ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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幕間 筑波ダンジョン
カガクのダンジョン


 お盆の連休を使った長崎旅行が終われば、桃子にはまた日常が戻ってくる。

 共に長崎から戻った柚花とりりたんの二人にはまだ2週間近くの夏休みが残っているようだが、残念ながら社会人である桃子にはそこまでの長期休暇は存在しないのだ。

 なお、受験生でもある柚花は、休みの間は週の半分ほどは妖精の国へと赴き、スキル【高速思考】をフル活用した超効率受験勉強を続けているらしい。

 後輩はずっと座っててつまらないけど、おみやげのお菓子が美味しいから悪くない、とはヘノの談である。

 

 そして、まだ外は暑い8月下旬、とある平日のこと。

 

 この日、桃子は珍しく親方とともに応接室で向かい合い、桃子に舞い込んだ『案件』の説明を受けていた。

 それは、工房の鍛冶仕事というわけではなく、親方を通して桃子個人に舞い込んできた、『探索者である笹川桃子』への個人依頼である。

 依頼主は、筑波ダンジョン所属のギルド職員。

 そして依頼内容は、とある新素材に関わる実験協力だ。

 

「――てなわけで、その特殊な素材を使った装備で、おめェの【隠遁】の能力を抑えられるかどうか、テストしてみてェんだそうだ」

 

「【隠遁】が抑えられる……ですか?」

 

 話の発端は、龍宮礁で見つかった新素材でもある鉱石だ。その新素材を親方が直接調べるために、社員旅行という形で桃子も龍宮礁まで同行したのは記憶に新しい。

 その鉱石が魔力に対して何かしらの影響を与えることは調査段階でも分かっていたのだが、その素材を洞鋼と一定の割合で合成することで、一部の魔力の流れを阻害できることが判明したのだ。

 それこそ将来的には、防具に使用すれば深援隊のサカモトのように、魔物からの魔法的な攻撃を阻害できるかもしれないのだという。

 ただし、現在は実験段階であり、魔物相手の防御効果は薄いことが分かっている。

 そこで第二の用途として、"常時発動してしまう、制御不能のスキル"を抑える機能を試してみたいのだそうだ。

 

「龍宮礁で一緒にいたギルド職員覚えてるか? あいつが、おめェの特殊なスキルのことを覚えてたらしくてな。桃の字がよければ、一度筑波ダンジョンまで来られねえか、って話だぜ」

 

 桃子は、今でこそダンジョン内でも妖精をはじめとした多くの仲間に恵まれており、孤独を感じることはない。

 けれど、桃子は考える。もし、この【隠遁】が筑波ダンジョンの技術で制御できるとしたら。

 また、親方は知らないが、自身のスキルには【隠遁】以上に制御不能なじゃじゃ馬スキル【創造】というものがある。その制御の一助になるとしたら――と。

 

「行きます、行ってみたいです!」

 

 桃子はほぼ悩むことはなかった。

 スキルの制御の可能性が広がるならば、立候補しない理由がない。

 

「おゥ、元気な返答じゃねェか。じゃあ、俺の方から筑波ダンジョンには連絡いれとくぜ」

 

「あの、ところで筑波ダンジョンって、一般人立ち入り禁止のすごい場所なんですよね? 私も、そこに入っていいんですか?」

 

「そりゃそうだ。ある意味、滅多にねえ経験になるかもしれねェな」

 

「う、うわ、なんかドキドキしてきた……」

 

 スキル制御の可能性を広げる――という理由が第一であるのは間違いないが、それはそれとして。

 立ち入ることのないはずだった未知のダンジョンに足を踏み入れるチャンスがやってきた。

 探索者の端くれとしては、心の中に好奇心がわき出てしまうのは、仕方ないことだろう。

 

 

 

 

 親方に話を聞いてから、数日後。

 桃子が親方に連れられやってきたのは、茨城県つくば市である。

 

 つくば市は、その名の由来でもある筑波山のふもとに数多の研究施設が立ち並ぶ、日本有数の『研究学園都市』だ。

 国がこの地を正式に『研究学園都市』として制定し、開発を進めていったのは昭和の時代のこと。その頃はこの地にダンジョンなど存在していなかったのだが、およそ30年前にこの地にダンジョンが発見されたのは、まさに運命と言えるだろう。

 筑波ダンジョンは国の研究機関専用のダンジョンとして制定され、瞬く間にこの筑波ダンジョンの近辺は日本のダンジョン技術開発の中心部としても発展を見せていったのだそうだ。

 

 区画が整備され、最新技術を取り扱う建築物が建ち並ぶその様は、桃子から見ればちょっとした近未来の町並みにも思えた。

 そして、ここはそんな近未来の中に佇む巨大なギルド施設の中である。

 桃子は親方に付き従うように、その広大な施設内の通路を歩いていたのだが――。

 

「え? ……あれ? 親方、もしかしてここの通路ってダンジョンなんですか?!」

 

「お、気づいたか? 勘は鈍くねえみてェだな。いいことだ」

 

 桃子がいま歩いている場所は、間違いなく、筑波ダンジョンギルド施設内の通路である。

 しかし、いくつかの扉で厳重に区切られた大きな通路を歩いていたら、いつのまにか魔力を身にまとう感覚があったのだ。これは、ダンジョン特有の感覚である。

 

「え? いつから? だってまだ建物の中ですよ?」

 

「わっはっは、最初は全員同じように驚きやがるのよ」

 

 親方は豪快に笑っているが、桃子は状況が飲み込めずに困惑するのみだ。

 それもそのはず、そこは桃子が今まで見てきたどのダンジョンとも違っており、パッと見ただけではそこがダンジョンだとは分からなかったのだ。

 ここ、筑波ダンジョンの入り口は他のダンジョンのように地上に剥き出しの洞窟ではなく、大きな研究所のような施設の中に存在していた。あるいは「施設内の通路がそのまま、ダンジョン内へと繋がっていた」と言うべきかもしれない。

 

「魔力の感覚で、ここがダンジョンに入ってることはなんとなく分かるんですけど、とてもじゃないけどダンジョンぽいとは言えないですね……」

 

「まあ、わけがわからねェのは同感だが、これでも中はダンジョンだからなァ。桃の字、迷子になるから手を離すんじゃねェぞ?」

 

「はい、しっかりつかみます!」

 

 桃子は親方の袖をぎゅっと握りながら、初めて訪れる見慣れぬ風景の中を歩いていく。

 通路には、桃子がいままで見たことのないほどに太いケーブルが何本も走っており、ダンジョン内とダンジョン外を繋いでいる。

 

「ここはあくまでダンジョンに繋がる通路だ。もうすぐ出るぜ」

 

 施設の通路――否、ダンジョンの入り口を抜けた先には、空が広がっていた。どうやら、筑波ダンジョンの第一層は屋外タイプのダンジョンのようだ。

 しかし、この第一層の風景もまた、桃子の知る他のダンジョンとは全くと言って良いほどに違うものだった。

 

「親方、なんかこのダンジョン……その、すごいですね。ほとんど外の町並みじゃないですか」

 

「ああ。俺もそう思うぜ」

 

 そう、その景色はまるで地上のものだった。

 入り口だった背後を振り向けば、そこにはダンジョンの端を示す巨大な崖があり、上空は白く霧に消えている。確かにここは、ダンジョンだ。

 けれど、正面に見える風景はとてもではないがダンジョンのものとは思えない。

 地面は舗装され、道の左右には巨大な施設が建ち並んでいる。左右に棟が立ち並ぶ道のりは、まるでどこかの大企業、あるいは大きめの大学の敷地内を歩いているようだ。

 そして、ダンジョンだというのに不思議なのは、いたる所に電気施設が存在しているのだ。

 建物の外には変圧器があり、各所に電気式の照明や監視カメラ、桃子にはわからない何かのモニタや作業用の基盤まである。

 北海道摩周ダンジョンに存在するペンション『パイカラ』には、魔石を使用した照明器具などが並んでいて桃子も驚いたものだが、この風景はその比ではない。いや、そもそも比較にもならないだろう。

 

「うわぁ……」

 

 すれ違う人たちも、探索者というよりはこのダンジョンの職員のような出で立ちで、白衣を着用した研究者風の姿も多く見かける。全員がきちんと武器だけは身に着けており、それだけが、ここがダンジョンだということをかろうじて匂わせている。

 

「通路を通ってたぶっといケーブルで、大量の電気を送り込んでんのよ。ダンジョン内だと電気は拡散しちまうが、拡散するならそれ以上の電力を流し込んじまえ、ってことだな」

 

「うわ、思ったよりも力業のごり押しですね」

 

 建物の外から見てもこれなのだ。

 恐らく左右に立ち並ぶ施設内には、電力を動力とする機器の数々が持ち込まれていることは想像に難くない。

 桃子の理解を超えた、技術開発の総本山。電力と魔力、双方をふんだんに使用出来るダンジョンテクノロジーの最大級研究施設。それが、この筑波ダンジョンという場所だ。

 桃子は今回、親方の持っていた何かしらの証明書で入場出来たけれど、入る前には内部で見聞きした情報の扱いについて口を酸っぱく注意されている。それだけここは、重要機密の宝庫なのだろう。

 一般探索者にとっては未知の世界と言われているわけである。

 

「俺らが行くのは通称"加工棟"って言われてる職人達が実作業する場所で、正面に見える建物だ。右にあるのは魔石技術絡みの"魔石棟"。んで、左にあるのは、薬やらを研究してる"薬剤棟"だな」

 

「それぞれ分野ごとに棟が違うんですね」

 

「ああ。まあ俺も、あんまし他の棟のことは知らねえけどな。ただ、桃の字は薬の棟には近づくんじゃねぇぞ? 厄介なことになるからな」

 

「わかりました。でも、薬の研究ってそんなに危険な場所なんですか?」

 

「危険つーか、面倒くせぇ奴がいんのよ。ダンジョンの植物学の大御所だかなんだか知らんが――」

 

 親方がそこまで言いかけたところで、左の棟から何やら騒がしい声が聞こえてきた。大きな声で、誰かを探すような声が聞こえてくる。

 桃子と親方は、つい足を止めて、左側の薬剤棟を振り返った。

 

 

『博士、まさか勝手にまた第二層に――』

 

『ライチちゃーん! どこに逃げたんですかー!』

 

 

 聞こえてくる内容から察するにどうやら、職員たちが"ライチちゃん"を探しているようだ。

 はたしてライチちゃんとは、人間か、あるいは動物か。声が聞こえてくるのが薬剤研究の棟なので、実験動物の脱走という可能性が桃子の頭をよぎる。

 

「親方、ライチちゃんが脱走しちゃったみたいですね」

 

「あァ……なんだか厄介なことになりそうだし、さっさと行くか」

 

 不思議そうに薬剤棟に視線を向けたままの桃子とは裏腹に、親方はどことなくため息交じりに、そのまま目的地へと歩を進めようとする。

 親方の袖をつかんでいる桃子も、引っ張られるように足を進めるが、ふと――なんとなく、歩き始める前に。

 桃子は、不思議な予感に誘われて上を見上げる。薬剤棟の、屋上を見上げる。

 

 すると、そこには。その屋上フェンスの上には。

 

 白衣を風にたなびかせた小さな人影――小さな女の子の姿があった。

 まさにたった今、その女の子が薬剤棟の屋上からヒーローの如く飛び立つ瞬間を、桃子は目撃してしまった。

 女の子の姿は、白衣を翻しながら。みるみるうちに地上へと近づいてくる。

 

 

「親方! 空から女の子が!」

 

 

 桃子が慌てて親方に報告するのと、小さな女の子が高らかに笑いながら目の前に無駄にスタイリッシュなポーズで着地するのは、ほぼ同時であった。

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