ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
毒とダンジョン
『――幼き夢の主よ』
『幼子の抱擁と共に、永き夢が終わりを迎えるだろう』
『静かなる眠りの刻は、近い』
9月も半ば。学生の長かった夏休みも終わり、暦の上では夏も過ぎ去り、秋を迎えようかという時期である。
が、この年の残暑も長く続いており、夏も終わりだというのに外気温が30度を超える日も珍しくない状態だ。
房総ダンジョンギルドの施設内では、カレンダーが捲られた今でも冷房システムが絶好調で稼働中である。
そんな房総ダンジョンギルドの一番奥の受付窓口には、まるで小学生女児のような外見をした大きな三つ編みの少女が訪れていた。
無論、少女のほうは桃子であり、向かいの受付窓口の中で渋い顔をしているのは、ギルド職員の窓口杏である。
この日、桃子は久しぶりに、杏に頼んでスキル検査をして貰っていたのだが――。
「これが桃子さんの、一応は表向きの現在のスキルですけど……凄いですね、普通こんなペースでスキルが増える人なんていませんよ?」
「え? 念のために調べてもらっただけなのに、また増えてるんですか?!」
「ええ、まあ……」
受付窓口越しに、杏はチラリと桃子の顔を見てから、すぐに文字列に視線を戻す。出力された文字列を見て、何かしらを言いよどんでいる。
桃子はふと、既視感にも似た懐かしさのようなものが心に浮かんでくる。思い返せば、昨年のこのくらいの時期にも【妖精の加護】というスキルが桃子に宿り、今と全く同じこの場所で似たようなやりとりをしたはずだ。
だが、今回は一体何が増えたというのか。桃子は小さく首を傾げる。心当たりが無いわけではない。なんだかんだでこの半年で、普通の探索者が行かないような場所へ行き、普通の探索者が経験しないような数々の戦いを経験してきた。
なので、何かしらのスキルが増えていてもおかしくはないのだが、それにしては杏の反応が妙すぎる。
桃子はぐいと背伸びをして、その疑問を解消するためにも、杏が出力してくれたスキルデータを覗き込む。
そこには――。
【怪力◎】非常に怪力になる
【頑強〇】身体が丈夫になる
【環境耐性〇】環境の変化に強くなる
【毒物耐性〇】毒への耐性がある
【カレー製作】特殊なカレーを製作できる
【加工】簡単な素材を加工できる
【固有スキル:隠遁】ダンジョン内で、他者からの認識を阻害する
そこには、見慣れた【怪力】から【隠遁】まで、表向きの桃子のスキルとされる能力が表記されていた。これは表向きのデータであり、実際にはここには【創造】【妖精の加護】【蟶ク闍・】という3つのスキルが隠されているはずだ。
なお、【蟶ク闍・】こと文字化けスキルは、りりたんが言うには【常若】というスキルが崩れたものであり、ティル・ナ・ノーグの加護を示すスキルなのだそうだ。林檎、酒、豚、の三つで完成する不老不死の食品を桃子は二つまでしか食べていないため、スキルも中途半端な表記になってしまっているのだという。
ちなみに、この文字化けスキルを得ているのは桃子だけではない。同じく妖精の不老不死の鍵となる食材を食べている柚花、桃子の同僚の和歌、そして深援隊リーダーの風間といった面々も、同じスキルが表示されているはずだ。
しかし、今ここで気にするべきはそこではない。
「えーと、【毒物耐性】ってなんですか?」
「なんですか、と聞かれましても。効果そのものは多分、文字通りのものだとは思いますが……」
いま気にするべきは、新たに増えていたスキル【毒物耐性〇】というものだ。
スキルの内容自体はとてもシンプルなものだ。毒物への耐性。読んで字の如く、まさにそのままである。
ダンジョン内で毒をうけた場合、一度身体にまわってしまった毒をあとから解毒する為にはその毒を正しく分析しなければいけない。それが、解毒治療の厄介なところだと言われている。
しかし、このスキルは毒を食らう前段階で、事前に身体に異物全般への耐性をつけてしまうスキルのようだ。解毒の必要がそもそもなくなるため、非常に有用性の高いスキルと言える。
見たところ【隠遁】や【看破】のようなデメリットもなく、ただただ桃子の安全性を高めるだけのスキルである。
だが。メリットしかないスキルを手に入れたというのに、それを見る杏の顔色は冴えない。
「あの、窓口さん? 何かありました?」
「……いいですか、桃子さん。一般的に、スキルはその状況に身をさらし続け、その上で素質があれば習得すると言われています」
「はぁ」
杏の話としては、こうである。
桃子の場合ならば、ひたすらカレーのみを何年も製作し続けた結果として【カレー製作】を手に入れた。
小さな身体でひたすら木材や岩を加工し、運び、生傷の絶えない投石器製作活動を続けていたことで、【怪力】や【頑強】、【加工】を手に入れた。
水に満たされた深潭宮や、吹雪の桃の窪地で、途方もなく密度の高い激戦を繰り広げた結果として【環境耐性】を手に入れた。
そのように、スキルには会得するだけの理由があるはずなのだ。
「なので、桃子さんが【毒物耐性】を手に入れたということは、ダンジョンで常日頃からかなりの量の毒物を摂取してきた……と考えるのが妥当なんです」
「え? 私が? 毒物、ですか?」
杏の曇り顔の理由は、それである。
目の前の、妹のように長年見守ってきた年端もいかぬ少女――いや、まもなく二十歳の少女が、自分の知らないところで毒物を摂取し続けてきたのだ。それこそ、耐性スキルを得てしまうほどに。
それをこのような形で知らされては、杏も「あらそうなんですか」とは行かない。
しかし、そんな心配顔を向けられても、困ってしまうのは当事者である桃子である。
なにせ、思い当たる節がないのだ。
「え? でも窓口さん。私ってダンジョンではカレーくらいしか食べてないですよ? 毒物なんて……あー……えと、たまに毒キノコも一緒にカレーに入れちゃってたかもしれませんけど……それにしたって、そんなに頻繁に毒キノコを食べてはいないんじゃ……ないかな?」
「お願いですから、そこははっきりと否定してください」
房総ダンジョンギルドにて、杏にスキルを鑑定してもらった後。
桃子の食生活を心配してやまない杏をどうにかなだめて安心させてから、桃子はそそくさと入場受付をすませて逃げるようにダンジョンの内部へとやってきた。
桃子の横には、パートナーでもある風の妖精ヘノと、ヘノに連れられてやってきた水の妖精ニムの二人が浮遊している。
「――っていうわけなんだけど、私ってそんなに毒を摂取してると思う?」
桃子はダンジョンに潜ってヘノたちと合流したまではいいものの、この日は特に予定を入れていない。なので今日は、妖精たちと散歩がてら第一層『森林迷宮』をうろついていた。
その際の近況報告として、桃子は妖精たちに先ほどの【毒物耐性】について相談してみたのだ。はたして、自分はそこまで頻繁に毒を摂取していたのか、否か。
「うぅ……も、桃子さんは、毒キノコを……た、食べすぎなんじゃないですかねぇ……?」
「そうだな。桃子は。キノコとみれば。毒でもなんでも食べるところがあるからな」
「え、私って二人にそこまで言われるほど毒キノコ食べてるの?」
先日の長崎ダンジョンでは、キノコ入りのカレーを食べ終えてから『実は毒キノコだった』と結論が出てしまったエピソードがある手前、桃子も毒キノコについては強く否定できない。
否定できない――が、しかし。
いくらなんでも、毎食のようにそんな食事をとっていたかというと、そんなことはない。
そもそも、桃子がダンジョンで作るカレーの大半は、妖精の国の調理部屋で制作しているものだ。あの場所で保管されている食材、あるいは妖精の畑でとれた果物が主な材料なので、毒キノコなど入りようがない。
「それにキノコ自体、毎回カレーに入れてるわけじゃないよ?」
「じゃあ。なんでだろうな。桃子はカレーしか食べないんだから。他に。理由は思い当たらないけどな」
「そ、そうですよねえ……」
「一応、カレーしか食べないわけじゃないけどね?」
森を歩きながら木々の根本に目を向けると、まさに桃子がよくカレーに入れるキノコが生えている。
さすがに今の話題が話題なだけに目の前のキノコを収穫しようという気にもならないが、少なくともこのキノコは探索者たちもよく集めているキノコで、地上のギルドでは安価ではあるものの買い取りもしていたはずだ。
なので、このキノコが毒ということはない。
「キノコじゃなければ。カレールーか。玄米か。ニムが出してる水くらいじゃないか」
「うぅ……わ、私の水が桃子さんを、殺……す?」
「大丈夫だから安心してね」
ヘノの言うとおりで、桃子が毎回口にしているものとしては、持ち込みのカレールー、マヨイガから定期的に運び込む玄米、そして飲料水としてはなんだかんだでニムにはよく水を貰っている。次点で食べているのが、ポンコのうどんだろうか。
しかし、市販品のカレールーはもとより、ニムやポンコが毒物を仕込んでいるとは思えないし、その二人に恨まれる覚えなどない。
ニムは自分の両手を見てわなわなと震えていたが、そんなことはないと頭を撫でて安心させる。
「もしかしてマヨイガの玄米が実は毒だったりするのかな?」
「マ、マヨイガの方々は元気そうですし……そ、そんなことは、な……ないと、思いますけどねぇ……」
消去法で言えばマヨイガの玄米が疑わしいのだが、しかしあの玄米を食べているのは桃子だけではない。
マヨイガに拠点を設置している遠野ダンジョンの探索者たちは、少なくとも玄米による健康被害というものはうけていない。
そこで、桃子は発想を変えてみる。
桃子が食べてきた食材が原因ではない。ならば必然的に、原因は外的な要因となる。
桃子に何者かが意図的に毒物を摂取させている可能性――いわば、人為的な犯行だ。
「例えばさ、どこかの誰かが、ことあるごとに私の食べるものに毒を注ぎ込んでる……とかは?」
「なんだ桃子。誰かに。命を狙われてるのか?」
「……そ、そんな……どこの誰かは存じませんが……も、桃子さんに毒を飲ませようだなんて……こわい……」
桃子の脳内映像では、全身黒ずくめの犯人が、桃子の見ていない隙を狙ってカレー鍋に小瓶の毒物を注いでいる映像だ。
その後、カレーを食べてしまった桃子が倒れてしまい、何故か蝶ネクタイをつけたリドルが「犯人はこの中にいるのでは、ないかな?」と、推理ショーを開始するのだ。
「でも、普通に考えれば妖精たちに隠れて毒物をそそぎ込むなんて難しいよねえ」
しかし、妄想は妄想。桃子が自分で述べた通りで、妖精たちの視線を避けて調理部屋の鍋に毒物を仕込むなど、いくらなんでも不可能だろう。
それこそ、妖精の中に犯人がいるわけでもない限りは、不可能だ。
「私に毒を飲ませたがる妖精がいるっていうのなら、話は変わってくるけどね」
「そうだな。そんな奴。毒の妖精の。ルイくらいしか知らないぞ」
「ルイちゃんは、毒じゃなくて薬草の妖精だけどね」
「うぅ……そうですよねぇ。そ、そういえば、ルイが……よ、よく、桃子さんのお皿に何かを注いでましたねぇ……」
「なんだろう、隠し味かな?」
そこで会話が途切れ、三人は黙ったまま、木漏れ日の差す森の中を進んでいく。
特にいくあてもない散歩だったので、自然と足は第二層へ降りる階段のある方角へと向いていた。
顔にかかる木の葉をかきわけ、ゴツゴツとした木の根が絡まり合ってできた自然の階段を抜けて、時にはゴブリンを叩いて。
長い沈黙のあと、溜めに溜めて。
桃子がようやく、口を開く。
「……って、待って待って。ルイちゃんが滅茶苦茶に怪しいんだけど」
「言われてみれば。そうだな。桃子。あいつによく。お茶とか新種の薬草とか。貰ってたろ」
「ル、ルイなら……も、桃子さんの毒殺を……狙っていそうですねぇ……」
「え? 私って、ルイちゃんに何か恨まれてるの?!」
ルイならば、妖精に紛れて何かを注ぎ込むことも可能である。というか、何かを注いでいる姿を普通に目撃されている。
そして、桃子はルイから時折あれこれ貰っては飲み食いしてきた覚えもある。
壁のない調理部屋では密室トリックも何もなく、日がなふらふらしてばかりの妖精達には、スケジュール的なアリバイなどは皆無である。
様々な点が、一つの線に繋がっていく。
推理パートが終わり、毒の妖精ならぬ、薬草の妖精への疑惑は深まりに深まり。
今はただ。桃子の困惑の声だけが、森林に木霊するのだった。