ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「いやーっほーう! うわははは!」
薬剤棟から落下――いや、ジャンプしてきた少女は、高らかに笑いながら地面へと着地する。
着地と同時に右の膝をつき、右手、右膝、左足の三点で着地するそのポーズは、桃子も何かしらのヒーロー映画で見たことのあるポーズだ。
「いやっはっは、明らかに膝に悪い着地じゃが、決まると爽快じゃのう!」
目の前に着地してきたのは、桃子よりも遙かに小柄な女の子だった。
幼稚園児とは言わないものの、見たところ小学校の低学年程度の年齢だろうか。見た目だけで言うならば『幼女』と呼んでも差し支えのない外見だ。
小さな身体に合わせた白衣をまとっているので、おそらくこのダンジョンの関係者だろう。
ツンツンに跳ねた明るい色合いのボリュームある髪の毛は、お世辞にも丁寧に手入れをしているようには見えないが、魔石をあしらったような髪飾り――筑波ダンジョンという場所柄、もしかしたらあれは本物の魔石かもしれないが――で、強引にまとめられていて可愛らしい。
その体躯と比べると大きく見える肩からかけたポシェットはしっかりとした革製だ。ギルドで販売している、薬などを入れておくポシェットと同じものだろう。
そのような正体不明の幼女が建物の屋上から地面へと飛び降り、颯爽と着地して、ひとり高笑いしている。その口調はしかし、子供とはかけ離れた老獪なものだった。
桃子は状況が理解出来ずに数秒ほど頭が真っ白になってしまうが、しかしすぐに起動する。
「……うわ、え?! だ、大丈夫なの?!」
「あー、面倒臭ェ奴が来ちまったなァ」
着地して大笑いしているとはいえ、五階建ての屋上から飛び降りたのだ。桃子ですらお尻が割れるように痛む高さなのだから、普通ならばこんな小さな幼女が無事で済むわけがないのだ。
しかし、心配する桃子とは裏腹に幼女は余裕を見せて立ち上がると、パンパンと膝についた汚れを払っている。
そして、桃子の横でそれを見ていた親方は、大きくため息をつき、しかめっ面を作っている。
「おい薬草屋。おめェ、相変わらず脱走ばかりしてんのかよ」
「あん? よう、誰かと思えば鍛冶屋か、随分久しぶりじゃな。そっちの娘っ子はお前さんの孫娘か? こんな場所に子供を連れてくるなんて正気かい?」
「こいつは俺の弟子だ。今回はこいつのスキルが必要だったから連れてきただけだぜ」
「え? え?」
そして、しかめっ面の親方と、空から降ってきた幼女がろくな挨拶もなしに突然雑談を始めてしまった。しかも、どうやら両者とも既知の間柄らしい。
桃子の祖父のような親方と、いくら正体不明で摩訶不思議とはいえ桃子より遙かに年下に見える幼女の関係性がさっぱり分からない。
桃子は、ただただ頭の横にハテナマークを浮かべている。
「わっははは、そっちの娘っ子は混乱しとるわい。すまんのう、説明したいのは山々なんじゃが――」
『ライチちゃーん! お医者さんたちを置いてどこに逃げたんですかー!?』
『屋上のドアが開いてる! あの人、また上から逃げやがった!!』
「おっと、わしゃ逃げるぞ。医者どもがわしの身体をあれこれ調べにきよって面倒臭いったらありゃせんわ。娘っ子への説明は任せたぜ、鍛冶屋」
幼女――ライチを探す声が近づいてくるのに気付くと、彼女はポリポリと頭をかきつつ、桃子と親方に笑いかける。
そして、一方的に言うだけ言うと、小さい身体には似合わない俊敏さで、建物の裏手へと軽やかに駆け出していってしまった。
嵐のように空から降りてきて、ただただ桃子の頭に疑問符ばかりを残し、ライチは何処かへと消えていくのだった。
「え? え? お、親方、今の子……ライチちゃんって、私のこと見えてましたよね?」
「あー……なんて言やァいいんだろうな。ありゃあよ、そこの薬剤棟に住んでる座敷童子みてェなもんだから、そういうスキルが効かねえのかもしれねェな。まあ、桃の字はあんまり気にしないほうがいいぜ」
「は、はあ……」
親方は、説明が面倒くさかったのか、説明を出来ない事情があるのか、はたまた本当に座敷童子のようなものだったのか。なんにせよ、ライチという子供の説明はそれで終わってしまった。
けれど桃子の頭の中は、加工棟へと到着するまでの間は、謎の少女への疑問でいっぱいなのだった。
「よう、来たぜ」
「おお、待っていたよ」
謎の少女ライチちゃんの登場で忘れかけていたけれど、この日の目的はこの筑波ダンジョンにて、新素材の効果を実験するためのものである。
親方に案内されて入った建物は、ダンジョン素材を実際に加工するための巨大な工房のような場所だった。
案内された区画は、桃子にとっては工房でよく触れている『鍛冶場の空気』が漂っていた。まるで遠い世界のように思えていた筑波ダンジョンのなかで、普段通りの嗅ぎなれた空気というのは安心感がある。
ここで、桃子の【隠遁】をシャットダウンする効果のある"道具"が作られているはずだ。
「で、こっちは桃の字……ああ、つまりは俺の弟子だ」
「ええと……そこにいるってことだよな? なんだか不思議な感じだな。見ようとしても全くそこに意識が向かない、実に奇妙な感覚だ」
親方を出迎えてくれた、ツナギの上に白衣という不思議な服装をしたおじさんには、桃子も見覚えがあった。
確か、沖縄の離島――龍宮礁にて、親方と共に新素材の鉱石について白熱して延々と語り合っていたギルド側のおじさんだ。どうやら彼の本来の所属先は龍宮ダンジョンではなく、ここ、筑波ダンジョンだったようだ。
彼は少し離れた席で、モニタを眺めて何かしらを入力しながら、親方へと視線を向ける。
「説明はしてくれたんだろう? なら話は早い。そこにある小さな鎧を、すまないが……ええと、どこかに弟子の子が居るんだとは思うが、着用してみてもらえないか」
「だそうだぜ、桃の字」
「え、鎧なんですか?!」
話には"魔力を抑えるための装備"と聞いていたけれど、それが何かを桃子は具体的にはまだ聞いていなかった。
身につける何かだろうとは思っていたものの、その室内の作業台の上に鎮座していたのは――。
「サカモトさんじゃん……」
子供用サイズの、西洋甲冑だった。
それは、深援隊のヨロイマンを彷彿とさせるような西洋甲冑である。
とは言っても、実際にはサカモトのように全身鎧というわけではない。腕や脚の装備は用意されておらず、胴体に装着するプレートメイルと、頭にかぶる兜だけだ。
「これが、【隠遁】を防ぐ鎧……ってことですか?」
「一応、理屈としてはそういう感じらしいぜ」
親方が言うには、新たに見つかった新素材の鉱石は、洞鋼と混ぜ合わせることで効果が発見されたのだという。
なので、少なくとも現段階では布や装飾ではなく、形状としては『金属板』にならざるを得ない。
魔法を阻害する金属板を『身に纏う形状』にするならば、プレートメイルになるのは必然かもしれない。
「スキルなんざ千差万別だからよ。必ずしも桃の字の能力に効果があるとは言い切れねえが、まァものは試しだな」
「はい、わかりました! じゃあちょっと試してみますね」
桃子は早速、親方の裾から手を離して作業台に置かれた鎧を手に取ってみる。重たそうな見た目だが、思いの外軽い。どうやら、あくまで魔力阻害のためのものと割り切って、耐久性に繋がる厚さは不問としたようだ。
桃子はまず、期待と不安とともに、その甲冑の胴を持ち上げる。鎧の着用の仕方などは知らないが、大きな穴から体を通して亀の甲羅のようにそれを着込もう――と、するも。
小さい。
どうも、桃子の体型がうまく伝わっていなかったのか、桃子が着ても小さく、残念ながら鎧は着込めそうにない。
ならば兜はどうかと思ったが、兜もまた、頭を入れる間口がほんの少しばかり狭く、ギリギリでつっかえてしまった。
期待をしていた分だけ残念な気持ちが膨れ上がるが、なんにせよこれは報告せねばならない。桃子は親方の袖を取ると、申し訳ない顔で親方を見上げる。
「あの、すみません親方。小さすぎてちょっと、つっかえます」
「ああ、そりゃやっちまったな。どれ……ちィとばかし小さすぎたか?」
親方も、鎧を手にとって桃子の体躯と見比べた。
そしておもむろに、兜を取って桃子の頭に被せようとする。しかし中の空洞は余裕があるのだが、頭を入れる間口が狭くこめかみのあたりが引っかかってしまう。
「鎧はしゃーねェが、兜はどうにかなりそうだな。おい、おめェら、緊急でこの穴のサイズ広げるぞ」
「おっしゃ!」
「親方、今から何かやるんすか!」
「任せてくださいよお!」
「すまん桃の字。すぐにやるから、外のベンチで待っててくれや。呼んだらすぐに来るんだぞ? どこかに勝手に移動すんじゃねェぞ?」
「はい、分かりました」
いざ、加工となって一声かけると、大工房の奥からわらわらと職人達が集まってくる。中には、見覚えのある親方の弟子たちの姿もあった。
兜の加工ひとつにそこまでの人数はいらないだろうとは思いつつ、騒がしくなってきた工房をあとにして、桃子は一人扉の外に設置されているベンチで完成の時を待つのだった。
本音を言えば彼らの仕事を眺めて勉強させてもらいたいところだが、半人前の部外者、しかも認識できない少女がその場にいても、残念ながら邪魔になるだけなのだ。
桃子は通路に置かれたベンチに座り、そこから見える範囲の景色を眺めている。
「すごい。ここがダンジョンだなんて全然信じられないや……」
施設には完全に電気が通っており、ダンジョンらしさというものがない。
魔力が使える以上はここはダンジョンであるはずだが、ここにゴブリンや獣人が現れる様子は全く想像できなかった。
そんな風に桃子がぼんやりと過ごしていると、通路の向こうから足音が聞こえてくる。桃子が振り返ると、そこに居たのはまさに先ほど逃走していった少女、ライチの姿がある。
「よう、小娘。さっきぶりじゃの」
「あ、えと……ライチちゃんだったよね?」
「ライチちゃん……のう。まあ良いか。小娘はあの鍛冶屋のジジイの弟子じゃったか?」
「あ、うん。親方さんの弟子の、桃子って言うの。よろしくね」
「おう、よろしくな、モモコ。ほれ、挨拶代わりにトマトでもどうじゃ?」
桃子は笑顔でライチに手を差し伸べる。
ライチはにこやかに握手に応じ、握手のついでとばかりに白衣のポケットから小さなトマトをひとつ取り出して、桃子の手にトマトを握らせた。
「あ、うん、ありがとう。えと……あの、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「えー、面倒臭いのは嫌じゃな。トマトを食ってからで良いか? モモコも食ってみい」
そう言いながら、ライチはトマトに齧り付き、ぴょこんと桃子の横に腰を下ろす。横に並んでみると、改めてその小ささが際立つ。
桃子も第三者からは"子供"と見なされがちな自覚はあるものの、それでも背伸びをすれば中学生でも通るのだ。
しかし、目の前の子供は明らかに小さく、いくらなんでもダンジョンという場所に居るべき容貌ではない。
そして、それだけではない。ここがあまりに地上とそっくりの場所なので桃子も違和感なく受け入れているが、この少女はまさに今、桃子の【隠遁】を見破っているのだ。
桃子は、この謎の少女ライチに、はたして何処まで踏み込んで聞いてもいいものかと頭を悩ませる。
「じゃあ……トマト、いただくね? はむ……あれ? なんか、凄く美味しい……?」
「お、わかるか? 実はのう、それは正真正銘、ダンジョン産のトマトなんじゃよ」
「え?! ダンジョン産のトマトなの?!」
桃子はずっと、ヘノと共にダンジョンで野菜を探してきた。
ダンジョン内で見つけた野菜と呼べるものとして、キノコにタケノコ、フキ、巨大なさといもに巨大な枝豆など、幾つかは見つかった。けれど、トマトのように地上でもメジャーな野菜というのは今までどこにもなかったのだ。
ダンジョン産の食料の一番の特徴はやはり、そこに魔力が含まれているかどうか、である。
地上から種を持ち込みダンジョンで育てれば、それはそれでダンジョン産の野菜とは呼べるかもしれない。けれど、地上の種はそもそも本質的なつくりが違っており、育ったとしてもその野菜が魔力を保持することはないのだ。それは結局『地上産』の野菜をダンジョンで育てただけなのだ。
しかし、このトマトはそのようなまがい物ではなく、本当に、『ダンジョン産』だった。その実の中に、芳醇な汁の中に。桃子でも違いが分かるほどに、豊富な魔力を含んでいた。
桃子の中では、この時点で"質問したいこと"の優先順位が切り替わる。
ライチが【隠遁】を見破っていることよりも。彼女が幼い子供の外見をしていることよりも。
それよりもなによりも、このトマトについて聞かねばならぬと、桃子の頭のミニ桃子たちが、満場一致で議題を可決するのだった。