ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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草と鎧とモモコ

「私、ダンジョンで野菜をずっと探してたの!」

 

 桃子は、魔力を含んだトマト――間違いなく、ダンジョン産の野菜を目の前にして、興奮を隠しきれなかった。

 ついつい、両手でライチの手をとって、熱弁してしまう。

 

「ほら、ダンジョンって果物はあっても、食べられるお野菜みたいなのってないでしょ? ライチちゃん、これってどこにあったの?!」

 

「ふははは、感動してくれてるところ申し訳ないが、このトマトは筑波ダンジョンの研究室の特別製じゃ。残念じゃが、栽培法は企業秘密じゃよ」

 

「え、そっかー……」

 

 桃子の熱心な勢いも、ライチは笑って受け流す。

 研究室ということは、先ほどの薬剤棟のどこかで作られたトマトということなのだろう。

 薬剤と言うと化学的なイメージがあるが、そもそも薬と植物の関係性は切っても切れないものなのだ。もしかしたら、薬草かなにかの研究の過程で生まれたトマトなのだろうかと桃子は考え、改めてライチの姿を眺める。

 白衣を着ているが、口調をはじめとした佇まいは妙に老獪だ。そして彼女は、【隠遁】に守られた桃子の姿を認識しているのだ。ただの子供ではあるまい。

 少なくとも、何かしら貴重なスキルを保持した"天才児"の類であることは間違いないだろうと、桃子は推理する。

 

 そして一方、ライチもまた桃子の姿をジッと観察するように見つめていた。

 

「しかし、ダンジョンに来てまで"食べられる野菜"とは……いやはや、現代っ子じゃなあ」

 

「えーと……現代っ子? それって、私のこと?」

 

「まあ聞けい、モモコ。野菜というものは、品種改良のたまものじゃ。だからこそ、ダンジョンのような自然環境で見つけられることなど、普通はあり得ないんじゃよ」

 

「う、うん。まあ……私も理屈としては、分かってはいるけど……」

 

 もちろん、桃子もそれについては理解している。桃子の親世代に言わせれば、いま八百屋に売っている野菜ですら、数十年前と比べるとかなり食べやすく改良されたものなのだ。

 ダンジョンの中で、そのような人間に都合の良い植物を探すのが難しいことは、分かってはいるのだ。

 

「そこで別な発想じゃ。ダンジョンならば、そこら中に野草が生えておるじゃろ? 極論を言ってしまえば、草なんてのは毒さえなけりゃ大抵食えるんじゃよ」

 

 ライチが野菜についての講釈を語ったかと思えば、今度は唐突に野草について語り始めた。

 桃子は急な話題転換に一瞬乗り遅れるが、しかし頭を働かせて、ライチの言葉を吟味していく。彼女はいま、食べられる野菜ならぬ、食べられる植物全般の話をしているのだ。

 

 毒がなければ草は食べられる。その言葉に、桃子は妖精の国で初めて作ったカレーを思い出した。

 あのカレーには、葉っぱや枝、見知らぬ花々など、大量の『いろいろなもの』が入っていたが、実際においしく食べられたのだ。もっとも、あのときは危うく毒も入るところだったが。

 

「さらに言えば、美味いかどうかは別にすりゃ、ダンジョンに限っては毒耐性さえあれば大体の植物は口に入れても平気なんじゃ。繊維質やアクをどう処理するかは、工夫次第じゃがな」

 

「野草を食べる……あ、食用菊とか、菜の花のおひたしみたいな感じかな? あと、たんぽぽも食べられるんだったっけ?」

 

「お、知っておるではないか、つまりはそういうことじゃよ。あとモモコは知らんかもしれんが、意外とそこら辺の雑草の中にも、生で葉野菜みたいに食える草もあるんじゃぞ?」

 

 ライチの言うとおり、桃子は野山にある名も知らぬ草花を食べ物として認識したことはない。山菜くらいならば知識として知ってはいるものの、残念ながら桃子の知識では山菜とそれ以外の見分けもつかない。

 桃子にとって『食べられる草』とは、一般的なスーパーで売っているもののことなのだ。

 もっとも、キノコや果物のように『食べられそうな形をしたもの』に関しては何でも食べてしまうので、ライチの言う『現代っ子』とは違うかもしれないが、なんにせよ野草を野菜のように食べてみるという発想は桃子には無かったものだ。

 

「まあ、野草の味をいくら語ったところで、地上のものより遥かに美味いダンジョン産の野菜を栽培しておるわしが言っても説得力にかけるかもしれんがな。かかっ」

 

「そっか、確かに。ライチちゃんて、小さいのに物知りなんだねえ。ええと……やっぱり、天才児とか、そういう感じなの?」

 

「ふぁ?! わしのことは聞いておらんのか? わしゃこのナリでも、日本のダンジョンの植物研究の第一人者で――」

 

 しかし、ライチの言葉は最後まで語られることはなかった。

 言葉の途中で、室内から大きな声が響いたのだ。窓ガラスが揺れるほどの、馬鹿でかい声である。

 

「おーい、桃の字!! いるかァー!!」

 

「あーもう、うっさい奴じゃのう。これだから職人肌の連中はよう」

 

「あー、ごめんねライチちゃん! 私いかないといけないから! トマトありがとうね! 本当はもっと色々聞きたいことがあったんだけど……また今度、いろいろ教えてね!」

 

 ライチの話は非常に興味深いし、ライチが何者なのかももちろん興味は絶えない。

 けれど、桃子は親方に呼ばれている以上、この場では親方の元へ向かうのが第一なのだ。なんだかんだで、桃子も上下関係の厳しい職人の世界にしっかりと染まりきっていた。

 ライチに手をあわせて謝罪しつつ、また会えることを願いながら。

 桃子は足早に大工房への扉を押し開けて、親方の元へと足早に駆けていくのだった。

 

「全く、忙しないのう……」

 

 ベンチでは、ポケットから出したトマトを咀嚼しながら。

 ライチが、興味深そうに大工房のガラス戸に視線を向けているのだった。

 

 

 

 

 

 

「親方、兜被りました! 鎧のほうは、流石に私の体格だと無理でした!」

 

「ま、しゃーないな。だが……結果としては上々だ」

 

 短い時間で、兜の開口部の調整が終わっていた。

 鎧の方はそもそもサイズが合っていない以上はどうしようもないが、兜は首さえ入ってしまえばいいのだ。日本最高峰の技術者が揃っているこの場所では、兜の穴のサイズ調整などわけないことである。

 そして、肝心の『魔力阻害効果』だが――。

 

「凄いぞ! なんだか……よーく集中すれば、そこに小さい子供がいることがわかる! 見える、見えるぞ!」

 

「ああ。桃の字が手を離しても、そこに桃の字がいることがわかるぜ」

 

 親方とおじさん、二人が桃子の姿を認識していた。

 もっとも、油断をするとすぐに見失ってしまうようだが、しかし『そこに桃子がいる』と理解した上でならばその姿を認識出来るようになったのは、大きな前進だ。

 一般人が目を凝らせば見られるレベル。桃子の経験から言えば、この兜ひとつで妖精二人分くらいの魔力阻害効果がある。

 

「鎧も着られれば、もしかしたらこの子――モモコくんの能力は、完全に制御できたかもしれんな」

 

「うーん……さっきのライチちゃんくらいの体格じゃないと無理ですね」

 

「ライチにこんなもん着せたら死んじまうからなァ……まあ、なにはともあれ、成果は上々だ!」

 

「よし、すまんが桃子くん。そこの簡易ベッドで横になっててくれるか? 大急ぎで検査を済ましてしまおう!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 もちろん、桃子がこの兜を被り、効果がありましたハイ終わり、というわけではない。特殊なカメラやら、何かしらの電極やら、これから桃子は被験者として様々な調査に協力しなければいけない。

 もちろん、そこには危険なものが含まれていないことを事前に聞いているので不安はない。

 桃子は言われるがままに、横に用意されていた簡易ベッドに横になる。兜をかぶったままで。

 

「……親方、大変です」

 

 しかし、そこで桃子はぎゅっと親方の手をつかみ、報告をする。

 報告、連絡、相談。それはとても重要なことだと、今の桃子は知っている。

 

「なんだ、どうした桃の字! 何か身体に影響が出たのか?!」

 

「兜をかぶったまま寝ると、ちょっと後頭部が硬くて痛いです」

 

「おゥ。すまんが、我慢してくれ」

 

 桃子は我慢した。

 

 

 

 

 

 その日の夕方には、一通り検査は終了した。

 職員たちからはお礼を言われ、桃子と親方は来た道を戻り、ギルド施設の地上部分へと帰還する。

 

「よかったな、桃の字。おめェの専用の鎧を贈ってくれるらしいじゃねえか」

 

「いや、鎧は別に……っていうか、貴重な素材を使ったサンプルを人にあげちゃダメだと思うんですけど」

 

「ありゃあ、本当に余った廃材みたいな分を利用して、試しに作ったものらしいぜ。素材が特殊すぎて後から加工できねェから、鎧にしないなら棄てるだけだそうだ」

 

「はぁ……」

 

 検査後。今回制作した鎧を後ほど桃子に贈呈する、などというよく分からない話が持ち上がっていた。意外と雑な扱いの鎧に、桃子はなんと返せばいいのかわからない。

 しかし。なんにせよ、検査そのものは好感触だったようである。桃子も頑張った甲斐があった――とは言っても、桃子はただ兜を被ってずっと寝転がったり、魔力を豊富に含むという甘いエナジードリンク的なものを飲まされただけだったが、それでも協力した甲斐はあったと言うものだ。

 そして、筑波ダンジョンに来た甲斐があったと言えば、もう一つ。桃子にとっての衝撃的な出会いも、忘れてはならない。

 

「そういえば親方、ライチちゃんって……ここのギルドに所属してる子なんですか? さっき待ってる間にお話して、お礼とか言いそびれちゃって」

 

「あー……ありゃあ、事情もあって、特殊なもんだからな。俺の口からは言えねェんだが……まあ、桃の字が礼を言ってたことくらいは、伝えておいてやるよ」

 

「あ、やっぱりライチちゃんのことは企業秘密なんですね。えと、じゃあお願いします!」

 

 その後、無事にダンジョンを出た頃には、すっかり日も傾いていた。

 そして、帰る前に筑波ダンジョンギルド内の食堂で親方と一緒に食べたカレーは、筑波ダンジョンで開発された薬草粉末入りのエナジーカレーだった。

 なんだか、どことなく、近未来の味がした。

 

 

 

 

 

 

「――っていうことがあったんだよ」

 

「先輩って、最後をカレーでまとめないといけない呪いにでもかかってます?」

 

「えー、たまたまじゃない?」

 

「桃子。つくばのおみやげは。ないのか」

 

 週末の妖精の国では、いつものように柚花、桃子、ヘノ、ニムの四人で畑を眺めるベンチに座って、桃子は筑波ダンジョンについて皆に報告をしていた。

 筑波は車や電車で比較的短時間でいけるダンジョンなので、おみやげなどは買っていない。お詫びにヘノには、スーパーで買ったチョコレートをあげた。

 

「桃子。鎧なんて。着るのか。イビキ女になるのか」

 

「うぅ……桃子さんが、あんな大きなイビキをかくだなんて……ショックです」

 

「いや、別に鎧を着てもイビキ女になるわけじゃないからね? ショック受けないで?」

 

 どうやら妖精たちは、鎧というものに何か間違った認識を持っているようだ。これは全て、妖精の国で長々とイビキをかき続けた鎧男のせいである。

 

 それと、ライチちゃんについて。

 彼女の正体は、意外にも柚花が把握していた。というのも、一部では有名な配信者なのだそうだ。

 

「普通の配信サイトじゃなくて、筑波ダンジョンの公式ページから探さないと見られないんですよ」

 

「ああ、だから私も知らなかったんだ」

 

「実際のところは情報が出回ってないからわかりませんけど、あの子って年齢としてはかなりの高齢ってことになってますよ。ロリババアですよロリババア」

 

「え?! 私、普通に子供扱いしちゃった……!」

 

 ロリババア、という創作物のジャンルがある。

 桃子も現代っ子なので、そのジャンルくらいは知っている。幼い幼女の姿をした年輩女性のことで、桃子としては他人事ではないジャンルである。

 どうやら、ライチという少女はどういう原理かは知らないが、そのロリババアを地でいく存在らしい。

 

「でも、どう見ても普通の子供だったけどなあ」

 

「普通の子供は屋上から着地しないし、先輩の【隠遁】を見破ったりしないんですよ。まあやっぱり、何らかのスキルでしょうね」

 

 とはいえ、相手は筑波ダンジョンの大御所であり、機密情報に包まれた身であるため、柚花もあまり詳細は知らないのだそうだ。

 コンタクトを取ろうにも、ツテがない。親方も、あの様子だとそこまでライチに関わりたいわけではないのだろう。

 配信にコメントを投げかけることくらいは出来るけれど、そこに個人的な用件を書き込むのは普通に考えてNGだ。

 

「また今度、ライチちゃんに会えたらトマトとか美味しい野草について教えてもらいたいなあ。魔法協会のツテとかってないのかな?」

 

「筑波ダンジョンって、魔法協会と折り合いが悪いんですよ。むしろ先輩こそ、ライチちゃんと仲良くなったんだったら魔法協会との間に入って仲介してくださいよ」

 

「えー……そういうのはりりたんに任せない?」

 

「折り合いが悪いところに爆弾投下してどうするんですか」

 

「桃子。チョコが。なくなっちゃったぞ」

 

「ヘノちゃん、それはヘノちゃんが食べちゃったからだよ」

 

「そうか。困ったな」

 

 結局、ライチについて知ることは出来たけれど、それ以上の進展は望めそうにない。せめてトマトの秘密だけでも知りたかったが、それこそ筑波ダンジョンの内部情報である以上、桃子の立場ではどうしようもないだろう。

 桃子はただ、また草花についての話を聞きたいなと、そして、またあのトマトを食べてみたいなと。

 願わずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 

「そうだ、もし今回の兜を貰えたら、柚花が被ってみない?【看破】を制御できるかもよ?」

 

「嫌ですよ。そんな格好したくないですもん」

 

「まあ、確かに。頭だけ兜じゃ変だよね……」

 

「いっそ鎧一式、座敷童子の萌々子ちゃんにプレゼントしたらいかがですか? あの子も【隠遁】体質ですし、まとめサイトに載ってる『鎧萌々子』がリアルで誕生しますよ」

 

「えー……鎧を着込む座敷童子ってどうなの?」

 

「どうなの? と言われましても。それは絵師さんたちに言ってくださいよ」

 

「絵師さんの知り合いもいないからなあ。ツテがあればいいんだけど」

 

「まあ……ツテって、意外なところにあったりしますけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幕間 筑波ダンジョン 了

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