一緒に冒険をした仲間、だからね」
これからも私は、英霊たちの残した『心残り』に導かれ、人々の前に現われるのだろう。
けれど、もう最後に喪失を残すだけの存在でいてはいけない。愛する彼らを、悲しませる存在にはならない。
自分の意思で。自分の願いで。私は、そう誓う。
スズランちゃん。桃子ちゃん。私は、頑張るよ。
だから――これから先、また貴女に再会できるなら。
そのときはまた、笑って会おうね。
十二章 ハーメルンの笛吹き 了
活動報告に十二章あとがきも掲載しております。