ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「私が物心ついたときには、既に前世の記憶がありました。というか、生まれる前から前世の記憶は持っていたわけですが……」
「なんだか紛らわしいね」
「りりたんは、前世の記憶を持って生まれたのが自分だけなのか、それとも他にも誰かしらがいるのかを探し始めたのです――」
それは、幼少期のりりたんの話だった。
前世の力と記憶を持っていても、そもそも人間の少女という立場では出来ることが少ない。りりたんは、身近な人間に探りをいれたり、インターネットで情報を探してまわったが、しかし残念ながら前世の記憶持ちというのはいなかった。
「10年近く前でしょうか。当時、とても可愛らしい小学生女児だったりりたんはある日、SNSで募集してみたのですよ。ティル・ナ・ノーグの前世記憶を持っている方はいませんか? と」
「ネットで募集したんだ……」
りりたんの話はいきなり小学校まで遡る。SNSで『ティル・ナ・ノーグの前世記憶』について語り出す少女がいたとしたら、正直いってちょっと心に問題があるようにしか思えない。
りりたんの場合は、実際に前世でティル・ナ・ノーグを統治していた記憶があるのだから、それは仕方がない部分もあるだろう。
しかし、小学生女児のその募集に手を挙げる相手がいたとしたら、本人には申し訳ないけれど、少し問題があるように思える。
「そうしたら……意外にも、何名か集まってきたのです」
りりたんは、恐怖を演出するように、タメを作る。
聞いている桃子たちは、話が話なのでどこを怖がればいいのか分からないが、とりあえず黙っておく。
そして、りりたんは囁くように、続ける。
「ティル・ナ・ノーグで――私のソウルメイトだったという方々が」
「ええ……」
桃子はつい、声を漏らしてしまった。
女王ネーレイスの交友関係は、桃子とて把握はしていない。けれど、今の話に出てくるソウルメイトたちは十中八九、実際のソウルメイトではないだろう。
オブラートに包んで言うならば、極度の思い込みや勘違い、というものだと桃子は考える。
「ふふふ。言うまでもなく、アピールしてきた方々はことごとく私の前世とは無関係でしたけれどね」
「そりゃそうでしょうね。気をつけてくださいね、女の子がSNSで何かを募集すると、どうせ変な輩ばかり集まってくるんですから」
「柚花ったら、そんな偏見で見ちゃ駄目だよ?」
すでに、百物語の体をなしていないので、桃子のみならず柚花も普通に口を挟む。
ノリはもはや怪談話ではなく、ちょっとした雑談だ。
心霊現象とは一体何だったのか。言い出しっぺのりりたんが、心霊とはほど遠い話をしているのだからどうしようもない。
すでに桃子と柚花は自由にコメントを挟み、奈々は黙って聞いてはいるものの、ただただ苦笑交じりだ。ヘノはきっと話を聞いていない。
「ふふふ。それからは、さすがにネットで募集するのはやめておきました。ゆかたんの言う通り、よこしまな方が釣れてしまっても困りますからね。以上、インターネットの恐ろしさを垣間見た、というお話なのでした」
「そっか、良かったー。やったね、りりたん」
「先輩、何も『やったね』じゃありませんからね?」
そして、桃子と柚花が楽しげに会話をしているのをよそに、それまで静かに聴いていた奈々が、りりたんに質問をかける。
一応は大人の保護者目線でずっと黙って聞いていた奈々も、やはりまだまだ好奇心というのは失っていないのだ。
「ところで、今のお話が小学校の頃なんですよね? それ以降は結局、前世のお仲間が見つかったりとかはしたんですか?」
「ふふふ。どうでしょう。記憶は持ち越さずとも、当時の娘の魂が生まれ変わった存在ならば……いるのかもしれませんね」
しかし、りりたんはイエスともノーとも言わず、ただ煙に巻くような曖昧な返答が返ってくるだけだ。
どうしても前世の話題が出てくると『天海梨々』よりも『りりたん』としての面が強くなるようで、ガードが堅く、情報を与えてくれない。
けれど――。
「今を生きているのならば、前世の記憶など思い出さなくてもいいのですよ。ただ、幸せになってほしいな、とは思いますけれどね」
桃子が薄明かりの中で見たりりたんの顔は、どことなく懐かしむような、優しい微笑みに見えた。
「ふふふ。四人目のお話も、夢に出そうな恐ろしいお話でしたね」
「意地でも怖い話だった風でまとめますね」
結局、心霊話でも怖い話でもなかったけれど、りりたんは再びストーリーテラーとして、百物語の雰囲気を出し始める。
桃子たちも、りりたんのやりたいことが分かってきた。彼女は『怖い話』をしたいのではなく『百物語』っぽいことをやりたいだけなのだ。
「では、りりたんもライトを消しますよ」
とはいえ、薄暗い中でそれぞれの怖い話――ではないかもしれないが、各々の話に耳を傾けるというのは、これはこれで意外と悪くはない。
頻繁にやりたいかと問われると悩むところだが、たまにこのような時間を設けるのも良いかもしれないなと、桃子も心の中では楽しんでいた。
残る明かりは、一つ。老芝奈々の手元にあるライトだけである。
「では、僭越ながら最後には私、老芝奈々がお話させていただきますね」
ここで、真打ち登場である。
彼女は、世界魔法協会日本支部の『怪異』を担当部署の職員である。
地上での原因不明の心霊現象は、魔法協会のカテゴリではまさに『怪異』にカウントされているのだ。つまり、奈々はこのメンバーの中では、一番地上の心霊現象、もしくはそれに近しい事例に触れあっている可能性が高いのだ。
「これは、私が担当した、とあるお屋敷で実際にあった出来事です。その家では、不思議な怪現象が起きていたのですが――」
奈々の語る話は、さすがは実体験だけあって本格的だった。
始まりは、一つの依頼。都市部からは大きく離れた地方の、山のふもとのとある大きなお屋敷だ。そこで、謎の怪現象が多発するから調べてほしい、という内容だった。
屋敷の持ち主は、その家を最近買い取り、新しく引っ越してきたという若い夫婦。
現地に到着した奈々は、その家に住む男女から怪現象の説明を受ける。謎のラップ音に、知らない間に移動している家財道具。そして、誰かの話し声。
素人目に見ても『心霊現象』と言うべき状況である。
奈々は決して霊感があるわけではないものの、魔法協会から支給された様々な道具がそこで効力を発揮する。
霊は決して、ダンジョンの生物ではないし、魔力に依存した存在ではない。けれどそれでも、魔力は霊に影響を与えるのだ。
それを逆手にとり、魔法協会では心霊現象対策の道具も開発されているらしい。
その後いくつかの調査や事件が挟まり、奈々の語る怪談話――いや、実際にあった仕事のエピソードは、桃子たちの興味を引き込むのに十分なものだった。
「――そうして最終的には、原因と思われる部屋に魔法協会謹製の護符を張りまして、空気を入れ換えたら不思議な現象は落ち着きました。最後にそこの主人には謹製の護符を購入頂き、事件は解決です」
「魔法協会のやってることが怪しげな霊能力者と変わらないじゃないですか」
「ふふふ。クリスティーナは、そんな業界にまで手を広げていたのですね。世の霊能力者の仕事がなくなってしまうではありませんか」
護符の販売でめでたしめでたし、だ。話自体は思わず引き込まれるスリルのある展開で、桃子は無意識に柚花と繋いだ手に力がこもっていたのだが、最後はなんとも言えぬオチがついてしまった。
「それでですね。最後に玄関先で依頼主の旦那さんと話をしておりましたら――背後で突然、女性の叫び声が聞こえるんですよ」
「え……? え、ここからまだ急展開するんですか?」
話が一息ついて、百物語も終わりかと思ったタイミングだった。
事件の解決まで語ったはずの奈々が再び、その続きを語り始めたのである。これには、桃子同様に気を抜いていた柚花やりりたんも目を丸くした。
いつも物知り顔で、何でも知っている風を装っているりりたんを驚かせるとは、奈々はなかなかの快挙である。
そして、奈々の体験談は続く。
「女性の叫び声に私が振り向くと、そこには、般若の如き怒りの形相を浮かべた若い女性が一人。彼女は、『誰よその女! やっぱり浮気してたのね! 殺してやる!』といった怨嗟の叫びとともに、突然、傘を振り回して襲いかかってきたんです!」
「待って待って、え? 怖い話の本番これからですか?」
桃子は困惑する。怪談話が終わったかと思ったら、怪談ではないにしろ、なんだか怖い話が始まってしまったのだ。
しかし、話そのものは気になるため、桃子は再び口を閉じて奈々に注目する。
「さすがに私とて元探索者ですから、傘をもった素人などには後れはとりません。手元には魔石もありましたから、咄嗟に傘の一撃を横に避けて、そのまま女性の腕をとり【沈静】の魔法をかけたんですが……実は、その女性は旅行中だったその家の奥様だったんです」
「……え? でも、さっき、そこに住む男女から説明をうけたって……もしかして、兄妹だった、とか?」
「いえ、それなら良かったのですが。実はその旦那さんは、奥様の旅行中に、浮気相手を家に連れ込んでいたんです……!」
「ええ……」
とんでもない話だった。
妻の旅行中に浮気相手を連れ込み、そこに怪奇現象が発生するものだからと、ぬけぬけと夫婦のふりをして、魔法協会の人間を呼び調査を依頼していたのだ。
そしてそのタイミングで帰ってきた妻に、若い女性である奈々が浮気相手だと勘違いされて襲われたのである。
百物語とはこんな話を聞かせるイベントだっただろうか。桃子にはもうよくわからない。
「なお、私と奥様が大乱闘をしている間に浮気相手は裏口から逃走を図ったのですが、ちょうど出くわした野生の熊にあわてて引き返し、最終的には私たち全員が熊に追われ大パニックで車庫に閉じこもったのですが、車庫のシャッターが熊の爪で――」
「待って待って」
修羅場の話が落ち着いたと思ったら、今度は熊に追いかけられるという大パニックのエピソードが始まってしまった。
最終的には地上の熊には【沈静】の魔法がしっかりと効果を見せ、怪我人もなにも出さずに事件は全て終了したのだが、後半のインパクトが強すぎて、序盤の心霊現象云々はもはやどこかへ行ってしまった。
「ふふふ。最後のお話も、お盆に相応しい怪談話でしたね。では、ななたんもライトを消してください」
「さすがに、熊に追われるパニック物語はお盆に相応しくはないですよ」
柚花がストレートにツッコミを入れるが、りりたんはただならぬスルー力を発揮して、気にせずに司会進行をしていく。
なんにせよ、これで全員が物語を語り尽くした。あとは、奈々がライトのスイッチをオフにすれば、この部屋には闇が訪れるはずだ。
「あれ? でも待って? たしか『百物語』って、全部終えて真っ暗になったら、何か怖いことが起こるんじゃなかったっけ?」
「大丈夫ですよ先輩。このメンバーが揃っていれば、たとえ悪霊が出たところで負けることはないですから」
百物語は、全ての話を終えたときに恐ろしい現象が起こる――などと言われている。
しかし、それこそ今更だろう。桃子は確かに心霊現象の類いは苦手だけれど、それでもダンジョンでは今まで幾人もの幽霊たちと肩を並べて戦ってきたのだ。それに、この場にはりりたんと柚花、そしてヘノがいるのだ。
仮にお化けが出てきたとしても、返り討ちだ。
「では、いいですか? 私がライトを消すと部屋は真っ暗になりますからね」
奈々は、そう宣言すると、スイッチを消した。
すると、室内は真っ暗に――は、ならなかった。
緑色のぼんやりとした光が、桃子の背後の空間を照らしている。
《パリ……パリ》
何かを破るような音が、ほとんど真っ暗になった室内に響く。
そこには――。
「なんだ。みんなして。ヘノに注目して。おやつはあげないぞ」
お土産用として買っていたお菓子の包みをあけて、中身をもりもりと咀嚼している、風の妖精の姿があった。
全員の視線が、そちらに注目している。
「ってヘノ先輩、それニムさんのために買ったお菓子じゃないですか。駄目ですよ食べちゃ!」
「ちょっと。毒味とか。味見を。しておかないと駄目だと思ったんだ」
「もう、言い訳が小学生レベルなんですよ。っていうか、奥の荷物の中にしまってたのにいつのまに取り出したんです? さっきはありませんでしたよね?」
「桃子たちが。話してる間に。いつのまにか。ここに置いてあったぞ」
「ヘノちゃん、お菓子がおいてあったからって、勝手に開けて食べちゃ駄目だからね?」
結局、その後は明かりをつけ直し、ヘノが開けてしまったお菓子を皆で囲って食べるという、夕食前のおやつパーティになってしまった。
その様子を眺めていたりりたんは、自分が主導した試みに、満足げな笑みを浮かべている。
「ふふふ。実に恐ろしい百物語でしたね。りりたん、お盆を満喫できましたよ」
「りりたん、もしかして『恐ろしい』っていう言葉の意味を知らなかったりする?」
桃子の心からのツッコミは、楽しげな女子会の談笑の中に、消えていくのだった。
幕間 百物語 了